ソードアート・オンライン ー白き剣士の英雄譚ー   作:和狼

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突然ですが、非常に大切なお知らせです。


読者の方々は、読んだ作品をより良くしたいという思いのもと、感想にて様々なアドバイスや駄目出しをなさっている事でしょう。
其の事には何の問題も御座いません。作者は其れら一つ一つを考慮し、次に活かせるように努力します。そうする事で、作品はより良くなる事でしょう。

ですが、だからといって押し付けは良くないと思われます。。
良くしようという思いのもとでの事かもしれませんが、其れでも基本的には、作品は作者の自由によるものです。
「名前はこうしろ」「ヒロインを変えろ」などという風に強制し、作者の自由を奪う様な行為は、どうかお控え下さいますようお願い申し上げます。


作者の我儘にお付き合い頂き、誠にありがとう御座いました。
其れでは、どうぞ本編をお楽しみ下さいませ。




Stage.1:始 マル 死 ノ ゲーム

 

 

 

 

 

目を開けると、其処は既に異世界だった。

足下には広大な石畳が広がり、周囲を街路樹と、瀟洒(しょうしゃ)な中世風の街並みが囲んでいる。どうやら無事にログイン出来た様だ。

 

 

「……戻って来れたんだ、此の世界に──俺の居るべき本当の世界にっ!」

 

 

懐かしき仮想空間の大地──《はじまりの街》の石畳を踏んだと理解した瞬間、一夏……否、MMOプレイヤー《ハジメ》は込み上げて来る嬉しさから笑みを浮かべると共に、其の双眸(そうぼう)から静かに涙を流した。

高々待ち望んだゲームが漸くプレイ出来たくらいでオーバーではないか、と思うかもしれないが、ハジメにとってはそうではないのだ。自分が居るべき本当の世界──自分が居ても許される場所へと帰って来れた事への嬉しさは、周りが思う程小さなものではないのだ。……其れだけ、ハジメにとって現実の世界は息苦しく生き苦しい場所だという事なのだ。

 

 

さて、もうお気付きだろうが、ハジメが此のSAOの世界に来たのは初めてではないのだ。

尤も、以前に彼が訪れたのは、此処であって此処ではないSAOの世界。端的に言うと、ベータテストのSAO世界だ。

なんとハジメは、幸運にも僅か千人限定の稼働試験に当選し、他のプレイヤー達よりも一足先にSAOを体験していたのだ。幾度となくモンスターに挑んではHPをゼロにし、其の度に闘い方のコツを学び、最終的には第十層まで駆け上がっている。

 

 

──閑話休題。

 

 

一通り感情を爆発させて心を落ち着かせたハジメは、先ずは此の世界を進んで行く為に必要な武器を買い求めるべく、ベータ時代の記憶を頼りに、入り組んだ裏道に有るお得な安売りの武器へ向けて歩き出した。

(はや)る気持ちは有るが、もう少しだけ街の懐かしさを感じながら、久方ぶりに自分の居場所に戻って来れた嬉しさの余韻に浸りたいのだ。

……決して、何処ぞのキー坊やバンダナと鉢合わせさせない為ではない。

 

 

そうこうしている内に目的の店へと到着し、ハジメは其処で片手直剣を購入した。

実の所、現実世界に於いて過去に剣道を経験しているハジメだが、其れに相当すると思われる《カタナ》スキルは、残念ながらゲーム初期の段階では取得できないのだ。《両手剣》というスキルも存在するが、あちらはどちらかと言えば、重い一撃を繰り出すパワータイプ寄りのスキルである為、素早い剣(さば)きを求められる剣道には向かないのだ。

故に、其れら以外でより剣道に近いスキルである《片手剣》を選択したのである。

 

 

そんな訳で購入した片手直剣を左腰に装備したハジメは、RPGを攻略するに当たって最も重要となるレベルを上げるべく、モンスターが出現するフィールドを目指して、近場の街の出入口へと足を進める。

