鉄血のストラトス   作:ビーハイブ

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今週の鉄血の絶望感がやばくて辛い。最後のジュリエッタちゃんが癒しでした。


蠢く影

 

 

 

 

 モニターの灯りに照らされた薄暗い部屋。その部屋の中心に置かれた椅子に座る一人の女があった。

 

 銀の髪に特徴的な金色の仮面を着けたスーツ姿の女。ナツが無人機と戦った日に彼の姿を見ていた人物である。女の周囲には機械やケーブル、製造中のISなどが置かれており、そこがISの開発室であると推察できるだろう。

 

「かくして生き別れた姉弟はすれ違いの果てに殺し合い、弟は姉の刃に斃れるか。ありきたりな物語みたいな結末だね」

 

 唯一の光源であるモニターに映る映像を眺めていた女がポツリと呟く。その表情は顔の上半分が仮面に隠され見えない為わかりづらいが、声色から心底残念だと思っているのが伝わってくるだろう。

 

「さて、どうするべきかな」

 

 女が椅子に深く座り直しながらそう言うとほぼ同時にその背後から扉を叩く音が部屋に響く。

 

 女が振り返らずに「どうぞ」と応じると自動ドアがスライドして開き、外の光が射し込んで人影が部屋に映り込む。人影の主と向き合うためにクルリと椅子を回転させると女の視界に入ってきたのは、可愛らしい白い服に青いスカートを履いた銀色の髪を持つ眼を閉じた少女の姿であった。

 

「た……モンターク様」

「ふふ。今は二人だから束でいいよ」

 

 少女が女の名前を呼ぼうとして慌てて言い直すと女はそう言って仮面に手をかけて外す。すると仮面に繋がっていた銀色の髪も取れ、その下から後ろ手に纏めた躑躅色の髪を持つ美しい女の顔が露になる。

 

 女の名は篠ノ之束。後期型リアクターの開発者でありセブンスターズの当主である。

 

「おいでクロエ」

 

 束は先程の呟きとは違い、優しい声でクロエと呼んだ銀色の髪の少女を手招きする。クロエが少し恥ずかしそうに傍に近寄ると、束はその手をとって引き寄せて少女を自らの膝の上に乗せる。その姿は歳の離れた仲の良い姉妹のような微笑ましい物であった。

 

「お望みの結果にならなかったのですか?」

「あぁ。残念ながら我が親友が勝ってしまい、孤高の狩人は覚醒に至らずに地に堕ちたよ」

 

 クロエの頭を撫でながら椅子を回転させて再びモニターに視線を戻す。そこに写っているのは不鮮明な映像の中で倒れた少年を抱き抱える女の姿があった。

 

「元々分の悪い賭けであったけど、やはりそう都合よくはいかないものだね」

「束様でも失敗なさる事もあるのですね」

「あはは。私は神様じゃないからね。失敗するし間違えもするよ」

 

 束はそういうと左手をクロエの頭に置いたまま右手を軽く振る。すると空中投影型のキーボードとディスプレイが出現し、それを片手だけで器用に操作する。

 

 ディスプレイを見ようとクロエが目を開く。開かれた瞼の下にあったのは不思議な光彩を湛えた金色の瞳と黒い眼球という異質な物であった。

 

「興味あるかな?」

 

 クロエが覗こうとした事に気が付いた束はクロエと眼を合わせながら尋ねる。その自然ならざる異形な眼を見ても束に嫌悪や侮蔑の色は無く、純粋な慈愛に満ちた表情のままであった。

 

 クロエが頷くのを見た束は手元のキーボードを軽く操作し、ディスプレイの位置を彼女にも見やすい向きに変える。彼女がそれを覗くと市街地で戦う漆黒に染められた二体のISが映されていた。

 

 片方は薙刀のような武器を持った左右非対称のIS。左腕と右の脛辺りに装甲がなく、内部フレームが剥き出しという奇妙な姿をしたそのISは縦横無尽に動き回り、攻撃の嵐を振り撒いている。

 

 もう片方は背中に特徴的な丸みを帯びたスラスターを持ち一部にバルバトスの面影があるIS。左手にシールドで攻撃を力強く受け止め、右手に持つハルバートを必殺の威力の一撃を叩き込まんと振るっている。

 

「きっちりと足止めしてくれているようだね。流石、というべきかな……それにしても皮肉な事だね」

「皮肉……?」

「大した事じゃないよ。厄災の時代の姿が失われた二機。それを駆るのは人体実験の闇が生んだ二人。なかなか運命的な物を感じると思っただけ」

 

