ソードアート・オンライン ー白き剣士の英雄譚ー   作:和狼

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タイトルの『英雄』は、『ヒーロー』と読んでくれると嬉しいです。


時に、前回のお話にて言及しなかった一夏くんのプレイヤーネーム──《ハジメ》の由来に関してですが。
一部の方はもう既にお気付きかと思われますが、此れは《一夏》の《一》の字を、常用漢字表外読みである《はじめ》と読んだもので御座います。
其のまま《イチカ》では何の捻りも御座いませんし、《ナツ(夏)》は他の作品に於いてよく使われているものなので、被ってしまうのを防止する為であるのと、《一》よりも身バレする可能性が高いと思ったからです。
……《ワンサマー》? ……論外ですよ。


そういう訳ですので、今後とも《ハジメ》くんの活躍を応援してあげて下さいませ。




Stage.2:紅 イ 瞳 ニ 映 ル 英雄

 

 

 

 

 

ゲーム開始から、間も無く一ヶ月が経とうとしていた。

 

 

結局の所、外部からの問題解決は(もたら)される事は無く、何らかのメッセージが届く事も無かった。

しかし、決して何の行動も起こしていない、という訳でも無いらしい。

デスゲーム──と一部のプレイヤー達からは呼ばれている──の開始から何日か経った頃、全プレイヤーが立て続けに一時間近く回線が切れる、という事件が起きた。其の際、ナーヴギアのデスマシーン化のトリガーの一つ──二時間のネットワーク回線切断により、此のまま脳を焼き殺されてしまうのではないかと、多くのプレイヤーが死の恐怖を感じる事となったのであった。

恐らくは其の一時間の間に、全プレイヤーが一斉にあちこちの病院に搬送され、病院にて改めて回線を繋ぎ直した、というのがプレイヤー達の推測だ。

 

 

其の一方で、プレイヤー達の行動は様々であった。

ゲームから一刻も早く脱出するべく攻略へと向かう者、死ぬ事への恐怖から《はじまりの街》に閉じ籠もる者、または安易な考えから浮遊城の外周から飛び降り、ゲームから永久退場となる者など、それぞれがそれぞれの思いや考えに従って動いていた。

 

 

其の中でも特に目立ったのは、言わずもがな元ベータテスター《ハジメ》による初心者教室だ。

彼の意志に賛同した一部のベータテスターと協力し、自分達が持っている限りの知識や情報の全てをビギナー達へと提供し、自分達が弱くなる事も承知の上でビギナー達の訓練に務めた。

其の甲斐有って、数日後には多くのビギナー達が《はじまりの街》を飛び出して行き、後に第一層の各地……更には其れ以降の層に於いて、危なげなくモンスターと闘うプレイヤー達の姿が見受けられる事になった。

 

 

……だがしかし、物事が何でもそう上手くは行かないのが現実というものだ。

幾ら元ベータテスターから直々に闘い方やコツを習ったとしても、死んでしまう者はやはり存在する。いや、寧ろ習ったからこそ、調子に乗るあまり無茶を(おか)してしまい、自らを危地へと追い遣ってしまったのだ。

そうした結果、一ヶ月で約千人のプレイヤーが死ぬに至ってしまったのであった。

 

 

其の凶報に、残ったプレイヤー達は絶望感に沈みかけるが、其れでも尚彼らは進み続けた。

志半ばで散って逝った者達の意志を受け継ぎ、彼らの失敗を教訓にして、《はじまりの街》にてゲームから解放される時を待つプレイヤー達の希望となるべく、ひたすらに前へ前へと進み続けたのである。

 

 

 

 

 

 

さて、此れより先語るのは、ゲームクリアを目指して危険(モンスター)へと立ち向かい、奮闘するプレイヤー達──其の内の一人の物語である。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 

 

 

「…………ぁ…………ぁぁ…………」

 

 

今、自分の目の前には、《死の恐怖》というモノが迫りつつある。

 

 

いや、死の恐怖を感じたのは、此の世界にやって来てから一度や二度なんてものではない。

危なげな場面は幾つも在った。自分の命が危険域に入った事だって一度や二度なんかではない。

だが、自分は其の度に、必死の思いで迫り来る死の恐怖に抗い、振り払い、数々の危機を乗り越え、今日という日まで何とか生き抜いて来たのだ。まあ、始めの頃なんかは、死の恐怖から解放された事への安堵感から何度も涙を流したものだが。

