おかえり、ペロロンチーノ   作:特上カルビ

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一緒に強化

「ええ、その通りです。状況からゲームではありえません。あのNPC達の行動をプログラムするのは不可能です。とすると、後はゲームが現実になった可能性しか……」

 

「今がリアルと?」

 

「そうです。食事でお腹がふくれるというのであれば、確率はかなり高いかと」

 

「何てことだ……。俺、今バードマンじゃないか」

 

 ペロロンチーノは毛むくじゃらになった手のひらを、握ったり開いたりする。翼に意識を向ければ、バサバサと音を立てて思った通りに動く。その感触はまるで違和感がなく、真実味を増していった。

 

「こっちなんて骸骨ですよ? どうやって動いてるのか」

 

 モモンガの体は肉の一切ない完全な骨。だが、不思議と嫌な感じはしない。生まれた時からそうだったようにしっくりくる。

 顎に手を当て、何かを考え始めたペロロンチーノは静かに口を開いた。

 

「それじゃ、ナザリックが家ってことですか? いや、こっちのが断然凄いからそれはいいとして、NPC達が同居して……ん? モモンガさん、ここでは俺達偉いですよね?」

 

「あの反応を見るかぎり、そうみたいですね」

 

「と、いうことは、メイド達は俺に奉仕すると……奉仕、奉仕か。なるほど。こっちのがよくないですか?」

 

「はぁ、全く何を考えてるんですか? 他の人が作ったNPCじゃなくて、シャルティアで今考えたことをすればいいんじゃないですか?」

 

「自分で作ったものでするって、まるでオナ――」

 

「ペロロンチーノ! 風営法がなくなったからって飛ばしすぎです!」

 

 呪縛から解き放たれたように、活き活きし始めるペロロンチーノにモモンガは深い溜め息をつく。この男が暴走し始めたらどうなるかと思案し始めるが、今はそれどころではないと首を振る。ペロロンチーノだって状況もはっきりしないまま、無茶はしないはずだ。……多分、おそらく、と、モモンガは不安げに目を向けた。

 それよりも、今は確認しなければならないこと、やらなければいけないことと、問題が山積みだった。

 

「取りあえず、ペロロンチーノさんの装備取りに行きますか。リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンが発動するか確認もしたいし、最強の装備は早く手元においた方がいいです」

 

「宝物殿にいくんですか? アレがいると思うんですけど。いいんですか?」

 

「仕方ないです。本当は後回しにしたかったけど、ペロロンチーノさんを万全にする方が先です」

 

Wenn es meines Gottes Wille(我が神のお望みとあらば)

 

「やめろぉぉぉ!!」

 

「いやぁ、モモンガさんのおかげで、このドイツ語だけ話せるギルドメンバーかなりいましたよね。一つ、賢くしてくれてありがとう」

 

「全然嬉しくないです。それ、俺専用でしょ。いつ使うんですか」

 

 トラウマを刺激されたモモンガは頭を抱えるほどの強烈な精神的ダメージを負うが、不自然なほどすぐに沈静化する。

 先ほどから幾度か感情が激しくなるたび、それが起きていた。モモンガはこれをアンデッドになった影響ではないかと予測している。

 

「よし、覚悟を決めました。リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを発動してみましょう」

 

 モモンガは骨の指にはめてある指輪に視線を落とす。これも魔法と同じで、使い方が手に取るように分かった。

 指輪の力を解き放つと、目の前が漆黒に染まり、瞬時に辺りの光景を一変させる。

 次に見たものは、黄金の世界だった。山積みされた金貨と宝石は途方もなく高く、横にも見渡すかぎり広がっていた。さらに、一見しただけでも様々な秘宝が無造作に埋まっている。

 それら一つ一つが、伝説に語られてもおかしくない程の神々しさ。たとえ世界中の宝を集めても、この光景はそれを遥かに凌ぐと思えるほど。

 モモンガはそれらに目も向けず、ペロロンチーノに猛毒無効の指輪を渡す。ペロロンチーノは特に何も言わずそれを指にはめ、翼を左右に広げた。モモンガも同調するようにフライを唱える。

 飛び上がった二人は、すぐに毒々しい紫色の霧に包まれる。霧の正体――ブラッド・オブ・ヨルムンガンド、耐性のないものを数秒と待たず死を与える猛毒。リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンがなければ宝物殿には入れないが、当然侵入者を警戒し様々な罠が配置されている。

 毒霧の中を飛行する二人は、迷いなく目的の場所に降り立つ。目の前に立ちはだかるのは、他の色が一切ない完全な黒一色の壁。

 

「さて、パスワードはなんだったか」

 

 一応、ペロロンチーノに確認の視線を向けるが、手を広げ肩をすくめて返してくる。

 まぁ、美女と関わりないし当然か、とモモンガは予想されてた答えに頷く。

 

「なら、アインズ・ウール・ゴウンに栄光あれ」

 

 この言葉に反応した黒い壁はヒントを浮かび上がらせる。モモンガはそれを真剣に眺め考えを巡らす。ペロロンチーノは考えることを完全に諦め、ぼうっとモモンガを見つめるだけだった。

 しばらくの間、首をかしげ無言だったモモンガは、記憶の底からパスワードを引きずり出す。

 

「かくて汝、全世界の栄光を我がものとし、暗きものは全て汝より離れ去るだろう?」

 

 すぐに反応を示す黒い壁は、中心に吸い込まれるように消え去り、その奥には通路が出現していた。モモンガは満足げに大きく頷き、一歩を踏み出す。

 通路の左右には多種多様の武器が飾られていた。厳重に守られているだけあり、希少で強力な一品。それらが、数えきれないほど並んでいる。

 

「いよいよご対面ですね、モモンガさん。楽しみです」

 

