《『』》は日本語以外の言語でかつ通信時の会話を示しています。なぜかといいますと私が日本語以外の文法がわからないからです。
「ねぇ助けてほしい?」
その言葉が予想外だったのだろう。それを聞いた少女の身体が固まり、その眼が大きく見開かれる。
そんな少女の様子を少年は観察するように見つめる。よく見れば見れば少女の額からは汗が流れ、表情からは疲労の色が見てとれた。
彼女の身体能力と持久力がどれ程のものか少年には知るよしはないが、少なくとも少女にとっては限界まで体力と精神力を摩耗する程逃げていたのだろうという事は少年にも理解できた。故にすぐに頷かれると思っていたが、少女は驚愕から困惑に変わった表情で少年を見つめるだけで、その理由がわからずに少し首をかしげる。
一方の少女は少年の言葉の真意がわからず、ただただ困惑していた。
絶望的な状況下、それも心身共に限界を迎えた状態で差し伸べられた救いの手。思わずその手を掴みたくなる少女であったが、本当にそうしていいのかという疑問がそうする事を躊躇させる。
(どうしよう……嬉しいけど……でも無関係な人を私の事情に巻き込む訳には)
見ず知らずの他人を信用できないからという至極当然のものではなく、少年の身を案じての物という彼女の現状を鑑みれば検討違いと言える理由であった。
方や破滅願望と言ってもいい危うい目論見から助力を申し出る少年。方やそんな事を思っているとは露と思わず、助けてほしいと思いつつも少年の身を心配して頷けない少女。
それぞれの考えを言葉にすればその結果はどうなるかはわからないが、少なくともこのような行き違いの考えには至らなかっただろう。しかし互いが互いに相手が言葉を発するのを待っていたせいで、何とも言えない沈黙が二人の間に流れていた。
見つめ合う二人。少女の右腕を掴む少年の左手の指先は鋭利な爪のように鋭く、その無感情な表情と相手が求める事を叶えようとする様と合わせて、まるで契約を囁きかける悪魔のようであった。
そのまま両者共に沈黙し、喧騒の中で互いを見つめ合うが、そこに甘い雰囲気は一切ない。少女は気まずさを感じ、少年は完璧な無表情のせいでそもそも現在何を考えているかすらわからない。そんな中、最初に沈黙を破ったのは少年であった。
「ところで追いかけてきてたのはアレ?」
「え? ……あっ!」
少年が視線を少女の後ろに向けながら問いかける。その問いを受けた少女が慌てて振り向く。
少女が出てきた建物の隙間の向こうからこちらに向けて走ってくる屈強な男二人の姿が視界に入る。
『おい!いやがったぞ!』
「に……っ!逃げなきゃ……!」
「大丈夫」
怒声と共にこちらに向かってくる男を見て慌てて駆け出そうとする少女を少年は制止しつつ、掴んだ左手だけでくいっと少女を引き寄せる。それと同時に少年が一歩前に進むことで二人の位置が入れ替わり、少年が少女をその背に庇うように追跡者に向き直る。それとほぼ同時に男二人が少年達の前に立ちはだかった。
一人は短い金髪で少し日に焼けた肌の男。もう一人は長い黒髪を後ろで束ねた浅黒い肌の男であった。二人とも服の上から鍛えられているのがよくわかり、背丈は170センチの少年と比べたら20センチ以上高い。
(金髪の方は懐膨らんでるしたぶん拳銃持ってる。もう一人は腰にナイフか……うん)
少年は後ろに庇う少女を意識しながらも目の前の二人を冷静に観察し、武器の有無や種類を確認すると一人内心で頷く。
『おいクソ餓鬼!その女を大人し――』
屈強な金髪の男が口を開いたのを合図に少年の身体が動く。凄まじい瞬発力で距離を詰めたかと思うと、手甲に覆われた左拳が金髪の男の鳩尾に深々とめり込んでいた。
『がっ……?!』
『このガキッ……!』
(余裕だな)
相方が一撃で沈められたのを見てもう一人も慌てて腰のナイフへと手を伸ばすが、それよりも先に少年の右足が男の軸足を払う。
『しまっ……ガッ?!』
バランスを崩し、前のめりに倒れてきた男の顎へ少年の強烈なアッパーカットが叩き込まれ、ベキリと固いものが砕ける嫌な音が周囲に響く。
そして少年が一歩後ろに下がると同時に、屈強な男二人が地面に倒れ伏す。少年が最初に動き出してから実に五秒程の出来事だった。
「ふぅ」
