ソードアート・オンライン ー白き剣士の英雄譚ー   作:和狼

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カンザシ「どうも。《更識簪》こと《カンザシ》です。
相変わらず地の文の苦手な駄目作者の所為で、大変長らくお待たせ致しました。」


「突然ですが。
何故、私のプレイヤーネームが現実のものと同じなのかと言うと、簡単に言うと、リアルネームが到底名前とは思えない様なものだからです。
私も一応MMOプレイヤーなので、その辺のマナーはちゃんと把握してはいますけど、《カンザシ(簪)》が本名だなんて誰が想像出来るでしょうか?
……まあ、身内や学校の人達が居れば即身バレなんでしょうけどね……。」


「後は、その…………あの人に『綺麗だ』って褒めて貰えた名前だから…………///」


「……ッ!? い、今のはナシッ! ナシナシナシッ!
お願いです、忘れて下さい! 若しくは誰にも言わないで下さい!
でないと、スタンガンで強制的に気絶させに行きますからねッ!!?」


「そ、其れと……今回のお話では、作者さんの想像により、キバオウさんが若干美化されています。
其れも含めて、作品に対する批難・中傷は控える様にお願いします。」


「それでは、本編をどうぞ」




Stage.3:解放 ヘノ 兆 シ

 

 

 

 

 

ハジメとカンザシが迷宮区にて遭遇した日から、数日が経過した。

 

 

其の日からというもの、カンザシは常にハジメと行動を共にする様になった。それも、ハジメが能動的には他のプレイヤーとパーティーを組まず、割とソロでの活動をしがちである為に、殆どカンザシとハジメの二人きりという形でだ。

攻略やクエストに行くのも一緒、食事をする時も一緒、泊まる宿も一緒と、何とも(うらや)(ねた)ましけしからん限りである、というのが周りの男達の反応だ。

最前線に於いては女性プレイヤーが殆ど居ない事と、カンザシの容姿が美少女の枠に分類されるものである事もあり、彼らの嫉妬の度合いは……今が異常な事態だという事や、ハジメがある種の英雄である事を差し引いても、大分高いものになっていたりする。

 

 

尤も其れは、カンザシがハジメに対して好意を(いだ)いているから、という訳ではない。

曰く、一人になるのが怖いのだそうだ。

其れも仕方の無い事だろう。何せ、カンザシはモンスターに殺されかけたのだ。それも、其れまでで一番の死の恐怖を経験した上でだ。

人間というものは、そう簡単に恐怖を乗り越えられる程強い生き物ではない。一人でモンスターと闘い、其の結果殺されかけるという尋常ではない恐怖を味わった以上、一人で闘う事に……延いては一人で居る事に抵抗感を(いだ)き、誰かに一緒に居て欲しいと願うのも無理の無い事。モンスターを恐れて攻略を諦め、町に引籠もるという選択をしなかっただけでもまだマシだと言えるだろう。

 

 

とは言っても、カンザシとて誰でも良いという訳でもない。

カンザシは現実に於いて、ネット以外では他人との接触を拒み続けて来た為に、リアルの人間と接する事にはあまり慣れていない。ましてや異性ともなれば尚更にだ。

そういった理由により、カンザシは迷宮区での一件から信用出来ると判断したハジメにしか心を開いておらず、彼以外をあまり頼ろうとしないのだ。

 

 

そうした人間関係が築かれている一方で、ゲームの攻略の方はどうなっているのかというと……、

 

 

……残念ながら、未だに第一層すらクリアされていないという状況だ。

 

 

其の理由は、最前線で活動する《プレイヤーの力量(レベル)》が今ひとつ足りていないからだ。

デスゲーム開始直後に先行した元ベーターテスター達は別として、其れ以外の初心者教室に参加したプレイヤー達は少ないリソースを大勢で分かち合った為に、成長の開始が遅れてしまったのだ。加えて、彼らは其れ以降も《自身の強化》よりも《生存》を重視して行動している為に、一人一人の成長速度は遅い状態なのだ。勿論、一部の例外も存在するが。

