ユートと融合使い   作:カットトマト缶

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02_信じるもの

 

 

 少し早いペースで30分ほど歩くと、ユートの言った家に着いた。扉は歪んで扉としての働きをすることも出来ない状態だ。ユートが少しの隙間から身体を滑りこませるように中に入る。リアもそれに続いて廃屋の中に入った。

 家の中も外に劣らず酷い有り様だった。コンクリート片が床に散らばり、皿が食器棚から飛び出て割れていた。ただ他の家と違って窓は割れておらず、外から中の様子を見ることはできないため身を隠すにはちょうどよかった。ユートの言った通り、台所の蛇口をひねると水が出た。

 リアはユートが用意した椅子に座った。冷えた体を腕でこすって温める。……もちろんこの程度の寒さなどリアにとってはたいしたことではないのだが、なんの力も無い、少しデュエルが強いだけの少女だと思ってもらう方が得策だ。現にユートは気を使って、奥の部屋からタオルケットを探して持ってきてくれた。少し汚れてほつれていたが、リアはありがとうと言ってそれを受け取り身体に巻き付けた。

 

「リア、君はどうしてここに?」

「さっきも言ったけど、気が付いたらここにいたんだ。……そうだね、もう少し詳しく言うと……いや、君には信じられないことかもしれない……」

「教えてほしい」

「……デュエルをしていたはずなんだ。私のモンスターと相手のモンスターの攻撃がぶつかったときに、眩しくて目を閉じたんだけれど……気が付いたらあそこに」

「デュエル中に……」

 

 何か思うことがあったのだろう、ユートは考える仕草をしたが、どこか納得した様子だった。……リアは知らないが、ユートもまたデュエル後、気が付いたらこの次元にいたのである。リアがこちらに飛ばされた理由がデュエルだというのなら、それが本当である可能性は十分にあるとユートは思った。それに、リアの少し疲れたような表情と、所在なさげな雰囲気が、リアの言っていることに信憑性を持たせた。ここまで話して、自分をアカデミアから救ってくれたリアは敵ではないとユートは判断した。

 

「リア、今からこの次元で起きていることと、君の身の上に起こっていることを話す」

「……次元?」

「ああ。今から言うことは、君にとっては信じがたいかもしれないが、本当のことだ」

 

 そう前置きして、ユートはこの世界で起きていることを話した。世界は4つの次元に分かれていること、リアの住んでいた次元はシンクロ次元と呼ばれていること、融合次元がエクシーズ次元を侵略したこと。そこまで話して、ユートはいったん口を閉じた。

 リアは不自然にならないように心掛けてリアクションをとった。突拍子もない話だと言って、ユートの話を否定する。普通の人間はそうするだろう。リアの反応はユートにとっては仕方のないことではあったが、これは本当のことなのだと言うしかない。――リアはもちろん、ユートの言っていることが真実であると知っていたが。

 

「……わかった、信じるよ」

「……信じられるのか、今の話を」

「え、嘘なのかい?」

「いや、事実だが……」

「……確かに信じがたいことではあるけれど、現に私はここにいる。私の住んでいた街とは似ても似つかない。……でもどうして私はここにきてしまったんだろう?」

「それは俺にもわからない」

 

 ユートの言葉にリアはこめかみを押さえた。いったいどうすればいいのだろうと気落ちしている様を演じる。ユートはそんなリアを見て、優しくも心を痛めたようだ。リアはそんなユートの表情を見て、ほんの少し、罪悪感が胸の中に生まれたのを感じた。

 しかしそんなことは言っていられない。リアの目的はセレナを探すこと。ここにきてようやく、リアは本題に触れた。

 

「ユート、君は私以外に、私と同じくらいの女を見なかったか?」

「君以外に? 見ていないが、何故?」

「……私がしていたデュエルの相手は、私の友人なんだが……もしかしたら私と一緒にこちらに来てしまっているかもしれないと思って」

 

 その言葉にユートは顔色を悪くした。ユートは想像した。融合次元のアカデミアの人間に見つかって、事情も分からぬままカード化される少女の様を。

 知らないというユートの言葉を聞いて、リアは内心激しく落胆した。そもそもハートランドがこんなにも広いなんてリアは知らなかったのだ。この街の中を、いるかどうかもわからないセレナを探して走り回るなんて無謀だ。しかし、解っていても、リアは一刻も早くセレナに会いたくて仕方がなくなった。もしこの街にいるのだとしたら……崩れかけた建物の脇でうずくまっているかもしれない、お腹を空かせているかもしれない。

