おかえり、ペロロンチーノ   作:特上カルビ

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一緒に防衛

 謝礼の代わりとこの世界の情報を要求し、つい先程それを終えたアインズは澄み切った青空を見上げる。マスク越しの視線をあちこちに散りばめ、未だ帰ってこないペロロンチーノを熱心に探していた。飛び去ってからすぐメッセージを送っていたが、返事がまだなく小さな不安が積もり大きくなっていく。支配者ロールプレイは完全に頭の隅に追いやられ、あの鳥どこへ行ったとキョロキョロ探す姿に貫録はまるで無い。

 

「おっ」

 

 凝視した遥か先、此方に近付く小さな光があった。太陽の光をそのまま反射し、まるで自ら輝いているかのような黄金の物体。それはやがて人の形と認識できる距離まで接近し、アインズの前に降り立った。

 

「どこへ行っていた?」

 

「いや、エンリちゃんと顔を合わせづらくて……」

 

 (うつむ)くペロロンチーノは両手を背中にまわし、小石を蹴飛ばす。

 

「泣いていたが、別にペロロンチーノを責めたりしていなかったぞ。家族は二人を逃がすために囮となっていて、覚悟はしていたようだ」

 

「……今どうしてる?」

 

「今しがた葬儀が始まったから、そこだろうな」

 

「そうか……」

 

蘇生の短杖(ワンド・オブ・リザレクション)なら復活できるかもしれないが……」

 

「そうだ! その手があった!」

 

 ようやくその事に気付いたペロロンチーノは、手段があったことに嬉しさが込み上げ、意気揚々とアイテムボックスに手を入れる。

 

「まぁ待て。村長の話では蘇生魔法は無いとのことだ。知らないだけかもしれないが、どちらにしてもそんな簡単にしていいことではない。厄介ごとに巻き込まれることが目に見えてる」

 

「……」

 

 アインズの言っていることは理解できるが、感情は納得していなかった。エンリ達を絶望の淵から救う手段があるのに、それを行使しないのは我慢できない――が、説得する言葉がうまく思いつかない。鳥頭を捻り必死に考える。

 既にペロロンチーノの感情を見越していたアインズは、納得させようと準備していた言葉を形にする。

 

「蘇生させない交換条件として記憶操作は行わないでおこう。勿論、シモベの監視はつけるが」

 

 提示された条件に、ペロロンチーノはヘルムのクチバシ部分に手を当て考える。記憶操作の魔法はまだ誰にも試した事が無く、どのような効果が現れるか不明だ。おそらく大丈夫ではないかという思いもあるが、絶対ではない。

 

「……ふぅ、仕方ないか。記憶操作の実験にされるのは嫌だから」

 

 出された提案をペロロンチーノは受けることとする。万が一を避けるための妥協に、納得するしかなかった。

 

「よし、これでこの件は終了だな」

 

 アインズは問題が解決した事を満足気に頷いた。

 もしペロロンチーノが蘇生の短杖(ワンド・オブ・リザレクション)の存在に気付いたら、真っ先に姉妹の家族を復活させるだろう。そうなったら、他の者達が自分の家族も生き返らせてほしいとなる。拒んだとしても、ひいきにされたエンリに周りの視線が突き刺さり、見かねたペロロンチーノは結局村人全員を蘇生させてしまう。とても想像できる光景だ。例え村人に蘇生の事を口止めしても、逃がした騎士は何人も死んでいることを知っている。それなのに村人全員が平然と歩いていたら、ばれる危険性が高い。

 この未来を回避できたアインズは、上機嫌で村から撤退の準備を開始しようとするが、不意を突かれる様に発せられたペロロンチーノの言葉で動きを止める。

 

「あ、そうだ、この村を襲おうとしてた集団がいたぞ」

 

「なに? それは本当か? 騎士の別動隊……いや、他国か? この村にそんな価値が?」

 

 思いかけない言葉にアインズは熟考するが、答えは出ない。情報が圧倒的に不足している現状、当然の結果だ。分からないことをいつまで考えてもしょうがないので、頭を左右に振り一先ず保留とした。やはりもっと詳しい情報が必要不可欠。村長から聞いたエ・ランテルという城塞都市にでも行くしかないかと、思考の方向性を変える。

 ふと、ペロロンチーノに目を向けると、遠くを凝視した視線を村全体を見渡すようにぐるりと一週させていた。

 

「敵襲だ。この村を囲んでる」

 

「……またか。これで三度目ということになる。どうなってるんだか。捕縛して聞き出すのが手っ取り早いか」

 

 アインズは今できることとして、生き残った村人達を村中心の家に集め、防御の魔法を施す。警戒心を露わにするアルベドは巨大な斧頭(バルディッシュ)を握り締め、盾となるべくアインズの前方で身構える。