道中他の店にて必要なアイテムを買い揃えながら進んだ為、少しばかり時間は掛かったが、無事に街の出入口へと到着する。

さあ、此処をくぐればいよいよフィールドだと、意気込んだハジメが足を踏み出そうとした時だった。

 

 

「あの、すいません。ちょっと待って貰えませんか」

 

 

背後から人を呼び止めんとする声が聴こえて来た。

割と近くから聴こえて来た為、ハジメはもしかしたら自分が呼び止められたのではと思い、身体ごと反転させて声の主を捜す。

すると、声の主と思しきプレイヤーは直ぐに見付けられた。というのも、自分の方に向かって歩み寄って来るプレイヤー……の集団の姿が目に入ったからだ。男性四人に、女性一人という構成だ。

五人が目の前で立ち止まったのを見て、やはり自分が呼び止められたのかと、人違いではなかった事にホッとしたハジメは、五人に向かって自分を呼び止めた要件を尋ねる。

 

 

「えっと、俺に何か用ですか?」

 

 

「あ、はい。付かぬ事を聞きますけど、貴方ってもしかしてベータテストの経験者の方ですか?」

 

 

代表して応えた男性プレイヤーからの急な問い掛けに、ハジメは驚いて僅かに目を見開いた。

何故彼らは自分がベータテスターであると判ったのか。自分の見える範囲内では、自身の表示の何処にもベータテスターであると識別する様なマークなどは付いてはいない。ならば、彼らも同じくベータテスターであり、向こうが一方的にこちらの事を知っているのか? しかし、仮にそうであるとするならば、疑問形で問い掛けて来るのは(いささ)かおかしいだろう。となると、彼らはビギナーである可能性が高いという事になるのだが、ならば何を以って判断したのか、という最初の疑問にに逆戻りしてしまう。

 

 

「そうだけど。でも、よく俺がベータテスターだって判ったな」

 

 

「えっと、其れは……貴方の動きからは、ゲーム初心者特有の迷いみたいなものが殆ど感じられなかったから、もしかして此のゲームに慣れてるんじゃないのかな、と思って」

 

 

「あー、成る程な」

 

何時までも自分の中で推論を立てているだけでは(らち)が明かないと思ったハジメは、素直に自分がベータテスターである事を明かすと共に、どうして判ったのかという疑問をぶつけてみる。

其れに対して男性から返って来た答えは大分筋が通っており、ハジメは納得すると同時に、よく見てるなぁと大いに感心する。

 

 

「其れで、ベータテスターの俺に声を掛けたって事は、詰まり……」

 

 

「はい。是非とも僕達にレクチャーをして貰えませんか?」

 

 

さておき。

ビギナーが経験者に何かを求めるとなれば、其れはほぼ確実に指導(レクチャー)だ。

ゲームだけに限らず、物事により早く慣れたいのであれば、其の道の経験者から教えて貰うのが最も効率的で手っ取り早いだろう。

 

 

「ああ、構わないぜ」

 

 

其れに対し、本来人が良く優しい性格のハジメはまるで嫌な顔ひとつせず、快く彼らの要求を聞き入れた。

 

 

「ほ、本当に良いんですか!?」

 

 

「おう。俺はハジメ。宜しくな。後敬語は別に使わなくても良いからな」

 

 

「あ、ありがとうござ……いや、ありがとう。僕は《ケイタ》。こちらこそ宜しくね」

 

 

こうしてハジメはケイタ、及び彼の友人だというプレイヤー四人とパーティーを組み、レクチャーとレベルアップを兼ねて、共にフィールドへと繰り出すのであった。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 

 

 

其れから数時間後、

序盤のレクチャーと、レベルアップを兼ねた反復練習で大量のモンスターを狩り尽くしたハジメ達は、今は長時間狩りを続けていた為休憩を取っている。

草原に腰掛けて周りを見渡せば、西へと傾いた人工の太陽の光が射し込み、世界は綺麗な夕焼け色に染められている。仮想空間(ゲームの中)だとはとても思えない其の光景には誰もが魅了され、思わずして感嘆の声が漏れる。