しかし、其の分《プレイヤーの数》と《プレイヤーの質》はそれなりのものが出来上がっており、特に《質》に至っては、殆ど危なげ無く戦闘が行える、といった具合に、足りない《力量》を充分に補う事が出来る程になっていたりするのだ。

 

 

そうした結果が、ゲーム開始一ヶ月にして漸く開かれる事となった一回目の《第一層フロアボス攻略会議》、である。

 

 

場所は、迷宮区から程近い谷間(たにあい)の町《トールバーナ》。其の中央広場から少し離れた場所に在る、()り鉢状の野外ステージ。

中央のステージと、其れを取り囲む様な構造となっている階段状の観客席には、現在四十八人という、最大六人のパーティー八つからなる連結(レイド)パーティーを作るのに必要な、定員丁度のプレイヤー達が集まっている。

其処にはハジメとカンザシの姿も在り、二人は適当な場所に並んで腰掛け、周りを見回しながら会議が始まるのを待っている。

 

 

「……たくさん、集まったね」

 

 

「そうか? 俺としては、レイドもう一つ分くらいは欲しいところだけどなぁ……」

 

 

カンザシが呟いた言葉に、死者ゼロでのフロアボス攻略を願うが故に、少し欲を出して応えるハジメ。

 

 

「……今回は初めてのボス戦だよ? 全滅する可能性だって有る筈なのに、其れでもボスに挑もうと集まったんだよ。充分に多い方だと私は思う」

 

 

「あー……成る程な。言われてみりゃそうだよな。うん」

 

 

其れを更に否定するかの如く返答したカンザシの言葉に、ハジメは指摘された事をよく考慮し、やがて(うなず)く。

人間というものは、何事に於いても最初は必ずと言っても良い程不安や戸惑いを(いだ)くものであり、ましてや其れがボス攻略という、今まで以上に死ぬ危険性の高い戦闘への初の挑戦ともなれば、感じる不安や恐怖は相当なものである筈だ。怖気付いてしまったとしても何らおかしくはない。

不安や恐怖を簡単に乗り越えられる者はそうは居ない。ならば、此れ以上は高望みをするべきではないのだろうと、ハジメは最後にそう自論を締め(くく)った。

 

 

丁度其の直後に、状況が動いた。パン、パン、と手を叩く音と共に、よく通る叫び声がステージ全体に響いた。

 

 

「はーい! それじゃあ、そろそろ始めさせて貰います!」

 

 

会議参加者全員の視界の先……ステージの中央には、主催者と思しき一人の青年の姿が在った。

長身の各所に金属防具を(きら)めかせた片手剣使いは、初日に茅場の手によってアバターから現実のものに戻されたとは思えない様な、非常に整った容姿をしており、加えて、顔の両側にウェーブしながら流れる長髪は鮮やかな青色に染められている。

 

 

「今日は、オレの呼び掛けに応じてくれてありがとう! オレは《ディアベル》、職業は気持ち的に《ナイト》やってます!」

 

 

爽やか系イケメンと表現すべき青年の言葉に、集まったプレイヤー達がどっと沸き、緊迫していた場の雰囲気が和らぐ。開始早々に冗談をかまし、プレイヤー達の精神に余裕を与えようとするあたりからして、彼にはリーダーとしての高い適性が有ることが(うかが)える。

 

 

「……今日、オレ達のパーティーが、あの塔の最上階へ続く階段を発見した。つまり、明日か、遅くとも明後日には、ついにボス部屋に辿り着くって事だ!」

 

 

笑いが一通り収まった所で、一変して真剣な面持ちとなったディアベルが演説を再開する。そして語られた、いよいよ第一層の終りが見えて来たという希望に、プレイヤー達は驚きと喜びの念で(ざわ)つく。

 

 

