やはり俺の九校戦はまちがっている。   作:T・A・P

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九校戦編 貳

「そういや、雪ノ下。九校戦の種目ってなにがあるんだ?」

 比企谷は雪ノ下に渡された仕事の中に九校戦関連の書類が混じっており、改めて九校戦の事を考えてみると比企谷は競技について良く知らないことに気がついた。

「あら、比企谷君は観戦に行ったことがないの?」

 不思議そうに七草が顔を向ける。どうやら比企谷の事は雪ノ下と由比ヶ浜とセットで考えており、二人が毎年のように観戦に来ていることを聴き、比企谷も一緒に来ていると思っていたようだ。

「あ~俺にも色々と用事がありますし、好きこのんで人が多い所になんて行きたくないんですよ」

 毎年まとまった休みとなると比企谷はCADの開発の方に取りかかることが多く、あまり雪ノ下達と一緒に行動することができなくなる。それを不満に思って色々と文句を口にしていた二人だが、雪ノ下家の問題と言う事になっているが故に我儘を強く推す事ができなかった。

「ま、今年は行くことになるでしょうから一応種目ぐらいは、と」

 そう、言って比企谷は雪ノ下と由比ヶ浜の二人に目を向けた。成績上位(一方は実技だけだが)の二人は当然九校戦の選手になる。その二人が出場するという事は、比企谷もついて行くことが決定していると言っても過言ではない。

それに、新人戦の出場者リストには材木座たちの名前が候補としてあがっていることも、理由となっているだろう。

「そうね、司波さんたちも出場するのは今年が初めてだから、ちょっと九校戦について説明しましょうか」

 楽しそうに七草は胸の前で手を合わせ、四人に笑顔を向けた。

 

 

 九校戦は八月三日から十二日までの十日間行われ、その中には一年のみが出場する競技『新人戦』が設けられている(本戦は学年制限なし)。ちなみに『新人戦』は四日目から八日目にかけて行われる。

 種目は全六種目あり、『モノリス・コード』『ミラージ・バット』『アイスピラーズ・ブレイク』『スピード・シューティング』『クラウド・ボール』『バトル・ボード』となっている。

 六種目のうち四種目は男女共通となっており、モノリス・コードは男子のみ、ミラージ・バットは女子のみである。

 九校戦の出場人数は本戦・新人戦に男女十名ずつ、各校四十名が出場する。

その出場者の中で各校から一つの競技にエントリーできる人数は三名。そして、一人の選手が出場できるのは二種目までと決められている。だから男女各五人が五種目のうち、二種目に出場し、残り五人が一種目に絞って出場することになる。

 それに加え選手とは別に作戦スタッフが四人まで認められ、技術スタッフ(エンジニア)は八名が参加することができる。

 そして、

「今年の九校戦は第一高校の三連覇がかかっているんでしたよね」

 司波深雪が言ったように、今の三年生にとっては特別な九校戦となっている。

 第一高校現三年生は「最強世代」と呼ばれている。

 七草真由美、十文字克人、そして渡辺摩利。

 十師族直系が二人と、それに匹敵する実力者。

 この三人が一つの学校の一学年に揃っているというだけで驚くべき偶然だが、三人を筆頭に国際ライセンスA級相当の実力者が何人も控えている。

「へぇ、第一高校って凄いんだね、ゆきのん!」

「はぁ、由比ヶ浜さん。それは入学前に説明したはずなのだけれど」

「あれ、そうだっけ?」

 そんな、由比ヶ浜の言葉に周りは自然と頬を緩めた。ただ雪ノ下は頭を抱えたが、すぐに七草の方へ顔を戻す。

「順当にいけば今年の優勝も確実と言えそうですね」

「そうね。でも、油断は禁物なのよね。大きな声で言えないけれど、ちょっと不安要素も抱えているし」

 選手層の人材が厚いと言える第一高校だが、実のところエンジニア、CADを調整できる人材が少々乏しいのだ。当然ながら、九校戦で使用できるCADは共通規格が定められている。その代わり、ハードが既定の範囲内であれば、ソフト面は事実上無制限となる。いかに規格内で選手に適したCAD仕上げるかが焦点なのだ。

 起動式の展開速度はCADのハード面に依存するが、魔法式の構築効率はむしろCADのソフト面に大きく作用される。一瞬の差が勝敗につながるスポーツ系競技において、ソフト調整は非常に重要と言える。エンジニアの腕次第では、番狂わせも発生するだろう。

「まぁ、これは私達の仕事だから気にしなくていいわよ」

 すぐに不安そうな表情を七草は収め、笑顔を浮かべた。

 

 

 

 言うまでもなく、魔法科高校にも魔法以外の一般科目の授業がある。

 その中には体育もあり、試合形式の授業に、少年が必要以上の熱い闘志を燃やしたりするのは、今も変わらぬ風景だ。

 今日の授業はレッグボール。

 フットサルから派生した競技で、フィールドを透明の箱ですっぽり覆ったフットサルである。選手の頭には頭部保護のヘッドギアを着け、ヘディングはハンドと同じ扱いになっている。簡単にいえば、フットサルとスカッシュを混ぜたようなスポーツだと言えるだろう。