 

 

「スッゲー景色だよなー」

 

 

「ホント。とても此処がゲームの中だなんて思えないよな」

 

 

茅場(かやば)晶彦(あきひこ)さん……だっけ。こんなのを作っちゃうだなんて、本当に凄いよね」

 

 

「いやー、マジ此の時代に生きてて良かったー!!」

 

 

「ちょっ、其れは大袈裟だろ」

 

 

皆の口から一斉に笑いが(こぼ)れる中、ハジメは一人感慨に(ふけ)っていた。

コレだ。仲間と楽しく話をし、バカを言ったりして笑い合う。特別な事なんて何一つ無い、平和で心温まる何気無い一時(ひととき)。コレこそが自分が心の底から願い、ずっと求めていたモノ──《幸せ》というものなんだ、と。現実世界では決して得る事の出来なかった其れが、此の世界で漸く得る事が出来たのだ、と。

 

 

「さて、これからどうしようか?」

 

 

そうした結論に至り、何時しか幸福感と満足感に浸っていたハジメは、ケイタの声にて我へと返る。其の際、視界の端に表示されたあるモノに気付き、思わず声を上げる。

 

 

「やっべ! もうこんな時間かよっ!?」

 

 

時刻は午後五時を大分過ぎていた。

どうせ一人暮らしなのだから、夕食の時間などを気にする必要は無い様にも思えるが、忘れてはならない事にハジメの身分は学生だ。しかも今日──十一月六日は日曜日であり、そして明日は月曜日。学生の宿命である課題は今日の為に早めに終わらせてあるが、だとしても夜更かしをして授業に支障を(きた)す訳にもいかないのだ。

 

 

「悪い。俺夕飯の準備しないといけないから、そろそろ落ちるわ」

 

 

「え? 何、ハジメって料理すんの?」

 

 

「ああ。俺ん所家族がずっと出張中でさ、今俺一人で暮らしてるんだよ」

 

 

「うっわ、マジかよ……」

 

 

「羨ましいような、そうでないような……」

 

 

「た、大変だね……」

 

 

「まあ、な……。けど、もう色々と大分慣れちゃったよ」

 

 

「「「いや、慣れちゃダメだろ(だよ)ッ!!!」」」

 

 

自身の境遇を心配してくれる五人を他所に、見事なまでにキレイにハモったなぁ、と大分ズレた事を思うハジメである。

 

 

「ま、そういう訳だからさ、またな、みんな」

 

 

「うん、またね。今日は本当にありがとう」

 

 

其れはさておき。

ハジメはケイタ達に別れを告げると数歩退(しりぞ)き、右手の人差し指と中指を真っ直ぐ揃えて(かか)げると、真下へと降り、ゲームのメニュー・ウィンドウを呼び出した。

慣れた手付きで操作を行い、一番下のログアウトボタンで現実世界へと帰還しようとして──

 

 

「…………あれ?」

 

 

しかしそこで、大きな異変が起きている事に気付いた。

 

 

 

 

 

 

「どうなってるんだ。……ログアウトボタンが無くなってる」

 

 

 

 

 

 

其の呟きに、五人が一斉にハジメの方へと振り返る。

ログアウトボタンが無い……? 其れは何の冗談だ? と、五人はハジメを疑う様な目で見詰める。

 

 

「いや、マジで無いんだって」

 

 

現実世界に於いては注目の的になる事が多かった為に、皮肉にも他人の目の色には敏感になったハジメは、自分が嘘を言っているのではないと証明するべく、本来は他のプレイヤーには見えない様になっている自分のメニューを、見える様にと設定してみせた。

 

 

「…………本当だ。何にも無い……」

 

 