「一ヶ月、此処まで、一ヶ月も掛かったけど……其れでも、オレ達は示さなきゃならない。ボスを倒し、第二層に到達して、此のデスゲームそのものも何時かきっとクリア出来るんだって事を、はじまりの街で待ってるみんなに伝えなきゃならない。其れが、今此の場所に居るオレ達トッププレイヤーの義務なんだ! そうだろ、みんな!」

 

 

集まったプレイヤー達に、自分達の使命についてを力説するディアベル。

何ともご大層な、だがしかし全くと言って良い程に非の打ち所の無い彼の言葉に、プレイヤー達は喝采(かっさい)を送り、ボス攻略に向ける意気込みを新たにする。ハジメとカンザシも例に()れずである。

しかし、そんな時であった……

 

 

「ちょお待ってんか、ナイトはん」

 

 

突如として流れた低い声に、ステージの空気がぴたりと静まり返る。

一体何なのかと、皆が声が聞こえて来た方へと振り返り視線を向けると、其処には小柄ながらもがっちりとした体格の男の姿が在った。背中にはやや大型の片手剣を装備し、ある種のサボテンの様に尖った特徴的なヘアスタイルをしている。

 

 

「わいは《キバオウ》ってもんや。ボスと闘う前に、言わせて貰いたい事が有る」

 

 

装備に似合わぬ軽い身のこなしで観客席を駆け下り、ステージへと着地し、プレイヤー達へと向き直るサボテン頭の男──《キバオウ》。

プレイヤー達は男に対し、会議に割り込んでまで言いたい事とは一体何なのか、という疑問を(いだ)き、やや鋭い視線を向ける。まず間違い無く、彼らのキバオウに対する第一印象は好意的なものではないだろう。

そんな彼らを横薙ぎに見回して行くキバオウだが、其の視線はある者を捉えると僅かな時間停止した。其の視線の先に在るのは──

 

 

「っ……!?」

 

 

「? どうかしたの、ハジメ?」

 

 

「…………いや、今一瞬……あの人と目が合った様な気がして……」

 

 

──ハジメの姿だった。

いまいち自信が無い様に言うハジメではあるが、しかし、彼は直感で自分と彼は確実に目が合った、とほぼ確信している。

直感であるからと(あなど)る事無かれ。現実の環境が育てた彼の視線に対する感覚は、本人が望まずして鋭敏なものとなっているのだ。其れは(さなが)ら、肉食動物を警戒し恐れる野生の草食動物の如し。

 

 

己の直感を信じた上でハジメは思う。自分は今日まで彼の事を知らなかった筈だ、と。名前を聞いた事も無いし、すれ違った記憶も無い。

考えられる可能性としては、キバオウが一方的に自分の事を知っている、というもの。知らぬ間にすれ違っていたのか、或いは遠目に自分の事を見ていたのか。何にせよ、自分は彼と直接関わった憶えは無い筈だ。

しかし、そちらはそれで幾らか納得出来たとして、ハジメにはまだ腑に落ちないものが残っている──

 

 

──あの人……笑ってた?

 

 

自分の見間違いではなければ、キバオウは自分と目が合った瞬間に笑っていた。それも、嘲笑や苦笑でもなければ、何かを企んでいるかの様な含み笑いでもない。……其の双眸(そうぼう)からは鋭利さが欠け、表情にも僅かに緩みが見られた、まるで一片の敵意や悪意も感じさせない、優しい笑顔を。

一体何故、とハジメが考えるよりも前に、プレイヤー達を見回し終えたキバオウがドスの利いた声で言い放った。

 

 

「こん中に、今までに死んでいった一千人に、ワビ入れなあかん奴らがおる筈や!」

 

 

一片して再び険しい表情となったキバオウの一言に、プレイヤー達は彼が何を言わんとしているのかをやっと理解し、ステージ全体が強い緊迫感と重苦しい沈黙に包まれる。

 

 

「……キバオウさん、君の言う《奴ら》とはつまり……元ベータテスターの人達の事、かな?」

 

 

「そうや」

 