 そう思うと居ても立ってもいたれなくなって、リアは立ち上がった。リアが次元を超えてきたのはセレナを探して連れ戻すため。――そうだ、デッキも持っていないデュエリストを守るためではない――。

 

「リア?」

「セレナ様を探しに行く。世話になった」

「待て、外にはアカデミアの人間がいるかもしれない」

「構うものか。あの程度の相手、何人いたって……」

「リア!」

 

 ユートはリアの肩を掴んで引き留めた。リアはユートの腕を振り払って叫ぶ。

 

「放してくれ! セレナ様の身に何かあったら……」

「今は動くべき時ではない。少なくとも夜が明けるまでは」

「こうしている今も寒さで凍えているかもしれないんだぞ!?」

「でも君が無事ではなくなったら、そのセレナを探すことだってできなくなる」

 

 リアはアカデミアの人間だ。本当はアカデミアの人間に見つかったところで危害はない。けれどそれを今言うのははばかられた。――ユートは自分のことを本当に心配してくれている。それがリアに告白を拒ませた。良心が痛むなど、エクシーズの人間を相手に馬鹿げている。だがここまで自分のことを思ってくれているユートを傷つけることは出来そうになかった。

 リアは大きく深呼吸をして気持ちを落ち着けた。

 

「すまない、取り乱して」

「……いや、気持ちはわかる」

 

 リアはその言葉に、わずかに怒りを覚えた。心から大切にしている人の行方が知れなくて、でもどうしようもないこの気持ちを、彼が分かるというのか。リアは食って掛かりそうになったが、ここで反論しても意味はない。リアは大人しく口を閉じて、もと座っていた椅子に座った。

 ユートも座っていた椅子に腰を下ろした。そうしてリアの方を見る。テーブルに肘をついて祈るように手を握り、そこに額をつけて俯く少女。そんなリアを見て、ユートは静かに語った。

 

「俺も、探している人がいる」

「……?」

「瑠璃という少女だ。親友の妹で、俺の友人でもある」

 

 リアはいきなり話を始めたユートに目を向けた。ユートはテーブルのどこか一点を見つめていた。その表情が苦しそうで、リアは少し胸が痛んだ。

 

「アカデミアの人間に攫われて行方が分からないんだ。俺たちは瑠璃を取り戻すために……」

「……」

「無事だと信じて、探しているんだ。もうずっと……」

 

 リアは純粋に疑問に思った。瑠璃とはいったい誰だ。アカデミアの人間が誰かを攫ったなどという話は聞いたことがない。自分とセレナのあずかり知らぬところで、秘密裏に行われたのだろうか。

 ユートにリアは何も言うことができなかった。ただ苦しそうなその横顔を見て、自分もセレナに思いを馳せるだけだった。

 

 

*****

 

 

 リアは右腕に左手で爪を立てた。力をこめられてジャケットがギリッと音を立てる。リアの表情には苛立ちが露わになっている。そんなリアを一瞬横目に盗み見て、ユートは再び周りに目をやった。

 リアが苛立っているのにはもちろん理由がある。歩けども歩けども、捜し人であるセレナを見つけることはおろか、その手掛かりすらも見つからないからだ。人が見つからないから目撃情報を探すことも出来ない。既にこの次元に来て日も跨いだ。先ほどまで頭上にあった太陽も、徐々に傾き始めている。

 ユートは、本当はアカデミアがいるかもしれない街の中を、リアに歩かせたくはなかった。しかし友人の身を案じているリアにじっとしていろと言うこともできない。もしアカデミアに会ったとしても自分が闘うことはできないが、それでも心配でこうして行動を共にしていた。リアにとってはいい迷惑ではあったが、リア自身も無防備なユートがいつまた『アカデミアの恥さらし』に襲われるかわからなかったので、放っておけず突き放すことはしなかった。

 

