おかえり、ペロロンチーノ   作:特上カルビ

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一緒に救出

「ん? ペロロンチーノさん、どうやら召喚したモンスターとは精神的な繋がりみたいなものがあるようで――だな」

 

 アインズはすぐ後ろにアルベドがいる事を思い出し、支配者に相応しい口調へと慌てて変える。

 

「生き残った村人は村中央に集められている。騎士は全員、死の騎士(デス・ナイト)に釘付けだ。此方が圧倒している」

 

「ということは時間的に余裕ができたってことだな」

 

 ペロロンチーノも口調をアインズに合わせ返答する。

 

「本当ですか!?」

 

 二人の会話を聞いていた姉は、思わず声を張り上げてしまう。アインズはそれに応え、その通りだと頷く。姉は拳を強く握り締めた。驚きと嬉しさ、安堵に期待と様々な感情が次から次へと溢れてくる。その様子をペロロンチーノは笑顔で眺めていた。

 

「よかったね。ところでさ、二人の名前はなんていうの?」

 

「私がエンリ・エモットでこっちが妹のネム・エモットです」

 

「よろしく、エンリちゃん! ネムちゃん!」

 

「え、は、はい、よろしくお願いします」

 

「よろしく! ペロロンチーノ様!」

 

 ちゃん付けされると思わなかったエンリは動揺し、返事がしどろもどろになってしまう。ネムは正反対に白い歯を見せるほどこやかに笑い、フサフサの体に触ってみたいと好奇の目で見ていた。打ち解けつつあることを肌で感じたペロロンチーノは、疑問に思っていることを二人に尋ねる。

 

「騎士を倒したのに、二人は何であんなに怖がってたの?」

 

「え、それは……」

 

 この質問に姉妹はかなり言いづらそうにする。エンリだけでなく、つい先程まで天真爛漫に笑顔を浮かべていたネムも同じ反応だ。アインズもそれが分からないと、聞き耳を立てる。怒らないからとペロロンチーノに何度も優しく説得される姉妹。ついに折れたエンリは意を決したように深呼吸し、申し訳なさそうに(うつむ)くと、か細い声で白状する。

 

「お、お姿が、その、怖かったです……」

 

 アインズとペロロンチーノはすぐ得心がいき、完全に盲点だったと納得した。当り前だ、ただの人間だったらこの姿を恐れてもなんの不思議もない。むしろ普通。異形種ばかりのナザリックにいて感覚が麻痺していたようだと実感した。

 では、何で姿を隠そうかとアインズが考え始めた矢先、アルベドの異変に気付く。体を小刻みに揺らし、噴火する一歩手前の火山を思わせた。まさに爆発寸前。次に発せられたアルベドの声はとても静かで、憤怒で満ち溢れていた。

 

「……絶妙に配置されたお美しいお骨様の数々、見惚れる事はあれ恐れるところがどこにある」

 

 いや、怖いだろと口に出かかったペロロンチーノだがそれを何とか飲み込む。問題児ギルドメンバー、るし★ふぁーと違って最悪の空気になると察したのだ。故に別の言葉を捻りだす。

 

「立っているだけで畏怖させるとは、さすがナザリックの主だなぁ」

 

 これを聞いたアルベドは成る程と納得し、すぐに怒りを霧散(むさん)させた。アインズ・ウール・ゴウン様は死を超越する神、人間には畏怖されて当然なのだと笑みさえ浮かべる。

 アインズは心の中で親指を立て、それに気付いたペロロンチーノは得意げに胸を張った。

 姉妹は何度も頭を下げ、誠心誠意謝っていた。

 ペロロンチーノはそんな姉妹を持ち上げ、左右へ広げた両腕に一人ずつ座らせた。危害は加えないと、友好的アピールのつもりで緊張を解こうとする。余計に緊張するエンリは体を固くするが、全然気にしてないとの笑顔と優しい雰囲気を感じ、僅かだが徐々に安堵していく。ネムは最初から大騒ぎで喜んでいる。

 (ちな)みにペロロンチーノは、全神経を二人が座っている腕に集中し、お尻の感触を楽しんでいた。二人の感触が全然違うな、尻ソムリエになれるかもと大満足に頷く。

 

「……うーむ」

 

 その横で、人間に全く興味の湧かないアインズは、真剣にマスク選びをしていた。腕には既に、籠手(ガントレット)を装着し終えている。

 やはりこれかと(つぶや)き、赤いマスクを骸骨の顔に被せる。選んだ赤いマスクは、涙が流れているような模様が描かれた限定アイテム。クリスマスイブに一定時間ログインしていた者全員へ強制的に配られた、ある種呪われたアイテム――通称嫉妬マスク。ユグドラシル一筋のアインズは当然持っているが、ペロロンチーノは持っていない。その日はエロゲーのキャラとテッシュ片手に聖夜を過ごしていた。

 

「遊んでないでペロロンチーノも選べ。今は死の騎士(デス・ナイト)が圧倒しているが、この先どうなるか分からぬぞ」

 

