おかえり、ペロロンチーノ   作:特上カルビ

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一緒に観戦

 蒼の薔薇とブレイン・アングラウスは茫然とそれらの戦いを眺めていた。

 漆黒の戦士モモンと銀色のゴキブリが激しくぶつかり合う様は、まるで荒れ狂う暴風。無数の金属音が夜空に舞い、目で追えないほどの速さで激突を繰り返す。常識などかなぐり捨てた戦い。

 ラキュースは乾いた喉を潤すように唾を飲み込んだ。陽光聖典らしき襲撃を三人で撃退したことや、ブレインに勝利した事実からかなりの使い手だとは思っていた。しかし、ここまで強さだとは予想もしていない。まさかイビルアイが勝てない相手に、たった一人で互角に渡り合えるとは夢にも思わない。

 モモンの仲間であるチュパとルプスも援護をしようとのそぶりも見せず、和やかな雰囲気で談笑混じりに観戦している。

 

「あの派手なゴキブリはなんだ? 見たことないな」

 

「チュパさんのが派手っすよ!」

 

「あ、そうだった」

 

 戦闘中だというのに弓を地面に突き立てたチュパからは、モモンの心配など一切感じられない。『国堕とし』の異名を持つイビルアイより強いゴキブリを相手に激闘を繰り返しているというのに、モモンの勝利を確信しているようだった。 

 

「それにしても、モモンとゴキブリが戦ってるこの光景は何というか面白い」

 

 この有り得ないチュパの発言は、ルプス以外全ての度肝を抜いた。銀色のゴキブリは王国の存亡にすら関わってくると言って差支えないほどだ、面白いなどと考え付きもしない。

 僅かに体力が回復したニニャはチュパの手から離れ、杖にしがみ付きかろうじて立っていたのだが、この突拍子も無い言葉で崩れ落ちそうになる。ルクルットはツッコミを入れようとするが、あまりの衝撃で声が出なかった。

 周りの驚きとは裏腹に、チュパはのほほんと戦いを眺めていた。

 

「うーん、あのゴキブリそこそこ強いな」

 

「そうっすね……見た感じ私より強そうでめっちゃショックっす……」

 

 ルプスは心底落胆しているようだった。あのゴキブリより弱いことがそんなに落ち込むことだろうかと、誰もが思う。あのゴキブリはまさに伝説クラス、神話で語れるレベルの怪物。

 金色の弓兵(アーチャー)チュパもモモンと同じく別次元の強さなのだろうとラキュースは推測した。信じられないほど常識外れの言動だが、これらが演技や冗談ではないと、幾度の修羅場で培ってきた冒険者の目が告げている。本気でそう会話しているとしか思えなえなかった。

 一方のルプスは第四位階魔法の使い手なので、自分より少し下ではないだろうか。自分でも残念そうにゴキブリより弱いと発言しているので、モモンの領域には立っていないだろう。

 ラキュースは恐る恐るといった感じで、得体のしれないチュパに話しかける。

 

「……援護しないの?」

 

「え? 援護? 必要無いと思うよ。モモンの力はこんなもんじゃないし」

 

 ラキュースは絶句する。モモンはまだ本気を出していない――人間とはここまで強くなれるのだろうか。さすがのラナーでもこれは想定していないだろう。

 想定外といえば銀色のゴキブリもそうだ。あの剛腕から振るわれたグレートソードを、あんな小さな体で何度受けたのだろうか? 速すぎて音でしか激突の確認ができないが、相当数直撃しているはずだ。

 こんな怪物がこの事件にどう関わっているのか、想像もできない。

 

「お強いですな、我輩自慢のシルバーが圧されていますぞ」

 

 月光を返すが如く煌びやかだったゴキブリの銀色は土で汚れ、無数の傷を作り疲労しているのが分かる。モモンの漆黒全身鎧(フルプレート)も傷があるがゴキブリよりも少ない。何より、余裕が滲み出ていた。

 因みにシルバーゴーレム・コックローチは名前の通り生き物では無くゴーレムなので、疲労とは無縁。気を利かせた恐怖公がそう操作しているにすぎない。

 

「このままではまずいですな。ふむ、我輩の趣味ではありませんが、こう攻めさせていただきますぞ。そこの仮面の方は中々厄介ですので、ここで倒させていただきますな。我輩は庇われることをお勧めしますぞ」

 

 モモンと対峙していた銀色のゴキブリは、イビルアイに狙いを定める。

 イビルアイは魔法を唱えようとするが、それでは遅いと肌で感じる。

 銀色のゴキブリの速さは尋常ではない。諦めも脳裏に過ぎってしまう刹那(せつな)、まだモモンを侮っていたことを悟る。

 気付いたら、自分は今モモンに抱きかかえれているようだった。仮面の下の顔は真紅に染まる。嬉しさと恥ずかしさでどうにかなってしまいそうだった。またお姫様のように救い出されたんだと、胸が張り裂けそうなほど高鳴る。

