朝日が差し込む頃、外から聞こえる話し声に気が付いたナツが目を覚ます。
ベッドの上で安心しきった顔で眠るシャルを見てふと優しい笑みを浮かべたナツは彼女を起こさないように気を使いながら立ち上がり扉に向かう。
ゆっくりと音を立てないように扉を開いて外へ出たナツは家の前で話し合うラウラと必要な準備を終えて戻ってきたアインの姿を見つけた。
「ん?起こしたか。済まないな」
「ラウラさんが謝る必要は無いと思いますが……」
ナツに気が付き、友好的に話しかけるラウラと彼女とは逆に敵意を隠さずナツを睨みながらも話しかけようとしないアインとそれぞれ両極端な反応が返ってくる。
「あぁ」
だがヒューマンデブリであるナツにはそんな反応は普段から当たり前のようにされていたものであり、今更その程度の事で悲しむ事も心を痛めることもなく、いつもと変わらぬ様子でラウラの言葉に応じた。
そのナツの如何にも眼中にないという反応。実際に眼中にないのだろう態度を受け、アインは挑発したのが自身だという事を忘れて怒りと共に一歩前に踏み出す。
「アイン」
昨日も同じような事が合ったなと内心思いながらラウラは二人の間に身体を割り込ませて止める。敬愛するラウラを押しのける事などアインにできるはずなく、ナツは全く関心がないようで欠伸と共に背伸びをするだけであった為、それ以上の事態にはならなかった。
何故アインがここまでナツを敵視するのか。その理由には世界中に広がるある認識が大きく影響していた。
――――人体改造は悪である
それが厄祭戦以降ギャラルホルンによって広められたとされる差別意識だ。
人は自然な姿で在る事が当然であり、身体に機械を付けたり埋め込むのは自然の摂理に反するもので穢らわしい事であるいう考えで、そう言った教育を幼少期からされる事が当然の世となっているため、今を生きる大多数の人間はこの思想に染まっている。
代表的な物は当然ながら阿頼耶識システムであり、それ以外には生きることに必要な埋め込み式のペースメーカーや事故などで肉体を損傷してしまった人達の為の生体義肢の装着。酷ければ入れ墨やピアスのように身体を傷付ける装飾すら嫌悪する者さえいるといった状況である。そこにISの誕生によって生まれた男性差別が合わさり、阿頼耶識手術を受けた男など生き物としての価値がないと公言する者も少なくはない。
ラウラは自身が強化手術を施されている事や、
彼女はナツという個人を見ておらず、ヒューマンデブリという一括りで判断して嫌悪し否定している。それを理解していたがラウラは否定する事も諭す事もしない、いやできなかった。
何故なら人の気持ちなど他の者からどう言われたところで変わるものではないからだ。多少の苦手意識程度なら第三者の意見を受けて変える事もできるかもしれないが、アインのそれは簡単な物ではなく思想に基づいた嫌悪感であり、価値観を変えるような大きな転機が訪れるか、洗脳でもしなければどうする事もできない。その為ラウラは内心で心苦しく思いながらも彼女を否定せず、両者の緩衝材となる事に徹していた。
「さてこちらの準備は整った。しかしこちらから奴らを捕捉するのは困難。かと言って待ちに徹して奇襲を受けるのを待っていたらこちらの神経が消耗するだけだ」
このまま黙っていても状況は改善しないと理解していたラウラは強引に本題に移る。
「という訳でまずはお前達が向かっていたラシード地区へ向かう。海岸に出れば通信が復活するので即座に我々の母艦と連絡が取れる。そうなればこちらが有利に立ち回れるだろう」
自分達の母艦であるファフニールにナツが入る事を想像したのかアインが非常に嫌そうな顔をしていたが、不満を口に出す事はしなかった。どれだけ否定的な意見してもラウラがそれを決して蔑ろにはしない事を知っていたが、これ以上我を通して彼女に失望される事がアインにとって一番恐ろしい事であったからだ。
