目を開けて真っ先に視界に飛び込んできたのは灰色だった。ビルとビルの間の路地が二人の移動先だった。左手にはやや橙色に染められた大通りが見えた。右を見ると、一緒に次元を超えてきたユートが。ユートは上を見たり路地奥を見たりと、場所を把握しようとしているようだ。リアはユートに背を向けて大通りへと出る。人が全くいない。リアは初めてスタンダード次元に来たが、これだけ発展した街に人が全くいないという状況が異常であることは当然わかった。リアの心にふと不安がよぎる。もしかしてこれはアカデミアの仕業なのでは……。続いて路地から出てきたユートに向かって、リアは尋ねた。
「何故人がいない?」
「……わからない」
「既にアカデミアが? スタンダードに侵攻するという話は聞いていなかったが」
「おそらく別の理由だろう。アカデミアが侵略しに来たなら、もっと町は破壊されているはずだ」
「……」
リアはその言葉に眉を寄せた。しかし何も言い返さずに、背を向けて大きく息を吐いた。
この頃には頭に血が上っていたのもなおって、次元を超える前の激情も鳴りを潜めていた。アカデミアに誇りなどないというユートの言葉。それは到底許せるものではないが、現時点でリアがユートの誤解を解くことはできない。ユートとリアが出会ったとき、ユートはアカデミアのデュエリスト3人に囲まれて、いたぶられていた。冷静になって考えれば、ユートがそう言うのも無理ないと思えたのだ。それに今言った「アカデミアが侵略しに来たならもっと町は破壊されている」という言葉も、ハートランドがあの状態である以上、言い返しても説得力がない。むしろ見苦しいだけだ。だからこそ、リアはデュエルでユートにわかってもらうしかない。アカデミアは、本当は誇り高いデュエリストが集まる場なのであるということを。
「ユート、デッキはどこに?」
「意識を失う前、俺は遊矢と一緒にいた。遊矢が預かってくれているかもしれない」
言いたいことはたくさんあった。意識を失うようなことがあったのかだとか、何があったら意識を失っている間にエクシーズ次元にいることになったのだとか、預かってくれている
ユートは玄関前で立ち止まった。無断で入ることはできないが、遊矢は自分にそっくりな顔をした少年。もし遊矢以外の人が出てきたら、面倒なことになるだろうことは目に見えている。さてどうしたものかとユートは思考を巡らせた。リアは当然そんなことは知らなかったので、なぜユートが立ち止まったのかはわからなかった。ただユートが戸惑っていることだけはわかったので、リアは耳を澄ませて家の中から物音が聞こえないかを確認した。人がいる気配はない(ただ、人以外の生物の気配は感じられた)。リアは玄関のドアハンドルに手をかけて手前に引く。扉は開かない。やはり留守のようだ。それを見てユートはほっとしたような顔をした。
リアは玄関前から横に移動して上を見上げた。ユートがまさかと思ったところで、リアが地を蹴り窓枠につかまる。開放的な大きな窓にはカーテンはかかっておらず、中の様子がよく分かった。
「ユート、ユウヤに兄弟はいるか?」
「いや、おそらくいない」
「ではこの部屋はユウヤの部屋で間違いないだろう。デュエルディスクらしきものはない」
ユートのデュエルディスクを遊矢が預かっているとしたら、見えないところに仕舞いこむということはおそらくない。どこか借り物感を漂わせて部屋に置かれているはずだ。もちろん言い切ることはできないが、机の上に調整用のカードなどが置かれているのを見るに、必ず物を仕舞わないと気がすまないという性格ではない。それに他人の預かり物をリビングや別の部屋に置いておくということもないだろう。
リアは窓枠から手を放して着地した。ユートが渋い顔をしていたが、リアは気付かずため息をつく。
「ここにはない。他に心当たりはないのか?」
「本当になかったか?」
「気がすまないなら窓を割って中に入るしかない」
「……スタンダードには俺と同じレジスタンスの仲間が一人いる。隼が持っているかもしれない」
当然窓を割って中に入るなどという強硬手段に出るわけにはいかない。それにユートにはまだ心当たりがあった。レジスタンスの仲間である黒咲隼と、この街の管理者とも言える赤馬零児だ。もしかしたらあの後、隼がディスクを回収してくれたかもしれない。もしくは交番に届けられた後、赤馬零児が回収したか。その二人が持っていなくても、隼に会えば赤馬零児を介してデッキを探すことができる。そう考えたユートは、まず黒咲のもとへ行くことにした。
「LDSに行こう。隼がいるはずだ」
LDSが何を指すのかはわからなかったが、リアは素直に頷いて再びユートの後に続いた。
