鉄血のストラトス   作:ビーハイブ

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外伝というか別の視点。時系列的にはグシオン戦と無人のシュヴァルベ戦との中間頃です。


Another Story:偽りの平和の地で【前編】

―――光あるところに闇がある

 

 

 子供が大人たちに搾取され、当たり前のように殺される国もあれば、大人や権力に守られ、争いも飢えも知らずに平和に暮らせる国もある。

 

 そんな理想のような場所の名は【日本】

 

 四大経済圏が経済支援と治世を行い、セブンスターズの一門、更識家によって常に守護される非戦闘地帯である。

 

 ガンダムフレームを生み出した篠ノ之家やオルコット家と並び、自らもガンダムフレームと共に前線で戦い多大な戦果を上げた更識家。

 

 後のセブンスターズとなった二家だけではなく、立花、織斑、風間、布仏、龍造寺、篝火と言った様々な分野で二家を支え、厄災戦終結の力となった現在は衰退し権力は喪失しつつも、今でも特別視される一族が住まう地でもある。

 

 民間人の銃所持規制や駐在するギャラルホルンが治安維持に従事している為、そこに住まう人達は争いとは無縁の人生を送ることができる仮初めながら平和な国。

 

 そこにはセブンスターズの支援を受けて作られた世界で唯一、ISの実技が高等学校のカリキュラムに取り入れられている教育機関【IS学園】が存在する。

 

 学園卒業時に優秀であればギャラルホルンへ士官相当での入隊が可能であり、士官になれなくとも卒業生の方がエリート部隊であるアリアンロッドへ入れる可能性が高くなる利点がある。ギャラルホルンに入隊しない場合でも、IS関連企業への就職斡旋や有名大学への推薦枠が用意されているなど、IS学園で努力した物は所謂勝ち組と呼ばれる道に進みやすい。

 

 また世界で唯一、一般学生であってもISに触れる事ができるという貴重な機会である事や、制服改造の自由などと言った要素に惹かれて入学を志す者や海外から来る受験生も多い為、倍率は国内の高校の中で最も高くなっている。

 

 そう言った特殊な内情を持つIS学園だが基本的には通常の高校と変わりはなく、同じように入学希望者に向けたオープンハイスクールを夏季休暇を利用して行っている。

 

 そして今年もまた行われたオープンハイスクールで、周囲の視線を集めている同じ制服姿の二人の少女の姿があった。

 

 一人は濡羽色の綺麗な髪をポニーテールに束ねたスタイルの良い美少女。左手首に赤い紐に通された深紅の鈴を身に着けている少女は凛とした美しい顔立ちをしていながらも、黒い瞳はどこか憂いを帯びており、それがまた彼女の美しさを際立てている。

 

 もう一人は内はねとなった水色のセミロングの髪の眼鏡をかけた美少女。もう一人とは正反対に儚げな雰囲気を持ちながらも、眼鏡の奥の紅い瞳には強い意思のような物を感じさせる。

 

 しかし周りに見られている事が恥ずかしいのかもう一人の少女の背に張り付くようにしながら歩いており、姫を守る騎士のような印象を周囲に与えるだろう。

 

「……簪、暑い」 

 

 そんな周囲の視線を一切気にする事無く、背中にくっ付かれたままになっていた少女が自身の背に密着している少女へ声をかける。確かに真夏の炎天下の中で人と密着されたら暑苦しいだろう。だが少女は離れるようにとは口にせず、声にも非難するような色はない。

 

「だって箒……周りの人にじっと見られてて恥ずかしい」

 

 簪と呼ばれた少女は自らがその背に張り付いてる少女、箒へ申し訳なさそうにしながらも変わらずくっ付いたままそう理由を口にした。

 

「……やっぱり、鬱陶しい?」

「お前を迷惑だと思ったことは一度もない。ただ私だって常に一緒にいてやれる訳ではないからな。慣れておかんとこれから困るぞ」

「それは……わかってるんだけど……」

「五反田も御手洗も男だから入学できんし、あいつは……どうなんだろうな……」

 

 堅苦しい口調ながらも簪を気遣う気持ちが伝わってくる箒の言葉に、簪は感謝しながらも踏ん切りがつかないのか離れることなく会話を続ける。

 