 戦う二機を見ていた束がクスリと笑みを浮かべながら口にした言葉の意味がわからず、クロエは彼女に問いかけると束はそう答える。

 

 そんな彼女が見つめる映像の中ではフェイスバイザーによってその顔を隠した薙刀を持った操縦者と、ハルバートを振るいながら銀の髪を靡かせる少女が激闘を繰り広げていた。

 

 実力的には拮抗しているように見えるが、銀髪の操縦者は全力で暴れる薙刀を持ったISの攻撃で街に被害が出ないようにしつつ、自身の攻撃が街に被害を齎さないように気を使っているせいで徐々に劣勢に追い込まれているようであった。

 

「万全ではないとはいえ、初陣で狂戦士と渡り合うとはね。流石は我が親友のクローンと言ったところかな?」

 

 薙刀を振るうISを見つめながら束はそう称賛を送るのを聞いたクロエが改めてその動きを見る。

 

 確かに動きに無駄があり、機体に振り回されているような様子もあった。だが凄まじい反応速度と手数、回りの被害を無視した動きによって結果的に相手が周囲を守らざるを得ない状況を作り出すことで終始優位に立ち回ることに成功していた。

 

「足止めに問題は無いようだね。回収の方も上手く行きそうだ」

 

 束が壁のモニターに視線を向けるとその中で少年を抱き抱える女。つまりナツと織斑千冬の二人が数機のグレイズと水色を基調とした色の装甲を持つグレイズに似たISに囲まれていた。

 

「死体に興味はないけどバルバトスは回収しておきたいからね。更識に回収を頼んでいたんだよ」

「……彼は助からないのですか?」

 

 モニターに表示されているナツのバイタルサインは風前の灯といった様子であり、聞かずともわかる状態であったが、心優しい少女は束ならば助ける事ができるのではないかと思い、問いかける。

 

「残念ながら腹部に十センチ以上の大きさの風穴が開いて助かる人間はいないだろうね。勿論、私が知らないだけかもしれないけど」

 

 しかし束はクロエの問いに全く悼む様子も無く淡々とした口調でそう答える。その声色は先程クロエへ慈愛の想いを向けていた人物と同じだとは思えない程冷淡で無関心だった。視線はモニターに向けられたままではあったが、その心は既に次の手を考える為に別の事を考えている。

 

「おや?」

 

 だがモニターの中で起きた変化を見た束の表情が変化する。それは先程までの無関心な物から一転し、欲しかった玩具を手に入れた子供のように無邪気で歓喜に満ち溢れた物であった。

 

 バイタルサインが死を示した瞬間、ナツの身体が光ったかと思うと、千冬の手から離れISを展開したのである。展開状態で操縦者が死亡した場合はISを纏ったままの状態になる事はあるが、当然ながら死者がISを展開する事は出来ない。

 

 だがナツは絶命した瞬間にISを展開し、膝立ちの状態のバルバトスがその場に出現する。細やかな傷跡はそのままであったが、千冬によって貫かれた腹部と斬られた左肩の部分は緑色の結晶体に覆われている。だが驚くのはそれだけではなかった。

 

「バイタルサインが……」

 

 同じくその光景を見たクロエがナツの傍らに表示されている数値を見て驚愕する。何故なら先程完全に尽きたはずの命の胎動が健常者の者と差異の無い状態に戻っていたからだ。

 

「この現象は……はははっ! いやぁ驚いたっ! 正直この可能性は除外していたよ!」

「束様……いったい何が起きたのでしょうか?」

 

 その奇跡とも呼べる現象に思い当たる節があった様子の束が心底楽しそうに笑い声を上げ、何が起きたか理解できていないクロエは束に尋ねる。

 

「簡単な事だよ。ガンダムフレームに備わった自我が操縦者を死なせないようにその命を繋ぎ止めた。ただそれだけさ」

「……え?」

 

 軽い調子で告げられた理由を聞いたクロエは言葉の意味がすぐに理解できず、数秒程思考が停止する。そしてその意味を理解すると共に間の抜けた声を出してしまった。

 

「ガンダムフレームには自我がある。最もその意思と対話する事は難しいけどね。でも彼はおそらくバルバトスと意思疎通できてるね。そうじゃないとこんな現象起きるとは思えない」 

 

 そう言うと束はクロエの両脇を抱えて立ち上がり、彼女を優しく地面に下ろすとクロエが入ってきた部屋の入口へと歩き出す。

 

「ちょっと出かけてくるね」

「どちらに向かわれるのですか?」

「彼……今はナツ君だったかな? このままではもし助かってもモルモットにされるだろうからね。そうならないように動いておこうかなって」

 