*****
幼馴染の名前を叫んで地を殴る少年に背を向けて、彼、赤馬零児は足を一歩前に踏み出した。彼は実の父である赤馬零王の野望を阻止するため、年に一度開催される舞網チャンピオンシップを利用して『ランサーズ』のメンバーを選出した。この次元にのみ存在するペンデュラム召喚。それを生み出した榊遊矢と、それを受け入れ習得した柔軟なデュエリストたち。これから零児は彼らランサーズと共に次元を超えて戦う。
榊遊矢とのデュエルを終えて零児はLDS本社ビルへと向かった。しかし零児は踏み出した足をすぐに止めた。零児のディスクに中島から通信が入ったからだ。先ほど榊遊矢とのデュエルのデータを保存したかどうかを彼に尋ねていた零児は、間を置かずに通信が入ったことを不審に思った。何か非常事態が起きたのかと判断した零児は、その場で通信に応える。中島はやや戸惑った声で零児に言った。
《社長、先日消息を絶ったレジスタンスのユートが発見されました》
「なに……? 場所は?」
《は、現在C-21地区を移動中。予想目標地点は……本社です》
「……デッキか」
零児は報告を受けてユートの目的をそう予想した。ユートは先日、アカデミアから送り込まれていた紫雲院素良というデュエリストと闘い、その後監視カメラが故障している間に行方をくらませた。レジスタンスの仲間である黒咲隼とすら連絡を取っていなかった状況を見て、カメラが故障している間に現れた『融合の手先』によってカード化されてしまったのかと思っていたが、そういうわけではなかったようだ。零児はランサーズの面々に会場へ戻るよう言い、自分はLDSの本社へと向かった。
零児はLDS本社ビルに着くとすぐに管制室へと向かった。ユートと話をしたいのはやまやまだが、零児にはまだしなければならないことがあった。ランサーズのリーダーとして、この次元の人々にその存在を知らしめる演説をするのだ。大会の中止を観客に納得してもらうという意味でも、ランサーズのメンバーに自身らの使命を自覚してもらうという意味でも、それは必要だった。
モニター越しに零児は演説をし終えた後、ようやく零児は待たせているユートのもとへと向かった。応接間へと向かう道中で、中島が現在の状況を説明した。
「ユートは社長が仰ったとおり、デッキを探しています。どうやら黒咲が所持していると思っているようで」
「なるほど。デュエルディスクは返せないがデッキは返そう。持ってきているか?」
「は、こちらに」
中島はユートのデッキをセットしたデュエルディスクを零児に渡した。ユートのディスクから取り出して保管しておいたのを持ってきてくれていたようだ。ご丁寧にこの次元のディスクも。零児はそれを受け取って中のカードを確認した。デッキの枚数はちょうど40枚、この次元にはないカードだ。そしてあの日の夜に見せたユートのエースモンスター《ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン》はエクストラデッキに入っていない。そのカードを持っているのは遊矢。いったい何があって遊矢がそのカードを持つことになったのか。それも含めて零児には知りたいことがたくさんあった。
零児がデッキをディスクに戻すと、中島が零児に言った。
「それと、社長、現在応接間にはユートのほかにもう一人……」
「同伴者か? 誰だ?」
「わかりません。ですが、おそらくこの次元の人間ではありません。戸籍情報を確認できませんでした。レジスタンスの仲間を連れてきたものと思われます」
「なるほど」
もしその予想が正しいなら、いったい何故なのかはわからないが、ユートは融合の手先と接触した後にエクシーズ次元に戻っていたということなのだろう。そして次元移動装置が内蔵されているディスクを持っている者、レジスタンスの仲間と共にこの次元に再び戻ってきた。いや、あるいはレジスタンスの人間がこちらへ来ていたのか。どちらにしろ、カードにされてしまったと思っていた強者が戻り戦力が補充されたことで、赤馬零王を倒すための戦力もさらに強化された。その同伴者が信頼できる人間なら、ランサーズとして次元を共に超えていくことも出来る。
思考しているうちに応接間に着き、零児はノックをして中に入った。そこにいたのは中島が言った通り、ユートともう一人の同伴者だった。零児はその同伴者を見て意外な気がした。てっきり黒咲のような男かと思っていたからだ。零児は眼鏡を中指で押し上げて、ユートの同伴者である少女を見た。ソファに座り、じっと、目を閉じている。ユートは少女の斜め前に座り、足を組んでこちらも目を閉じ沈黙していた。
