―――――悪魔
それが最初にその姿を見た少女の印象だった。
白をベースに赤、青、黄色の三色を使って鮮やかに彩られ、装飾された装甲を各部に纏い、露出した肩からは鍛えられた筋肉が覗き、指先は鋭利な爪を連想させ、鉤爪のような爪先は血のように赤い。
またV字のアンテナが付いたバイザー付きのフェイスアーマーによってその顔の半分が隠され、表情わからないことがその禍々しさを際立てている。
だが左腕にはこの機体に感じたイメージと合わない無骨な青いガントレットが装備されており、剥き出しの肩と合わせてどこか不完全さも感じさせる。そして少女に悪魔を連想させたその最たる物は両手に掴んでいる二つの存在だ。
一つは右手に持つ自身の身の丈を越える長さのメイス。
《『がっ……あっ……!』》
そしてもう一つは左手で頭部を掴まれて持ち上げられたISの姿だった。
振りほどこうと白い機体の左腕を両腕で掴み、足掻いているがその拘束はびくともせず、掴み上げられた頭部装甲からはミシミシと金属がひしゃげていく嫌な音が響いている。
《一応どっちが悪い奴か確認するために様子窺ってたけどさ……あんたらが悪い奴らっぽいな。何言ってるかわかんないけど》
白いISから声が響く。その声は少女を救う為に瓦礫に押し潰されたと思っていた少年のものだった。
《『男がIS? まさか阿頼耶識――』》
《うるさい》
冷たい一言と共に白いISの爪が頭部に完全にめり込み、紅い血飛沫が飛び散る。何かを言おうとした女の身体が痙攣し、動きを止め、両手から力が抜けてだらりと下がった。
《『リュシー……?』》
目の前で起きた事がわからず、粗暴そうな女が呆然と呟く。
―――死んだ
現象としてはただそれだけであり、明白な結果だが同時に女達には理解が出来ないことであった。
《『絶対防御が……作動しなかった……だと?』》
もう一人、アレットと呼ばれた女もそう呟く。その声色には先程まで少女が感じていた感情と同じ恐怖があった。
女達がこのような反応を示した理由は一つ。絶対の守りを持つISを纏った状態で死ぬなど想像していなかったからだ。
確かにISの守りは絶対ではないが、絶対防御を通過した上で肉体に傷を負わせる事は容易ではなく、出来るとしても熱量兵器を用いた大火力攻撃が必要である。それを目の前のISはただ握り潰すという最小かつ最低限の攻撃だけで為した。
――檻の外から見る虎と内側から見る虎。同じ対象であっても感じる感覚は違う
二人の抱いている想いはまさしくそれであった。
絶対的な安全圏から死地に引きずり込まれる恐怖。狩る側から狩られる側になった絶望。
そして何よりも殺された女が引き剥がそうと掴んでいた白いISの腕には一切の傷がないという事実。そこから導き出される答えはシンプルな物だ。
白いISの防御は彼女たちのISよりも高く、絶対防御を無効化、もしくは突破できる力がある。
《『あぁぁぁぁぁっ!!!』》
《『ッ! 馬鹿っ!』》
そう認識した瞬間、粗暴そうな女が雄たけびと共に背中にマウントしていた100mm口径滑空砲を放つ。大型サイズの物をISに合わせて小型化したこの滑空砲は、ベースと比べれば3分の1程度のサイズではあるがエイハブ粒子を纏う事により威力はベースを大きく上回っている。この距離で直撃すればISといえど無事では済まないだろう。
だが白いISはそれを回避する様子を見せず、黙って左腕を迫り来る砲弾に掲げるだけだった。それにより砲弾は左手に掲げられていた彼女達の仲間『だった』ISに直撃し、轟音と同時に着弾の衝撃で発生した風圧によって生まれた砂塵に白いISの姿が消える。
《『リシューを盾にッ?! あの野郎どこにい――ガァッ?!』》
白いISの姿を見失った女が周囲を警戒しようと構えようとするが、音速で飛来した何かに対応しきれず、それがぶつかった衝撃で大きくバランスを崩し、視界を遮られる。
《『あ―――』》