 その言葉の節々に楽しげな感情が滲み出ていた。

 チラリとペロロンチーノを見たモモンガは、色々想像できる光景に肩を落とす。この先に待っているのは、まさに黒歴史。もし、一人でこの世界に転移していたら、ここに来るのは相当後回しにしていただろう。

 あれこれ考えているうちに、二人はだだっ広い一部屋に出ていた。テーブルとソファーが一つずつ置かれているだけで、その広さには不釣り合いである。

 モモンガが視線を向けた先、異様な姿の生物がソファーに座っていた。

 蛸をかなり(いびつ)にした頭部を持ち、紫がかった白い肌を粘液で(おお)っている。普通の人間だったら、即逃げ出すであろう恐怖が滲み出るまさに異形。

 その種族はブレインイーター、かつて在籍していたギルドメンバー、タブラ・スマラグディナのものだった。

 モモンガは意を決したように一歩前に出る。

 

「パンドラズ・アクター、姿を見せよ」

 

 タブラ・スマラグディナの体はスライムのように変形し、段々と人の形を取っていき、新たな姿となる。

 それは同じく人とは全く異なる異形だった。卵の形をしたピンク色の顔には黒い丸が三つあり、目と口の場所にそれぞれ配置してある。

 一身にモモンガを見つめ、オーバーな動きで敬礼する。

 

「ようこそいらっしゃいました! 親愛なる私の創造主モモンガ様!」

 

「……相変わらず、元気だな」

 

「ハッ! 元気にやらさせていただいております! おぉ! これはペロロンチーノ様! お久しぶりにお姿を拝見できて光栄です!」

 

「おー久しぶりだなー。うん、さすがモモンガさんが作った最高傑作だ。いつ見てもカッコいいな」

 

「ハッ! 有難き幸せ! モモンガ様に創造されたものとして、より精進してまいります!」

 

 舞台の主役のように、大げさなポーズを次々取っていくパンドラズ・アクターは、最後にモモンガへ向けて嬉しそうに敬礼する。

 口を開けたまま固まるモモンガはペロロンチーノに抗議の視線を送るが、全く気にする様子もなくニヤニヤしているだけだった。

 このままではオモチャにされ続けると確信したモモンガは、急いで要件を伝える。

 

「ペロロンチーノさんの装備を取りに来た」

 

「了解しました! ワールドアイテムはどういたしましょう?」

 

「いや、まだそこまでは逼迫(ひっぱく)していない。取りあえず、ペロロンチーノさんの装備を――」

 

「ん? モモンガさん、でも敵対してきたものが使ってきたら対処できませんよ? いくつか持っていけばいいんじゃないでしょうか」

 

 ペロロンチーノの素直な疑問に、モモンガは考えていなかったと愕然する。確かにそうだった。慎重を期するためなら、持って行った方がいいと納得する。

 

「一理ありますね。いくつか持っていきましょう。パンドラズ・アクター、リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを預ける。帰ってくるまで保管せよ」

 

 二人からリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを受け取ったパンドラズ・アクターは軽やかに力強く敬礼し、一呼吸置いてから返事を返す。

 それを見計らったペロロンチーノが、寸分の狂いなく全く同じ言葉を合わせた。

 

Wenn es meines Gottes Wille(我が神のお望みとあらば)

 

「やめろって言ってるだろぉぉぉ!! ペロロンチーノさん、狙ってたでしょ!」

 

「いやぁ、合わせられるかドキドキでしたよ」

 

「そんなことに労力使わないでください! ペロロンチーノさんの洞察力は凄いんですから、一緒に色々考えてくださいよ!」

 

「モモンガさんに任せときゃ、大丈夫だと思ってます」

 

「俺そんな超人じゃないですよ! はぁ、もうワールドアイテムと装備、とっとと取ってきましょう」

 

 何となくこんな感じで遊ばれると予想していたモモンガは、いち早く宝物殿を出たいがために行動を早める。

 パンドラズ・アクターがいた部屋のさらに奥、そこに置かれていたのは、かつて上位ギルドとして名を轟かせたアインズ・ウール・ゴウンの秘宝中の秘宝。

 引退時に置いていったギルドメンバー全ての装備、その持ち主にかたどった像であるアヴァターラに装着されていた。アヴァターラはリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを持つ者を攻撃するようにできている。指輪が無ければ宝物殿に入れないが、待ったままでは攻撃される罠。ギルドメンバーの装備を持つだけあり、それらはかなりの強さをほこる。

 ペロロンチーノは自分の像を感慨深く眺め、装備を手にする。羿弓(ゲイ・ボウ)、圧倒的な属性ダメージを放つ、最高位難易度を誇る神器級(ゴッズ)アイテム。さっそく身に着けた金色の防具も、羿弓(ゲイ・ボウ)に見合う圧倒的な性能。

 

「この感じ懐かしいですよ、モモンガさん。――ん? どうしたんですか? ジロジロ見て」

 

「いえ、何でもないです……」

 

 かつて、幾度も幾度も一緒に戦い、そして去って行った男の姿、それが目の前にあった。アインズ・ウール・ゴウン全盛期、共に笑い、共に進み、共に苦難へ立ち向かった。

 純粋に嬉しかった。こんな状況になったが、また一緒に戦えることに。アンデッドでなければ、泣いていたかもしれない。ただただ嬉しい。今、モモンガの心にあるのはそれだけだった。

 

「仲間か……」

 

 他にも来ているかもしれない。確率はほぼないことは分かってる。しかし、ゼロではない。なら、当然探す。この世界全てを余すことなく。見つからないかもしれない、でも今なら怖くない。

 ペロロンチーノさんがいるのだから――。

 俺は一人じゃない。秘めたる決意を強く抱き、円形劇場(アンフィテアトルム)へ向かうのだった。


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