 

今までで最も厳しい表情を浮かべたディアベルの確認の問い掛けに、当然だと言わんばかりに頷くキバオウは、しかしディアベルの言葉の一部に訂正を加えた上で、再びプレイヤー達を睨み付けながら(まく)し立てる。

 

 

「それもや、こんクソゲームが始まった直後に初心者教室を開いたベータ上がりの奴らとは(ちご)うて、真っ先にビギナーを見捨てて消えよった《隠れベーター》共や! 奴らはウマい狩場やらボロいクエストを独り占めして、ジブンらだけぽんぽん強うなって、其の後もずーっと知らん振り。……まったく、おんなじ元ベーターでもこうも違うとはのう。なあ──ハジメはん」

 

 

其の瞬間、ステージ全体に強い衝撃が走った。

デスゲーム開始直後に率先して初心者教室を開き、ビギナー達を救済した事で一部の者からは英雄視されているハジメは、多くのプレイヤー達にとっては注目の的であり、憧れや尊敬の対象でもあるのだ。其の彼が今此の場に居るとなればやはり驚かずにはいられないし、直接関わった事の無い者としては、どんな人物であるのか非常に気になるのだ。

直後、ステージ中のプレイヤー達の視線が、一斉にキバオウの視線の先に居るハジメへと突き刺さる。注目を浴びる事には嫌という程慣れているハジメだが、しかし突然の事であるので少しばかり戸惑いを感じるし、やはり恥ずかしくもある。……けれども、ハジメは其れが嫌だとは思っていなかったりもする。

そうしてハジメに視線が集まる中、キバオウは彼を指しながら、隠れベーターへ向けての(いきどお)りを叫ぶ。

 

 

「こないな子供に頑張らせといて、ジブンらはジブンの身ィの安全だけを考える。ゲーマーである前に、人として恥ずかしいとは思わんのか!?」

 

キバオウの表情がより一層険しくなる。

実の所、彼は自分に対しても憤りを感じているのだ。デスゲーム開始直後に何も出来ず、ただ茅場に対する怒りを叫ぶしかなかった。まだ子供であるハジメに苦労を掛けさせ、其れに頼らざるを得なかった、無力であった自分に。

詰まる所、キバオウの叫びは、半分は自分に対する叱責でもあるのだ。

 

 

「こん中にもおる筈やで、隠れベーターの奴らが! そいつらに誠心誠意土下座さして、貯め込んだ金やアイテムを吐き出して貰わな、パーティーメンバーとして命は預けられんし、預かれん!」

 

 

ならばせめてと、其れが直接ハジメの助けにはならずとも、キバオウは薄情者の隠れベーター達にハジメの苦労を、死んでいった者達の悔しさを、自分達の愚かさと犯した罪の重さを解らせたいと叫ぶ。

キバオウ──言い方こそ(いささ)か乱暴ではあるが、其の実根は良い男なのである。

 

 

此の時、ハジメは漸くキバオウの笑顔の理由を理解した。他のベータテスターとは違いビギナーを見捨てなかった自分は、キバオウにとっては非常に好印象だった。故に好意的な態度(えがお)を示したのだ、と。

 

 

一方で、プレイヤー達……特に一部の者達の心境は複雑である。

実の所、キバオウの言う死んだ一千人の中には、およそ三百人の元ベータテスターも含まれているのだ。彼らの死の要因は……ズバリ《慢心》。ベータ時の知識と経験が有るからと油断した為に、ベータと正式サービスとのほんの僅かな変更点に上手く対応出来ずに、命を落としてしまったのだ。詰まる所、情報が有ったからといって、其れが必ずしも安全を生むという訳では無いのだ。

そう叫び返したい衝動に駆られる隠れベーター達だが、如何せん、そうするには今の状況は彼らにとっては不利なのだ。彼らが我が身可愛さにビギナーを見捨てたという事実は変わらないし、其れがビギナー達の死に全く関係していないとは言い切れない為に、文句の返しようも無い。

