おかえり、ペロロンチーノ   作:特上カルビ

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一緒に困惑

 二人は状況を全く掴めずにいた。自動的にされるはずのログアウトもせず、NPC達が唐突に意思を持ったかのように泣いているのだ、当り前であろう。

 どうすればいいのかいいのか分からず、無言のまま眺めていた二人に、アルベドがよろけながら近寄ってくる。おぼつかない足取りで跪き、こちらを見上げた。

 

「それはどういうことでしょう。モモンガ様も私をお見捨てになるのですか?」

 

 かすれた声で問いかけてくるアルベド。悲愴に満ちた金色の瞳、そこから溢れる涙はとめどがなく、純白のドレスに染みを作っていた。

 

「……見捨てる?」

 

 小さく響くモモンガの声。それを聞いたNPC達はさらに泣き崩れた。モモンガとしては疑問を返しただけだったが、平常心を失っているようなNPC達にはそう聞こえなかった。

 『見捨てる』この言葉に強く反応していた。床は涙で覆われ、立っている者は誰一人いない。完璧な執事として作られたセバスでさえ天井を見上げ、その目を腫らし涙が頬を伝う。

 ペロロンチーノが作ったNPCであるシャルティアは、跪きながら黒に近い紫色のスカートを握りしめ、真紅の瞳をより赤く染めたように感じるほど涙を流す。

 

「ペロロンチーノ様もそうなのですか!? お久しぶりにお姿をお見せになって、またどこかへ行かれるのですか!?」

 

 本来、間違いだらけではあるが、廓言葉(くるわことば)で話すシャルティアのそれは、飛んだ理性により完全になくなっていた。

 首をかしげたペロロンチーノは涙に濡れたシャルティアを見つめ、困惑しながらモモンガに顔を向ける。

 

「モモンガさん、どうなっているのでしょう? どこかへ行くだの、見捨てるだの」

 

「分かりません。ログアウトしないし、何が何やら。そもそも、こんな複雑なプログラムは無理でしょう。会話できるみたいだし。俺が何を見捨てるのかも分からない」

 

 二人の会話を聞いていたアルベドの涙がピタリと止まる。光明を見つけたように、張り付いていた悲愴感が僅かに消える。

 

「モモンガ様は私、いえ、ナザリックをお見捨てになるのではないのですか?」

 

「ナザリックを? 何故みんなで作り上げたナザリック、アインズ・ウール・ゴウンを見捨てなくてはならない?」

 

 この言葉に、あれだけ響いていた悲鳴にも似た泣き声が、嘘のように止まる。突如、訪れた静寂。誰もがその言葉を発した者を、潤んだ瞳で見つめる。

 ここでモモンガは、NPC達が自分達を見捨てるのではと、勘違いしてることに気付く。サービス終了すればそれも同じなのだが、取りあえず否定の言葉を考える。

 状況はよく分からないが、自ら進んでナザリックを見捨てると思われるのは、いい気分がしなかったからだ。

 

「ナザリックを、お前達を見捨てようと思ったことは一度もない。お前達のことは、最高の仲間であるアインズ・ウール・ゴウンのみんなで作り上げた宝。何故、それを放って他に行く」

 

 希望が差し込んだ表情で、行く末を見守っていたNPC達から歓声がまき起こる。メイド達は互いの手を取り合い、破顔する。先ほどまで悲しみが支配していた雰囲気は消失し、狂喜が鳴り響く。主人へ完璧な奉仕をするために作られたメイドとは程遠い姿。それに混じりシャルティアも一緒に騒ぐ。

 本来それを守護者統括として叱咤するはずのアルベドだが、何も言わず臣下の礼を尽くす。それはとても美しく、この世のものとは思えないほど、洗練されていた。まさしく、魔王とそれに付き従う最高の臣下。宝という言葉で密かに下着を濡らしてはいるが。

 メイド達も涙を拭い、神を崇める様にモモンガ達へ跪き、頭を下げる。

 その場に相応しい状況になったのを肌で感じたアルベドは、頭を下げたまま言葉を発する。

 

「モモンガ様の真意を理解できず、無様な姿をお見せしたこと、配下の者共々真摯(しんし)に謝罪申し上げます。何なりと罰をお申し付けください」

 

「え? う、うむ、このぐらい問題ない。捨てられると勘違いしたのだから仕方のないことだ。罰の必要はない」

 

「寛大なるご処置、感謝の極みにございます。このアルベド、さらなる忠義を捧げます」

 

「そ、そうか? うん、まぁ、よかろう、忠義に励め。それよりだアルベド、どうやら異常な事態が起こっているようなのだ。取りあえず、ペロロンチーノさんとだけで話し合いたいから、二人にしてくれないか?」

 

「はっ、畏まりました」

 

「あーそれと、セバス」

 

 モモンガの言葉に、一人の男が下げていた顔を上げる。シワがあり、髪と髭が白いことからある程度年を追っていることが分かるが、執事服の上からでも察せるその体は屈強であると想像できた。全てを射抜くような鋭い眼差しは、いかなる命令で実行してみせると、決意で満ち満ちている。今までの経過から命令できると踏むアインズは、今すべきだろうことを口にする。

 