 一見どこにでもいる仲の良い友人のように見える二人だが、それぞれの制服の襟元に付けられた赤い椿と水流が描かれた楯のバッジが二人が普通ではない事を示していた。

 

 それはセブンスターズの家柄の人間にのみ付ける事を許されたそれぞれの家紋を形どった徽章。

 

 赤い椿は篠ノ之家、水流が描かれた楯は更識家の家紋であり、それを付けているという事はセブンスターズの血縁者であるという事に他ならない。

 

 

――――篠ノ之箒と更識簪

 

 

 それが二人の名であり、篠ノ之、更識両家の現当主の実の妹である。

 

 とはいえ二人は若く、箒は束のようにリアクター製造ができる技術を持つわけではなく、簪は現当主により戸籍上はそのままながら実質放逐されており、セブンスターズ内部ではそれほど重要な存在と認識されていなかった。

 

 それら事実はとくに隠されておらず、少し調べればわかる事柄であるのだが、二人が注目されるのはそれだけが理由ではない。

 

 箒は阿頼耶識システム無しでIS適正最高値であるSを叩き出し、簪は厄災戦時代に使われていたISを改良した汎用性に優れた機体を設計するなど、それぞれ操縦者、整備士として既に大きな期待を寄せられている存在であるからだ。

 

 ここにいる者達はIS関係の道へ進もうとする場合が多い為、世界有数の名家出身の天才である彼女たちを尊敬の眼で見る者が多いのだが、その全てが好意的とは限らない。

 

「あのぉ。すいませーん。篠ノ之箒様と更識簪様ですよねー?」

 

 後ろから小馬鹿にした調子の口調で掛けられた声に一瞬顔をしかめた箒が振り返ると、明らかにこちらを見下したようなIS学園の制服を着た三人組の少女の姿があった。

 

 中央の少女は身長が百六十センチの箒よりも十センチ以上大きく、金髪碧眼とアーブラウ出身者の特徴を持ち、その左右に立つ少女は二人とも箒と同じほどの身長で、それぞれツリ目とそばかすが特徴的な日本人であった。

 

「……敬語はやめてください。ここの敷地内では私はただの一介の入学希望者に過ぎません」

「あ、そう。わかってんじゃん。もっと生意気な女だと思ってたよ」

 

 身体を三人の方へ向けながらさり気なく簪を庇うように背に隠しながら話に応じた箒へ、声をかけたと思われる金髪の少女があっさりと敬語をやめて嫌悪感剥き出しの様子を見せてくる。

 

 本来であれば、セブンスターズへの不敬罪としてギャラルホルンに連行されるような暴挙であるが、他でもないセブンスターズがIS学園設立時にこの敷地内では全ての地位立場一切を考慮せず、全員を一般人として扱う事を強制している。

 

 これは本来は学園内部で一般の立場の教師が名門の出である生徒に頭を下げるような事態を生み出さないために作られた法であるのだが、優れた家柄の出身者程地位をかざすような真似をせずに目上の者に敬意を払う場合が多い為、結局はこの少女のように高貴な立場の人間を見下す事に利用する場合が多いというのが悲しい現状であった。

 

「それなりの教育は受けましたので。少なくとも初対面の相手を見下すような器の小さい人間にはなりませんでした」

 

 セブンスターズ復帰前からそれなりに伝統ある家柄であった箒は目上の者に対する礼節は弁えていたが、少なくとも目の前の人物は敬意を払うに値しないと判断し、わざとらしく作ったような笑顔で皮肉を込めてそう答える。

 

「ちっ! やっぱ生意気じゃん。没落して成り上がったばっかの張りぼて一族のくせに!」

「ええ。優秀な姉のおかげです。現当主の事は尊敬しています。早くあの人の役に立てるようになりたいものです」

 

 篠ノ之家は百年ほど前に衰退した際、財や地位、初代が保有していたガンダムフレームをリアクターを除いて全て失い、十年前の束の功績によって再度セブンスターズに復権したという経緯を持つ家である。

 

 その事を歴史は長いが中身のない家柄であると皮肉った少女であったが、聞きなれている箒はいつもの事だとあっさりと流す。

 