 村人が保護されている家の屋根に立つペロロンチーノは羿弓(ゲイ・ボウ)をアイテムボックスにしまい、連射性と速射性に秀でた伝説級(レジェンド)アイテムの弓を取り出していた。役目は村人の護衛。黄金のヘルムから覗く視線は敵を捉えて離さず、その時が来るのをジッと待つのだった。

 包囲は時間が経つにつれ狭まっていき、襲撃者の姿をはっきりとさせていく。囲んでいる敵は一目で魔法詠唱者(マジックキャスター)と分かる風貌。数十に及ぶそれらが各々一体ずつ天使を従えており、これに二人が反応を示す。

 

「アインズ、炎の上位天使(アークエンジェル・フレイム)に似ていると思わないか?」

 

「私もそう思っていた。似ているというよりそのものだ」

 

 二人がユグドラシルのモンスターではないかと確認していると、痺れを切らし怒りの乗った声が響く。

 

「ガゼフ・ストロノーフ! 村人を守りたいなら、姿を現せ!」

 

 聞いた覚えの無い名前に、疑問のアインズは首を僅かに傾げる。

 

「ガゼフ・ストロノーフ? 誰だ?」

 

 おそらく知らないだろうが、一応とペロロンチーノに視線を向ける。

 

「さっぱりだ。あの男は何言ってるんだろう」

 

 予測通りの発言を聞いたアインズは深く考え始める。三度の襲撃とガゼフ・ストロノーフの関係性。三度目はその男をどうにかしたいようだが、一度目と二度目はどうなのだろう。最初の襲撃はガゼフを探している様子はなく、ただの虐殺に見えた。ペロロンチーノさんが見つけたのは、騎士の援軍? だが、この村を襲うのにそんな戦力はいらない。一度目の騎士の要請? いやそれは無い。此方の戦力を骨の髄まで味わったのだ。ペロロンチーノさんによると最初の奴らと同じくらい脆弱だったようだし、援護の意味がない。あれこれと様々考えるアインズはやがて重々しく頷き、一つの答えへと行き着く。

 ――さっぱり分からない。

 

     

 

 

 お互い動きが無いまま、しばらく睨み合いが続いた。

 ニグン・グリッド・ルーインは困惑していた。途中から抹殺目標であるガゼフ・ストロノーフを完全に見失っていたが、それは大きな問題ではない。移動した方角などから、ガゼフが向かったのはこの村で間違いない――のだが、いる気配がない。

 ――村を包囲する集団、彼らはスレイン法国が誇る人類最強の守護者、六色聖典が一つ陽光聖典だった。ニグンはその隊長を務め、与えられた任務は近隣諸国最強と噂される王国戦士長ガゼフ・ストロノーフの排除。

 一度見失ったとはいえ、ガゼフがこの村を目指していたのは間違いない。しかし、馬の姿も無く、こうして包囲しても目標は出てこない。罠と知りつつも村々を助けるべく、駆け巡っていた男がこの期に及んで出てくることに躊躇(ちゅうちょ)するだろうか。いるのは派手な戦士と漆黒の戦士、邪悪なローブを(まと)魔法詠唱者(マジックキャスター)

 考えられるのはあの戦士のどちらがガゼフ、いや三人を囮に何らかの罠か。

 こうしていてもらちが明かないと、意を決したニグンは部下に命令を下す。

 

「天使達を突撃させよ。あの三人に注意は当然払うが、村人を見つけ次第襲え。ガゼフなら我慢出来ずに姿を現す」 

 

 天使が何らかの罠で葬られてもまた召喚すればいい。圧倒的優位は此方なのだ。恐れる必要は無いとニグンの顔に余裕の笑みが浮かぶが――それは瞬時に崩れる。

 一筋の閃光が走ったと認識した時には、一体の天使が消滅していた。それから次々と放たれる一筋の閃光により近付くことさえ出来ず、瞬く間に全ての天使は姿を消した。

 ニグンはその目にしたものを信じられなかった。弓を構えた黄金の戦士が光の矢を流星群の如き放ち、全方位から迫るを天使を全滅させたのだ。

 

「……あり、ありえない……」

 

 弓による一撃で天使が葬られるなど、考えたこともなかった。それにあの弓は構えるだけで光の矢が装填され、桁違いの威力に加え常識外の連射性と速射性、スレイン法国の秘宝と間違いなく同等。

 唐突に現れた強敵にニグンは歯を食いしばり、顔を(しか)める。ガゼフはいつ何時(いつ)どこでこんな切り札を手に入れていたのかと、怒りが込み上げてくる。計略で王国の五宝物を剥ぎ取っていたのに、これでは意味がない。むしろ、こっちの弓の方が遥かに脅威だった。そもそも弓を射っているのは誰なのか見当もつかない。ガゼフは剣の達人であり、弓ではその域に達していない。