 クルリとクロエの方へ向き直りながらそう言う束の表情はとても楽しそうで、本当に少し前まで冷酷な表情を浮かべていた者と同一人物なのかと傍にいたクロエすら疑問を抱いてしまう程に異なるものであった。

 

「落としどころはIS学園に入れる事だね。保護、研究、拘束。あの場所ならば他のセブンスターズが考える狙いを全て叶える事が出来る。それに……」

 

 そこまで言ったところで束が優しい笑みを浮かべる。それは先程までクロエに向けていた物と同じ慈愛に満ちた物であった。

 

「あそこには来年から我が愛しの妹も入るからね。上手く行けばあの子の心を変える要素になるだろう。失敗するかもしれないけどね」

「あの子……束様の妹君ですね。私はまだお会いした事はありませんが……」

「そう。昔は剣道が好きな普通の女の子だったのだけど、恋していた幼馴染が生死不明になってから何故か力を渇望するようになってね。剣道を止めてIS操縦者の道に進んだのさ」

 

 モニターの中で回収されていくバルバトスに視線を向けながら妹について語る束。どこか含みのある言い方に違和感を感じたクロエだったが、彼女はいずれわかるよとでも言うように意味深な笑みを浮かべるだけであった。

 

「さて、行ってくるよ。全く自業自得とはいえ、信頼できる駒がいないせいで毎回自ら動かなければならないというのは大変だね……」

「束様。あの……でしたら私を―――」

「駄目だよ」

 

 何かを言いかけたクロエの言葉を途中で遮る束の声にはどこか怒りの色があり、クロエは思わず口を噤む。

 

「クロエは私の為に生きなくていい。自由に生きればいいんだよ。以前も言ったけど私から離れたいならば引き取ってくれる人物を探してあげる」

「ですが……! 私は地獄の中から貴女に救われました! 貴女のおかげで学校にも通えて、友人もできて幸福に生きています。何か恩返しをしたいんです……!」

「気持ちだけは受け取っておくよ。ありがとう」

 

 束から発せられる威圧感を堪えながらクロエは一切の偽りのない感謝の気持ちを込めた想いを口にする。だが束の考えは変わらないようで一言礼を返すだけで決して首を縦に振ろうとはしなかった。

 

「どうしてですか……! 私ではお役に立てないということですか……!」

「君の才能は素晴らしい。私が磨けば優秀な戦力となってくれるという確信がある程にね」

「でしたら何故―――」

「私は目的を果たす為に必要ならば誰であっても切り捨てる。それが家族であっても友であっても……どれだけ愛する者であってもね。だからクロエは私の役に立ってはいけないよ」

 

 束の歪んだ本心を聞いたクロエは今度こそ言葉を失う。彼女はすでに背を向けており、その表情から真意を伺う事はできなかった。

 

「私が本当に愛せるのは私の役に立たない存在だけ。だからクロエ。どうか私に変わらぬ愛情を注がせて欲しい。私が望むのはただそれだけだよ」

 

 そしてそれ以上の問答を拒絶するようにと束は部屋を後にする。一人残されたクロエは束が出ていった扉を見つめる事しかできなかった。

 

「さて……」

 

 クロエを置いて部屋から出た先は十メートル四方程の空間であった。自身が出て来た扉以外は透明な窓となっており、その向こう側は地上の光のが届かぬ海の底が、部屋の明かりに照らされて薄っすらと見えている。そしてその部屋の中央には緑色に光る十センチ程の大きさの球体が浮かんでいた。

 

「厄災を打ち破りし力を受け継いだ彼が表舞台に出て来た時、一体この世界にどのような影響を与えるのかな?」

 

 口元に薄っすらと笑みを浮かべたままそう呟きながら球体に触れた束の身体が光に包まれる。そしてその身体が粒子となって空気に溶けていき、光が消えた時には彼女の姿はこの部屋から跡形もなく消え去っていたのであった。

 

 






主人公生存フラグと入学&ある人物との再会フラグ。そして原作キャラがいっぱいの回でした。




『IS学園』

十年程前に設立されたセブンスターズが運営するISを学ぶ事ができる唯一の専門機関。

大抵のIS関連の会社に入るためには本校の卒業資格を得る必要があるが、試験用の機体が阿頼耶識非対応の為、実質的に女子高となっている。

訓練用の機体としてグレイズ三機、その前身であるゲイレールが二十機、ゲイレールの姉妹機であるゲイレールシャルフリヒターが七機配備されている。

なお学園教師になる為にはセブンスターズの当主の推薦が必要であり、スカウトを受けれなかった者が学園教師を目指すならばギャラルホルンに入って実績を作らなければ難しい。


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