おかえり、ペロロンチーノ   作:特上カルビ

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一緒に進行

 それはまるで荒れ狂う竜巻だった。巨体から繰り出される巨大な刺突戦鎚(ウォーピック)は次々と骨の残骸を増やしていく。轟音と共に弾け飛ぶ白い欠片。素人目にはただ力任せに振り回しているだけに見えるが、その実は全くの正反対。遠心力を巧みに利用し、一体一体の骸骨(スケルトン)を的確に狙い澄ました攻撃。

 ガガーランは窮地だった冒険者達周辺の骸骨(スケルトン)を片付けると、体力を回復させるように一呼吸置いてから残党狩りを始める。

 命の危機を脱した冒険者達は傷の痛みも忘れ、圧倒的戦闘に目を奪われる。ラキュースは背後に浮かぶ六本の黄金の剣『浮遊する剣群(フローティング・ソーズ)』と自らが握る魔剣キリネイラムで敵を瞬く間に駆逐していく。浮遊する剣群(フローティング・ソーズ)は使用者の意思で攻撃するマジックアイテムで、攻撃に防御と便利だがその分扱いが難しい。実戦で使いこなせるのは人類最高峰アダマンタイト級冒険者だからこそ。

 

 暴れまわる二人(ラキュースとガガーラン)に気を取られた骸骨(スケルトン)は、ティアとティナの忍者姉妹が順次始末する。

 助けられた冒険者は武器を下ろし、臨戦態勢を解く。本来、危険地帯ではあってはならない事だが、目の前の英雄とも言える人物達が負けるとは微塵(みじん)も思えなかったのだ。

 ある意味当然と、あれだけ(ひし)めいていた骸骨(スケルトン)は僅かな時間で全て姿を消す。

 戦闘が終結したと同時に、冒険者達は助けてくれた人物達に駆け寄るが、あるものを視界に捉えた瞬間、足が止まる。リーダー各の男が感動と驚愕の入り混じった表情をする。

 

「アダマンタイトプレート! やっぱりアダマンタイト級冒険者! しかも女性ばかり。もしかしてあなた方は蒼の薔薇では!?」

 

 当然、仮面を被り一言も喋っていないイビルアイが女だと見破った訳ではないが、五人チームで四人が女のアダマンタイト級冒険者チームなど一つしかない。自然と答えに行き着くのだ。

 巨大な刺突戦鎚(ウォーピック)を肩に乗せ、軽く息を整えるガガーランはニヤリと笑う。

 

「そうだ。お前等危なかったな」

 

「あ、危ないところを有難うございます! アダマンタイト級冒険者のみなさんに助けてもらえるなんて感謝しかありません! では、あなたはあの有名なガガーランさん?」

 

「おう」

 

「やはり! 私は冒険者チーム『漆黒の剣』のリーダーを務めていますペテル・モークといいます」

 

 漆黒の剣はキラキラとした尊敬の眼差しを蒼の薔薇に向け、緊張の面持ちで心からのお礼と自己紹介をしていく。魔法詠唱者(マジックキャスター)であるニニャの背中には剣の切り傷から流れた血がローブを赤で染めており、戦闘の興奮から我に返ると激痛に顔を(しか)めた。森祭司(ドルイド)で大柄なダイン・ウッドワンダーは優しげな表情でニニャの背中に手をかざし、軽傷治癒(ライト・ヒーリング)を唱え傷を癒す。野伏(レンジャー)のルクルット・ボルブは眩しいほどの美貌を持つラキュースに声をかけたいが、流石(さすが)にアダマンタイト級冒険者へは気軽な態度が取れず一人で葛藤(かっとう)していた。

 軽傷治癒(ライト・ヒーリング)のお蔭で痛みが和らいできたニニャは、ラキュースの持つ漆黒の剣に目を向けた。一目で並のでないと分かる威圧感、生ける伝説アダマンタイト級冒険者の武器、そして何より漆黒の外見。視線を全く離さず、見つめ続ける。

 ニニャの視線に晒されるラキュースは、握った魔剣キリネイラムに目を落とす。

 

「コレがどうしたの?」

 

 ニニャは遠慮ない視線を向けていたことにやっと気付き、目線をあちこちに向け慌てた。初対面のうえ、助けてくれたアダマンタイト級冒険者に、失礼なことをしてしまったと心の底から恥じる。

 

「す、すみませんでした」

 

 深々と頭を下げるニニャに、ラキュースも慌てて別に怒っていないと手を振る。アダマンタイト級冒険者で尚且つ美しい外見から人の視線には慣れているし、敵意もないのだから謝ることなど無い。純粋に魔剣キリネイラムがどうしたのか聞きたいだけ。