加えて糾弾(きゅうだん)される事への恐怖と、子供であるハジメに苦労を押し付けた己の器の小ささを再認識させられる事への抵抗感という、結局はまた我が身可愛さ故の逃げの姿勢の為に、誰一人として何も言おうとはせず、ステージ全体を重苦しい空気が包み込む。

 

 

「発言、良いか」

 

 

そんな空気を、豊かな張りの有るバリトンボイスが破った。

一斉に向けられた視線の先には、身長は百八十は有ろうかという、筋骨隆々とした巨漢の姿が在った。頭部は完全なるスキンヘッドであり、肌はチョコレート色。彫りの深い顔立ちをしている事から外人なのではと推測される其の男性は、背中には無骨な両手用戦斧を吊り下げている。

 

 

「オレの名前は《エギル》だ。キバオウさん、人としての話の部分は置いておくとして……あんたの言いたい事はつまり、隠れている元ベータテスターも面倒を見なかったからビギナーが沢山死んだ、其の責任を取って謝罪・賠償しろ、という事だな?」

 

 

「ま、まあ……そういうこっちゃ」

 

 

ステージ上に上がったエギルと名乗る巨漢の問い掛けに、圧倒的体格差の為に一瞬気圧されそうになりながらも応えるキバオウ。

彼のの訴えの内容を確認したエギルは、腰に付けた大型のポーチから羊皮紙を()じた簡易な本アイテムを取り出すと、其れをキバオウに見せる様に(かか)げながら、更に問うた。

 

 

「此のガイドブック、あんただって貰っただろう。各町の道具屋で無料配布してるんだからな」

 

 

「…………(もろ)たで」

 

 

「此のガイドは、オレが新しい村や町に着くと、必ず道具屋に置いてあった。情報が早過ぎる、そうは思わなかったのかい」

 

 

「……せやから何やっちゅうんや?」

 

 

「こいつに載っているモンスターやマップのデータを情報屋に提供したのは、其の隠れた元ベータテスター達以外には有り得ないって事だ」

 

 

エギルの言葉に、プレイヤー達は一斉に驚き、騒つく。

ビギナーを見捨てて知らん振りのままだと思っていた隠れベーターが、まさか後続の為に情報を提供していたなどとは思いもしなかった様で、キバオウは苦々しい表情を浮かべ閉口する。

 

 

「いいか、情報は有ったんだ。なのに沢山のプレイヤーが死んだ。だが今は、其の責任を追及してる場合じゃないだろ。オレ達自身がそうなるかどうか、其れが此の会議で左右されると、オレは思っているんだがな」

 

 

「あの……俺からも発言、良いですか」

 

 

エギルの発言に区切りがついた時だった。其れまで何も口出しせずと話の行く末を見守っていたハジメが、話し合いに加わる事を申し出た。

其の事態にキバオウも含めて一同が驚く中、ハジメはステージ上へと上がり、口を開いた。

 

 

「一応自己紹介おきますと、俺の名前はハジメって言います。キバオウさん、貴方の言いたい事も解りますけど、誰もかれもが聖人君子って訳じゃないんです。こんな異常事態に陥ってしまった以上、自分の身の安全を最優先にしてしまう人だって居るって事を、どうか解ってあげて下さい」

 

 

「…………お前はんは其れでええんか? 隠れベーター共の尻拭いの為に、余計な苦労を掛けさせられたんやぞ?」

 

 

「良いんですよ。俺は其れを承知の上で、自分の意思で其の道を選んだんですから」

 

 

「…………」

 

 

ハジメの寛大な言葉に、返す言葉を失って口を(つぐ)むキバオウ。

 

 

「…………ええやろ。お前はんがそう言うんなら、今回はハジメはんに免じて大目に見たるわ」

 

 

「! キバオウさん」

 

 

「せやけどな、わいはまだ完全に隠れベーター共の事を(ゆる)した訳とちゃうで! ……赦して欲しいっちゅうんなら、其れ相応の行動を示してみる事やな」

 

