「……ん?」
朝の日差しに瞼を刺激されたナツがゆっくりと目を開く。起床直後数秒間停止していた思考が動き出し、自身が床に座ったまま眠っていた事と目の前に横たわる緑色のISを認識する。
「寝落ちしてたか……」
現在の状況と意識を失う前にやっていた事を思い出し、自分が眠気を堪えて作業していて、終わった直後にそのまま寝てしまったのだと理解した。
しかしナツにとっては床で眠るなど日常茶飯事であり、必要な作業は既に終えてからの寝落ちであったのでさしたる問題は一切なく、そのまま立ち上がり背伸びをすると目の前にあるISに触れる。
するとそのISは光に包まれ収縮し、ナツの手の平に入る大きさ、すなわち待機形態へとなった。
「よし。問題なし」
ナツが手のひらの中にあるアクセサリー型に変わったISを見て、イメージ通りに仕上がっている事に心なしか満足げな表情を浮かべる。
そして特段珍しくもない普通の紐を取り出し、アクセサリー型のISにある穴に通して結んでネックレスにするとそれを持って部屋から出た。
「あ…っ!」
「ん?」
同じタイミングで反対側にある少し離れた別の部屋の扉が開き、中から出て来たシャルと視線が合う。
「あぁちょうど良か」
「ごめんなさいっ!!」
「った……?」
会いに行こうとしていた相手がタイミングよく出て来たので、これ幸いと声をかけようとしたナツの言葉を勢いよく駆けてきたシャルの謝罪が遮る。
「昨日、無神経な事聞いちゃったせいで凄く辛そうにしてたから……」
「あ、あー……」
理由がわからず目の前で頭を下げるシャルに困惑していたナツであったが、それを聞いてようやく彼女が何を謝っているのか理解した。
昨日の事など全く気にしていない。むしろ作業に没頭していたせいで今の今まで忘れていたくらいであったナツは、逆にどう反応すべきかわからず頭をかく。
「あー。うん。気にするなよ全然怒ってないし」
しばし考えるがまともな勉強を受けた記憶もなく、敵を力でねじ伏せるくらいしかできないと思っているナツにはそんな咄嗟に短時間でうまい返しは思い付かず、無難な返答をするに留める。
「そんな事よりこれやるから昨日のリアクター返して」
これ以上この話題をされても反応に困ると考え、話を流すために当初の目的を果たす事に決めたナツはそう言って先程待機状態に戻したISを強引に手渡す。
「え、これって……?」
「バルバトスに使ったパーツの余りとあんまし壊れてない部品使って一機分に作り直した。シャルの実力は知らないけど持ってた方がいざって時に役立つだろうし」
昨晩ナツがやっていた作業。それはシャルに緊急時にその身を守れるようにする為に渡そうと考えたこのISの改修作業であった。
粉砕した頭部と胸部装甲、バルバトスに移植した肩アーマー。それらをシャルが出会う前に手に入れたジャンクパーツや余ったブースターなどで補った即席の補修。
だがブースターの増加とジャンク装甲を使用した事による僅かながらの軽量化によって、機動力がベース機よりも向上しており、組み立てているナツも想定していなかった性能強化が施されている。
半面補修個所の防御力は低下しているが、絶対防御があるので死ぬ危険性は低い。ガンダムフレームの攻撃を受けでもしなければ誤差の範囲と言っていいデメリットであるだろう。
「シャルはISに乗った事は?」
「適正調査と練習でちょっとだけ……でもIS適正はAだったよ」
「適正調査ってのはわかんないけど才能はある素人って見ていい?」
「まぁ……うん。そうだね……」
「了解」
シャルの言うIS適正とは簡単に言えばISとの同調率を表すCからSに分かれるランクである。世間的に見ればAランクとなれば破格な才能であるが、ナツからすればいくら才能があろうと実戦経験が皆無であるならば素人と変わりない。
シャルの方は初の模擬戦をした際に周囲から才能があると誉められた事が密かな自慢であったが、バルバトスを駆るナツの圧倒的な力を見たうえでそれなりにやれるとは間違っても言う事ができなかった。
「調整したつもりだけど使えそう?」
ナツにそう問いかけられたシャルが右腕のみにISを展開し、その場でシャルが手を動かしたり、武装の収納展開を繰り返す。これは部分展開と呼ばれるもので、感覚を確かめたり、展開時に消耗するエネルギー消費を抑えたりする時に主に使われる方法だ。
「うん。グレイズベースっていうのもあるだろうけど癖はないし感覚もぜんぜん不自然さがないよ」
「なら良かった」
完成度の高さに驚くシャルの言うグレイズとはこのISの名だ。
正式名称【第二世代型ISグレイズ】と付けられた派生機を含めずとも世界中で最も使われているIS。
元々汎用性と操縦性に重点を置いて設計されたグレイズであるが、ナツの手によって修復と再調整がなされた機体は、搭乗経験の浅いシャルでもわかるほど高い水準に仕上がっている。