確認の為にと五人も自分達のメニューを操作してみると、なんと五人のメニューからもログアウトボタンが無くなっていた。

 

 

「……詰まりこれって、俺らゲームから出れなくなったって事か……?」

 

 

「「「…………」」」

 

 

現状を確認しようとする言葉に、しかし其の事態を受け容れたくはない、否定したい彼らは、誰一人として応えを返そうとはしない。

 

 

「いやいやいやいや! 絶対なんか他に方法が在るだろ! ボイスコマンドとかそういった感じのが!」

 

 

「戻れ! ログアウト! 脱出!!」などと(わめ)いてみるものの、残念ながらログアウト出来そうな兆候は見られない。

 

 

「…………無駄だよ。SAOからログアウトするには、ログアウトボタンを操作するしかないんだ……」

 

 

漸く重い口を開いて告げたハジメの言葉に一同の雰囲気が重くなるが、ハジメは何とかして彼らを励まそうとして、残された希望を思い付く。

 

 

「と、取り敢えずGMコールしてみようぜ。もしかしたら運営側が何とかしてくれるかもよ」

 

 

そうとなれば大至急とばかりに、ハジメが代表してGMコールを行ってみるが──

 

 

「…………オイオイ、嘘だろ? 何で出ないんだよ……」

 

 

残念な事に、運営側からの反応は無かった。他の五人が試してみても、結果は変わらず無反応である。

 

 

「「「…………」」」

 

 

運営側からの反応も無し。ナーヴギアが脳から身体に向かう信号を全て遮断している為、現実の身体を動かしてマシンを外す事も不可能。後は家族の誰かに外して貰うのを待つしかないが、一人暮らしのハジメは絶望的だ。

現状万策が尽き、六人の雰囲気が益々(ますます)重くなってしまう。

 

 

 

 

 

 

──リンゴーン、リンゴーン。

 

 

 

 

 

 

其の時だった。

突如として鐘の様な──或いは警報音の様な大ボリュームのサウンドが鳴り響き、六人は驚いてい飛び上がった。

 

 

「な、何だ……!?」

 

 

「きゃっ!? 何なの、此の光!?」

 

 

「今度は何だってんだよォ!?」

 

 

更に次の瞬間には、戸惑う六人の身体を鮮やかなブルーの光の柱が包み込み、彼らの視界を奪ってしまうのであった。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 

 

 

気が付くと、足下には草の地面ではなく石畳が広がり、周囲を見慣れた街路樹や街並みが囲んでいた。そして正面遠くには、黒光りする巨大な宮殿が見える。

其れらを視認した瞬間、ハジメは此処が《はじまりの街》の中央広場である事を理解し、同時に自分達は強制的に《転移(テレポート)》させられたのだと認識した。

 

 

周囲には、ハジメ達同様に強制転移させられたのであろう、一万人近くのプレイヤーが(ひしめ)きあっており、其の多くが自分達が置かれている現状を理解出来ずに浮き足立ち、不安や苛立ちなどから騒めき始めた。

 

 

「あっ……上を見ろ!!」

 

 

不意に誰かが叫んだ。

ハジメが、ケイタが、他の四人が、広場に集められた全プレイヤーが反射的に視線を上へと向けた。そして、其処に異様なものをみた。

百メートル上空に広がる第二層の底を、真紅の市松模様が染め上げて行く。よくよく見れば、其処には【Warning】【System Announcement】という二種類の英文が表示されていた。

其れらを視認した瞬間、ハジメは漸く運営からのアナウンスが有るのかと胸を撫で下ろす。

しかし、続いた現象は彼らの予想を裏切る様なものだった。空を埋め尽くす真紅の模様の隙間から、巨大な血液の様なものがドロリと垂れ下がり、突如空中にて身長二十メートル程の、真紅のフード付きローブを纏った巨人へと形を変えたのだ。