 

やがてキバオウはそう言うと、邪魔をして悪かった、とディアベルに頭を下げてから観客席へと向かい、其の様子を見届けたハジメとエギルも元居た場所へと戻る。

プレイヤー達が落ち着いたのを見計らってから、ディアベルは此の話題を締め括りに掛かる。

 

 

「みんな、それぞれに思う所は有るだろうけど、今だけは此の第一層を突破する為に力を合わせて欲しい。どうしても隠れテスターとは一緒に闘えない、って人は、残念だけど抜けてくれて構わないよ。ボス戦では、チームワークが何より大事だからさ」

 

 

結局の所、ボス対策などの本格的な作戦会議はボス部屋を発見してから、という事となり、此の日の作戦会議は其れで御開きとなる。

直後、多くのプレイヤー達が一斉にハジメの下へと押し寄せ、口々にハジメに感謝と称賛の言葉を送るのであった。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 

 

 

プレイヤー達から漸く解放され、カンザシを伴ってステージを離れたハジメは、さて此れからどうしようかと考えながら、《トールバーナ》の広場を歩く。

現在時刻は夕方の五時少し前。今からまた軽くレベルを上げに行くのもアリかもしれないが、そうなれば恐らく、此処数日行動を共にしているカンザシも付いて来る事になるだろう。自分の意思ばかりではなく、時には彼女の意見を聞く事も大切だ。

 

 

「おーい、ハジメー!」

 

 

そう判断して、カンザシに此れからの行動について相談しようとしたハジメだったが、其れよりも前に背後から何者かにより声を掛けられた。

二人が振り向いた先に居たのは、大人しめのスタイルの黒髪に、女性と間違えてしまいそうな程に線の細い顔をした男性プレイヤーだった。其の背には、ハジメのものと同じ《アニールブレード》を背負っている。

目の前の彼はハジメの事を知っている様だ。しかし、知っているからといって、イコール知り合いであるとは限らない。ハジメの名前は割と有名であり、先の会議に於いても顔と共に(あらわ)にしている。要するに、知り合いを(よそお)っている可能性も有り得るという事だ。

其れは少し考え過ぎか、と思ったハジメが次に考えたのは、彼も自分と同じ元ベータテスターであり、自分と関わった事が有る、という可能性だった。だが、如何せん顔は現実のものに戻されている為に、目の前の顔からベータの時の知り合いを割り出すのは不可能だ。

或いは現実での知り合いかもしれないが、生憎とハジメの知り合いに目の前の顔の人物は存在しない。

 

 

「えっと……すいません、どちら様で?」

 

 

なので、ハジメは素直に憶えが無い事を目の前の少年に告げる。

 

 

「ああ……悪い、そうだよな。俺は《キリト》だよ」

 

 

「ッ! お久しぶりです、キリトさん!」

 

 

顔がベータの時と違う事を失念していた少年は、其の事に気付いて一言謝ると、自身の名を名乗る。

数秒後、ハジメは目の前の少年のものと合致する名前を己の記憶の中から探し出す事に成功し、嬉々とした声音と共に頭を下げる。

 

 

「……ハジメ、此の人は……?」

 

 

「ああ、紹介するよ、カンザシ。此の人はキリトさん。俺と同じ元ベータテスターで、ベータの時はよく一緒に攻略してたんだよ」

 

 

「…………そう、なんだ……」

 

 

「で、キリトさん、彼女はカンザシっていいます。訳有って、此処数日は一緒に行動してるんです」

 

 

「そっか。えっと……宜しくな、カンザシさん」

 

 

「…………宜しく」

 

 