部外者を軍事機密の母艦に入れては行けないと意見すべきかとアインは考えるが、そもそもラウラは母艦と連絡が取れると言っただけで入れるとは言っていない。推測で意見して違った場合には自らの浅さを晒すだけだろうと考えて沈黙を選んだ。
「当然だがお前を母艦には入れる事はできんぞ。シャルに関しては保護の名目で大丈夫だが」
「わかってる。わざわざ捕まりに行くのは嫌だしね」
するとアインの思考を読んだかのようにタイミングよくラウラが説明にそう付け足し、ナツも入る意思がない事を示したことで、余計な事を言わなくて良かったとアインは安堵する。
「そういう訳で移動する。その間に奴らに襲われたらそこで応戦を―――」
不意にラウラが言葉を途中で切ると共に右目が鋭い物となる。それと同時にナツも先程までの眠そうな態度とは一転して戦士の顔つきに変化していた。そしてその理由がわからず戸惑うアインの眼の前でラウラは彼女から引き継いだISを、ナツは新たな姿となったバルバトスを展開する。
ラウラが展開したのは腹部と頭部以外を漆黒の装甲に覆われたISであった。頭部には兎を思わせるヘッドバンド型のアンテナを付け、右側に巨大な砲身を有している。背面にはスラスターが無く、巨大な砲身と本体を接続するバックパックを装備し、代わりに腰部には中型のスラスターが装備されている。
――――【プローベ・レーゲン】
ギャラルホルンが次世代モデルのテスト機として試作開発した第三世代型ISの一機であり、シュバルツェア・ハーゼに配備されたワンオフ機である。試作機である為、カタログスペック上の性能は発揮できず、戦闘能力はシュヴァルベ・グレイズに一歩譲るものの、それを補う性能を有している。
ISを展開したラウラが振り返ると同時にこちらに向けて飛来する三十cm程の砲弾が視界に入る。こちらに迫ってくるそれはハイパーセンサーで強化された知覚でようやく認識出るほどの速度で迫っているというのに音は一切しなかった。
無音弾。エイハブ粒子を利用して空気を切る音を消し去りながら放たれる弾丸である。一発撃つのにエイハブ粒子のチャージが拳銃サイズの物でも一時間かかる為実戦には向かないが、奇襲に使う場合には非常に脅威となり、さらに恐ろしいのはエイハブ粒子を纏っているため、ISを纏っていてもダメージを与える事ができる事であった。
『……ふっ!』
その音無き一撃に本能で気が付いたラウラは砲弾に向けて右手を掲げて小さく息を吐く。するとその一撃が三人に届く前に動きを止め、停止した砲弾にラウラの右肩の砲身から放たれた一撃が直撃して爆散した。
『今のは?』
メイスを投擲して迎撃しようと構えていたナツが目の前で起きた現象に付いて問いかけると、その問いが聞こえたアインがようやく状況を悟ってISを展開する。アインのISはラウラが以前使用していた物と同じ漆黒のシュヴァルベ・グレイズであったがワイヤークローが左腕のみに装備され、代わりに右手にはライフルが握られていた。
『AIC。こいつの固有能力だ。簡単に言えば一つの対象に意識を集中すれば動きを止めることができる』
AIC。正式名称アクティブ・イナーシャル・キャンセラーと呼ばれるこれこそがプローベ・レーゲンに与えられた特殊な能力である。ISに備わった慣性操作能力を応用したもので、範囲内に入った物体を補足し動きを停止させることができるという最新鋭の技術である。
『まぁ集団戦では使い物にならんがな……来るぞっ!!』
それを使えないとあっさり一蹴したラウラは話は終わりだという意味を兼ねて叫ぶ。その意味を理解していないナツではなく、即座に反転して先程まで自身が身を休め、今もシャルが眠る家にバルバトスごと突入する。
「きゃあっ……! ってナツ?!」
ラウラの攻撃の音で目を覚ましていたラウラは突如壁ごとドアを粉砕して侵入してきた存在に驚くが、それがバルバトスを纏うナツだと気が付くと即座に事態を把握したシャルは即座にグレイズ改を身に纏う。
