おかえり、ペロロンチーノ   作:特上カルビ

18 / 19
一緒に急行

 星々が煌めく夜空の下、真紅のマントをはためかせ街道を走るモモンは、内心焦りがあった。

 恐怖公は後方支援がメインで戦闘力は高くない。それでも、この世界の水準を考えればかなり強いが心配の種があった。

 現在連れまわしているブレインは王国最強の戦士と互角の勝負をしたらしいが、おそらく恐怖公とこの男は同じくらいの強さではないだろうか。ブレインの強さは宿屋裏での手合せで、レベル三十五のデス・ナイトより少し弱く感じた。恐怖公のレベルは三十なので、的外れではないはずだ。

 恐怖公が現在戦っている相手は、蒼の薔薇というアダマンタイト級冒険者。このクラスの冒険者はガゼフとも渡り合えるという話を聞いたことがあり、真実ならば三十近いレベルとなる。同程度なら恐怖公の敗北も十分にありえた。

 

 デミウルゴスから強者との戦闘は避けるよう指示が出ているはずだが、何故か戦闘になっているようだ。今の装備では伝言(メッセージ)が使えず、連絡を取れない。予期せぬ事態は起こるものだと、モモンの中で焦りが積もり大きくなっていった。

 ここエ・ランテルでは数多くの人々を救ってきたが、本気の救助はこれが初めて。自然と走る速度が上がっていく。

 

「ちょ、ちょっと待ってください! 速すぎて追いつけません!」

 

 モモンから引き離されかけていたペテルは全力で走り続け、息も絶え絶え。今も尚平然と走っているのはオリハルコンプレートを付けた黄金の戦士と絶世の美女、刀を握る野性味のある男だけ。

 足に自信のあったルクルットも余裕の欠片(かけら)も無く呼吸を荒くし、半ば呆れ顔でモモン一行に目をよこした。

 

「その鎧と馬鹿でかい剣を二本も持ちながら、この速さとかどんな体してんだ? しまいには、見たことも無い絶世の美女が巨大な杖を持ちながらその余裕……ありえないだろ」

 

「さすがオリハルコン級冒険者であるな」

 

 走ることが不得意なダインの顔は脂ぎっていた。

 ここで漆黒の剣の事など、頭からすっぽり抜け落ちていたことにモモンは気付く。

 

「すいません、みなさんの事を忘れていました。一刻も早く助けに行きたいので……」

 

「お優しいのですね。会ったことも無い冒険者にそこまで必死になれるなんて。しかも戦っている相手が強大なモンスターだというのに」

 

「……そんなことないですよ。ただ、体が自然と動いただけです」

 

「……本当に凄いです」

 

 思いがけないことで評価が上がったが、当然修正などせず当初の予定通り名声を稼いでおく。

 本心はとっとと恐怖公の救助に向かいたいのだが、ニニャの体力が回復しておらず置き去りにもできない。あの疲労では走ることなど出来るわけもなく、次大群に襲われたら間違いなく死ぬだろう。

 この一連を誰がどこで見ているかも分からず、無下にも出来ない。特に正義感溢れるプレイヤーに見られていたら最悪だ。

 

 その肝心のニニャはチュパの腕に抱かれ、呼吸を激しく繰り返していた。足は小刻みに震え、額にも大量の汗が滲んでいる。限界を超えて走り続けたことが容易に想像できた。

 チュパがニニャの移動を買って出た理由は、心眼で性別を見抜いたからだ。男の格好をしているが、数多の少女を見てきた眼力は誤魔化せない。

 腕の中で疲労困憊のニニャをガン見しながら、アウラタイプは前にいた世界も含めて初めてだなと心の中で興味津々に(つぶや)く。

 

 ふと何気なく前方を見据えたチュパは、遠くの方から追われるように走る四人の姿を捉えた。人間では到底視認出来ない距離。現在気付いているのはオリハルコンプレートを付けた三人のみ。

 走る速さはこの世界で見てきた人間の中ではブレインの次ぐらいだろうか。百レベルからすれば大した速さではないが、モモンの中では警戒心が生まれる。

 身に着けている装備はモモンからすれば大したことは無さそうだが、今まで見てきた粗末な物からすればまだまとも。唯一、白銀装備の女が持つ黒い剣は、そこそこの一品ではないだろうか。

 そうこう考えているうちに、漆黒の剣にも見える距離まで迫ってくる。

 つい先ほどまで共に戦っていた冒険者、ラキュース達を目にしたペテルは歓喜と安堵の入り混じった声を上げる。

 

「蒼の薔薇のみなさんだ!」

 

 生きていたことに歓喜に湧く漆黒の剣だが、蒼の薔薇のただならぬ様子を目にし、すぐに嬉しさを抑え込む。咄嗟に動けるよう気持ちを切り替えた。

 モモンは声一つ漏らさずジッと見つめる。漆黒ヘルムに覆いかぶさった炎の眼は、一心不乱に走るその姿を捕らえて離さない。蒼の薔薇と聞いて、必死に溢れそうになる敵意を隠す。

