鉄血のストラトス   作:ビーハイブ

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久々の投稿です。鉄血が面白すぎたので書いてみました。

鉄血の世界観をIS世界にねじ込んでますのでちょっと無理な設定があるかもしれませんがそこらへんも楽しんでいただけたら幸いです


目覚め

 

 

 

 

「うっ……」

 

 唐突に頬に感じた冷たさで、うつ伏せに倒れていた―――は意識を取り戻す。

 

 目覚めた―――の目に最初に入ったのはボロボロになった自分の左手だった。爪はひび割れ、手の甲には刃物で斬られたような傷があり、塞がっていないのかうっすらと赤い血が滲み出している。

 

「あれ……えっと……俺はどうしてここに……いって……?!」

 

 目覚めた直後は意識が朦朧としていたが、突然体中に走った痛みによって急速に意識が覚醒する。

 

 しかし混乱していて自身の身に何が起きたのか全く思い出せない上、醒めた意識とは逆に、襲ってくる激痛のせいで身体に力を入れる事ができず思うように動かない。

 

 だが頑張って襲ってくる痛みに耐え、腕の力で精一杯、ゆっくりと身体を引き摺って行き、渾身の力を込めて起き上がると壁へともたれ掛かる。

 

 頬に触れると水気を感じ、上に視線を向けると天井に走った亀裂に水滴が付いているのが見える。それを見て先ほど感じた冷たさの正体が亀裂から降ってきた水滴だと理解する。

 

「ぐっ……!」

 

 背中にも傷があったのか、力を抜いて深く壁に身を預けた瞬間に痛みが襲ってきて思わず目を閉じる。しばらく痛みのせいで目を開ける事ができなかったが、少しずつ落ち着いてきた事でようやく目を開ける事ができた―――は、反対側の壁にあったひび割れたガラスに誰かの姿が映っている事に気が付いた。

 

 そこに映っていたのは顔立ちをした黒い髪の虚ろな目をした日本人の子供だった。身に纏う服はボロボロで、その顔には殴られて付いた痣と倒れた時にできた擦り傷があり、口の中を切ったのか口元には流血の痕が付いている。

 

 

 それが数秒遅れて自分の姿だと理解し、同時に何が起きたのかを少しずつ思い出していく事ができた。

 

 ●●●の応援をするために日本からこの国にやってきた事。

 

 ●●●の試合を見るために泊まっていたホテルから出たところでいきなり捕まった事。

 

 そこで●●の身柄の安全と引き換えに●●●を棄権させる為の交渉材料として人質になっていた事。

 

 薄暗い倉庫の中で恐怖と戦いながら●●●が助けに来てくれる事を信じて待っていた事。

 

 そして……監禁場所となっていた古ぼけた施設に置かれていたテレビの中で●●●が優勝する姿を見た事を。

 

「見捨て……られた……」

 

 ―――がそうポツリと呟くと同時にその身体が小刻みに震え出す。思い出してしまったその絶望的な事実に身体が無意識に震えるのを止める事が出来ない。

 

 幼い頃からずっと傍にいてくれた●●●は助けに来てくれなかった。大好きだった●●●は自分の命ではなくて栄光を選んだのだと。

 

 だが……絶望に打ちひしがれる時間さえ、その時の―――には与えられなかった。

 

 交渉が失敗した事に誘拐犯達は激しく怒り、その怒りの矛先を―――へと向けた。

 

 ……そこから後の記憶は曖昧で思い出せない。ただ今の自分の様子から相当容赦なく理不尽な暴力を振るわれた事は間違いないだろう。しかしそれももはやどうでも良かった。

 

 ●●●は―――にとって憧れの存在であり、目標であり……全てだった。

 

いつか強くなって●●●を守れるような男になりたいと夢見て、幼い頃からがむしゃらに強くなろうと一番得意だった剣道に打ち込んでいた程に。

 

 そんな●●●に捨てられたのだという絶望は―――から生きる気力もここから逃げ出そうと足掻く意思も奪っていた。

 

「オ。生きてたカ。案外しぶといなお前」

 

 聞こえてきた片言の日本語に虚ろな目を横へと向けると、扉に付いていた鉄格子の向こうに男が立っているのが見えた。

 

 鉄格子の向こうにいる男の顔には見覚えがあった。何故なら意識を失うまで自身の事を痛めつけていた相手だったからだ。

 

「悪いな、あまりに腹ガ立ったんものだから手加減し忘れちまっテ……ヨッ!!」

 

 その中の一人が牢屋の鍵を開けながらそう言うと笑いながら牢の中へと入ってくると―――の髪を乱暴にその大きくゴツゴツした手で掴み上げてそのまま―――の身体を乱暴に引っ張る。

 

 髪を乱暴に引っ張られた痛みにうっすらと涙が浮かんだが、散々痛めつけられた身体に抵抗する力はなく、壊れてしまった心には足掻こうとする意思すら沸かなかった。

 