「プレアデスを一人選抜し、ナザリックを出て近場の周辺を調べよ。会話ができる者がいたら友好的に話を進めよ。情報が欲しい」

 

「了解しました。他のプレアデスはどういたしましょう?」

 

「ナザリックの防衛だ。そちらで適切に配置せよ」

 

「畏まりました。では、失礼いたします」

 

 一礼し、優雅にそれでいて力強く足を進める。アルベドと一般メイドも、ペロロンチーノと二人で話し合いたいという命令に従い、玉座の間を後にする。

 シャルティアは幾度か立ち止まり、二人を見つめ何かを言いたそうにするが結局口にせず、名残惜しそうにしながらとぼとぼ歩いていく。

 最後尾のアルベドが一礼し、一般メイドが扉を閉じる。

 二人だけとなり静まり返った玉座の間には、頭を抱え(もだ)える死の支配者(オーバーロード)とバードマンの姿があった。あまりの訳のわからなさにモモンガがアーと声を発すれば、ウーとペロロンチーノが返す。

 

「取りあえず状況確認しましょう、ペロロンチーノさん」

 

「そうするしかないですね……」

 

「まずはコンソール……あれ? でない。GMコールも!? 強制終了しか――駄目だ……何もできない。ペロロンチーノさんはどうです?」

 

「モモンガさんと同じです。この状況、なんかよく分からないけど、めちゃくちゃヤバいってことだけ分かります」

 

「魔法とかアイテムはどうなってるんだろう。次はそのへんか」

 

「てかモモンガさん、去り際のシャルティアにグッときませんでした? 俺、思わず生唾飲んじゃいましたよ。さすが俺の嫁」

 

「はぁ、円形劇場(アンフィテアトルム)で実験でもするか。ペロロンチーノさんもついてきてください。……うーむ、アルベドに各守護者を集めさせるか。一応、反応を見ておきたい」

 

「捨てられると勘違いして、あんだけ号泣したんだから大丈夫では?」

 

「いえ、デミウルゴスやコキュートスとか他の守護者の反応を知りたいんです。みんな、設定通り動いてるみたいだし。俺、全然知らないんですよ」

 

「なるほど、同じく全く知りません。デミウルゴスとか裏切りそうな顔してません? あの顔はナザリック転覆(てんぷく)狙ってますよ」

 

「デミウルゴスはウルベルトさん作か。……そういう設定あってもおかしくないですね。あ、ペロロンチーノさんなら、アウラとマーレの設定知ってるんじゃないですか? お姉さん作だし」

 

「……いえ、なんとなく見ませんでした。気の強い姉に、気の弱い弟が従う図を漂わせてる時点で、見る気がしませんでした」

 

「なるほど、まぁ、円形劇場(アンフィテアトルム)行けばすぐ分かりますしね。そこの守護者ですし。さて、アルベド探さなきゃ」

 

伝言(メッセージ)を使ってみては?」

 

「なるほど。気づきませんでした。魔法の確認にもなりますね」

 

 モモンガはどうやって伝言(メッセージ)を使うか考え、すぐに理解する。自分の奥底に気を向けると、MPの残量や効果範囲、リキャストタイムまで手足を動かすようにわかる。

 明らかにユグドラシルの時より素早く使えることに、モモンガは心の中でニヤリと笑う。呼吸するのと同じように、できて当然とメッセージを発動する。

 

『アルベド、聞こえるか?』

 

『ハッ!? モモンガ様! どうなされたのですか?』

 

『今、何かしてたのか?』

 

『いえ、ちょっと着替えておりました』

 

『ん? あのドレス、真っ白で汚れているように見えなかったが』

 

『な、涙で汚れましたので』

 

『……そうか。アルベドよ、第四と第八を除いた各階層守護者に、円形劇場(アンフィテアトルム)へ集まるよう伝えよ。勿論、ペロロンチーノさんがいることもな』

 

『畏まりました。直ちに』

 

『うむ、任せた』

 

 伝言(メッセージ)を切ったモモンガが背後に目を向けると、ペロロンチーノが果物っぽいなにかを一心不乱に食べていた。

 

「これ、めっちゃうまいですよモモンガさん! リアルじゃまず食べられません」

 

 こっちはあれこれ考えてるのに、随分気楽だなと、モモンガは呆れ溜息を漏らす。

 

「気楽すぎますよ。大体、どこにあったんですか、それ?」

 

「いやぁ、腹減っちゃって。これはアイテムボックスです。ほら、こうやって――」

 

 そう言って腕を伸ばすと、黒い闇に切り取られたように手首から先が消え、そこから取り出した果物っぽいなにかを差し出してくる。

 そこでモモンガは重大なことに気付く。雷に打たれたような驚愕に支配されるが、すぐ何かに抑圧されるように沈静化する。

 

「味あるんですか? そもそも、それでお腹満たされるんですか?」

 

「えぇ、程よい甘さとジューシーさです。さすがにこれだけじゃ、たいしてお腹の足しになりませんけど」

 

「味があって、お腹も食べただけ満たされる?」

 

「はい、そうですが?」

 

「ここゲームの中ですよ?」

 

「あっ」

 

ペロロンチーノは、(かじ)られほぼなくなった果物っぽいなにかを見つめたまま固まる。

 

「モモンガさん、俺達、ピンチじゃないですか?」


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