 

 

──閑話休題。

 

 

……だがしかし、今回ばかりはどうやって足掻こうとも、迫り来る死の恐怖からは逃れられそうにない。

 

 

獣の様な顔をした、人型のモンスターが持つ無骨な手斧が(かざ)され、自分目掛けて振り下ろされようとしている。自分に死を与えようとしている。

つい数十秒前までは、自分が此のモンスターに死を与えようとする側であったというのに。

ほんの少しの気の緩みがミスを誘い、相手の命を完全に奪い切る事が出来ず、動揺した所に相手の反撃を喰らってしまい、其の弾みで、此の世界での唯一の生命線ともいえる武器を手放してしまったのだ。

 

 

モンスターの腕が動く気配を感じる取る。

自分の命の終わりを悟ってしまう。

瞬間、世界の全てがスローモーションとなる……様な錯覚に見舞われる。

 

 

 

 

 

 

──そして、少女の脳裏を、ありとあらゆる記憶が駆け抜けて行く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

少女は、日本のとある特別な家系に生まれた。

少女はとても優秀であり、勉強も、身体能力も人と比べて見劣りする様な事は無かった。スタイルとて女性としては平均的であり、客観的には悪くはなかった。

 

 

……だが、少女には姉が居た。

自分とは一つしか歳の違わない姉は、しかし自分よりも遥かに優秀であり、何でもかんでもそつなく(こな)してみせた。苦手な事なんて殆ど無かった。おまけにスタイルまで抜群ときた。

まさに、完璧超人とでも言うべき優秀過ぎる姉だ。

 

 

少女は、幼い頃からそんな姉と比べられ続けていた。所謂(いわゆる)後継者争いという奴だ。

テストの点数や運動神経は勿論の事、家事や炊事、果ては友人の数などといった細かい所まで。

周りの人間達は常に自分と姉を比べ、優劣を付け、そして常に優劣な姉を褒め称えた。逆に劣っている自分に対しては、言葉にこそ出しはしないものの、常に侮蔑(ぶべつ)の眼差しが向けられた。

歳の差や、人格などといった要因は全くもって考慮されなかった。

 

 

結果、少女は徐々に心を閉ざして行き、内気で臆病な性格が形成されて行った。

自分に自信が持てなくなり、自分の事を卑下する様になった。

用事の無い時には、姉や周囲の人間と関わる事を恐れて一人部屋に引籠もるようになった。

滅多な事では人を寄せ付けない様になってしまったのだった。

 

 

そうした生活の中、少女はアニメ鑑賞の他に、もう一つの趣味に目覚めて行った。

其れはネットだ。

最初は好きなアニメに対する評価を書き込む程度であったのだが、演算処理と情報分析の能力に秀でていた彼女は飛躍的に其の腕を伸ばして行き、何時しかのめり込む様になっていた。

やがてはネットゲームにも手を出す様になり、其処で多くの友人を得た。ふとした切っ掛けから自分と似た様な境遇を持つ人と出逢い、親友と呼べるまでの間柄となった。

そうした結果、少女は自分を飾らずして過ごせる其の場所を……自身の本音を包み隠さずにぶつけられる其の場所を、己の居場所として見る様になって行ったのだった。

 

 

だからだろう。

やがて姉が若くして当主の地位に就き、其の際に姉から「貴方は無能なままで居なさい」などと心無い言葉を掛けられても、僅かな悔しさと悲しさしか感じなかったのは。

 

 

──だって、私の本当の居場所は此処じゃないんだもん。

 

 

やがて少女は、SAOの存在を知った。

残念ながらもベータテストには漏れてしまったが、持ち前の操作技術により速攻でネット予約を済ませ、見事にSAOを獲得する事に成功したのである。……ある意味で才能の無駄遣いである。

 

 

そうして二〇二二年十一月六日。正式サービスを開始したSAOの世界へと、少女は飛び込んだ。

始めの内はゲームの中とは思えない光景に興奮したり、適当に組んだ仲間と共にモンスターを狩って楽しむなどして、彼女はSAOを目一杯満喫していた。

 

 