慌てて振り払ったそれが自身の放った滑空砲の直撃で、見るも無残な残骸になった仲間のISであったと気が付くと共に見たのは、目の前で白いISが右手に持つ巨大なメイスを振り上げている瞬間であった。
メイスの直撃が女の頭部に叩き付けられ、ゴシャリと鈍い音が周囲に響く。
やがて砂塵が晴れ、アレットが見たのは白いISとメイスを胴体にめり込ませて絶命する仲間の姿だった。
白いISがその手に持つメイスと一体化した仲間の死体が、逆光のせいでシルエットとなり、まるで大鎌を持った死神のように見える。
《『こんな……化け物がいるなんて……聞いてない……ッ!』》
めり込んだメイスを無理矢理引き剥がし、構えなおした白いISを見て、アレットが後ずさりながら呟く。もはや彼女には少女を殺すなど考えている余裕などなく、ただひたすらにどうすれば生き残れるのか必死で思案していた。
《こ……! 降参だ! だから命は……!》
《こっちに得が無いし。生きてても邪魔だから死ねよ》
慌てて日本語で命乞いする女の願いを冷たく切り捨て、白いISが疾走する。それを見たアレットの機体の残された左手にシールドを出現させて防ごうと構える。
ISには拡張領域という武器を粒子化して収納する機能があり、搭載している装備を瞬時に取り出す事ができるので状況の変化にすぐ対応しやすい。
《『ぐぁっ?!』》
だがこの場においては全く意味をなさない物であり、白いISの一撃はシールドごと左腕を破壊し、そのままアレットへ強烈な回り蹴りを叩き込んで吹き飛ばす。アレットはスラスターを使いバランスを取ろうとするが、そこへ白いISが迫り、メイスを持ったままの手で思い切り頭部を殴りつけた。
《『あがっ!!』》
拳の一撃では絶対防御を抜けず、アレットの身体は声にならない声を上げながら地面に叩き付けられる。そして白いISは倒れたアレットの腹部を踏みつけ、同時にメイスの先端を胸元へ向けた。
『死ね』
冷たい少年の声と共に白いISの持つメイスの先端からニードルが射出され、女の胸を貫いた。
『――――ッ!……』
衝撃と共にその身体がバウンドし、断末魔すら上げることなくアレットは絶命する。
『終わり。それじゃあ……』
死んだ事を確認した少年が力を入れて突き刺さったメイスを引き抜くと、ニードル先端からは紅い血がしたたり落ちる。
それをメイスを一閃して振り落とすと背中にあるウェポンラックに戻し、同時に左手を掲げた。
『貰うよ』
そう呟くと壊れ残骸となった三機のISが光の粒子に変化し、3つの球体を形作る。それは吸い込まれるように白いISへと近付くと溶けるようにその左手のひらの中へと消えていき、そして後に残ったのは3人の女の死体だけとなった。
(あれってまさか……)
目の前で起きた出来事に固まっていた少女が呟く。彼女には白いISの圧倒的な性能と今行った行動……ISを機体ごと吸収するという能力に心当たりがあったのだ。
―――ISによって引き起こした厄祭戦の話には一つの伝説があった
当時存在した千を超える全てのISの性能差は殆どなく、それによって戦いは膠着、泥沼化した事で地上は大損害を被り、多くの犠牲者が発生した。
そんな状況を打破すべく、七人の科学者が七十二機のISを作り出す。
ソロモン七十二柱の名を与えられたそのIS達は単機で従来機を圧倒する性能と倒したISを吸収する能力を持っており、その力によって厄祭戦を終結させた。というものだった。
(最後は同士討ちで大半は喪失、今は一部の機体が保管されてるっていう話だけど……だけどきっと間違いない。あれは……)
現存機の存在は知っているが、実物どころか実戦稼働している機体など少女は今まで見た事が無い。だがそれでも目の前の白いISはその伝説の存在だと確信させるには充分な力を有していた。
「【ガンダムフレーム】……」
少女が呟いたその名こそが、戦争終結を為した英雄たるISに付けられた名であった。
ISの武装の口径はオリジナルよりも小型化してます。
口径300mmとかISサイズだともうただのバズーカですし