 

「いやいや、全然構わないんだけどちょっと気になっただけだから」

 

「有難うございます。宜しければでいいのですが、その剣の名前を教えていただけませんか? 勿論、無理に聞きたいとは思いません。差支(さしつか)えなければで……」

 

「別に構わないわ。コレは魔剣キリネイラムよ」

 

「マジか!?」

 

 どうやって声をかけようか悩んでいたルクルットは、難題を意図せず成し遂げる。

 他の漆黒の剣も驚愕に固まり、魔剣キリネイラムから目を離せない。特にニニャやペテルなどは、子供がショーケースの中にある高価な品に向けるような童心の目。

 奇怪な行動を取る漆黒の剣に、蒼の薔薇はどうしたのかと疑問の顔をする。

 それに気付いたニニャはまたやってしまったと、再び反省した。

 

「すいません、私達の目標が十三英雄の『漆黒の剣』を見つける事なんです。チーム名もそこから来ています。ですから我を忘れてしまいました。申し訳ないです」

 

「あーそういうこと。でもコレはあげられないよ?」

 

「と、当然です! そんなこと夢にも思ってません! 私達は残りの三本を探します」

 

 二人の会話を聞いていたガガーランから先程までの笑みが消え、渋い表情に塗り替わった。(まと)う空気も真剣なものになる。

 

「魔剣が欲しいのか……それがお前等の夢なんだからとやかく言いたが無いが、オススメしねぇな」

 

 ガガーランの意見にニニャは目を見開き、驚く。確かに今は実力不足なのは確かだが、冒険者として経験を積んでいけばきっと届くと信じている。遥か先を行く冒険者から発せられた夢の否定に、思わず声を荒げてしまう。

 

「な、何故ですか!? ガガーランさんのおっしゃる通り今は実力はありません。でも経験を積み重ね――」

 

「あーすまねぇ、そういうことじゃねぇ。魔剣には呪いがあんだよ」

 

「呪いだと?」

 

 漆黒の剣の誰より早く反応したのは、それまで沈黙を保っていたイビルアイ。

 

「リーダー、言ってもいいだろ? 魔剣を手に入れたから、リーダーがたまに独り言をぶつぶつ言ってる時があってよ。右手を抑えて、この邪悪なる暴走を抑え込めるのは神に仕えし女性がうんたらかんたらって」

 

「な、な、な、何を言ってるのかしらねー」

 

 明らかに動揺するラキュースはそっぽを向き、かすれた口笛らしきものを口ずさむが全く吹けていない。不審な姿はガガーランの発言が真実と裏付ける。

 

「おいおい、ここまできて隠すなよ。暗黒の精神から生まれた闇のラキュースが支配しようとしてんだろ? しかも力を解放したら漆黒のエネルギーで街一つ吹っ飛ぶらしいじゃねーか。後は魔剣の力が右目に宿って、気を抜くと邪気眼になっちまうとか言ってたな。その目で見た奴の魂を奪っちまうとか。一人でよく沈まれ沈まれ言ってるしよ」

 

「さ、さっぱり何言ってるか分からないわ。――あっ! あそこに骸骨(スケルトン)がいる! 退治しなくちゃ!」

 

 赤面するラキュースはそう言い残し、逃げるように走り去っていく。

 

「よく見つけた」

 

 ティナの視線の先、かなり遠くに一体の骸骨(スケルトン)がウロウロしているのが見える。

 普段では考えられないラキュースの慌て様に、イビルアイは深い溜め息をつく。

 

「呪いを払うべき神官が闇の力に支配されるのを恥じているのか、それとも心配させまいとしているのか……。一人で抱え込みおって」

 

 ヤレヤレと仮面を左右に振り、ラキュースの後追う。ティナとティアも普段の鬼リーダーとは正反対、だがそこがいいと言い残し後に付いていく。

 ガガーランの発言を聞いた漆黒の剣は明らかに暗くなり、神妙な面持ちで下を向く。アダマンタイト級冒険者の神官で何とか抑えていられるのだ、自分達ではとてもじゃないが無理だと悟ってしまう。他の三本が魔剣キリネイラムと同じく精神を(むしば)むとは限らないが、可能性は高いと言わざるを得ない。

 何せ残りの三本は――腐剣コロクダバール、死剣スフィーズ、邪剣ヒューミリス、と明らかに危険な名前を持つ伝説の武器ばかり。

 漆黒の剣の目標がとんでもない呪いの武器で、手に負えないと知ってしまった落胆は大きい。

 

「まぁ、そういうことだよ。危険な武器だって分かってくれりゃいいんだ。じゃあ俺達はやらなきゃいけないことがあるんだ。先行くぜ」

 