だがしかし、楽しい時間というものは何時までも続きはしなかった。

数時間後、メニューからログアウトボタンが消えてしまうという思いも寄らないハプニングが起きたのだ。

しかも直後には、ゲームのスタート地点たる《はじまりの街》へと強制的に戻されて、茅場晶彦を名乗る巨人からデスゲームの開始宣告がなされたのだ。

此れには当然、少女もまた酷く恐怖した。

死にたくはない。苦手意識を持ってはいるが、家族と……姉と会えなくなるというのは嫌だ。其れに何より、もう二度とあの人と話をする事が出来なくなるというのはもっと嫌だ。

だがしかし、そう思う心とは相反して、彼女の心にはモンスターとは闘いたくはない、自ら命を縮める様な怖い思いをしたくはない、という怯えが在った。

だから、直後に《ハジメ》という名のベータテスターが開催を宣言した初心者教室にも参加する気にはなれず、彼女は暫くの間《はじまりの街》の宿屋に引籠もり続けたのであった。今となっては、あの時無理にでも初心者教室に参加しておくべきであった、と思っている。

 

 

其れから数日の間、少女は宿屋に籠もり、外から助けが有るのを待ち続けた。頑張ってクリアを目指そうとしている人達には悪いが、安全無事に帰還出来る事を願った。

しかし、彼女の願いも虚しく、幾ら待てどもゲームから解放される様な兆しは見られなかった。外からの助けは望めないのだと悟ってしまった。

 

 

本当は解っていた筈だった。他人に頼る事は単なる甘えでしかない、と。どんなに困難な事であっても、自分の力で何とかするべきである、と。

だから、少女は押し寄せる恐怖を必死に振り払い、自ら動いて出る事を決意した。自分も攻略に参加して、自らの手で少しでも現実への帰還の時を早めてみせようと考えたのだ。

そうと決めた後の彼女の行動は早かった。

宿屋を飛び出し、《はじまりの街》を飛び出し、道すがら現れる敵をひたすら倒しながら、少女は先へ先へと進んで行った。

家で習った技術と、《ソードスキル》と呼ばれるある種の必殺技を上手く組み合わせて闘い、何度も死に掛けながらも少女はどんどん強くなって行った。

攻略の最前線へと追い付き、レベルも大分上がった彼女は、いよいよ次の層とを繋ぐ塔状のダンジョン──《迷宮区》へと挑んだ。そして……

 

 

 

 

 

──其の結果が、己の眼前に迫った《死》である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……今のが、所謂走馬灯というものなのであろうか?

だとするならば、自分の人生は殆ど碌なものではなかったと、少女は辟易とした気持ちになる。

同時に、死を目前にしてそんな気持ちが浮かぶだなんて、自分は恐怖による混乱のあまり大分おかしくなってしまったらしいと、此れまた現状に於いては見当違いな事を考える。

 

 

いよいよ、眼前のモンスターの腕が……其の手に握る獲物が、自分へと目掛けて振り下ろされた。

刻一刻と死が迫り来る中、ああ、此れで漸く、自分はあの地獄の様な苦しい日々から解放されるのか。ならば、死ぬのもあながち悪くはないかもしれないと、少女は狂った様に笑顔を浮かべた。

目を閉じ、でも痛いのは嫌だなぁ、などと思いながら、少女は自らの死を覚悟した。

 

 

……ああ……でも、やはり望むのならば……望んでも良いのならば……

 

 

 

 

 

 

──助けて……誰か、助けて!!

 

 

 

 

 

 

「グギャアァァァ……」

 

 

……しかし、何時まで経っても自分の身体を痛みが襲う事は無かった。

其れどころか、何かがもがき苦しむかの様な声……いや悲鳴が聞こえ、不思議に思った彼女は慌てて目を開き、目の前の光景を確認した。

すると其処には、薄青い光に包まれた剣身に其の身を貫かれ、痛みからか獰猛(どうもう)な目を大きく開いたモンスターの姿が在った。

今の一撃にてモンスターのHPは完全に削り取られた様で、直後にモンスターは其の身体を大量のポリゴン片へと変えて四散し、消滅したのであった。

 

 

「大丈夫か、きみ?」

 

 

「ひゃあッ!?」

 

 

死の恐怖から予期せずして助かった事に酷く安心したからだろう、少女は自分が誰かに助けられたのだと気付くのに遅れ、自分の頭上から降って来た声に驚いてしまう。

慌てて其の場から飛び退()いてから、彼女は四つ這いの姿勢から首だけを動かし、自分に声を掛けた──詰まりは自分を死の(ふち)から助け出してくれたのであろう人物を見上げた。