 無理矢理部屋から引きずり出された―――は隣の部屋に投げ込まれる。そこには残りの誘拐犯の姿があった。

 

「てっきり死んだと思ってたゼ」

「賭けは俺の勝ちだナ」

「チッ!大損したじゃねぇカ」

 

 ―――の姿を見た誘拐犯達は思い思いの事を言いながら―――を持ち上げると、鉄でできた台座のような場所へうつ伏せに寝かせ、その手足を拘束し、その中の一人が―――の頭を押さえつける。

 

 「テメェにもう価値はねぇ。ただ殺すのは勿体ねぇから俺らが価値を埋め込んでやるよ」

 

 男が言った言葉の意味を理解しようとした次の瞬間、―――の背に殴られていた時とは比べ物にならない激痛が走った。

 

―――は狂ったように叫びながら痛みから逃れようと暴れるが、男達は下卑た笑みを浮かべながら逃がさないようにとその身体を押さえつけている。

 

(ゴメン……ウキ……リ……オレ……モウ……)

 

 死よりも辛い痛みの中、脳裏に浮かんだ二人の少女へ心の中で謝罪の言葉を伝えると―――の意識は完全に途絶えた。

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――

 

 

「うっ……」

 

 唐突に感じた眩しさにうつ伏せに眠っていた人物が僅かに身じろぎする。

 

 上半身は裸、下半身には銃が入ったホルスターを付けた厚手の長ズボンと、上下対照的な格好でベッドで眠っているのはまだ子供らしさを残す整った顔立ちの黒い髪の少年。

 

 中性的なその顔立ちとは裏腹に晒されている上半身は徹底的に鍛えられて引き締まり、左腕から先を覆う無骨な白いガントレットと傷痕がうっすらと残る健康的に焼けている肌と対照的だ。

 

 しかしそれ以上に左右の肩甲骨のちょうど間、脊髄がある場所には普通の人間にはあるはずがない3つの突起が目を引いた。

 

 身じろぎから数分後。むくりと少年は身を起こすとベッドから降りる。

 

 そして床に捨ててあったタンクトップを拾って着ると、ドアの傍に脱ぎ捨ててあった少年が着るには少し大きいジャケットを羽織り、背中の異様な突起を覆い隠した。

 

 ジャケットを羽織った少年が窓の外に目を向けると空高くに浮かんでいる太陽が目に入る。目覚めの原因はおそらくこれだろう。

 

「昼くらいかな。久々に良く寝れた」

 

 少年が流暢な日本語でそう呟きながら窓の外の景色を眺める。そこには荒廃した建物が建ち並んでおり、その向こうには砂漠が広がっていた。

 

 それからしばらく意味もなく外を眺めていた少年だったが、不意にジャケットの内側に手を入れると何かを取り出す。

 

 それは左側が焼け焦げたパスポートだった。水に塗れたのかシワがあり、ボロボロになったそれは殆どのページが失われている。

 

「あの夢……」

 

 少年は手にしたパスポートを眺めながら小さく呟き、先程見ていた夢の光景を思い出そうと目を閉じる。しかし数秒後、少年は頭を押さえて苦痛の呻きを上げた。

 

 しばらくそのまま頭を押さえていたが、やがてゆっくりと手を離す。

 

「やっぱ無理か。まぁいいや」

 

 少年は直前まで苦痛を感じていたとは思えないあっさりとした様子でそう言うと、パスポートを懐に戻してきびすを返し、部屋の入口へと向かう。

 

「さて、次はどこに行こうか()()

 

 少年はそう言いながら扉を開くと部屋の外へと出る。そして203と書かれたプレートの付いた扉を閉め、近くの階段から一階に降りると古びたロビーへと辿り着いた。

 

『んじゃ、出るよ。一晩ありがとう』

 

 階段の近くにあるカウンターには従業員と思われる初老の男性がおり、少年は無表情で立つ従業員へ先程の独り言と異なる言語で礼を贈るが、その口調は日本語と違い不慣れであった。

 

『また生きてご宿泊してくださる事を祈ります』

 

 それを聞き、従業員がやや不吉ながらこの地域では当たり前となった挨拶を返すが、言葉とは裏腹に、少年を見下すような空気が含まれていた。

 

『そっちが死ななきゃまた来るかもね』

 

 少年はそれに気が付いていたが、軽く流し古びた木製の扉を開いて外へ出る。その時ちょうど少年と入れ替わるように宿に男が入っていき、扉が閉まる直前に従業員の媚びるような挨拶が聞こえたが、少年はそれに気を留める事はなかった。

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 身を焦がすような日射しの中を少年が歩みを進む。

 

 破壊され三階より上がなくなったビル、崩れて原型を失った家、同じ大きく抉れた地面。辺りには破壊の痕跡が多数あり、少年が歩く大通りにも僅かではあるが瓦礫が転がっている。