「待ってください、私達にも手伝わせてください」

 

 ガガーランの足を止めさせたのはペテルの一言。

 

「……悪いが、これから行くとこはかなりヤバい。足手まといは連れていけねぇ」

 

「分かってます。私達の力では大したことは出来ません。ですが、ガガーランさん達の体力をほんの少しでも残すため、手に負える敵だけを相手にします。どうしようもない強敵が出たら、足手まといにならぬよう一目散に逃げます」

 

「魔剣がやべぇもんだと知ったばかりなのに大丈夫か? お前等の目標だったんだろ?」

 

「はい、正直かなりショックです。でも今は少しでもこの街を救う手伝いがしたいんです」

 

「……ペテル」

 

 地面を見つめていたニニャは顔を上げる。ルクルットも笑顔を作り、気持ちを立て直す。

 

「そうだな、今はやらなきゃいけないことがあるよな」

 

「その通りなのである!」

 

 漆黒の剣は暗い雰囲気を吹き飛ばすが如く、気合いを入れ直す。今は街が滅びるかどうかの瀬戸際なのだ、まずは目の前の出来ることをするだけ。いつまでも落ち込んでいる暇はないと、気持ちを奮い立たせる。

 

「おめぇら……いい面構えだな。よし、いいだろう。だが、少しでもヤバくなったら逃げろよ?」

 

「はい、分かってます」

 

「リーダー達に追いつくぞ、付いてこい」

 

「はい!」

 

 先行したラキュースはうろついていた一体の骸骨(スケルトン)を飛び蹴りで粉砕し、ガガーランの到着を待っていた。この死地で戦力分散の愚は冒せない。

 漆黒の剣が付いてくる気配を感じ取ったイビルアイが文句を言うが、ガガーランが何とか(なだ)める事に成功する。イビルアイの心配も、もっともだった。漆黒の剣の力など高が知れていて、激戦に巻き込まれる危険性がある。ガガーランもそれを知っていたが、目標を新たにする意気込みを無下には出来なかったのだ。

 それから蒼の薔薇と漆黒の剣は骸骨(スケルトン)を始末しながら、目的地の墓地に近付いて行く。数が少ないときは漆黒の剣だけで対処し、蒼の薔薇の体力を少しでも残す。

 話しに聞いていた複数いるとされた死者の大魔法使い(エルダーリッチ)は現れず、順調に進んでいった。

   

   

 激戦の予想とは裏腹に、思いのほか難無く第一の目標『壁』まで行き着く。バハルス帝国やスレイン法国にほど近い需要拠点『城塞都市エ・ランテル』それに見合った巨大な墓地をぐるりと囲む壁。

 時折アンデッドが徘徊することから壁は分厚く、上を歩く十分な広さがある。安全な場所から一方的に攻撃できる仕組みだ。

 本来閉じられているはずの頑丈な門は左右に開き、中からより濃密な死の臭いが漂ってくる。

 エ・ランテルに入った時と同様、ガガーランを先頭に侵入を試みしようとするが、その足は動かない。

 小さく息吐くガガーランはゆっくりと巨大な刺突戦鎚(ウォーピック)を構える。他の蒼の薔薇も戦闘態勢を取り、危険を感じた漆黒の剣はジリジリと後退りする。

 門の中から出てきたソレ(・・)鷹揚(おうよう)に冒険者を見渡した。

 肌で強さを感じとったガガーランは叫ぶ。

 

「おめぇらは行け! コイツは俺達が相手をする!」

 

 漆黒の剣は弾けるように走り出す。後ろを一切振り返らず、一心不乱に逃走する。自分達がいては邪魔になると、力の全てで逃げに徹する。

 漆黒の剣が遠ざかるとガガーランは小さく安堵した。コイツが相手となると守る余裕が無いのが明白。

 

「……誰かコイツを知ってる奴いるか?」

 

 ガガーランの問いに誰も答えない。すなわち、数多のモンスターを目にし、情報を仕入れてきたアダマンタイト級冒険者全員が知らないという信じたくない現実。

 全くの未知の相手は危険が格段に跳ね上がり、尚且つ目前のモンスターは尋常ならざる気配を放っている。危険などという言葉では生易しい状況。

 こういう場合はまずは遠距離攻撃で様子見がセオリー。

 ティアとティナは懐のクナイに手を伸ばし、これまで全く攻撃を仕掛けなかったイビルアイも初めて魔法の準備を始める。

 例え二人の攻撃が防がれたり避けられたりしても、僅かな隙さえあればガガーランの強烈な一撃を叩きこむ手筈。

 仲間の準備が整った事を察したラキュースは全体支援魔法を発動し、戦闘開始の合図を告げた。


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