 

 

「お、驚かせちゃってゴメン……」

 

 

灯りが乏しく薄暗いダンジョンの所為ではっきりとは判らないが、自分に向けて驚かせてしまった事を謝罪する其の人物の顔は、幼さを残しつつも大分整っており、凛々しく、そして……

 

 

「俺の名前はハジメ。君と同じプレイヤーだよ」

 

 

──何処か、優しさを感じさせる様なものであった。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 

 

 

ハジメが其の現場近くを通ったのは、殆ど偶然によるものであった。

上の階での攻略を終えて、最寄りの町へと帰ろうと出口を目指していた途中、遠くの方にモンスターとの戦闘を行うプレイヤーの姿を見た。

たった一人で闘っている上に、其の闘い方にも僅かに危なげな様子が見受けられた為に、万が一の事を心配したハジメは、其の人物の集中を乱さない様にとなるべく静かに近付いて行った。

徐々に距離を詰めて行くハジメは、危なげながらも順調に敵のHPを削って行く様子を見て、自分の心配は杞憂であったのかもしれないと気を緩めようとした。

しかし、其の直後に事件は起きた。プレイヤーが振るった獲物が敵の装甲の堅い所を突いてしまった様で、敵のHPを削り切るに至らなかったのだ。プレイヤーは一瞬其の事に動揺してしまったらしく、敵に反撃の隙を許してしまい、攻撃を喰らって壁に叩き付けられてしまったのだ。

幸いにしてHP全壊には至らなかった様だが、攻撃を受けた弾みで獲物を手放してしまったらしく、プレイヤーも其の事に気付いて更に動揺してしまうという、非常に危ない状況に陥ってしまったのだ。

其の光景を見て……いや、敵のHPが全壊に至らなかった時点で不味いと判断したハジメは、自分と敵との残りの距離を一気に縮めんとして、現状出し得る限りの敏捷力(びんしょうりょく)を発揮して走り出した。

右手の剣を左腰へと()え、身体を転倒しかねないギリギリの所まで前傾させる。其のモーションがソードスキル発動のトリガーとなり、全身を薄青い光が包み込む。

 

 

──間に合えええぇぇぇぇぇッ!!

 

 

モンスターが獲物を振り上げて、プレイヤーへと襲い掛からんとしているのを見て、ハジメは必死の思いを胸に全力で右足を踏み切る。

其の願いは見事に通じ、敵の獲物がプレイヤーに届く前に残り数メートルの距離を駆け抜けたハジメは、片手剣基本突進技《レイジスパイク》にてモンスターの身体を貫き、四散させた。

 

 

「大丈夫か、きみ?」

 

 

「ひゃあッ!?」

 

 

モンスターを倒した事で目の前に浮かび上がったシステムメッセージには見向きもせず、自身の獲物を(さや)へと収めたハジメは、見事助け出す事に成功した目の前のプレイヤーへと安否を問い掛ける。

自分と年齢が近いと思しき()せ型でやや小柄な其のプレイヤーは、しかし声を掛けられた事に驚いてしまった様で、慌てて其の場から飛び退いてハジメとの距離を取ってしまう。

相手の心状も考えずに迂闊(うかつ)な行動を取ってしまった事を後悔したハジメは、ゆっくりと近付いて行き一言謝ろうとして、此方に振り向いたプレイヤーの顔を見た瞬間に驚いた。

 

 

女の子、だった。

内側に跳ねたセミロングの髪型は、現実に於いては少々珍しい水色に染まっており、気弱で儚げな雰囲気を感じさせる様な顔をしている。

そして其の瞳は、恐怖を感じさせるモンスターの凶悪な其れとは大いに異なる、とても綺麗な紅い色をしていた。

 

 

「お、驚かせちゃってゴメン……」

 

 

一人でモンスターを相手にしていたプレイヤーが、自分と同い年くらいの女の子であった事に驚き、加えて其の綺麗な容姿に思わず見蕩(みと)れてしまった事で暫し茫然としていたハジメだっだか、直ぐに我へと返り、改めて驚かせてしまった事に対する謝罪の言葉を掛ける。

 

 

「俺の名前はハジメ。君と同じプレイヤーだよ」

 

