王都にある宿屋。
それもそのはず。この三人はつい最近まで最底辺の
部屋の真ん中に立つ漆黒のローブに身を包んだアンデッド、モモンの姿を解除したアインズは天井の隅に張られた蜘蛛の巣を見つめ、発動した
冒険者組合長の使いと名乗る者からエ・ランテルでのアンデッド大量発生に伴い、助力を乞われたのだ。
『――そうだ、優先順位はプレイヤーの発見が第一。正義感の強いプレイヤーならこの事態を放っておかないだろう。次に首謀者がいると仮定してその居所と戦力、それから事件解決をしようとする冒険者の妨害だ。プレイヤーにはこちらから決して手を出すな。私やペロロンチーノと同格の強さだったら厄介だ。初めから敵対し、交渉の余地無しだった場合は滅ぼすしかないが……』
『畏まりました、アインズ様』
『それとな、デミウルゴス。エ・ランテルに滞在し情報収集の任に当たっていたセバスの言は貴重だ。お前達の仲は知っているが、きちんと情報共有するのだぞ?』
『心得ております。至高の御方々の御役に立つことこそ至上の喜び。私情で任務を害することなどあってはならないと、肝に銘じております』
『うむ、期待しているぞ』
『ハッ! 全身全霊で務めさせていただきます』
黄金
「うめー」
「エンちゃんと同じ眷属食いっすね」
「エントマの気持ちが分かったよ。こりゃ美味いわ」
二人が何かやらかす度にツッコミを入れていたアインズだが既にその気力は無く、諦め交じりの溜息を漏らす。
「……二人とも、行くぞ」
「待て、アインズ」
アインズを静止させたペロロンチーノは袋の中にある全ての焼き鳥を鷲掴みにすると、一口で一気に平らげた。
「ずるいっす!」
「いやー悪い悪い」
「……ペロロンチーノよ、エ・ランテルにはたくさんの少女もいるのだぞ?」
「何をしているんだ二人とも! 早く集合場所へ急がなくては!」
アインズはペロロンチーノの扱いがうまくなっていた。
その実、モモンはエ・ランテルへ到着する前にこの事件の黒幕を知っていた。調査を行っていたデミウルゴスから詳細を聞かされていたからだ。モモン達にとって全く持って相手にならない小物だが、この世界では違う。間違いなく強者の部類だ。
すぐに解決することもできたが、そうはしない。エ・ランテルの戦力で首謀者を捕らえるのは不可能、ならばプレイヤーが現れるまで時間を潰すことにしたのだ。アンデッド大量発生から時間が経過しており、現れる可能性は高くないが念のためともう少し待ってみる。この事件をまだ知らないかもしれないし、別のことに時間を取られているかもしれない。仲間内での意見をまとめている線も考えられる。
この規模の事件が頻発するとは思えないし、せっかくの機会と最大限利用する。それに被害が甚大であればあるほど、解決した時の賞賛も大きい。
アンデッドから冒険者や市民を救い続けるモモンは、名声が高まると内心ほくそ笑みながらエ・ランテルを駆け回る。傷を負った者にはルプスレギナに治癒魔法をかけさせると、より感謝された。本来、治癒魔法を無料で施すのはご法度である。神殿でしかるべき金銭を払った場合のみ受けられるのだ。人助けだとしてもやってはならない行為で、厳しい罰則があるほど。この規模の事件であれば目こぼしもあるかもしれないが――。
モモン一行の振る舞いはまさしく英雄。羨望な眼差しを一身に浴び、アンデッドを駆逐していく。
共に行動するブレイン・アングラウスの存在もとても大きい。この男が賞賛すると、名声の広がり方が尋常ではない。ここまでとんとん拍子でこれたのもブレインのおかげ。名声を高めるマジックアイテム代わりと連れまわしていた。
チュパも適当にぶん殴り、
「それにしても
「面白いっす。爆笑っす」
モモンはブレインが離れた時を見計らい、チュパ達に敵の詳細を伝えていた。
「ん?
「あっ」
単調な作業に飽きつつあったチュパはブレインの存在を忘れ、思わず口を滑らす。モモンは手を顔に当て夜空を見上げた。
「えー、いや、その」
「それにしても
ブレインにとって聞いたことも無い
「面白いっす。爆笑っす」
「
モモンは何とか冷静を装い、ボロが出ないように四苦八苦する。
「……その、何だ、ルプスがそういったアンデッドの探知、的な、何かが出来るのだ」
「へー凄いんだな」
「凄いっすよ! もう一発っす。近くにアンデッドの神がいるかもしれないっすよ?」
「なんだそりゃ」
ここでモモンの憤怒の視線に気付いたルプスは冷や汗をかく。ビクリと体を震わせモモンの様子を伺うと、マジ切れ寸前なのが分かる。
「嘘っす! そんなのいないっす!」
「そりゃそうだろ。いくらアンデッド大量発生といってもそんなの出てくるわけない――おい、冒険者がアンデッドに追われてるぞ」
ブレインが刀で剣先を向けた先、五人の冒険者が血相を変えて一心不乱に向かってくる。すぐ後ろには多数の
「ニニャ、もう少し踏ん張れ! 前に冒険者がいるぞ、助けてもらおう!」
「ハァハァ――」
五人の冒険者の中で一番前を走る弓を持つ男ルクルットは、息の絶え絶えなニニャを励ます。
「アイツらピンチだな。助けてやろう」
自分の失言で機嫌の悪くなったモモンから逃げるように、チュパはそそくさと走り出す。
「私も行くっす!」
つい先程まで適当に戦闘していた二人は、人が変わったように率先して救出を行う。モモンも溜め息の仕草をし、グレートソードを構え走り出した。
前方の冒険者が助太刀の構えを取ったことに、ルクルットは僅かながら安堵する。せっかく見つけた冒険者だが、背後の敵は大群であり逃走することも充分に考えられる。
そうなれば疲弊したニニャの足はいつか止まり、それを守るべく戦う未来が想像に難くない。
「すまねぇ! そこの冒険者、ニニャ、じゃなくてうちの
ルクルットととしては時間稼ぎの援護を乞うつもりだったのだが、この冒険者達は格が違った。漆黒の戦士はグレートソードの一振りで何体も粉々にし、黄金の
「おいおい、まじかよ」
この強さは蒼の薔薇と比較しても遜色無い。ルクルットは弓を構え援護をしようとするが、その必要性を感じないほど圧倒的。地面に座り込むニニャは、肩を大きく揺らし何度も呼吸を繰り返す。
ニニャを守りながら走っていたペテルとダインも肩で息をし、蹂躙を目にする。
「……オリハルコンプレートか。なるほど」
「凄いであるな。あの強さならすぐアダマンタイトに上がってもおかしくないのである」
その強さは常人を逸している。蒼の薔薇と同じ――いや、それ以上かもしれない安心感がある。
あれだけいたアンデッドを殲滅するのにそう時間はかからなかった。これだけ強ければ蒼の薔薇の助けになると漆黒の剣の面々は確信する。
こうしてる間にも蒼の薔薇はあのゴキブリと激闘を繰り広げているかもしれないと、ペテルは一刻も早い援護を要請をする。
「助けていただき有難うございます!
「……ゴキブリ?」
漆黒の戦士から
「了解した」
――それはまさしく『英雄』だった。