「待たせてすまない。君のデッキだ。確認してくれ」
ユートは立ち上がり、零児からデュエルディスクを受け取った。そして言われた通りデッキを確認し、欠けているカードが無いかを確認する。エクストラデッキも確認し、それを再び仕舞って頷いた。
「確認させてもらった。このデュエルディスクは?」
「……君のディスクは故障していたため、今修理中だ。それを使ってくれ」
「……わかった」
ユートはそう言ってディスクを腰につけた。ユートはエクストラデッキを確認したにもかかわらず、そこに存在しないダーク・リベリオンについて何も言わなかった。それはユートがそのことを知っていて了解しているから。どうやら遊矢の言っていた「ユートに託された」というのは事実らしい。まあ、もともと遊矢の言葉を疑っていたわけではないが、明らかではなかった真実を一つ知ることができた。
しかし零児にはまだまだ知りたいことがある。あの日の夜の真相、カードを榊遊矢に託した理由、その同伴者の正体……。零児は疑問を一つずつ解き明かすため、ユートに質問しようと口を開いた。しかしそれまで黙っていた少女が立ち上がりそれを遮る。零児たちは少女へと目を向け、問いかけた。
「それで、君は?」
「私は、リア」
「リア……?」
零児が呟く。少女は零児に目を向けた。その真っ黒の瞳が零児を捉える。零児はそこでようやく少女の顔を正面から見た。
「君は……」
「久しいな、赤馬零児」
「やはり……」
零児は声を低くして言った。ユートと中島が疑惑の念を持って二人を見る。二人はどうやら以前会ったことがあるようだ。
「何故君がここに?」
「答える必要はない。……ユート」
「……ああ」
少女、リアはユートを促して歩き始めた。ユートもそれに続く。しかし零児はそのまま二人を行かせるわけにはいかない。中島が扉の前に立ちはだかって二人の歩みを止める。リアは片眉を上げて中島を下から睨みつけた。その眼光は鋭いが、中島は当然ひるまなかった。
零児は改めてリアに問いかけた。
「君はアカデミアのデュエリストのはず。何故レジスタンスのユートと一緒にいる?」
「答える必要があるか?」
「ある。ユートは貴重な戦力。これからアカデミアと戦うために、失うわけにはいかない。もし君の目的がユートをカードにすることならば、君たちをこのまま行かせることはできない」
「……」
リアは少しだけ零児の方を見て、すぐに視線をユートに向けた。リアは零児の言葉で思いだしたのだ。もし自分がデュエルで勝てば、ユートをカードにする必要がある。それがアカデミアの方針だから。
リアがユートと闘う理由。それは互いの主張が食い違い、衝突しているから。リアはアカデミアのデュエリストがいかに誇り高いかを証明するために、ユートはアカデミアがいかに非道な集団であるかを証明するために。もしリアが勝てば、自分が正しかったのだとユートにわからせることができる。……けれどその後は? リアはアカデミアのデュエリスト。もしエクシーズの人間に勝ったのだとしたら、アークエリアプロジェクト達成のためにその相手をカードにする必要がある。
「私がユートと一緒にいる理由、それは、ユートとデュエルをするため」
「そのデュエルの目的は?」
「証明するためだ」
「……」
「ユートは言った。アカデミアのデュエリストは誇りなど持たぬ卑怯者であると。私はその認識を改めさせなければならない」
零児は眉を寄せた。もしかしたらセレナと同じようにアカデミアの実態を知ってこちら側についてくれたのかとも思ったが、どうやら真逆のようだ。彼女はユートに真実を告げられてもなおアカデミアを疑わない。
「それで、君が勝ったらカードにすると?」
「……それはデュエルをしてみなければわからない」
その言葉を聞いて零児は眉を僅かに動かした。その曖昧な言葉の真意を測りかねたからだ。
リアは零児に向かって言った。
「近くでデュエル出来る場所は?」
「そのデュエルを認めるわけにはいかないと言ったはずだ」
「君の介入できる問題ではない。私とユートの問題だ」
零児が再び言葉を発しようとしたところで、その言葉を遮るものがいた。零児とリアがそちらへ目を向ける。零児の言葉を遮ったのはユートだった。
「俺はこのデュエルを受ける」
「……そうか」
ユートが零児に身体ごと顔を向ける。その目を見て零児は察した。……何を言っても無駄だと。
「……ここのデュエルコートを使うといい。中島、案内してやれ」
「はい」
零児に指示され、中島は二人を練習用のコートへと案内するために扉を開けた。リアとユートはそれに続き、部屋を後にした。
なんだこの中身のない内容は!
さあ、(次話こそ)デュエルだ!