 

そうして現在、ハジメは少女を少しでも安心させようと笑顔で優しく声を掛けながら、少し身を屈めて、少女を助け起こそうと手を差し伸べる。

其れに対して数秒程迷った少女であったが、現実での環境の為に望まずして手に入れた他人の顔色を(うかが)う才能でもって、ハジメが浮かべる笑顔は信じられる気がすると判断し、おずおずと其の手を取る。

起き上がり、ハジメが拾ってくれた武器を受け取ってお礼を言う少女であったが、突如として顔を伏せてしまう。

 

 

「お、おい、どうしたんだ、急に? さっきコボルトにやられた所が痛むのか?」

 

 

「…………」

 

 

少女の急な変化にハジメは戸惑い、慌てふためきながらも一体どうしたのかと訊ねるが、其れに対して彼女からの反応は無い。

どうしたものかと困り果てるハジメであったが、やがて少女の口から言葉が(あふ)れる。

 

 

「……………………ぅ……」

 

 

「……う?」

 

 

 

 

 

 

「うわああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああああああああああああああああああああんッ!!」

 

 

 

 

 

 

「うおッ! な、何だぁッ!?」

 

 

突如として大声で泣き出してしまった少女に対し、対応に困る以前に、驚き一方下がってしまったハジメを──誰が責める事が出来ようか。

 

 

「うわあああんこ"わ"か"った"ぁ! す"っこ"く"こ"わ"か"った"よ"お"お"お"ぉぉぉぉぉッ!!」

 

 

自分に思い切り抱き付き、胸に顔を(うず)めて──後に、ハジメは自身の胸のプレートアーマーの存在を非常に申し訳なく思った──幼子の様に泣き(わめ)く少女の姿に、先程以上に慌てふためいたハジメは、シャウトによってモンスターが寄って来てしまう可能性を危惧して、とりあえずはモンスターが侵入不可能な安全エリアに移動するべきだと考えるので精一杯であった。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 

 

 

泣き(じゃく)り続ける少女を伴い、運良く一体のモンスターともエンカウントする事無く、無事に近場の安全エリアへと辿り着いたハジメは、少女共々広い部屋の壁際にずるずるとへたり込み、少女が泣き止み落ち着くのを待った。

 

 

「…………その……改めて、あり、がとう。……其れと……迷惑、掛けて、ごめん、なさい……」

 

 

暫く経った後に気持ちが落ち着いて泣き止んだ少女は、目尻に残った涙を服の袖で拭いながら、モンスターから助けてくれた事と、泣き喚く自分を此処まで連れて来てくれた事に対するお礼の言葉と、其れで迷惑を掛けてしまった事に対する謝罪の言葉を、ハジメへと掛ける。

 

 

「どういたしまして。其れと、君を助けたのは俺の意思だから、迷惑だなんて思ってないよ。だからあんまり気にするな」

 

 

其れに対してハジメから向けられた笑顔と言葉に、少女は思わずそっぽを向いてしまう。

現在の少女の顔は、此れまでで一番の死の恐怖から解放された事への安堵感から泣き腫らしたのと、号泣する姿を見ず知らずの他人……それも異性に見られてしまった事への羞恥心、おまけに、今し方ハジメから自分へと向けられた優しさに対する嬉しさと恥ずかしさから、今までに無いくらいに真っ赤になってしまっているのだ。

そんな顔を、少女は異性であるハジメに見られたくはなかったのだ。……理由は何故かは分からないが。

 

 

「? キミ……顔が赤いけどどうかしたのか? もしかして熱でも有るのか?」

 

 

「……………………大丈夫。何処も悪くはないから……」

 

 

「そうか? 其れなら良いけど。何か有ったら直ぐに言ってくれよ」

 

 

此処で一つ注釈しておこう。

《ハジメ》こと《織斑一夏》は、恋愛絡みの感情に対してのみ(すこぶ)る鈍感なのである。しかも、本人は其の事に対して全くと言って良い程に自覚が無い為、周りからすれば非常にタチが悪いのである。

なので『付き合って下さい』と言われても、『一緒に出掛ける』という意味に捉えて『何処に行くんだ?』と返してしまったり、『料理が上達したら、毎日酢豚を食べて欲しい』という、所謂日本の『味噌汁うんぬん』という意味の言葉も、『毎日タダ飯が食べられる』という風に解釈してしまっているのである。……哀れ、某チャイニーズガール……。

