おかえり、ペロロンチーノ   作:特上カルビ

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一緒に英雄

 王都にある宿屋。(ほこり)や汚れの目立つ一室に滞在するのは、見事な装備の三人。首元のプレートはアダマンタイトにもっとも近いオリハルコン。人類の最高峰に後一歩まで迫る冒険者には不釣り合いな安宿だが、滞在しなければならない明確な理由ある。単純に資金が心許なかったのだ。

 それもそのはず。この三人はつい最近まで最底辺の(カッパー)でまともな依頼を殆どこなしていない。高級な宿に泊まる余裕など無いのだ。

 部屋の真ん中に立つ漆黒のローブに身を包んだアンデッド、モモンの姿を解除したアインズは天井の隅に張られた蜘蛛の巣を見つめ、発動した伝言(メッセージ)で言葉を交わしていた。

 冒険者組合長の使いと名乗る者からエ・ランテルでのアンデッド大量発生に伴い、助力を乞われたのだ。

 

『――そうだ、優先順位はプレイヤーの発見が第一。正義感の強いプレイヤーならこの事態を放っておかないだろう。次に首謀者がいると仮定してその居所と戦力、それから事件解決をしようとする冒険者の妨害だ。プレイヤーにはこちらから決して手を出すな。私やペロロンチーノと同格の強さだったら厄介だ。初めから敵対し、交渉の余地無しだった場合は滅ぼすしかないが……』

 

『畏まりました、アインズ様』

 

『それとな、デミウルゴス。エ・ランテルに滞在し情報収集の任に当たっていたセバスの言は貴重だ。お前達の仲は知っているが、きちんと情報共有するのだぞ?』

 

『心得ております。至高の御方々の御役に立つことこそ至上の喜び。私情で任務を害することなどあってはならないと、肝に銘じております』

 

『うむ、期待しているぞ』

 

『ハッ! 全身全霊で務めさせていただきます』

 

 伝言(メッセージ)を閉じ「さて」と(つぶや)きながらペロロンチーノに目をやると、ルプスレギナと二人で質素なベッドに座り、買い込んだ焼き鳥を美味しそうに食い漁っていた。二人は食べ終わったそばから焼き鳥の入った袋に手を伸ばし、そのまま口へと運ぶ。

 黄金全身鎧(フルプレート)のヘルムだけを脱ぎ捨てたペロロンチーノは、手に何本も持ちながら無我夢中。

 

「うめー」

 

「エンちゃんと同じ眷属食いっすね」

 

「エントマの気持ちが分かったよ。こりゃ美味いわ」

 

 二人が何かやらかす度にツッコミを入れていたアインズだが既にその気力は無く、諦め交じりの溜息を漏らす。

 

「……二人とも、行くぞ」

 

「待て、アインズ」

 

 アインズを静止させたペロロンチーノは袋の中にある全ての焼き鳥を鷲掴みにすると、一口で一気に平らげた。

 

「ずるいっす!」

 

「いやー悪い悪い」

 

「……ペロロンチーノよ、エ・ランテルにはたくさんの少女もいるのだぞ?」

 

「何をしているんだ二人とも! 早く集合場所へ急がなくては!」

 

 アインズはペロロンチーノの扱いがうまくなっていた。

   

   

   

   

   

 

    

 魔法詠唱者(マジックキャスター)の操る浮遊板(フローティング・ボード)でエ・ランテルに到着したモモン一行は、冒険者組合長のアインザックからアンデッド大量発生の原因を排除する任務を与えられた。一緒に連れてきているブレイン・アングラウスからモモンの力を知ったアインザックが、是非にと頼み込んだのだ。

 その実、モモンはエ・ランテルへ到着する前にこの事件の黒幕を知っていた。調査を行っていたデミウルゴスから詳細を聞かされていたからだ。モモン達にとって全く持って相手にならない小物だが、この世界では違う。間違いなく強者の部類だ。