 だが、動転していた気持ちが落ち着きを取り戻すと、歓喜は一気に霧散する。

 

「これは……」

 

 ――まるで荷物を抱える様に肩に乗せられていた。そもそも前すら向いていない。銀色のゴキブリにお尻を向けている。置かれた顔の位置は、モモンの背中にある真っ赤なマントの上。真紅に染まったのは顔で無く、視界だけとなった。

 不満を言える状況では無いのは百も承知だが、やりきれない思いが脳裏を支配する。アホなことを考えていい場面ではないことも分かっている。この体勢では自分の理想であるお姫様抱っこに持っていくことも出来ない。

 モモンはイビルアイを肩で抱えたまま、銀色のゴキブリの後方で佇んでいる偉そうな格好をしたもう一匹に話しかける。

 

「それでお前の目的はなんだ」

 

 イビルアイは目を見開く。

 ――え、このまま会話するのかと、あたふたした。ラキュース達が可愛そうな目で見ているのが分かる。

 やめろ! 私を見るな! そう叫びそうになる。

 

「我輩の任務は強者の排除ですぞ」

 

「そうか。だが見ての通り私の方が強い。それでも逃げないのは何か理由があるのか?」

 

 この質問には隠された意図があった。モモンとしては強者との戦闘を避けるよう命令したはずだ。眷属を通して情報収集が出来る恐怖公なら、相手の戦っているところを見ればある程度の力量が測れる。ならば、アダマンタイト級冒険者が自分と対等の強さがあると分かるはず。命令を無視して戦ったのは何故かとの問いかけだ。問題は恐怖公が質問の真意に気付くかどうかだ。

 どっかの鳥みたいにとんでもないことを言うかもしれない。

 なりは優雅な単なるゴキブリだが、ナザリック内では機転がきく方だと思う。比較対象が脳筋ばかりのナザリックのシモベでは心もとないが、このゴキブリは侮れない。モモンの内心は、ゴキブリに土下座しながら必死に祈る気分だ。

 

「シルバーより遥かに強く、『神様』に匹敵すれば撤退していたでしょうな」

 

「……つまり……それは」

 

 モモンは恐怖公の返答の意味を考えだす。……おそらくだがこの意味深な返答は此方の意味を理解してのことだろう。さすが、恐怖公は脳筋とは違う。

 ……もしかして私より頭がいいんじゃ……ゴキブリより頭が悪かったら――い、いや、これは今関係ないな、うん……。

 よ、よし、気を取り直して整理しよう。この『神様』というのはもしかして私とペロロンチーノさんの事ではないか? 自分でいうのも恥ずかしいが、ナザリックのシモベがそう思っててもおかしくない。実際につい先ほど、どっかの犬がそんなことを言っていた。あれは精神安定がなければ危なかった……。

 それはおいといて、『神様』が私やペロロンチーノさんと同じレベル百という意味を刺すならば、それ以外では撤退しないということか? デミウルゴスに何て命令したかな……。

 ――うん、駄目だ、思い出せない。強い奴とは戦うな的な事なのだが……。これは命令が正しく伝わって無かったというか。ここは大人しく撤退させたいところだが。さて、なんて言うか。

 

「……それで、私はその神様とやらに匹敵するのかな?」

 

「はい、そのようです。あなたのような戦士がいたとは予想外ですな」

 

「ならば、どうする」

 

「ここは撤退させていただきますぞ」

 

 恐怖公はシルバーを下がらせ、闇に紛れて逃走を図る。恐怖公はモモンの意図を完全に読み切っていた。モモンの中の恐怖公に対するポイントが上昇していく。

 あんまり会話も命令もしてこなかったが、これは改めなければならないなと思わぬ発見をする。

 

「い、行ってしまうぞモモン様。早く後を追わねば」

 

「無理だな。どうやら奴は、眷属を無数に抱えているようだ。これ以上迫れば――」

 

 モモンはそこで口を閉じたが、イビルアイはその後のセリフが分かった。

 そうなればイビルアイも含め、周囲にいる人間の命の保証がない。

 あの王様ゴキブリが銀色のゴキブリ以外にどんな手ごまを持っているかも不明で、そもそもまたゴキブリの濁流を出されたらこの上なく厄介。

 疲労した漆黒の剣もいることもマイナス材料。

 推測するに、漆黒の剣を助けたモモン様はそのまま放っておけず、連れてきたのだろう。なんて優しく、強いお方なのだろうか。きっと困っている人々全てを助けたいのだろう。

 肩で抱えられたままのイビルアイだが、それでもモモンに対する思いが大きくなっていく。

 イビルアイを地面に立たせたモモンは、そのまま話しかけた。救助したアダマンタイト級冒険者とパイプを繋いでおくのは悪くない。今後、役立つ場面もくるかもしれないと打算する。