どういう訳か顔の無い巨人が、一万のプレイヤーの頭上にて両腕を左右に広げた次の瞬間、遥かな高みから、低く落ち着いた、よく通る男の声が降り注いだ。

 

 

 

 

 

 

『プレイヤーの諸君、私の世界へようこそ』

 

 

 

 

 

 

いきなり告げられた真意の掴めない言葉に、多くのプレイヤーが啞然とし、困惑する中、巨人は更に言葉を続ける。

 

 

 

 

 

 

『私の名前は茅場晶彦。今やこの世界をコントロール出来る唯一の人間だ』

 

 

 

 

 

 

茅場晶彦──其の名を知らぬ者は、此処には殆ど居ない。

若き天才デザイナーにして量子物理学者である彼は、此のSAOの開発ディレクターであると同時に、ナーヴギアの基礎設計者でもあるのだ。

だがしかし、彼は今まで常に裏方に徹し、メディアへの露出を極力避け、ベータテストに於いても一度としてゲームマスターとしての役回りをした事は無かった。

そんな彼が一体何故此の様な真似をしているのか、という疑問が浮かび上がる中、茅場を名乗る巨人によるチュートリアルが始まった。

 

 

要約すると、内容は以下の通りだ。

 

 

・ログアウト不可能なのはゲームの不具合などではなく、此のSAO本来の仕様である。

 

 

・此れ以降、ゲームに於いてあらゆる蘇生手段は機能せず、此の世界でHPがゼロになった瞬間、デスマシーンと化したナーヴギアによって脳を焼かれて破壊され、現実世界に於いても死に至る事となる。

 

 

・また、外部の者がナーヴギアを無理矢理に外そうとしても同様の現象が起こり、装着者を死に至らしめる事となる。そして、既に警告を無視しての強制除装が試みられ、其の結果二百十三名のプレイヤーが死んでいるとの事。

 

 

・ゲームから解放される条件はたった一つ。SAOの舞台である浮遊城《アインクラッド》の最上部、第百層まで辿り着き、其処に待つラスボスを倒してゲームをクリアさせる事のみ。

 

 

「ふざけるなッ! こんなの、もうゲームでも何でもないだろうがッ!!」

 

 

誰が発した言葉だろうか、其れは此の広場に居る大半の者の気持ちを代弁するかの様な叫びであった。

そして誰しもが思う。無理だ、無茶だ、不可能だ、と。

一度の死も許されず、ゲームの仕様上魔法の類いも使えぬ状態で、剣技と己の肉体だけで凶悪なモンスターへと挑み、ベータテスターですら二ヶ月を掛けても碌に上がれなかった、百層から成る城の頂上を目指せなど、無理ゲーにも程があるだろうが。クリアなんて出来る訳がない、と。

そもそもの話、巨人の言っている事は本当の事なのか。本当にそんな状況に陥っているのか。単なるオープニングイベントの過剰演出なのではないかと、巨人の言葉が嘘である事を願い、祈りさえする。

しかし、そんなプレイヤー達の心の叫びを意に介した様子など全く無く、巨人は右の手袋をひらりと動かし、一切の感情を削ぎ落とした声で告げた。

 

 

『それでは、最後に、諸君にとって此の世界が唯一の現実であるという証拠を見せよう。諸君のアイテムストレージに、私からのプレゼントが用意してある。確認してくれ給え』

 

 

巨人の言葉に促されるまま、プレイヤー達は反射的に自身のメニュー・ウィンドウを開き、アイテム欄のタブを叩く。すると、表示された所持品リストの一番上に其れは在った。

 

 

アイテム名──《手鏡》。

 

 

何でこんな物を、と不思議に思いながらも、ハジメは其れをオブジェクト化して手に取り、恐る恐ると覗き込む。

鏡に映っていたのは、ハジメが苦労して造り上げた、現実の自分の其れとは大分異なるアバターの顔であった。現実では下ろしている前髪は逆立たせており、現実の姉の其れに近い鋭い吊り目は凛々しく、それでいて何処か優しさを(うかが)わせる様なものとなっている。