 恐怖公の姿が見えないが、あの様子だと戦闘に敗北して逃げているように見える。だが、真相は分からず安心するにはまだ早い。万が一恐怖公が打ち取られていたら、自分でもどういう行動を取るか予想できなかった。グレートソードを握る手にも力が入る。

 

「おめぇら! 今すぐ逃げろ! すぐそこまで来てるぞ!」

 

 巨大な刺突戦鎚(ウォーピック)を持つ大柄な冒険者、ガガーランから野太い声が飛ぶ。ペテルは剣を構え、視線を蒼の薔薇の背後に向けるが特に異常は見つからない。

 

「どこですか!?」

 

「地面だ、地面! ゴキブリの大群だ!」

 

 夜の暗闇で気付かなかったが、確かに本来あるべきの土の地面は無く、黒い物体が大量に(うごめ)いていた。様々なモンスターを見てきた漆黒の剣でも、ぞわぞわと鳥肌が立つ光景。

 黒い大群を目の当たりにした漆黒の剣は急停止した。確かにあれは剣での対処が難しいが、ラキュースや忍者姉妹なら対抗手段があるように思えた。

 

「本当の問題はコイツ等じゃねぇ! もっとやべーのがいる!」

 

 漆黒の剣はすぐさま反転し、逃げようとする。アダマンタイト級冒険者があそこまで焦る相手、墓地の門で目撃した異様なアレを思い出す。自分達ではどうしようもないと走ってきた道を戻ろうとする――が、オリハルコン級冒険者達はその場で微動だにしない。刀の戦士は引きつった顔で後退りするが、モモン達は冷静そのもの。

 

「あれは……そうか、無事だったか」

 

 モモンは蒼の薔薇の言葉と進撃のゴキブリを見て、密かに胸を撫で下ろす。どうやら恐怖公は勝利したようだ。

 ガガーランは漆黒の剣の横で逃げようとしない冒険者達に苛立った。この状況で逃走や戦闘のそぶりが全くないのはどう考えてもおかしい。アホみたいにボーと眺めているだけ。

 すれ違いざまに漆黒戦士の肩を掴んだガガーランは、引っ張り出そうと試みる。悠長に説明している時間は無い。

 

「オイ! そっちの冒険者! 早く逃げ――」

 

 ――全く動かなかった。巨大な岩石を連想するほどピクリともしない。腕力に絶対の自信を持つガガーランだが、足が止まってしまう。

 口を開けたまま固まるガガーランの手など気にするそぶりも見せない漆黒の戦士は、軽く一歩前に出る。

 

「問題ないですよ。まぁ見ていてください」

 

 余裕綽々(しゃくしゃく)にグレートソードを地面に突き刺した漆黒の戦士は、腕組みしながら仁王立ちする。

 蒼の薔薇は想定外の異常事態に驚愕した。余裕の態度から、何か奥の手でもあるのかと思っていたが、何を考えているのか武器を手離し、ただ立っているだけ。

 

「……」

 

 その次に目にした光景はさらに衝撃的だった。あれだけ追ってきていたゴキブリの大群全てがピタリと止まり、石化したように固まる。

 

「引け」

 

 漆黒の戦士が起こした言動はこの一言。ゴキブリの大群はそれに合わせ、引き下がっていった。オリハルコンプレートの冒険者以外、誰もが言葉を失う。

 

「な、何をしたの!?」

 

 ラキュースは足を止め、土色を取り戻した地面を見渡す。

 

「……秘密ですよ」

 

 この言葉にラキュースはそれ以上追及しなかった。チームで何か隠しておきたいことがあるのは珍しい事ではない。かくいう蒼の薔薇もイビルアイの事で絶対に話せない秘密がある。

 ラキュースはチラリと流し目で黄金の戦士を確認し、この風貌は間違いがないと確信する。カルネ村を救い、ラナーに調査を依頼された人物『チュパ・ゲティ』。

 とすると、こっちの漆黒全身鎧(フルプレート)はブレインに勝利した戦士モモンなのだろう。天真爛漫に笑うクレリックは、女のラキュースでもドキリとするほどの美しさ。確かにラナーに勝るとも劣らない絶世の美女、ルプスと見て間違いがない。普段無関心なことが多いティアなのだが、その目は釘付け。

 

 蒼の薔薇に希望の光りが僅かに灯る。情報が全て真実ならこの冒険者達は相当の実力者。もしかしたらイビルアイの手助けになるかもしれないほどだ。

 しかし、それでも無駄かもしれないとの思いの方が大きい。何せ、あのイビルアイが命を賭して足止めを図ったのだ。この冒険者達でもあっけなく敗れる公算が高い。

 どう切り出そうか悩み言葉が出ないラキュースに、モモンが先に声をかけた。

 