 

「無事で何よりです」

 

「た、助けてくれて有り難うございます。私は蒼の薔薇のイビルアイと申します」

 

「これはどうも。私はオリハルコン級冒険者のモモンです。あなたが蒼の薔薇のリーダーですか?」

 

「それは私よ。最近じゃあなたの噂で持ちきりだったわね。あのブレイン・アングラウスに勝ったとか」

 

「いえ、たまたまですよ。勝敗はどっちに転んでもおかしくなかった。紙一重です」

 

「オイオイ、これだけの戦いを見せてその言いぐさは、嫌味にしかならないぜ」

 

 そう言いながら刀を持つ男が会話に割り込む。

 

「あなたはもしかして」

 

「ブレイン・アングラウスだ」

 

「やっぱり……。あなたからもただ者じゃない雰囲気が出てたのよね」

 

「まぁ、モモン殿達の前じゃ霞んじまうがな」

 

「それを言ったら私達だって」

 

 ブレインは苦笑いを受べ、ラキュースも追従の微妙な笑顔を返す。

 ラキュースが視線をブレインの後方にずらすと、ティアとティナに話しかけるチュパの姿があった。

 モモンは英雄といっても差支えない言動を示すが、チュパについては図りかねていた。

 ラナーには悪いが、密かに情報を集めて敵対されるのは絶対にしてはいけない。そもそもモモン達の目をごまかせる気がしない。それでも興味は当然ある。

 チュパはティアとティナに対して友好的なようだから、気難しい人間では無いらしい。

 取り敢えず無難にと、自己紹介から始めることにした。

 

「チュパ・ゲティさんの名前は知っているけど、まずは私達の自己紹介をするわね。私は蒼の薔薇のリーダーをやっているラキュース・アルベイン・デイル・アインドラよ。よろしくね」

 

「チュパ・ゲティだ。チュパと呼んでくれ」

 

「ティア、よろしく」

 

「チュパ・ゲティだ。チュパと呼んでくれ」

 

「ティナ、よろしく」

 

「チュパ・ゲティだ。チュパと呼んでくれ」

 

「俺はガガーランだ。よろしくな」

 

「チュパ・ゲティだ。ゲティと呼んでくれ」

 

「オイ! 何で俺だけ違うんだ!?」

 

「いや、何となくだよ。どうも想像するとこっちの精神的によくないだけさ」

 

「どういう意味だ!?」

 

「まぁまぁ、ガガーラン落ち着いて。まだ全員自己紹介終わってないんだから」

 

 ラキュースの言葉でガガーランの怒りが和らいでいく。イビルアイはモモンを様付けで呼んでいたし、さっきからチラチラとモモンを見ている仕草から好意を寄せているのは明らか。それがあんな抱えられかたで助け出されたんだ、その時の心境を思うと自分はまだマシに思えてくる。

 

「……イビルアイだ」

 

「チュパ・ゲティだ……。好きに呼んでくれていいよ」

 

 仮面を付け、尚且つ声も変えているイビルアイの正体には、さすがのチュパも分からなかった。

 

「私もするっす! ルプスっす! よろしくっす! ラーちゃん、ティーちゃん、ティーちゃん、ガーちゃん、イーちゃん」

 

「よ、よろしくね」

 

「ガーちゃんか。女らしいかもな、わるかねぇ」

 

「私達の呼び方同じ、遺憾の意を表明」

 

「表明」

 

 ティアとティナは文句をつけるが、ルプスは全く意に反さない。

 

「どっちもおんなじっす。問題ないっす!」

 

「遺憾の意を表明したけど、美女になじられるのは悪くない」

 

 イビルアイは複雑な心境でこの光景を眺めていた。

 モモン様の仲間を悪く言いたくはないが、どうも馴れ馴れし過ぎる。それに一番の問題はルプスが絶世の美女だということ。正直、女の私から見てもかなりの美女だ。それが男であるモモン様の目線にはどう映っているのだろうか。考えるだけでも恐ろしい。

 これだけの美貌だ、もしかしたらモモンの恋人かもしれないと、密かな嫉妬心を燃やす。

 ――だがしかし、その燃えたぎる嫉妬心さえ即座に吹き飛ばす一言が、当のルプスから投げかけられるのだった。

 

「あれ? イーちゃん、人間じゃ無いっすね」


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