バルバトス、グレイズ改、シュヴァルベ・グレイズ、プローベ・レーゲン。四機のISが臨戦態勢に入ると共に、四方を囲むようにISが出現する。
四機を囲むのは全員の予想通りマン・ロディ。その数は伏兵を想定しなけば一五機。どこからか調達したのか。はたまたすでに保有していたのを温存していたのかは不明であるが昨日よりも戦力は増加していたが、当然ながらこの場に現れたのはマン・ロディだけではないだろう。
『昨日ぶりだなァ二十三番!!』
そう考えていたナツの耳に忌まわしき声が響く。その眼に再び憎悪を宿したナツが眼前へと視線を向けると装甲が完全に修復され、右手にロングアックス、左手に鉈を携えたグシオンの姿があった。
『他は私達が引き付ける! お前は奴を倒せ!!』
『あぁ。頼んだよ、
『ふっ……勝てよ
今までアンタとお前としか呼び合っていなかった二人が初めてお互いの名を呼び合う。そこにあったのは長い時間をかけて培われたものではなく、互いの力を知る故に任す事ができるという戦士たる者にしか理解できない独特の感覚から来るものではあったが間違いなく信頼であった。
『ハァッ!』
『おらァっ!!』
瞬時加速でグシオンに接近したバルバトスがメイスによる一撃を振るい、それをグシオンが振るったロングアックスで受け止める。衝撃が大気を振動させ砂塵が巻き上がるが、三人の力で修復されたバルバトスは昨日と違いダメージを受けている様子はない。
バルバトスが強化された事を実感しつつ、ナツは一つの違和感を抱く。昨日のバルバトスの攻撃は機体への負荷を抑える為に初撃以外はフルパワーではなかったが、それでもグシオンを圧していき、その状態でも確実にダメージを与えていった。
しかし今は昨日以上の威力を持って放たれた一撃を受けたのにも関わらず、グシオンは完全にそれを受け止め、しかも余裕さえ見せている。
『おらァっ!』
ナツの意識が生まれた疑問に反れた一瞬をDDは見逃さず、鍔競り合っていた状態から加速を付けずにバルバトスを押し返す。
『死ねよクソ餓鬼がァ!』
『くっ……!』
体制を崩したナツの首元に向けて振るわれる鉈を強引に上体を反らして回避するが、完全にかわすことができずに薄皮一枚切り裂かれ、鮮血が僅かに飛び散る。
反応速度を上げる前であったら今ので終わっていたと安堵と後悔が過るが、その思考を即座に消して眼前の敵を葬る事に意識を集中させる。
『ちッ!避けやがったか!』
一撃を回避したナツに対してDDは舌打ちしながらも今度はロングアックスによる追撃を放つが、すでに冷静さを取り戻しているナツはこれをメイスで防ぐと距離を取って即座に体制を立て直した。
『……随分腕の良い奴がいるんだな』
一連の流れからグシオンが強化されている事を確信したナツがそう口にする。何故ならナツの知る限りDDは阿頼耶識手術をしておらず、そこまで優れた整備技術を持っていなかったからだ。
だというのに一晩でバルバトスに匹敵するほど性能を底上げしてきた事から、ラウラに匹敵もしくはそれ以上の技術を持った者が部下もしくは協力者として付いたと考えるのが当然だと思ったのである。
『あァ。昨日最高のスポンサー様が付いてよォ……おかげでこいつも絶好調だぜェ!』
『……ちっ!!』
DDが喋っている最中に不意打ちを仕掛けてくるが、ナツはそれにしっかり反応して受け止め、再び鍔迫り合いの状況にもつれ込む。
『俺と同じくらいクズなアンタに協力するなんて随分最低な奴だなっ!』
『そうでもねェさ! てめェらの居場所を教えるだけじゃなく、無音弾と追加のマン・ロディまで用意してくれる素晴らしいスポンサー様だぜェ!』
同時に武器を押し込み、反動を使って離れた二人が再度離れた後、再び激しい攻防を繰り返す。
ナツはグシオンの持つ鉈のリーチ内に入らぬようにロングアックスの攻撃をメイスで的確に捌き、DDは不規則に動いてナツが首元を狙って放とうとするパイルバンカーの照準を付けさせない。