鮮やかな動きを見せた少年とは対照的に何が起きたか理解できずに固まっていた少女であったが、 少年のため息が聞こえた事でようやく我に返る。そうしてようやく自分が助かったのだという事実を自覚し、安堵すると共に目の前に立つ見ず知らずの少年へ感謝を伝えようと口を開く。
「あ、ありが――ッ?!」
だが伝えようとした言葉は響いた金属音に遮られる。そしてその音の正体に気が付いた少女の表情に再び驚きの色が浮かんだ。
いつの間にか少年の右手に鈍く光る小型の自動拳銃が握られており、その銃口が地に倒れて呻き声を上げる男達に向けている姿を見てしまったからだ。先程の金属音は初弾装填のために遊底を引いた音だろう。
「まっ・・・!待って!」
その意味と待ち受ける結果を理解した少女が慌てて静止の声を上げるが、少年はそれを意に介す事なくトリガーに掛けていた指を引く。次の瞬間、乾いた音が二度鳴り響き、紅い血の華が咲く遊底から排出された薬莢が二つ、地に落ちた。
数秒の痙攣の後、先程まで生きていた男達は物言わぬ肉塊となる。一切ぶれることなく放たれた弾丸は正確に後頭部からこめかみまで到達しており、男達は自身が死んだことにすら気が付かずに逝ったであろう。
「……終わり」
そう呟くとほんの僅かに少年の表情が何かに耐えるように歪む。だがそれが誰かの目に入る前に少年は浮かび上がった感情を消した。
そうして元の表情に戻った少年が二人を葬った拳銃を腰のホルスターへと戻した時、その背後でドサリと何かが地面に崩れ落ちる音が少年の耳へ届く。少年が振り返ると視線の先では呆然とした顔で地面にしゃがみ込む少女の姿があった。
「……大丈夫?」
少年が少女へ声をかけるも返事は返ってこなかった。だが無理して聞き出す必要もないと判断したようで、視線を少女から二つの死体へと戻してしゃがみ込むとうつ伏せに倒れる金髪の男の死体をひっくり返す。その懐へ鋭利な爪を持つ装甲に覆われた左手をかざした時、淡く青い光がその掌に浮かび上がるがそれも一瞬のことで、すぐにその光は消えた。
(勘が外れたな……)
もっと危険な相手が出てくると思って助けた少年だったが、予想よりも随分あっさりと決着がついてしまい、自分の直観が外れた事に落胆していた。
それと同時に自力で逃げ切れた可能性はゼロでは無かったのに、こちらの身勝手な理由で引き留めて男達に追いつかれた事に少しばかり申し訳ないと思う気持ちを抱いていた少年は、償い代わりに落ち着ける場所への移動を手伝おうと考える。
「とりあえずここにいても仕方ないからどこか―――」
「どうして……殺したの……?」
歩み寄り、右手を差し伸べながら呼びかけた少年の耳にそう少女が呟くのが聞こえ、その問いに対して何と答えればよいのか思案する。
少女の反応は当然といえる。いくら自らに害をなそうとしていた相手とはいえ、眼前で人が殺害される瞬間を見れば恐怖するのは普通だろう。それ故に少年は少女がこの場所に来て間もないのだと確信する。
何故ならこの場所事態が異常であり、そんなまともな感性の持ち主はここでは生きていけないと理解しているからだ。
眼前の少女は動揺と恐怖感から周囲の様子を認識できていないようだが、このような通りで人が銃殺されたというのに騒ぐ人間どころか、立ち止まる者すらいないこの状況がその異常さを物語っている。
取り敢えず何から答え、伝えるべる気かと少年は思案しようとし――不意にその眼光と気配が鋭さを増す。
「ちっ!」
「え……? きゃあっ?!」
そしてしゃがんでいた少女を舌打ちと共に無理矢理引っ張り上げる。そして何をするつもりかわかっていない少女の腰に左手を回し、横投げの要領で全力で振るう。鍛え抜かれた少年の全力の投擲に華奢で軽い少女の身体には踏ん張ることもできず、その身体が可愛らしい悲鳴と共に宙を舞う。
「かはっ!?」
そのまま受け身もできずに数メートル先の地面にその身体を叩き付けられた少女の肺から空気が抜け、痛みで呼吸が一瞬止まる。
何故投げられたかわからずに理由を訊ねようと起き上がろうとした少女だったが、それよりも先に爆発音と共に何かが崩れる音が響き、同時に発せられた風圧によってさらにその身体が地面を転がった。連続した衝撃でふらつく身体を何とか起き上がらせ、少女は先程まで自身がいた場所を見る。
「え……?」
そしてその目にした光景に少女の身体が硬直する。何故ならば先程まで二人がいた場所は瓦礫の山と化していたのだから。