 

 

尤も、彼が其の様になってしまったのは、無理も無い事なのであろう。

というのも、彼には物心付いた頃には既に両親はおらず、親の愛情というものを全く知らない。唯一の肉親である姉は、中学時代は彼すらも恐れる程に荒れており、彼が成長してからは殆ど彼をほったらかしにしている状態である。其処に愛情が有るのかどうかと問われれば──『否』としか答えようが無いだろう。

要するに、教わるべき時に家族の愛情を受けなかった彼は、他人の愛し方を、他人からの愛情の受け取り方を知らないのだ。なので、彼一人を責め立てるのは御門違いだと言えるだろう。

 

 

「あ、そうだ」

 

 

そんな訳で、見事なまでに少女の乙女心を勘違いしてくれちゃったハジメは、少女に何の問題も無い事を確認してホッとしてから、改めて自分の名前を名乗る事にする。

 

 

「さっきも自己紹介したけど、あの時は多分平常心じゃなかっただろうから、もう一度名乗っておくよ。俺はハジメだ。宜しくな」

 

 

「…………《カンザシ》、です。こちらこそ……」

 

 

「へぇー、カンザシ……かぁ。うん、綺麗な名前だな」

 

 

 

 

 

 

──へぇー、カンザシさん……かぁ。うん、綺麗な名前ですね。

 

 

 

 

 

 

「ッ……!?」

 

 

ハジメに自身の名前を褒められた瞬間、少女──《カンザシ》の脳裏を、親友が自分の名前を褒めてくれた時の事が(よぎ)った。

言い方こそ違うが、親友と全く同じ事を言った事に、カンザシはハジメに対してまさかという疑念を(いだ)いた。しかし、MMOに於いてリアル情報の詮索はNG行為である為、カンザシは其れを訊ねる事をしなかった。

 

 

「? どうかしたのか?」

 

 

「う、ううん……。何でも無い、です……」

 

 

「そっか。ああ、其れと、敬語は使わなくて良いよ。多分俺達歳はそれ程離れてないだろうからさ」

 

 

とりあえずは其の事を頭の隅へと追い遣ってから、カンザシはハジメの申し出に短く「うん」とだけ返す。

彼女の返事を聞いて満足したハジメは、立ち上がると左腰の鞘から剣を抜き、カンザシに町へと帰還する旨を提案する。

 

 

「さて、今日はもう町へ帰ろう。怖い思いをした訳だし、早く休んだ方が良いと思うぞ」

 

 

「確かにそうしたいけど……。けど……良いの? 私なんかの為に攻略を中断しちゃって?」

 

 

「大丈夫だよ。俺も元々帰る途中だったからさ。其れに、私なんかの為に、だなんて言っちゃ駄目だぞ? 自分の事は大切にしなくちゃいけないし、何より、困ってる人を助けるのは当たり前の事だからな」

 

 

「ッ……!?」

 

 

ハジメの其の言葉に、カンザシは再び顔が赤くなるのを感じた。しかし、其処に含まれる感情の割合は先程の1:1とは異なり、嬉しさの方が遥かに大きかった。

常に優秀な姉と比べられ続けた事で、自分の存在価値に自信が持てなくなっていたカンザシにとって、自分の存在価値を認めて貰えるというのは。何よりも喜ばしい事であるのだから。

今まで周りの誰からも助けて貰えなかった、自分から助けを求めるのはいけない事だと思っていたカンザシにとって、ハジメの一言は衝撃的であり、そして何よりも喜ばしい事であるのだから。

 

 

「? カンザシ……本当に大丈夫なのか?」

 

 

「うん、大丈夫だよ! ほら、早く町へ帰ろう!」

 

 

「お、おい、そんなに()かすなって……」

 

 

カンザシは、ハジメの優しさに思わず流れてしまいそうになる涙を抑えながら、其れを悟らせない様にとハジメを急かし、安全エリアを後にして迷宮区の出口を目指す。

 

 

 

 

 

 

──ハジメ……凄く優しくてカッコいい。まるでヒーローみたい。

 

 

 

 

 

 

自分の前を行くハジメに、カンザシは自分が(いだ)く理想の英雄(ヒーロー)像を見た気がしたのであった。

 

 

 

 

 

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