『しかもこんだけ至れり尽くせりで向こうの要求は中身の生死を問わずてめェのISを持ってくるっていうだけっていうお手頃さよッ!』
『またそんなの? こいつ狙ってる奴多すぎだろ……!』
『それだけじゃなく成功すればさらに追加の報酬まで約束してきやがってなァ!そりゃ頑張るしかねェって訳さ!』
『あっそ……! まぁお前にだけは渡さないけど……!』
不意に一歩下がったナツがメイスを地面に叩き付けると、衝撃と砂塵が舞い上がりバルバトスの姿を覆い隠す。
ナツが多用する即席の目眩まし。その狙いが次のモーションを隠すための物だと即座に気が付いたDDは身を固めるように武器を構えながら攻撃に備えるが、それこそがナツの狙いだった。
その場にとどまって警戒していたグシオンのロングアックスに砂塵の中から飛び出した何かが絡み付く。それがバルバトスのワイヤークローだと認識した時にはナツの目的は達せられていた。
『捕まえた……!』
『このォ……!』
強靭なワイヤ―フレームの拘束は引っ張った程度では取れず、DDが鉈でワイヤーを切断しようと構えたが直観的に何かを感じたのか、ロングアックスを手放して後部に向けて瞬時加速を行ったその瞬間、砂塵の中からメイスを正面に構えて突進するバルバトスがパイルバンカーを心臓に撃ち込まんと迫ってくる。
それを鉈の平で受け止めると射出されたニードルの強烈な一撃が武器を貫き粉砕するが、グシオンの胸部装甲に僅かに食い込む程度で止められてしまう。
『DD様を……舐めんなよクゾガキがァ!!』
DDが叫びながらメイスの先端を空いた左手で殴り、地面に叩き付けさせると同時に柄に向けて胸部に搭載されたバスターアンカーと呼ばれる40ミリ口径火砲を放つ。
逸らす事も出来ずその砲撃を柄に受けてしまったメイスは金属が折れる嫌な音と共に柄が真ん中から折られてしまった。
『ちっ…!』
愛用の獲物を失ったナツは咄嗟に左腕のワイヤークローを引き戻して絡み付いたままだったグシオンのロングアックスを引き寄せて掴むと上端から脳天めがけて振り下ろす。
『捕まえたァ……!』
だが先程の仕返しとばかりにロングアックスの一振りを白刃取りの要領で受け止めると今度はナツに向けて放たれたバスターアンカーの一撃がバルバトスを直撃する。
ガンダムフレームの強靭なナノラミネートアーマーは砲撃によるダメージを無力化する事はできるが衝撃まではどうしようもなく、受けた衝撃のせいでロングアックスを手放してしまった。
『ナツッ!』
獲物を失い、ロングアックスを取り返されて形成が不利になったナツにラウラが呼びかける。
ラウラのISはアインのサポートとシャルを守りながら多数と戦っていたせいか損傷が激しく、左肩と胸部の装甲が破壊され、右足のユニットと特徴的な巨大な砲身は失われていたが、シュヴァルベの時と違い決定力がある武装を持っていた為かその周囲にはすでに戦闘不能になったマン・ロディが七機転がっている。
『……! 止まらないっ?!』
ナツを援護しようと右手を掲げAICによってグシオンの動きを止めようとするが、グシオンは見えざる拘束による影響を一切受ける事なく、バルバトスを破壊するべくナツへと迫る。
『死ねやァ!!』
グシオンの攻撃を回避し続ける事は困難。さらにグシオンの攻撃を防ぎダメージを与えられる唯一の武器を喪失したバルバトスはもはやDDにとっては脅威ではなく、待っているのは一方的な蹂躙。
離脱して体制を立て直したくてもこの状況では難しく、無理をすれば一番技量の低いシャルが犠牲となる可能性が高い。もはや逆転の手はなく、最悪の結末が脳裏に掠めたその刹那。
―――深紅の閃光が衝撃と共に空から落ちた
最期のはビームじゃないですよと一応言っておきます。
前に言っていた原作機の派生ってのは原作ISの試作機って事です。試作段階なので装甲が多く、背中の浮遊しているスラスターユニットが無かったり、レールカノンも機体と繋がってます。