瓦礫の正体が先程少女自身がその隙間を駆けてきた建物である事は眼前の光景から察する事は容易く、そこに先程まで話をしていた少年の姿はないのは、普通に考えれば崩落に巻き込まれたからだとも遅れて理解する。
そして思考がそこまで達すると共に先程の行動は自身をこの惨劇から逃がすためのものであったと気が付き、その表情を青ざめさせた。
周囲では無関心であった街の人間も流石にこれを無視することはできず、恐慌し騒ぎ立てる者や悲鳴を上げて逃げ出す者、少女のように座り込み呆然とする者と様々な反応を示しているが、 今の少女にはそちらへ意識を向ける余裕はなかった。
《『あらら。助かってしまいましたかぁ』》
不意に周囲へ嘲るような声色の女の声が響き渡り、呆然とするしかできない少女であったが、その声を聞き、弾かれたように視線を声の発された場所、上空へと移すとその目に絶望の色がうかんだ。
―――――そこには三つの人型をした機械の鎧が浮かび上がっていた
モスグリーンをベースカラーにした機械の鎧は人型と呼ぶにはやや長い四肢、胸部、肩アーマー、頭部は分厚い金属の装甲で作られている。
一見すればまるで機械のようだが、腹部や首、上腕や太腿といった装甲がない部分からは一肌が表出しており、人間であることがわかるだろう。
機械の鎧の名前は【インフィニット・ストラトス】。通称ISと呼ばれるこれこそがかつて起きた厄祭戦の原因である。
【エイハブリアクター】と呼ばれる特殊な動力炉を持ち、そこから発生する【エイハブ粒子】という特殊な粒子の効果によって、ISは他の兵器ではあり得ない驚異的な性能を発揮する機動兵器だ。
剣に纏わせれば凄まじい切れ味を発揮し、弾丸に纏わせ射出すれば戦車の装甲すら容易く貫く。
またエイハブ粒子には慣性制御もあり、重力操作による飛行能力と操縦者をGから守る事であらゆる航空機を上回る機動力と旋回性を有する。
さらにエイハブ粒子をエネルギーシールドに変換した【シールドバリア】とエイハブ粒子と反応し硬化する特殊塗料【ナノラミネートアーマー】。操縦者が致命傷を負うのを防ぐ【絶対防御】。これら三つの防御機構によりエイハブ粒子を纏わない通常兵器の攻撃を完全に遮断する。
攻撃力、機動力、防御力全てにおいて他の兵器を圧倒し、事実上IS同士でしかダメージを与えられない事から、現在も全ての兵器の頂点に君臨している存在。
だが少女が怯えたのはISを見たからではなく、その声であった。
響いた声を言葉として認識した者は少女だけだろう。何故ならそれはこの地では珍しく、少女にとっては聞きなれた言語であったからだ。
《『ゴミに救われるとは運がいいですねぇお嬢様?』》
《『即死した方が幸せだったかも知れないですがね』》
《『むしろ不運かもしれないですよ』》
小馬鹿にしたような女性達の声に、お嬢様と呼ばれた少女はすぐに反応できなかった。
《『なんで……ここにっ! 私をここに捨てるのが仕事だって!』》
数秒の硬直の後、震える声で少女はそう叫ぶ。何故なら彼女達こそが少女がこの地にいる原因であり、先程の凶行を為した相手であったからだ。ここで恐ろしい体験をさせられた少女にとってはまさに恐怖と怒りの対象であり、同時に無力な少女には彼女達に対抗することすらできない。
《『そうだったんだけどねぇ。お嬢様売り払ってから依頼主のとこに行ったら、『やはり死んだと確認しないと安心できない』って抜かし出してねぇ』》
睨み付けるという最低限の抵抗もできぬ少女へ明確に死の宣告を突き付け、三機のISが先程まで少年がいた建物の瓦礫の傍に降り立ち、そのうちの一機が手に持った60mm口径砲ライフルを少女へ突き付ける。ISに合わせて作られたその弾丸が当たれば瞬時に人を肉片に変えるだろう。
《『まぁそういう訳できっちり死に様を録画してやるからさっさと死ね』》
そう言って女が引き金を引こうとした時、突如衝撃と共に瓦礫の山から粉塵が巻き起こり、三機のISが砂塵の中に消える。
《『なん――ガバッ?』》
ライフルを持った女の困惑する女の声が苦悶の声に変わると共に、その機体が砂塵の中から勢いよく弾き出される。弾き出された機体の胸部装甲は潰れ、右手装甲はライフルごと破壊されていた。
《『アレットさん?!』》
仲間の一人が慌てて駆け寄るように砂塵から飛び出した数秒後、砂塵が晴れる。そこに新たなISの姿があった。
続きます。別のSSに投稿して焦りました。