 セレナを探しながら、リアは今一度ハートランドの街の様相を観察した。荒れ果てた街だ。デパートのショーウィンドウは割れて、中に飾られていたドレスはズタズタに切り裂かれ一部が燃えた跡があった。カードショップの中はこれでもかというほど荒らされて、カードはほとんど残っていない。アカデミアの人間が処分したのか、はたまたレジスタンスの人間が持ちだしたのか。リアにはわからなかったが、床に落ちているカードを見て良い気はしなかった。カードをぞんざいに扱うのは、デュエリストとしては許しがたいことだ。

 

 街を歩いてリアは思う。どうしてこんなにもこの街は荒れているのだろうと。アカデミアの目的は次元の統一。世界を一つにするためにデュエル戦士たちはエクシーズ次元のデュエリストにデュエルを挑み、実力を示し、カードにする。その過程には確かに戦闘があったかもしれないが、だからといって街をここまで破壊する必要はあったのだろうか。

 リアはいつの間にかハートランドの中心部へと来ていた。ハートランドの中心部には、ハートランドを象徴するタワーがあった。しかしそのタワーは、今となっては戦争を象徴するものとなってしまっていた。タワーは崩れ、天辺にあったのだろうハート型のモニュメントは落下し無残にも歪に変形していた。リアは地に崩れ伏すモニュメントに歩み寄り、そっと手を触れた。

 

「それは、かつては希望の象徴だった」

 

 ユートが静かにそう言った。ユートはゆっくりとタワーの方へと歩み寄り、空を見上げた。本当ならばその視線の先には、希望を象徴するタワーがそびえているはずだった。

 

「あの日……融合次元のアカデミアの人間たちが、この次元を蹂躙したあの日までは」

「蹂躙?」

 

 リアはその言葉に眉根を寄せた。アカデミアは別れてしまっている次元を一つに統合するという、崇高な目的のためにある。確かにそのための手段としてアカデミアはデュエルでエクシーズ次元を手中に収めたが、それを蹂躙などという言葉で表現されるのは我慢ならないことだった。自分たちはデュエリストとして正々堂々戦い、勝ったというのに。

 ユートはリアの言葉に小さく頷き、なおも空を見上げて言った。

 

「そうだ。アカデミアは、ある日突然このハートランドに現れ、無抵抗な市民を虐殺した」

「は……」

「今も目を閉じればあの地獄のような光景を思い出す。デュエルをして笑いあっていた子どもたちが悲鳴を上げ、それを嘲笑う、やつらの下卑た笑い声を……」

「何を言って……そんな馬鹿な……」

「……リア?」

 

 ユートは訝しんで視線をリアに向けた。リアは頭を振って、そんなはずはないと小さく呟いた。ユートはその呟きを聞き取ることはできなかったが、彼女の様子がおかしいことには気づいた。頭を振って、ユートの言葉を否定していることはわかった。

 

「嘲笑うだなんて……だってデュエリストだろう……? いくら負けた相手とはいえ……」

「やつらにとっては、俺たちは狩りの獲物だ。その手段にデュエルをしているだけに過ぎない。いや、あれはもはやデュエルですらなかった……!」

「そんなはずない、そんな……デュエリストだぞ!? デュエリストとしての誇りを……」

「――奴らに、そんなものはない!」

「馬鹿を言うな!」

 

 ユートの声には憎しみが滲んでいた。表情にも。ユートの声が、表情が、目が、彼の言っていることが嘘ではないと物語っている。しかしリアには信じられなかった。リアはアカデミアのデュエリストだ。いつか自分もセレナと共に戦場に行き、前線で戦士として戦うことを夢見てきた。セレナのために戦い、自分のために戦い、その実力を示すことをずっと思い描いてきたのだ。

 

「デュエリストとして正々堂々戦ったはずだ! それがデュエルで戦うということだ!」

「この街を見てもそう思うか? アカデミアがどれほど卑劣で非道な集団か、君にはわからないのか!?」

 

 リアはアカデミアの人間だ。自分たちがいかに誇り高きデュエリストであるか、リアは十分理解している!

 

 ――本当に?