「何かに追われていたようですが、詳しく話していただけませんか?」

 

「そ、そうね。一先(ひとま)ず小さい方は撃退したことだし、手短に話すわ。本当の強敵は今、私達の仲間が抑え込んでるの。だからこう話してる時間も勿体ないのだけど……」

 

 これより先は言葉に出来なかった。救援してくれれば、もしかしたらイビルアイを助けることが出来るかもしれないが、命の危険が計り知れない。そんな無茶を見ず知らずの冒険者に頼むことはできない。

 万が一死んでもラキュースには切り札の蘇生魔法があるにはある。これを使えば生き返らせることも出来るのだが、すぐ近くに遺体がなければならず絶対の信頼は寄せられない。

 モモンはまだ恐怖公が戦っている事実に関心を寄せた。蒼の薔薇の仲間の強さが不明で、まだ安心ができない。

 

「その仲間というのは強いのですか?」

 

「……かなりの強さよ」

 

「でも相手よりは弱いのですよね?」

 

「そうね、最初は拮抗していたんだけど、銀色のゴキブリが出てから……」

 

「……銀色?」

 

「えぇ」

 

 何故、モモンが銀色に疑問を持ったのか分からずラキュースは首をかしげた。

 モモンは必死に銀色のゴキブリを思い出そうとするが、皆目見当がつかない。ラキュースの口ぶりから恐怖公より強いらしいが、ユグドラシルにそんなモンスターはいないし見たことも無い。

 蒼の薔薇に悟られぬようチュパに視線を向けるが、首を横に振って答えが返ってくる。

 

「……取り敢えず、救援に向かいますか」

 

 本来、蒼の薔薇にとって願っても無い申し出だが、ガガーランは険しい表情のまま頭を掻く。

 

「オイオイ、いいのかよ? あのゴキブリは、はっきり言ってかなりの強敵だぞ? あのイビルアイがあそこまで言ったんだからな」

 

「問題ないです。むしろこう話している時間が勿体無い、一刻も早く駆けつけたいです」

 

「マジかよ!? こっちに取っちゃ有難い話だがよ、随分お人よしだな。あのゴキブリは相当の……いや、でも、あんたの腕力は俺より遥かに上だし、何とかなるかもな」

 

「それは本当なの!?」

 

 ラキュースは信じられないとモモンを見る。単なる腕力ならガガーランは人間の中でも頂点に近いはずだ。それがこうもハッキリということからモモンの力は桁違い。

 

「……腕力には少し自信があるだけですよ。では、行きましょう」

 

 実際は戦士の格好をするのモモンより、弓兵(アーチャー)であるチュパの方が力は強い。モモンは魔法詠唱者(マジックキャスター)なのだから当然なのだが、二人の風体を見れば誰もそんなことは考えもしない。

 ガガーランより剛腕との事実は陽光聖典をたった三人で退け、ブレインにも勝利した真実を色濃くする。三人が身に(まと)う装備も、鑑定しなくとも一級品ばかりと分かるほど。

 

 心強い味方を付けた蒼の薔薇はモモン達と共に、急ぎ来た道を引き返す。

 蒼の薔薇から得た情報でモモンは安心できていない。まず銀色のゴキブリを知らないし、イビルアイという冒険者の強さも分からない。蒼の薔薇は逃げてきたのだから危険は大きくないと思えるが、絶対ではない。

 

 十人を超える集団となった一団はモモンを先頭に走った。ゴキブリの群れとの戦闘も予想されたが、一度も遭遇することなく目的地へと到着する。

 モモンが一番最初に目撃したのは銀色のゴキブリが夜空の魔法詠唱者(マジックキャスター)に突撃し、吹き飛ばす光景だった。

 モモンの心配をよそに、圧倒的な戦力差があるようだった。蒼の薔薇に気付かれぬよう、心の中で銀色のゴキブリを賞賛した。

 

(それにしてもあのゴキブリ、戦士状態の今の私より強いだろ、あれ……。それに、あの一撃で死なない魔法詠唱者(マジックキャスター)も要注意だな。恐怖公も無事だし、魔法詠唱者(マジックキャスター)は助けて損はなさそうだ。色々と役立つかもしれない)

 

 空中に放り出されてから落下してくるイビルアイを、タイミングよく受け止めたモモンは精一杯かっこつけた。

 主を前にした恐怖公は真紅のマントを掴み、優雅にお辞儀をする。

 

(漆黒の体に赤いマントか……少しかぶってるな)

 

 銀色のゴキブリに剣先を向け対峙するモモンは、なにかカッコいいセリフはないかと頭を働かせた。背後には蒼の薔薇やブレイン、それにおまけの冒険者もいるのだ。噂がより賞賛に彩られる一言を考え抜く。

 

「いくぞ! ……ゴキブリ!」

 

 結局、何も思いつかないまま激突するのだった。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。