「ところで何故私に突っかかってくるのですか? 貴女に恨まれるような事をした記憶はないのですが」

「ふんっ! 私は何の成果もあげてないのに家柄だけで持ち上げられる奴が気に入らないんだよ!」

「ふむ……」

「何笑ってんだよ!」

「あぁ、いや失礼」

 

 少女の主張を聞いた箒は予想通りの理由であった事に思わず苦笑を浮かべ、それがさらに気に入らなかったのかツリ目の少女が声を荒げたので、心のこもっていない謝罪を返す。

 

 

――――篠ノ之箒はセブンスターズでありIS適正Sを有している

 

 

 これは箒の名を世に知らしめた大きな要素だが同時に世間の評価はこれだけしか存在しない。

 

 何故ならIS競技への参加経験、練習風景の公開、ギャラルホルンの公開軍事演習といった一般人が目にすることができる機会に箒はこれまで一度も参加していないからだ。

 

「その事については反論できませんが、貴女に迷惑をかけている訳ではないのでそれは許していただきたい」

 

 箒としては単純に目立つことを好まない性格である為、そういったメディア露出のある物に出るのを避けていただけであったが、結果的に彼女達の言う通りの事になっているのでその点については反論するつもりはない。

 

「本当に生意気ね……。アリーナに来なさい! その生意気な性根を直してやるからさ!」

「IS学園に入学できると決まっていない身ですので、ご遠慮させていただきます。それでは失礼します」

 

 アリーナとはIS学園に設置された5つのIS専用の練習施設である。そこに来いと言うのはISを使った模擬戦闘をするという意味に他ならず、面倒かつ自身に一切のメリットが存在しないと判断した箒は、そばかすの少女の要求を拒否し、簪の腰を左手で抱きかかえるようにしながら三人へ背を向ける。

 

「ちっ! 逃げんのかよ。そんな臆病者は隣の情けない根暗女と一緒にいるのがお似合いだな!」

「……何?」

 

 簪への暴言を聞いた箒の声色がほんの僅かに変わる。彼女をよく知る者はそれが箒が本気で怒りを感じている時の物であるとわかる変化であり、それに気が付いた簪は三人を止めようと思うが、緊張と自身が攻撃の対象である事が相まって言葉に詰まってしまう。

 

「だってそうだろ? アンタが馬鹿にされてもずっと何も言い返さず後ろで黙って聞いてるだけじゃん」

「そんなんだから家から追い出されたじゃないー?」

「あははは! 二人ともちょっと言い過ぎー」

 

 そして三人の少女が箒の変化に気が付く事は無く、そのまま簪への暴言を言い続ける。

 

「先輩方。気が変わりました。折角ですのでご教授していただけませんか? 手続きはお任せいたしますので」

 

 それを遮るように箒が冷たい声でそう言いながら三人の方に振り返る。能面のように感情が無い表情の箒を見てようやく彼女が本気で怒っていると気が付いた三人はその威圧感と殺気に怯え、思わず後ずさる。

 

「……! 許可取ってくるから第三アリーナて待ってなさい!」

 

 だが公衆の面前であそこまで相手をけなした上に挑発を掛けた手前引くことができず、そう言い捨てると逃げるようにその場を後にした。

 

「ごめん私……何も言い返せなかった」

「気にするな。お前は何も悪くない。私が対応を間違えただけだ」

 

 そう言いながら周囲に視線を向けると在校生、見学者問わずにざわめいている。自身が注目されていた事と公の舞台でISを使った事がない事実を合わせれば、この場の大半の者が箒の戦いに興味を抱いている事を理解するのは難くない。

 

「目立ちたくはなかったが……仕方ない」

 

 戦う場所予定の場所をあそこまで高らかに叫ばれてはそれなりの数が見に来るのは間違いない。箒としては注目されていたのは自身の自意識過剰で実際には見学者が少ないというのが理想であったが、あり得ないとその可能性を切り捨てる。

 

「箒、私は―――」

「私はお前に救われた。友であり恩人である簪を侮辱されて黙っていられるほど私の度量は広くない」

 

 謝罪を続けようとする簪を制して箒は歩き出し、簪も慌てて彼女に続く。学園の内部構造は先程まで受けていた説明のおかげで把握している為、その歩幅に迷いはない。

 

「でもどうするの?箒の専用機はまだ最終調整が終わってないよ?」

 