 

 

―――旧エジプト・カイロ。それが少年が今いる場所の名前だ。

 

 

 この状態からここで大規模な紛争があった事は手に取るようにわかるが、道行く人に悲壮感や憤怒の様相はない。

 

 確かにこの地は争い……それも世界大戦と呼ばれる規模の戦争に巻き込まれたと言われている。しかしその戦争、【厄祭戦】と呼ばれる戦いが起きたのは今からおよそ三百年以上前の事。

 

 争いの発端は当時作り出され、現在も最強の立場に君臨し続けている兵器が原因だったと言われているのを聞いたことがあるが、少年の記憶と知識ではこれ以上の事はわからない。

 

 当然当時を知る者は今ではおらず、この街の住民にとってはこの惨状は景観と変わらないものなのである。

 

 修繕などを行うべき国家は厄祭戦により滅び、この地は戦後に地球の国家群が統合され出来た四つの経済圏の一つの勢力下に入ったが、現在は犯罪者や行き場を失った者達に勝手に占拠されていた。

 

 それでもある程度の治安は保たれており、破壊された建物の合間には新しく作られた石造りの民家があり、また先程少年が一晩過ごした宿屋や露天といった旅人向けの建物も立ち並んでいるし、多いとは言い難いがそれなりに人の往来もある。

 

(やっぱあいつらの勢力圏はそれなりに安定して……)

 

 歩きながら周囲の観察をしていた少年だったが、不意に建物の隙間からこちらへ向けて駆けてくる人の気配を感じて立ち止まる。

 

 視線をそちらへと向けると、フードを目深に被った少年より少し小柄な人物が後ろを見ながら走ってくるのが目に入った。

 

 追われているのだろうか、後ろばかりを気にしていて直線状に立つ一切気付く様子がなく、このままでは間違いなくぶつかるだろう。しかし少年はその場から動かず、足に力を入れて受け止める体勢を取った。

 

「あっ……!」

 

 直前で前を向いた逃亡者が少年に気が付き、慌てて制止しようとするが間に合わず二人は正面からぶつかる。

 

そうすると身構えていた少年は多少仰け反る程度で済むが、勢いよく突っ込んできた方は弾かれるように後ろへよろける。だが少年がその手首を掴み引き寄せた事で、逆に少年の胸元で受け止められる形となった。

 

 手首を掴んだ瞬間に少年が感じたのはその細さ、そして引き寄せた時に感じたのは軽さだった。そして軽い衝撃と共にめくれたフードの内側から綺麗な金色の髪と白磁の肌が見えると共に、その紫の瞳と目線が会う。

 

(女の子……? なんでこんな場所に……?)

 

 ある程度の治安は保たれているとはいえ、基本的には無法者の集う街である。間違ってもこんな華奢な女の子が一人で訪れる場所ではない。考えられる可能性は―――

 

「あのっ! 日本……の方ですよね? 僕今ちょっと急いでて……。できれば手を放していただきたいんですけど……っ!」

 

 一人思考を巡らせていた少年だったが眼前の少女に声をかけられて驚く。その切羽詰まった様子にではなく、こんな場所で自分以外から日本語を聞く事になるとは思わなかったからだ。

 

 どうするべきかと少年は思案する。

 

 ここで手を離すのは簡単だ。そうすれば少女は雑踏に紛れ、上手くいけば今少女を追う者から逃れることができるかもしれない。

 

 だがこの場所では無力な者は奪われ、使われるだけの存在になる。そこに性別も年齢も関係はない。ここで逃げてもこの少女も結局は別の相手に捕まり、殺されるか自由も尊厳も奪われた『かつての自分』と同じことになるだろう。

 

 弱者は食われ強者は食らう。

 

 少なくとも少年が生きる小さな世界ではそれが当然で、食われたくなければ強くなるしかない。

 

 ここで彼女が悲惨な結末を迎えたとしてもそれは彼女が弱かっただけ。例えこの少女がどうなろうとも多少は心は痛むかもしれないが少年の人生になんら影響はないだろう。

 

 だが少年はその手を離せなかった。

 

 けして正義感からではない。生きるためにこの手を汚してきた自身にそんなものを語る資格が無いと知っているし、そもそも自分がそんな善人だとは思っていない。ただ少年は欲しかったのだ。

 

 避けられない厄介事、命の危機、戦う理由。

 

 この地獄のような世界で無意味に過ごしていた少年は生きる目的が必要で、目の前の少女がもしかしたらそれをくれるかもしれないと思ったのだ。だからこそ―――

 

「ねぇ、助けてほしい?」

 

 少年は表情を変えることなく少女へそう問いかけた。




 「」は日本語、『』は別言語のつもりです。
 書いてて面白いので少しずつですが投稿していきたいなと思っています。

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