 ガゼフと脅威の弓使い、さらに謎の黒い戦士と魔法詠唱者(マジックキャスター)、このままでは此方の分が悪いのは明らかだ。

 予想と違い窮地に立たされたと思える展開だが、ニグンの焦りは色濃くない。何せ、此方にはまだ最高の切り札があるのだから――ニグンは(ふところ)に隠した切り札を、熱を帯びた手で握り締めた。

 しかし、これを使うまでに天使を幾度も突撃させ、敵の疲労を狙う。あんな強力な矢が、そうそう何回も使えるとは思えなかったのだ。出来れば貴重なコレは使いたくないと、本音もある。

 

「天使の突撃を繰り返せ。敵の消耗を強いるのだ」

 

 

   

 

 アインズは暇だった。炎の上位天使(アークエンジェル・フレイム)が駆逐されるのをただ見ているだけ。敵はペロロンチーノが全て倒し、まだ手すら動かしていない。

 ペロロンチーノは口笛を吹きながら、今度はもっといいタイムを出すぜと、タイムアタックをし始めている。

 この何とも言えない状況を脱すべく、死の騎士(デス・ナイト)をリーダーらしき人物にぶつけてみることとする。例え、滅ぼされても全く痛くない様子見の一手。

 

死の騎士(デス・ナイト)よ、あの男とその周辺の奴等を行動不能にしろ。殺すなよ? 情報源だからな」

 

「ウウウゥゥオオオォォォオオ!」

 

 命令を受けた死の騎士(デスナイト)は雄叫びを轟かせ、目標目掛けて走り出す。

 異様な気配を放つ、巨大なアンデッドの襲来に陽光聖典の隊員は我先にと、天使を向かわせた。無数の天使の剣がアンデッドに振り下ろされるが、それらは全て完璧に防がれる。右手のフランベジュで叩き伏せ、左手のタワーシールドで弾き飛ばしていく。巨体とは思えない素早い動き、鉄壁を思わせる戦いぶりで尚且つ足も止まっておらず、確実に距離を詰められていった。

 ニグンの額は汗が滲み、心臓の鼓動が早まっていく。天使達ではあのアンデッドを止められないと、確信する。自分が召喚した監視の権天使(プリンシパリティ・オブザベイション)でも勝てる未来が見えない。この状況は出し惜しみをしている場合ではなかった。

 ニグンは(ふところ)の切り札、スレイン法国の秘宝の一つ魔封じの水晶を高々と掲げた。

 

「見よぉぉぉおおおお!?」

 

 気付いた時には、肩から先が無くなっていた。ニグンの頭の中は混乱を遥かに通り越し、混沌の嵐が吹き荒れ――やがて、敷きとめられた滝が解放されたように激痛が襲ってくる。肩からとめどなく流れ落ちる血は、一気に全身の全てから失われていくようだった。

 立っていられなくなりその場に倒れたニグンは、想像を絶する激痛に頭を地面に擦り付ける。

 次第に薄れゆく意識の中、ぼやけた視界は漆黒の戦士と邪悪なローブを(まと)魔法詠唱者(マジックキャスター)がすぐ近くにいることを知らせた。魔法詠唱者(マジックキャスター)は地面に転がっていた魔封じの水晶を拾い上げ、まじまじと見ている。

 

「さすがペロロンチーノだ。切り札封じはお手の物だな。さて、何が入っているのやら――道具上位鑑定(オール・アプレーザル・マジックアイテム)……は? 威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)? なんということだ……」

 

 探知魔法を発動した魔法詠唱者(マジックキャスター)は、仮面に手を当て(うつむ)いていた。

 ニグンはもはや力の入らない唇を必死に噛み締める。最高位天使、威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)の召喚に成功していればこうはならなかったと、悔しさが込み上げ脳裏を支配する。

 

「本当に……くだらん。この程度の幼稚なお遊びに警戒していたとはな。はぁ、アルベド、シモベに残りを捕縛させよ。ここはいいから、お前も後処理に向かえ」

 

 漆黒の戦士は優雅に一礼し、気付いた時には姿を消していた。

 ニグンは今、心底怯えている。幼稚なお遊び――この言葉に悔しさから絶望へとガラリと一転していたのだ。私は一体何と戦っていたのだろうと、(かす)んだ視界で魔法詠唱者(マジックキャスター)を見上げる。

 

「ん? この男死んでしまうな。ポーションを振りかけとくか。……それにしても、今回は死の騎士(デスナイト)に命令しただけで、一歩も動かなかったな。俺もペロロンチーノさんみたいに驚かれたかった。な、なんだ、その魔法は!? とか。……ふふ」

 

 これがまだ正気を保つニグンが聞いた、最後の言葉だった。


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