 第三アリーナに隣接する整備室に向かいながら簪は問いかける。その視線は箒の左手首に付いている赤い鈴へ向けられていた。

 

「いや訓練機を借りる。勝負は対等の方がいい」

 

 個人で保有できる自らに合わせた調整が施された専用機は大きなアドバンテージであるが、箒はあえてそれを捨てて同じ条件で戦うことを選ぶ。その様子からは自信が溢れており、負けるつもりが全くないのがよくわかるだろう。

 

「篠ノ之さん!」

 

 そんな風に歩きながら二人が話をしていると後ろから声をかけられる。二人が振り替えると簪よりやや短い緑髪の女性が走ってくるのが見える。箒よりも大きく膨らんだ胸が走るのに合わせて揺れるのを見て、サイズに自信がない簪は思わず、二人と自らの胸元を見比べて絶望の色を浮かべた。

 

 そんな簪の変化の理由がわからなかった箒であったが、そこまで深刻そうではなかったので、後で聞くことにして駆け寄ってきた女性への対応を優先することにする。

 

「真耶さん、お久しぶりです。無事に入学できましたら来年から宜しくお願いします」

「あ、いえこちらこそ……ではなくてですね!」

 

 深々と頭を下げた箒に釣られ、真耶と呼ばれた女性も頭を下げるが、すぐに自らが駆けよって来た理由を思い出して頭を上げる。幼い顔つきと大人の女性の身体付きを持つアンバランスな人物の名は山田真耶。IS学園に勤める教師である。

 

「聞きましたよ! アリーナで模擬戦をやるって! なんで先輩がいない時に厄介事に巻き込まれちゃうんですか!」

「申し訳ありません。友を侮辱されたので思わず挑発に乗ってしまいました」

「う……友達の為って言われるとなにも言えないですね……」

 

 一見気弱で頼り気が無く、本当に教師であるのかと疑問を抱きそうになるが、IS学園の教師であるという時点で優秀な人材であるという時点でその不安は杞憂と言ってもよい。何故ならIS学園の教師になるという事は、それだけでその人物が優れているかの証明になるからである。

 

 まずIS学園の教師を目指すにはセブンスターズ当主からの推薦が必須である。

 

 これは身元が保証されていない人間がIS学園に入り込まない為の安全措置であり、同時にギャラルホルンへの敵対意思を持つ者をなるべく入れないようにする目的があった。

 

 その為、推薦されるには絶対条件としてセブンスターズ関係者にその存在を知られる必要があり、それにはIS競技で優秀な結果を示すか、ギャラルホルンに入ってセブンスターズの目に留まるような功績を残す必要がある。

 

 一見するとセブンスターズ関係者に知り合いがいる者が有利のように見えるが、実際にはそううまく行かない。何故なら推薦するという事は同時に責任を背負う事であり、推薦された者が能力が低かったり、何か問題を起こせばその不名誉は全て推薦したセブンスターズが背負う事となるからだ。

 

 故に半端な者を推薦しようとは思われず、もし仮に推薦されるような事が合ったとしても、その後行われるセブンスターズ当主全員の前で技量を披露する際に能力不足と判断されればその時点で不合格となるだろう。

 

 セブンスターズ現当主全員に認められた者だけが就く事が出来る職業。それがIS学園の教師なのだ。

 

「ところで先輩というと千冬さんですよね? 今日は居られないのですか?」

「えぇ、重要な案件と言う事で数日前にアフリカ大陸に向かわれました。おまけにオルコット様と篠ノ之博士の要請があったという事で一か月前から楯無様もご不在ですし……」

「あー……真耶さん、その……」

 

 楯無。と言う名が出た瞬間、簪の顔に暗い影が差し、箒も気まずい物を感じたのか思わずといった様子で真耶の言葉を遮る。ここでようやく箒の隣に立つ簪に気が付いた真耶はその髪の色と紅い眼を見て顔色を変えた。

 

 更識家の事情は学生にも知られている。つまり姉と確執がある事を真耶が知らないはずがなく、自らが失言したと理解したのだ。

 

「えーっと。更識様―――」

「様は要らないです。後、名字で呼ばれるのは好きではないので名前で呼んでください」

「はいっ! 簪様! ……簪さん!」

 