 すぐに解決することもできたが、そうはしない。エ・ランテルの戦力で首謀者を捕らえるのは不可能、ならばプレイヤーが現れるまで時間を潰すことにしたのだ。アンデッド大量発生から時間が経過しており、現れる可能性は高くないが念のためともう少し待ってみる。この事件をまだ知らないかもしれないし、別のことに時間を取られているかもしれない。仲間内での意見をまとめている線も考えられる。

 この規模の事件が頻発するとは思えないし、せっかくの機会と最大限利用する。それに被害が甚大であればあるほど、解決した時の賞賛も大きい。

   

   

    

 アンデッドから冒険者や市民を救い続けるモモンは、名声が高まると内心ほくそ笑みながらエ・ランテルを駆け回る。傷を負った者にはルプスレギナに治癒魔法をかけさせると、より感謝された。本来、治癒魔法を無料で施すのはご法度である。神殿でしかるべき金銭を払った場合のみ受けられるのだ。人助けだとしてもやってはならない行為で、厳しい罰則があるほど。この規模の事件であれば目こぼしもあるかもしれないが――。

 モモン一行の振る舞いはまさしく英雄。羨望な眼差しを一身に浴び、アンデッドを駆逐していく。

 共に行動するブレイン・アングラウスの存在もとても大きい。この男が賞賛すると、名声の広がり方が尋常ではない。ここまでとんとん拍子でこれたのもブレインのおかげ。名声を高めるマジックアイテム代わりと連れまわしていた。

 チュパも適当にぶん殴り、骸骨(スケルトン)を粉砕していた。軽く振った拳でも、まるで巨大な鈍器で殴った様に粉々。

 

「それにしても骸骨(スケルトン)死の支配者(オーバーロード)に挑むなんて笑えるな。しかも黒幕の切り札が骨の竜(スケリトル・ドラゴン)って悲惨」

 

「面白いっす。爆笑っす」

 

 モモンはブレインが離れた時を見計らい、チュパ達に敵の詳細を伝えていた。

 

「ん? 死の支配者(オーバーロード)ってなんだ?」

 

「あっ」

 

 単調な作業に飽きつつあったチュパはブレインの存在を忘れ、思わず口を滑らす。モモンは手を顔に当て夜空を見上げた。

 

「えー、いや、その」

 

「それにしても骨の竜(スケリトル・ドラゴン)がいるのか。厄介だな」

 

 ブレインにとって聞いたことも無い死の支配者(オーバーロード)よりも、馴染みのある骨の竜(スケリトル・ドラゴン)に反応を示す。

 

「面白いっす。爆笑っす」

 

骨の竜(スケリトル・ドラゴン)がいることがそんなに面白いか? てか、どうやって知ったんだ?」

 

 モモンは何とか冷静を装い、ボロが出ないように四苦八苦する。

 

「……その、何だ、ルプスがそういったアンデッドの探知、的な、何かが出来るのだ」

 

「へー凄いんだな」

 

「凄いっすよ! もう一発っす。近くにアンデッドの神がいるかもしれないっすよ?」

 

「なんだそりゃ」

 

 ここでモモンの憤怒の視線に気付いたルプスは冷や汗をかく。ビクリと体を震わせモモンの様子を伺うと、マジ切れ寸前なのが分かる。

 

「嘘っす! そんなのいないっす!」

 

「そりゃそうだろ。いくらアンデッド大量発生といってもそんなの出てくるわけない――おい、冒険者がアンデッドに追われてるぞ」

 

 ブレインが刀で剣先を向けた先、五人の冒険者が血相を変えて一心不乱に向かってくる。すぐ後ろには多数の骸骨(スケルトン)百足状の骸骨(スケルトン・センチュピート)骸骨弓兵(スケルトン・アーチャー)が数体、迫っていた。それらはナザリックのシモベでは無く、自然発生したアンデッド達。

 