「ったく、疲れるから嫌なんだが」

 比企谷はゴールの前でボーっと立ちつくし、他の生徒の動きに目を向けていた。本当であれば、ヌルリニュルリと全試合を補欠ベンチとして動かずに済まそうとしていたのだが、西条に見つかり無理やりこうして参加させられたのだ。

「オラオラ、どきやがれ!」

 その原因である西条は、水を得た魚のように、大海に放たれたサメのように生き生きとボールに飛びかかる。

 レッグボールに使用されているボールは反発力が非常に高く、サッカーやフットサルと違いドリブルは難しい。故に、五人のフィールドプレーヤーの間で、壁や天井を利用してパスをつなぐ事がセオリーだ。

「達也!」

 縦横無尽に走り回る西条が、シュートの様な勢いのボールを中盤にいる司波達也にパスを送る。司波達也はトラップした瞬間吹き飛ばされそうなそのボールを真上に蹴りあげて勢いを殺し、跳ね返ってきたところを踏みつけて完全に勢いを殺した。

 おそらくチームの動きを予め確認していたのだろう、司波達也はすぐにボールを壁に向かって蹴り出した。ボールが跳ね返った先にいたのは、細身の少年。痩せているというより、良く引き締まった体つきで、スピードの乗ったパスを鮮やかにワンタッチでトラップすると、そのまま敵のゴールに向けてシュートを放った。

 放たれたボールにキーパーの手は届かず、ネットを揺らすとゴールを告げる電子ブザーが鳴り渡った。

「天才は何があっても天才って事か」

 シュートを打った少年、吉田幹比古とは一応ながら面識はある。まぁ、同じクラスなのだから当然と言えば当然だが、それ以上に比企谷は吉田幹比古と言う少年を調べていた。

 

 古式魔法の名門、吉田家の直系。

 吉田家は「精霊魔法」に分類される系統外魔法を伝承する古い家系で、伝統的な修行方法を受け継いでいる、らしい。

 直系であり、古くからの修行ならば厳しい日々を過ごしてきたにしては、比企谷が以前から観察していたが自分に自信があるようには見えなかった。

これが能ある鷹であれば比企谷は司波達也同様に警戒していたのだが、より深く調べる事によって情報を得ていた。

「ま、今んとこ障害にさえならないだろうから、どうでもいいがな」

 そう呟くと、今度こそ西条たちに巻き込まれる前にその場から静かに離れた。

 

 

 

 昼休み。

ここ最近の比企谷は雪ノ下と由比ヶ浜に連行され、生徒会室に顔を出していた。普段であれば他の一般生徒と同じく食堂で昼食を口にしているのだが、まぁ、奉仕部の一環として生徒会室に顔を出している。

そして、生徒会には司波深雪が入っていることから兄である司波達也が生徒会室にいる事は、想像せずとも想像できるだろう。

まぁ、だからと言って別に比企谷と司波達也がいがみ合う事は無い。お互いはっきりと口にしてはいないが、停戦協定を結んでいると言える。そもそも、それを言ったら同じクラスなのだから別に同じ部屋にいる分には問題があるとは言い難い。問題があるとしたら、問題が起こった時なのだから。

「選手の方は十文字くんが協力してくれたから、なんとか決まったんだけど……」

 先日、比企谷達に九校戦の概要を話していた時と違い、どうやらなかなかに切羽詰まってきた様子を七草は見せている。その時は気丈にも弱音を見せようとしていなかったのだが、今の七草の様子を言い表すならば、貯まりに貯まった夏休みの宿題を目にした小学生のようにやる気を失っていた。現実逃避ぎみである。

「問題はエンジニアなのよね」

「まだ、数が揃わないのか?」

 渡辺の言葉に、七草は力無く頷く。

「ウチは魔法師の志望者が多いから、どうしても実技方面に優秀な人材が偏っちゃってて……。今年の三年は、特に、そう。魔法工学関係の人材不足は危機的状況よ。

二年はあーちゃんとか五十里くんとか、それなりに人材がいるんだけど、まだまだ頭数が足りないわ……」

「五十里か……あいつも専門は幾何の方で、どちらかと言えば純理論畑だ。調整はあまり得意じゃなかったよな」

「現状は、そんなこと言ってられないって感じなの」

 七草と渡辺が二人揃ってため息をついているという珍しい光景が、事態の深刻さを如実に物語っている。

「……せめて摩利が、自分のCADくらい自分で調整できるようになってくれれば楽なんだけど」

「……いや、本当に深刻な事態だな」

 向けられる七草の視線から逃れるように、渡辺は明後日の方向へ顔を背けた。

 生徒会室の空気はどんどん精神衛生上好ましくない雰囲気を醸し出し、司波達也は地震を感知した子ネズミのごとくその場から逃げるタイミングを見計らい、司波深雪とアイコンタクを取っていた。