 自らの失言のせいで簪が怒っていると思った真耶の声が上ずる。学園内では平等と言われていてもセブンスターズに選任された教師からすれば敬意を向けるべき対象であるのは変わりないからだ。

 

「あ、いえ! そんな畏まられると逆に困ります……」

 

 だが、姉の名を聞いて確かに気落ちした部分はあったが、決して真耶を責めるつもりも非難するつもりも無かった簪は、その反応を見て逆に慌ててしまう。

 

「真耶さん。簪は怒ってませんから安心してください。ところでアリーナ使用の許可は出たのでしょうか?」

「あ、それはですね―――」

「私が許可を出したよー」

 

 このままでは平行線になると判断した箒が口を挟み、同時に話題を変えるべく話を振る。だが彼女が答えるよりも早く、別の声が箒の問いに答える。

 

 三人が声のした方向へ視線を向けると、そこには壁に背を付けて寄り掛かる女性の姿があった。

 

 艶やかな茶色の髪を腰まで伸ばした美しい顔立ちをし、胸元はそれ程大きくはないが百七十センチ以上の背丈によってスレンダー美人という言葉が似合う人物である。

 

 だが服はジャージで化粧もせず、艶やかな茶色の髪もよく見れば寝癖が付いているなど、その容姿の良さを台無しにする残念過ぎる要素が詰まった格好をしていた。

 

「ちゃお~。箒ちゃんも真耶に負けず胸でかいねー。あたしとあの子に半分くらい分けて欲しいわ」

鈴麗(リンリー)さんは、お変わりないようで安心しました」

 

 箒の前であっはっはーと慎ましさの欠片もない笑い方をするこの女性の名は凰 鈴麗(ファン リンリー)。真耶と同じく教師であり、同時にセブンスターズの一門たる凰家の当主の孫娘に当たる人物。気だるげで自堕落な外見とは裏腹に【白虎】の異名を持つ実力者である。

 

「鈴麗さん。お久しぶりでひゃうっ?!」

「おひさー。かんちゃん。健康さも胸のサイズも変わってないようで安心したよー」

 

 挨拶しようとした簪だったが、近寄ってきた鈴麗がいきなり胸を掴んだせいで変な声を上げてしまう。鈴麗がやってる事は完全にセクハラするおっさんであるが、一応女性であるので辛うじて法の裁きを受ける事はないだろう。

 

 各家が牽制し合い良好とは言えないセブンスターズの直系筋の人間である彼女達は珍しく仲が良い。

 

 それは箒は復権したばかりでセブンスターズとしての自覚がそこまで強くなく、簪は現当主によって追放された事で家のしがらみから解放され、鈴麗は継承権一位であったが既にその権利を放棄している等、全員が家の事情から遠い場所にいる事に加え、箒と簪がかつて鈴麗が居候していた家の従妹と仲が良かったからであった。

 

「箒ちゃん達も来年は高校生かぁー。早いもんだねぇ。折角だしあの子も入ればいいのに」

「あの……やはり彼女は入学しないのですか?」

 

 箒はここにはいない自身と彼女の縁を結ぶ切っ掛けとなった友について尋ねる。何故ならその友人は一年前に突如去ってしまってから今に至るまで一切の連絡が取れていない状態となっていたからだ。

 

「みたいだね。まぁ気持ちは理解できるし。あたしには口出しする資格もないから、あの子の意思を尊重するよ」

 

 そう答える鈴麗の表情は優しくも悲しげで、その子の事を大切に思いながらも自身ではどうにも出来ない悔しさが伝わってくるものであった。

 

「っと。しんみりしちゃったね。話を戻すけど。第三アリーナの使用許可はあたしの名前で出したよ。んで申請してきた三人が出してきた条件はこれ」

 

 重くなった空気を振り払うように鈴麗は強引に話題を戻し、箒へ使用許可証と共に相手が出してきた条件が書かれた紙をジャージの上着のポケットから取り出して手渡す。

 

「これは……」

「ちょっ……! こんなの不公平過ぎませんか!?」

 

 横から覗き込んだ簪が顔を顰め、それを見て気になった真耶も同じように紙に書かれた条件を見て思わず声を上げる。

 