其れはさておき。

しかし、自分達のアバターを見せる事に一体何の意味が在るのだ、と首を(かし)げるハジメは、隣に立つケイタ達を見遣った。彼らもまた、同じ手鏡を手に、呆然とした表情をしている。

 

 

「うおぉっ!?」

 

 

すると突然、ケイタや他の四人、周りのプレイヤーのアバターを次々と白い光が包んでいき、やがてはハジメ自身も同じ光に飲み込まれ、視界がホワイトアウトしてしまう。

ほんの二、三秒程で光は消え、一体何が起こったのかと確認しようとしたハジメは……、

 

 

「…………え?」

 

 

とても大きな異変が起きている事に気が付いた。

目の前に在ったのは、見慣れたケイタ達の顔ではなかった。髪色や、装備している鎧や武器こそ同じだが、顔の造形だけが似ても似つかぬものへと変貌しているのだ。

ハジメはあらゆる状況を忘れ、呆然と呟いた。

 

 

「お前ら……誰だ?」

 

 

「き、君こそ誰なんだい?」

 

 

男──いや、自分より幾つか上と思しき少年と表現するべきか──から同じ事を聞き返された瞬間、ハジメはとある予感を感じ取り、慌ててもう一度手鏡を覗き込む。

すると、今度其処に映っていたのは、先程までのアバターの顔ではなかった。アバター同様に整った容姿をしてはいるが、髪型や顔のパーツなどは異なっている。其の顔はまさに、現実世界のハジメ──《織斑一夏》の顔であった。

 

 

「え? え、えっ!? 何で僕の顔が……?」

 

 

「うおっ!? ていうかササ……お前、其れリアルの顔じゃ……」

 

 

「そういうダッカーこそ……」

 

 

隣では、ケイタ達が鏡を覗き込んで、或いは互いの顔を見合って驚いている。

そして、ハジメ達はもう一度お互いの顔を見合わせ、ほぼ同時にさけんだ。

 

 

「お前らケイタ達なのか!?」

「君がハジメなのかい!?」

 

 

当然、彼らの周囲に於いても、アバターから現実の容姿へと変えられている──いや、戻されているという事態が起こっていた。中には、女から男になっている者まで居る。

其の事態に混乱するプレイヤー達を他所に、巨人は尚も語り続ける。

自分の目的は既に達せられた。此の世界を創り出し、観賞する為だけにナーヴギアを、SAOを造ったのだと。

 

 

『……以上で《ソードアート・オンライン》正式サービスのチュートリアルを終了する。プレイヤー諸君の──健闘を祈る』

 

 

其の言葉を最後に、真紅の巨人は僅かなノイズ音と共に消滅。直後には、空一面を覆っていたメッセージも消え去り、数分前の元の夕焼け空へと戻った。

 

 

──ズシリ。

 

 

次の瞬間、ハジメは左腰に重みを感じた……様な錯覚に見舞われた。

そちらに目を向ければ、其処には初期装備の片手直剣が下げられているだけで、他には何も無い。

……いや、寧ろ剣だけしか無いからこそ、ハジメは気付く事が出来た。

 

 

 

 

 

 

── 一夏、よーく憶えておけ。其れが人の命を奪う道具の重さだ。

 

 

 

 

 

 

(かつ)て姉から真剣の手解きを受けた時の言葉が、ハジメの脳を(よぎ)る。

あの時よりは幾分か軽く感じるが、其れでも自分の左腰に下がる其れは重い。そう感じるのは、恐らくは今此の状況こそが現実であると認識した……してしまったが故なのだろう。

そう、ハジメは、此の異常な状況を現実だと確信してしまったのだ。

 

 