 魔王ロールプレイを全開にするアインズは、姉妹と戯れるペロロンチーノに催促する。

 ペロロンチーノは悲しげな目を向けるが、アインズは完全に無視する。

 

「その者等の家族を救うのではなかったのか?」

 

 これを言われたら反論できないペロロンチーノは名残惜しそうに姉妹を下ろし、アイテムボックスの中を物色し始める。

 

「何がいいかなー。最強装備は丸見えだし、これでいいか」

 

 ペロロンチーノはアルベドと同じく全身鎧(フルプレート)を取り出し、素早く装着する。その色は太陽光を煌びやかに反射する黄金。ヘルムの口部分はクチバシの形状をしており、とても独特的だった。全体的には身軽に動けるよう、軽量型に施されている。

 

「それじゃ、行くからエンリちゃん、ネムちゃん。家族は俺が絶対に救ってみせるさ」

 

「はい! 宜しくお願いします!」

 

「お願いします! ペロロンチーノ様ー!」

 

 任せとけと、息巻きながらペロロンチーノは飛び立つ。アインズは顎に手を当て、何かを考えならそれに続く。

 

 姉妹が見えなくなった頃、アインズが重々しく口を開く。

 

「あの娘らの記憶は後で書き換えなければな」

 

 これに驚いたペロロンチーノは腕を組み、考え込む。アインズの考えはすぐに予想できた。正体が広まるのを危惧しているのだろう。無用の面倒事を避け、ナザリックを守ると。それはギルド長として立派であり、当然ともいえる考え。

 しかし、大して会話もしてないがあの姉妹は助けた事に本気で感謝をし、見た目だけで判断した自分を悔いていた。あれで演技なら凄い役者だ。ただの村娘にそんなことできるだろうか? だから、嘘は言っていないと思う。あの雰囲気からこちらが不利になるようなことはしないように思えたのだ。そうあってくれと、願望も混じった考えだが。

 

「大丈夫じゃないか? 本気で感謝していたと思う」

 

「……まぁ、確かにそんな感じはしたが、後顧(こうこ)(うれ)いは絶って――」

 

「だじゅげで! おかね! おかねあげまじゅ!」

 

 アインズの言葉を遮って響き渡る、絶叫交じりの懇願(こんがん)死の騎士(デス・ナイト)が仰向けになった騎士にフランベジュを繰り返し突き刺していた。

 

「アインズ、お金くれるって」

 

「いや、あれはもう死ぬだろ。取り敢えずあの娘は後回しとして」

 

 充満する死の騎士(デス・ナイト)の殺意。絶叫する騎士は溢れる血で窒息し、幾度も貫かれた腹は見るも無残。激痛に白目を向き、この上ない苦痛を味わいながらついに事切れた。それを見ていた周りの騎士は絶望に震え、神に祈る。戦うことなど出来る筈も無く、足が竦み逃げることさえできない。当然だった。あの死を前に勝てる筈も無い。

 その中でただ一人、戦意を保つ騎士が鼓舞を乗せた命令を叫ぶ。我に返った者達が弾け飛ぶ様に、撤退の準備を開始する。思考停止が生んだ奇跡、生涯最高の連携。時間稼ぎをする者達は、各々限界の力で死に立ち向かう。希望に近いさらなる奇跡を掴み取るために。

 ――だがそれも無常。歴然たる力量差は、そんな奇跡など微塵も起こさせない。死の騎士(デス・ナイト)に僅かな傷も負わせる事無く、一人一人斬り裂かれていった。鮮血が噴水のように飛び出し、ただただ雑草のように刈り取られていく。戦意を振るわせ、命令を出した騎士でもそれは同じ。剣を交える事さえ出来ず、フランベジュの一振りで首を切断され、残った体が崩れ去るように倒れた。

 それはあまりに強すぎた。今だ生き残る騎士にとって、まさに歴史に残る魔神を思わせた。

 上空から見下ろすペロロンチーノはその光景を眺めていた。その圧倒的な戦闘――いや、虐殺を。

 

「騎士よわ」

 

 ペロロンチーノやアインズにとって死の騎士(デス・ナイト)は、相手の一撃を耐えてくれればいいただの壁。二撃目で死ぬモンスターとの認識しかない。

 精神的な繋がりで既に知っていたアインズは、両手を左右に広げ声を張り上げる。

 

死の騎士(デス・ナイト)よ、そこまでだ」

 

 突如響く声。騎士に村人とその場の誰もが声のする方へと視線を向ける。そこで目にしたもの、二人の全身鎧(フルプレート)の戦士と怪しいマスクを着けた魔法詠唱者(マジックキャスター)が一人。宙に浮いた三人がゆっくりと地面に降り立つ。誰も声を発せず、ただ見ていることしかできなかった。

 

「はじめまして、諸君。私はアインズ・ウール・ゴウンという」

 