「相手は追加装備ありのグレイズ三機。篠ノ之さんはゲイレールって……こんなの卑怯過ぎますよ!」

 

 申請者の欄には名前と二年生である事が記載され、貸出申請が許可された装備リストにはバズーカ砲、四連式ロケットランチャー、輪胴式グレネードランチャー、地上用ブースターユニットなどIS学園が保有するオプションユニットの名がずらりと並び、それら全ては相手が使用するグレイズへと装備されている。

 

 一方の箒が使用するゲイレールは単発式ライフルと機体に合わない大型のバスターソードという学園の射撃武器で最弱の物と、大型故にそれなりに扱いにくい近接武器という装備であった。

 

 機体を指定してきている事から最初から専用機を使わせるつもりはなく、その上で一番弱くなる組み合わせを選択をした上に三対一という明らかに公平に戦う意思はなく、どんな手段を使っても倒すという悪意が溢れていた。

 

「箒、行ける?」

「無手なら手こずるだろうが武器があるなら問題ないさ」

 

 そんな相手の悪意に溢れた条件を箒はあっさりと受け入れる。そこに焦りや動揺の色もなく、この程度は障害にもならないと言わんばかりに顔色を変えることなく淡々とした様子のまま紙を懐にしまった。

 

「訓練機は既に用意されてますか?」 

「おうとも。整備も装備もバッチリ。後は箒ちゃんが乗るだけよ」

「ありがとうございます。では先に向かいますのでお二人は観客席で見ててください。行こう、簪」

「うん。それでは失礼します」

 

 二人は真耶と鈴麗へ一礼するとそのまま通路の奥に消えていく。後に残された二人は方や笑顔で見送り、方や不安げな表情を浮かべたままであった。

 

「篠ノ之さん……大丈夫でしょうか」

「……真耶先生はさ。箒ちゃんに喧嘩売ってきた三人の事知ってるでしょ?」

「……? はい。私は受け持っていないですが、相当の問題児であると他の先生方が言っておられてました」

 

 真耶の問いには答えず、逆に別の話題を問い返してきた鈴麗へと首をかしげながらもそう答える。真耶は彼女達がそれなりに実力はあるが、性格的に難がある事を知っていた。

 

 セブンスターズの一角であり、入学初日にIS学園最強の証である生徒会長の地位に就いた更識楯無を始めとする実力者達には遠く及ばないが、それなりの強さと成績を持つ彼女達は自分達より格下の相手には威張りながら、自分達より能力の高い人間や教師には喧嘩を売らないという面倒な性格をしていた。

 

 三人はIS訓練機の申請をしないように脅したり、精神的に弱らせる発言で相手を追い込むといった行動を日常的に繰り返している。だが気の弱い人間を選んでやっているせいでなかなか被害者が申告してこない上、無駄にカリスマがあるのか賛同する生徒が取り巻きのように存在しており、口裏を合わせてそれらを隠している。

 

「まぁ、彼女達にはそろそろ現実見てもらいたくてね? 自尊心やら鼻っ面を一回折って貰いたいのよ」

 

 鈴麗は箒達が去っていった廊下の先を悪い顔で笑いなが見つめている。

 

「確かに箒ちゃんは公式戦に出てない。だからって素人って訳でもないのよねー」

「……篠ノ之さんはそんなに強いのですか?」

「まぁ一言で言うならー……この程度ハンデにならない。かな?」

 

 交流はあれど箒がISを使っている姿を見たことがなかった真耶が自信に満ち溢れた鈴麗の様子を見てそう尋ねると、彼女はハッキリとそう答えるのだった。

 

 




原作ヒロインの二人と山田先生です。書きたかったの。

書き終わって張りつけて文字数がいつもの倍だと気が付きました。そらいつもより書くの遅くなりますよね。

次回は後編。箒の実力とはどれ程の物か。そしてオリキャラの言う従妹とは一体何者か。篠ノ之家の失われたISとは。



【IS適正S】

現状における最高の同調率。過去には数名しか到達しておらず、現在では篠ノ之箒と織斑千冬のみがこの数値を出している。

阿頼耶識システムの最高レベルに近い反応と適合率を誇るが、阿頼耶識と違って一体となる感覚にはならず、あくまでISを操縦するという感覚での運用となる。

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