 比企谷もその空気を感じ取ってはいたが、逃げ切る算段が整っているのか、特に目につく行動を取っていない。

「ねぇ、リンちゃん。やっぱり、エンジニアやってくれない?」

「無理です。私の技能では、中条さんたちの足を引っ張るだけかと」

 市原から帰ってきた言葉は、いつもと同じすげない謝絶であった。予想していた回答であっただろうが、七草は意気消沈してしまう。

 おそらく、ここが引き際だと判断したのか、司波深雪とアイコンタクを取っていた司波達也は腰を浮かせ――

「あの、だったら司波くんがいいんじゃないでしょうか」

 ――かけたところで、中条から思わぬ攻撃を喰らって、離陸に失敗する。

「ほえ?」

 テーブルに突っ伏していた七草が、顔だけを上げる。

「深雪さんのCADは、司波くんが調整しているそうです。一度見せてもらいましたが、一流メーカーのクラフトマンに勝るとも劣らない仕上がりでした」

 勢いよく七草は身体を起こした。

「盲点だったわ……!」

 獲物を見つけた鷹のような視線が、七草から司波達也へ向けられた。

「そうか……そう言えば委員会備品のCADも、コイツが調整していたんだったよな……。使っているのが本人だけだから、思い至らなかったが」

 すでに九割九分まで諦めているような表情をしている司波達也だったが、不戦敗は主義に反するのか、ささやかながら無駄である抵抗を試みた。

「CADエンジニアの重要性は先日委員長からお聞きしましたが、一年がチームに加わるのは過去に例が無いのでは?」

「何でも最初は始めてよ」

「前例は覆す為にあるんだ」

 間髪を入れず、七草と渡辺から、なにやら過激な反論が返ってきた。

「進歩的なお二人はそうお考えかもしれませんが、俺は一年生の、それも二科生です。CADの調整は魔法師との信頼関係が重要です。反発を買うような人選はどうかと思うのですが」

 一見、もっともらしい意見を口にする司波達也であったが、その言葉の裏に見え隠れする本音は手に取るようにあけすけだった。同じ、厄介事お断り怠け者である比企谷は口の端を少しだけ歪め、心の中で笑っていた。

 そんな司波達也に引導を渡すため、追撃を開始しようとしていた長である二人の横から、思いもよらぬ援護射撃が放たれた。

「わたしは九校戦でも、お兄様にCADの調整をしていただきたいのですが……ダメでしょうか?」

 思いがけない裏切り、まぁ、裏切りと言うよりお願いだが。

 援護射撃ならぬ追い風を受けた七草は立ち上がると、司波深雪の元に近づいて手を取った。

「そうよね! やっぱり、いつも調整を任せている、信頼できるエンジニアがいると、選手として心強いわよね、深雪さん!」

「はい。兄がエンジニアチームに加われば、わたし以外も安心して試合に臨むことができると思います」

 七草はその言葉を笑顔で頷いて聞き入れると、司波達也の方へ笑顔を向ける。

「じゃあ、達也くん。あなたを九校戦のエンジニアに推薦します! それにともない放課後、九校戦準備会議への出席を要請します」

 はてさて、司波達也的には完全なるチェックメイトだ。しかし、チェックメイトされているからと言って、次の一手でキングが取られるかと言えばそうではない。

チェックメイトとは、相手が自らの敗北を認めることができる唯一の条件であり、相手に完全なる敗北をさせない選択を与える為の行為である。つまり、キングが完全に取られるまで、まだ猶予が残っているという事だ。

この場合の、猶予と言うのは、

「分かりました。ただ、比企谷もエンジニア選定の候補に入れてもらえないでしょうか」

 相手のキングを道連れにすることである。

「……おい、何言ってんだ」

 これには比企谷もたまったものじゃない。いきなり矛先が向けられたのだ、怠け者とはいえ命がかかっているだ、対処せざるを得ない。

「つか、俺はCADの調整なんざほとんど出来ねぇんだぞ!」

「え、ええ。それは私が保証できます」

 雪ノ下もいきなりの事で戸惑っていたのだが、さすがに技術が乏しいと『誤認させられている』比企谷を九校戦と言う大舞台に立たせるのはしのびないのだ。

「私達と一緒で少しは調整を教わった事はありますが、私よりできていたという記憶はありません」

「うん、CADの調整ってすっごく難しかったもん」

 七草も模擬戦の事を思い出し、もしや、と言った表情を浮かべていたが、二人の証言により少々落胆した表情を見せた。しかし、司波達也と言う大物を釣り上げたことで満足なのか、総じてにこやかな表情を浮かべる。

「う~ん、さすがに無理かな」

「……そうですか。分かりました」

 さすがの司波達也も、ここは素直に引きさがったようだ。比企谷は嫌そうに司波達也に向けて目線を向けるが、司波達也は表情を崩さず涼しい顔を浮かべるだけだった。

 

 


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