 その場に居る者全て、唖然とするだけ。アインズに視線を向けられた騎士は、後ずさりし尻もちをつく。

 

「……諸君には生きて帰ってもらう。そして飼い主に伝えろ。この辺りで騒ぎを起こすなら、貴様等の国に死を運ぶと」

 

 騎士は必死に頭を上下させる。絶望からの視線、向けられた当人達は震えあがり金属の擦れる音が響く。全神経全細胞が危険だと警告していた。

 

「行け!」

 

 騎士は剣をかなぐり捨て、我先にと走り出す。一刻も早くこの場を離れなければと、本能が叫ぶ。足がもつれそうになるのを何とか立て直し、半泣きのまま一心不乱に離れていく

 小さくなっていく騎士の背中。アインズは演技も疲れるなと一人小さな溜め息をつき、生き残った村人の元へと足を向ける。

 

「さて、君達はもう安全だ。安心してほしい」

 

「あ、あなた様は……」

 

 アインズの発言に答えたのは、村人の代表者らしき人物。 

 

「村が襲われているのが見えたのでね。助けに来たものだ」

 

「おお……」

 

 村人に安堵の色が浮かぶが、完全には安心しきっていない。騎士をも圧倒する、顔を隠した謎の三人。とても安心できる状況ではない。表情を強張らせた二人が互いの顔を見合ったり、不安げに此方を見たり信頼しきっていない。

 この反応にアインズは別の手段に切り替える。

 

「……とはいえ、ただというわけにはいかない。見合った謝礼をいただきたい」

 

 営利目的との宣言に、村人から疑念の視線が消える。村の財政は厳しいが、命の価値の方が遥かに重い。命の危機は脱したと、不安が薄れていく。

 

「い、いま村はこんな有り様でして、満足いただけ――」

 

「その話は後にしないかね。先程、姉妹を助けたのだ。ここに連れてくるから待っていてほしい」

 

「……姉妹」

 

 ここでペロロンチーノが口を開く。

 

「エンリちゃんとネムちゃんだ」

 

「エンリ、エモット家の。そうか、生きていたか。しかしそうなると……」

 

 声を曇らせた代表者が生き残った村人を見渡すと、重い空気が支配する。悔しながら首を振る者、目を潤ませ俯く(うつむ)者。誰もが悲しげな雰囲気を(ただよ)わせる。そもそも、エンリと聞いて家族が声をあげないはずがない。

 村人の反応に大体を察したペロロンチーノが静かに声を発する。

 

「もしかして、もう騎士に」

 

「はい……両親二人とも……」

 

「……そうか」 

 

 それだけ言い残したペロロンチーノが飛び立つと、アインズとアルベドも後に続く。

 

「エンリちゃん達と約束したのに。きっと二人とも泣いちゃうよ」

 

 ペロロンチーノは叫びになる寸前の(うめき)き声を漏らし、頭を抱え(もだ)えていた。約束したのに絶対泣いちゃうと、先程と同じ言葉を呪文のように何度も繰り返す。見兼ねたアインズが励ますが、全く効果がない。闇の中を彷徨う子供のように、狼狽(うろた)えていた。

 

 そうこうしてるうちに、エンリ達の元まで戻ってくる。

 アインズとアルベドはすぐ地面に降り立つが、ペロロンチーノは背中を見せたまま空中で微動だにしない。不思議に思ったエンリが小首を(かし)げ声をかける。

 

「ペロロンチーノ様、どうしたんですか?」

 

「……ごめん」

 

 ペロロンチーノはその言葉を残し、飛び去ってしまう。

 それは物凄い早さだった。レベル百のバードマンが力のかぎり飛行するのだ、馬ではまるで追いつけない。

 

「うおおおぉぉぉぉおお!!」

 

 とにかく飛び回った。空気を切り裂き、宛先もなく縦横無尽に。胸のモヤモヤを吹き飛ばすが如く、叫びに叫んだ。近くを飛んでいた鳥は暴風に巻き込まれ、吹き飛ばされていく。アイテムを使えば生き返ることなど、頭から完全に抜け落ちている。

 そして、それはあまりに突然だった。あれ程激しく飛び回っていた体がピタリと止まり、ある一点を見つめている。信じられない視力を持つ鳥の目が、村の方向へ進む一団を見つけたのだ。適当に飛行していたが、ずば抜けた方向感覚はまっすぐ村を目指していることを知らせている。集団は全員が武装をし、馬に跨りながら険しい表情をしていた。

 

「……またか。凝りもせず」

 

 ヘルムの隙間から白い息が零れる。まさに獲物を狙う野獣。怒りに満ちた眼光で一団を睨めつけ、羿弓(ゲイ・ボウ)を構える。狙いは先頭を切るリーダー各の男。そして何の躊躇(ためら)いもなく、光弾を発射した。

 飛び出した小さな太陽は当然外れることなく男を射抜き、馬ごと跡形もなく消滅させる。

 

「ガゼフ戦士長!!」


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