「ニニャ、もう少し踏ん張れ! 前に冒険者がいるぞ、助けてもらおう!」

 

「ハァハァ――」

 

 五人の冒険者の中で一番前を走る弓を持つ男ルクルットは、息の絶え絶えなニニャを励ます。魔法詠唱者(マジックキャスター)であるニニャの体力はとうに限界を超え、返事を返す力も残っていない。今にも倒れそうなほど疲労していた。骸骨弓兵(スケルトン・アーチャー)が放つ矢をペテルとダインが何とか防ぎ、走り続ける。

 

「アイツらピンチだな。助けてやろう」

 

 自分の失言で機嫌の悪くなったモモンから逃げるように、チュパはそそくさと走り出す。弓兵(アーチャー)のチュパは近付く必要も無いのだが、単にその場から離れたい一心。

 

「私も行くっす!」

 

 つい先程まで適当に戦闘していた二人は、人が変わったように率先して救出を行う。モモンも溜め息の仕草をし、グレートソードを構え走り出した。

 前方の冒険者が助太刀の構えを取ったことに、ルクルットは僅かながら安堵する。せっかく見つけた冒険者だが、背後の敵は大群であり逃走することも充分に考えられる。

 そうなれば疲弊したニニャの足はいつか止まり、それを守るべく戦う未来が想像に難くない。

 

「すまねぇ! そこの冒険者、ニニャ、じゃなくてうちの魔法詠唱者(マジックキャスター)の体力が回復するまで助太刀――」

 

 ルクルットととしては時間稼ぎの援護を乞うつもりだったのだが、この冒険者達は格が違った。漆黒の戦士はグレートソードの一振りで何体も粉々にし、黄金の弓兵(アーチャー)が放つ矢の威力は凄まじく骸骨(スケルトン)に対して効果の薄さなど関係が無い。超絶美人のクレリックは巨大な聖杖を軽々振り回し、男が振るう刀の一閃は目にも止まらない。

 

「おいおい、まじかよ」

 

 この強さは蒼の薔薇と比較しても遜色無い。ルクルットは弓を構え援護をしようとするが、その必要性を感じないほど圧倒的。地面に座り込むニニャは、肩を大きく揺らし何度も呼吸を繰り返す。

 ニニャを守りながら走っていたペテルとダインも肩で息をし、蹂躙を目にする。

 

「……オリハルコンプレートか。なるほど」

 

「凄いであるな。あの強さならすぐアダマンタイトに上がってもおかしくないのである」

 

 その強さは常人を逸している。蒼の薔薇と同じ――いや、それ以上かもしれない安心感がある。

 あれだけいたアンデッドを殲滅するのにそう時間はかからなかった。これだけ強ければ蒼の薔薇の助けになると漆黒の剣の面々は確信する。

 こうしてる間にも蒼の薔薇はあのゴキブリと激闘を繰り広げているかもしれないと、ペテルは一刻も早い援護を要請をする。

 

「助けていただき有難うございます! 不躾(ぶしつけ)ではありますが、あなた方にどうしてもお願いしたいことがあります! アダマンタイト級冒険者『蒼の薔薇』がゴキブリと戦闘中です! 恐らくかなりの強敵だと思われますので、どうか、助太刀をお願いできないでしょうか!?」

 

「……ゴキブリ?」

 

 漆黒の戦士から(いぶか)しげに零れた言葉。そう思うのも当然だとペテルは納得する。アダマンタイト級冒険者が苦戦するゴキブリなど想像だにできないのは至極当然。自分だって突然言われても、そう簡単に信じないだろう。だが、これは紛れもない事実。どう納得してもらうか考えるが、その前に漆黒の戦士は応えた。それはとても堂々とし、自信に満ち溢れていた。漆黒の剣はそこである感情が込み上げる。いや、これは漆黒の剣に限ってではない。助けられた誰もが感じた感情。

 

「了解した」

 

 ――それはまさしく『英雄』だった。


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