懐かしき知人と、現在の暫定的なパートナーを双方に紹介するハジメ。

しかし、紹介された当の本人達の反応はぎこちない。

其の理由としては、二人のコミュニケーション能力の低さが大きかったりする。実の所、カンザシだけではなく、キリトも訳有って人付き合いは得意な方ではないのだ。

後は、双方の立場が問題だったりする。カンザシの場合は、キリトが元ベータテスターだと分かっても、其れが《隠れ》であるのか否かが判らない為。キリトの場合は、ビギナーである(と推測している)カンザシが、ベーター ……それも隠れベーターの事をどの様に思っているのか不安である為、双方共にどの様に接するべきか迷っているのだ。

 

 

「そ、それで、キリトさんは俺に何か用事なんですか?」

 

 

二人の空気を微妙に察してか、ハジメは少し急かすかの如くキリトに用件を訊ねる。

しかし、其れは其れでキリトにとっては問題か有る様であり、視線を彷徨(さまよ)わせながら「あー ……うん……えっと……その……」などと煮え切らない反応を見せている。

 

 

「…………その、だ……」

 

 

だが、やがて覚悟を決めた様であり、キリトは真っ直ぐにハジメと向き合う。そして……

 

 

「……《アルゴ》から聞いたよ。初心者教室の事……ありがとな。それに、さっきの会議で俺達を庇ってくれた事も」

 

 

いきなり頭を下げた。此れにはハジメもカンザシも思わず驚き、啞然とした表情で見詰める。

やがて思考が追い付く。……追い付いた事で、キリトの言葉が意味する事実を理解する。(すなわ)ち──キリトが《隠れベーター》である、という事実を。

 

 

「気にしないで下さいよ、キリトさん。どっちも、俺が自分の意思で勝手にやった事なんですから」

 

 

しかし、ハジメには気にした様子などまるで無く、あっけらかんとした態度でキリトに接する。

そんなハジメの優しさに、ついつい甘えてしまいそうになるキリトだったが、自分が生き延びる為に他のプレイヤーを見捨てた事への罪の意識と、折角出来た友人を見捨てた事に対する後悔の念が、其れを止めた。

負い続けるべき重荷を簡単に下ろそうした、自らの意思の弱さを恥じ、両の拳を強く握り締めながら、キリトは再び、今度は誠心誠意を込めて謝辞を述べる。

 

 

「それでも言わせてくれ。お前は、俺には出来なかった事をやってくれた。お前には本当に感謝してるんだよ。……だから、ありがとう」

 

 

「……はい。どういたしまして」

 

 

ハジメも、キリトの言葉に込められた強い思いを感じ取った為に、今度は拒む事無く、しっかりと彼の感謝の気持ちを受け止めたのであった。

 

 

「俺が言いたかったのは其れだけだ。わざわざ呼び止めて悪かったな」

 

 

キリトはそう言うと、「じゃあ、ボス攻略でな」と最後に言い残してから、ハジメ達に背を向けて足早に去って行った。

 

 

「……あんな人も、居るんだね」

 

 

其の後ろ姿を暫く見送ってから、カンザシがポツリと呟いた。

正直に言えば、カンザシは隠れベーターに対してあまり良い印象は(いだ)いてはいなかった。いくら攻略ガイド制作の為に情報提供を行おうとも、先の会議でのハジメの言葉を考慮しようとも、彼らが他のプレイヤーを見捨てた事には変わりは無いのだから。

 

 

「……あの人は、信じられるかも」

 

 

「そっか」

 

 

だが、今し方のキリトの姿を見て、少なくともキリトに対する印象は変わったのであった。

 

 

「さて、此の後の事だけど、カンザシはどうしたい?」

 

 

「……うーん……私は、ちょっと早いけど、夕食にしたいかな、って思ってる」

 

 

「そっか。んじゃ、先ずは夕食にするか」

 

 

「……良いの?」

 

 

「おう。んで、ゆっくり食いながら此の後の事を考えようぜ」

 

 

「……うん」

 

 

此の後、ハジメとカンザシは《トールバーナ》で少し早めの夕食を摂った後、レベル上げの為に町の周辺で少し狩りを行ってから、宿に入って一日を終えるのであった。

 

 

 

 

 

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