 

 リアは自問した。リアは今まで自分たちの強さを誇りに思っていた。プロフェッサーの言う次元を統一するという目的は崇高だと思ったし、セレナの言うデュエリストとしての心がけは尊いものだと思った。そして自分もそれを信じ、セレナの隣に立つに相応しい誇り高きデュエリストになろうと日夜努力してきた。それらすべてが嘘だったというのか。

 

「信じられない……信じられるわけない! 私たちはデュエリスト! 私たちは勝った! 君たちは負けた! 私たちは正々堂々戦い、エクシーズの人たちに実力を示した!」

「! やはり君は……」

 

 疑念が確信に変わった瞬間だった。言いようのない怒りと、形容しがたい悲しみがユートの胸を締め付ける。

 

「何が正々堂々だ! 無抵抗の市民を蹂躙した卑怯者に、そんな言葉を使う資格はない!」

「無抵抗? 敗者が被害者面して、何が卑怯者だ!」

「卑怯者だろう、逃げる子どもたちを背後から襲い、カードに変え、一人の人間に複数で寄ってたかって! それを卑怯者と言わずに何と言うんだ!」

「そんな……」

 

 リアはゆるゆると力なく頭を振った。狼狽えて一歩二歩と後退りをする。それに合わせるようにユートはリアに近づいて距離を詰めた。あっという間に二人の距離はなくなり、ユートがリアの腕を掴む。その力は強く、リアの細い腕は今にも折れそうだった。しかしリアは痛みを認識できなかった。それよりも、自分を睨みつけるユートの目に意識を奪われていた。その目に宿る憎しみの情に、震えた。

 

「そんなはずない……だって、デュエルは……デュエルは、誇り高き……」

「君は何を見ていたんだ! この戦場で、虐殺される人たちの悲鳴に埋め尽くされたこの世界で、いったい何を見ていたんだ!」

「私……私は……」

「……」

 

 ユートの心は怒りに満ちていたが、それでもどこかで戸惑いを覚えていた。リアの言動に明らかな違和感があったからだ。リアの言葉から、彼女がアカデミアの人間であることは間違いない。しかしこのうろたえぶりはなんだろう。リアの顔は真っ青だった。

 

「デタラメだ! 信じない! 私は、そんなこと!」

「……」

「だって、セレナ様は誇り高きデュエリストで……セレナ様が、そんな悪道をお許しになるはずない……!」

 

 リアはユートの腕を振り払った。後ろに飛びのいて距離をとる。リアはユートの目をまっすぐ見た。その瞳は僅かに潤み、揺れていた。目は口程に物を言うとはよく言ったもので、リアの心が揺れているのがユートには手に取るように分かった。けれどリアは心に宿る疑念と動揺を振り払うように、努めて大きな声で言った。

 

「デュエルだ!」

 

 リアが右の太腿につけられているケースからディスクを取り出し、左手に装着する。ディスクを前に構えると、青い剣型のプレートが展開された。アカデミアのデュエルディスク。それを見て、ユートの胸がまた痛んだ。

 

「私の信じるアカデミアと、君の言うアカデミア……どちらが正しいのか、このデュエルで証明する!」

 

 さあ早く! と怒鳴るリア。ユートは視線を落として、目を閉じた。

 

「俺は今、ディスクもデッキも持っていない」

「っ……くそ……!」

 

 リアはユートにそう言われてその事実を思いだした。熱くなって頭に血が上っていたリアは、信じられないことにその事実を失念していた。リアは余計に頭に血が上ってユートの胸倉を掴んだ。

 

「何があったらデッキを手放すことになるんだ! 君はそれでもデュエリストか!?」

「……」

 

 リアは舌打ちをしてユートから手を放した。ユートはシャツのしわを伸ばすように首元を撫でる。そんなユートを忌々しそうに見て、リアは尋ねた。

 

「デッキはどこだ?」

「スタンダードだ。ディスクも」

「君はどうやってここに来たんだ? ディスクもないのに」

「わからない。気が付いたらここにいたんだ」

「ふざけたことを……」

 

 リアがそう言ってデュエルディスクのディスプレイを操作する。気が付いたらここにいたとユートに話したリアが「ふざけたことを」と言って、ユートはとてつもない理不尽を見た気がした。

 リアがディスプレイを操作し終わると、ディスクをユートに向けた。ユートはカードにされるのかと一瞬身構えたが、それはすぐにリアが否定した。

 

「スタンダードに行く」

「……」

「デッキを手にしたら、今度こそ私とデュエルをしてもらう。いいな?」

「……ああ」

 

 ユートが頷くと、リアはすぐにディスクの次元移動装置を作動させた。間もなくして二人は光の粒となってその場から消えた。

 

 






主人公もセレナ様に負けず劣らずのデュエル脳です。

 
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