「嘘だろ……何なんだよこれ、嘘だろ!」

「ふざけるなよ! 出せ! 此処から出せよ!」

「こんなの困る! 此の後約束があるのよ!」

「嫌ああ! 帰して! 帰してよおおお!」

 

 

其の瞬間、其れまで静寂に包まれていた広場に、プレイヤー達の(しか)るべき反応が響き渡る。

悲鳴、怒号、絶叫、罵声、懇願(こんがん)、そして咆哮……其れらが合わさって生まれた大ボリュームのサウンドが、広大な広場を振動させる。

 

 

そんな中、ハジメは一人考える。

茅場晶彦の言葉が全部本当であるならば、此れから此の世界で生き残って行く為には、ひたすら自分を強化しなくてはならない。

しかし、MMORPGでのリソース──つまり金銭や経験値は限られており、《はじまりの街》周辺のフィールドは直ぐに狩り尽くされる事になる。効率良く稼ぐ為には、次の村へと拠点を移すのが好ましい。

 

 

其処まで考えた所で、ハジメは隣に立つケイタ達の姿を見る。

HPゼロが現実での死をも意味する現状に於いて、彼らがまともに闘えるとは到底思えない。そんな状態で集団移動を行えば、自分の命すら危険になりかねない。

ならば、彼らを見捨てて、自分一人だけでも生き残る道を選ぶか……、

 

 

(って、ちょっと待てよ! 俺は何て事を考えてるんだよ!)

 

 

其処まで考えて、ハジメは酷く動揺した。其の選択が最善であると信じ、折角親しくなった友人達を見捨てようとした自分の思考に、恐怖と嫌悪、罪悪感を(いだ)いた。

 

 

(違うだろ! そうじゃないだろ! 幾ら自分が生き残る為とはいえ、誰かを見捨てて良い事にはならないだろッ!)

 

 

ならば、自分が取るべき選択は何なのか?

……いや、そんな事を問う必要などは無い。何故なら、既に自分の中で答えは出ているのだから。

 

 

(みんなを……護ってみせるッ!)

 

 

《護る》──其れこそがハジメの取った選択であり、《織斑一夏》がずっと憧れていた願いだ。

幸いにして、此の世界の自分には其れを行えるだけの力が有る。二ヶ月間のベータテストで積んだ《経験》という名の力が。

だがしかし、自分が護りたいのはケイタ達だけではない。此処に居る約一万人の内、九割は右も左も分からない初心者だ。彼らとて放っておく事など出来はしない。ならばと──

 

 

 

 

 

 

「全プレイヤーに告げぇぇぇるッ!!!」

 

 

 

 

 

 

ハジメは、腹の底から有らん限りの大声を張り上げる。

自分が今から行おうとしている事は、MMOプレイヤーとしては稚拙(ちせつ)な行為であるのかもしれないが、そんな事など構うもんかとばかりに、ハジメは自身の主張を宣言する。

 

 

「俺の名前はハジメ! ベータテスト経験者だ! 俺は此処に、初心者教室の開催を宣言する! 死にたくない奴は、落ち着いて俺の話を聞いてくれ!!」

 

夢見がちな子供の戯言(たわごと)なのかもしれない。

其れでも、自分の選択に後悔は無い。

全てを護り抜く事は無理なのかもしれないが、其れでも、自分の手の届く場所に居る人達は是が非でも護ってみせる。其れがたとえ辛く険しい(いばら)の道なのだとしても、構わず突き進んでみせる。

そんな強い思いを胸に、ハジメは左腰に下げられた(さや)から剣を引き抜き、高々と(かか)げて叫んだ。

 

 

「絶対、此のゲームから生きて生還するぞッ!!」

 

 

 

 

 

 

二〇二二年、十一月六日。

此の日、天才科学者・茅場晶彦の謀略により、死と隣り合わせの恐怖のゲームが幕を上げた。

 

 

 

 

 

 

──同時に、一人のMMOプレイヤーの英雄譚の幕が上がったのでもあった。

 

 

 

 

 

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