それはナツの整備技術の高さを示すと共に、そんな彼ですら満足に修復出来ないほどバルバトスが複雑な機体であることを示していたが、シャルは純粋にその技術に賞賛し、ナツはその話題をするつもりがないので特に触れられなかった。
「ありがとう。ナツは凄いね」
「ん」
シャルが自身のために用意してくれた事に感謝を伝えると小さく一言だけでそれに応じる。その表情に相変わらず感情は見てとれないが心なしか喜んでいるようにシャルは感じた。
「じゃあ飯でも食いながらこれからの事、話そうか。たいしたもないけど我慢してくれ」
「わかった。後、ご飯があるだけで充分幸せだよ」
シャルの方を向いたまま親指で後ろ手にある先程まで自身がいた部屋の扉を指しながらナツがそう言うとシャルも頷き、二人して部屋に入るとベッドに座り、ナツがバルバトスから取り出した水と保存食で簡単な朝食を食べ始める。
「まず目的地はここだよな」
「うん。ここにあるデュノア社にいるお父さんのもとに行くのが目的だよ」
食事を終えた二人は昨晩の間にナツが見つけておいた宿に捨てられていた地図を開く。そしてナツが旧フランス・トゥールーズ地区と書かれた場所を指差すとシャルがそれに同意する。
「とりあえずこの河を辿ってここまで行こう」
次にナツが指差したのはカイロ地区の側を流れる運河であるナイル川。そこをなぞるように上に進め、ラシード地区と書かれた場所の手前で指を止める。
「んで、ここから馬かラクダを買ってなるべく市街地や海岸線に寄らずにここまで行く。そこからこの海をISで一気に渡る」
そして旧エジプトから二つ離れた旧チュニジア・チュニス地区辺りを指差し、そこから旧イタリア半島西南に位置するシチリア島をなぞる。
「これが一番移動距離も短くてISの使用を抑えつつ安全な道だと思う」
「でもこの方法だと欧州の防衛ラインに引っ掛かるし、逆に遠回りで時間かかるけど陸路で進んだ方がいいんじゃないかな?」
「そんなのあるんだ。だけど時間をかける方が厄介な事になりそうだから俺は早さを重視したい」
旧フランスのあるヨーロッパ大陸と現在いるアフリカ大陸は同経済圏下であるが、治安の不安定さからアフリカ大陸側からの侵入は制限されていた。それはナツの知らなかった情報であったが、それを聞いた上で改めて最初に挙げた理由を強く推す。
「それはどうして?」
「俺が昨日戦闘してしまったから」
シャルの疑問にナツはそう答えるが彼女は意味がわからずに首をかしげる。
「シャルはブルワーズを知ってるか?」
「ブルワーズ?」
「ここの大陸を支配してる連中の名前」
疑問符を浮かべるシャルへナツは時間をかけたくない理由である存在の事を語る。
ブルワーズとはDDと名乗る女が束ねる規模は小さいながら鹵獲、発掘した十を越えるエイハブリアクターを保有する組織である。
特定の拠点を持たずに市街地を移動しており、ISによる武力で逆らう者を排除し、恐怖で反抗の意思を潰してアフリカ大陸を実効支配している戦闘集団。
「そんな人たちがいるんだ……確かに危険だけどそれがどうして急ぐ理由に?」
「狙われてるから」
「え?」
「そこの親玉と色々あって昔戦ってから狙われてる。今までは目立たないように過ごしてたから見つからなかったけど、昨日結構派手に戦ったからたぶんだいたいの居場所がバレた。そのうち潰す予定だけど今はシャルを送ることを優先するから見つかる前に抜けたい」
潰す。そう言った瞬間のナツの表情に一瞬だけ昨晩のような暗い影が落ちる。それを見てナツとブルワーズの間に因縁がある事をシャルは理解した。
「俺の都合で悪いけど納得してほしい」
「いや……びっくりしたけどわかったよ」
ナツ側の事情が影響している理由であったが、シャルは素直にそれを受け入れる。彼女に出会う前のナツの行動を咎めるつもりなど一切なく、むしろ昨日まで存在すら知らなかった赤の他人であるシャルの為に自身の事情も私情も脇において行動してくれている事に感謝の想いしかなかった。
(でも……)
ふとナツの言葉を思い出す。彼は自分の為に助けたと言ったが、シャルを救う事がナツの利益になる意味がわからなかった。
デュノアの刺客、人身売買をする者達に売り付ける、性的欲求の捌け口。もしくはそれらと真逆の正義感や英雄願望。
幾つか可能性を思い浮かべるも、彼の言動、行動、現状から考えるとどれも違うのではないかと直感的に理解していた物の、 本当の理由がまさか死地に踏み込みたいが為であるなど想像すらできなかったシャルは心の中で一人考え続けるしかなった。
「どうかした?」
「ひゃっ?! 何でもないよ?!」
「そ。ならいいや。そろそろ出発しようか」
思考の渦に嵌まっていたシャルは突然呼び掛けられて驚き、反射的に誤魔化してしまう。 その反応に夏は首をかしげるも、深く追求するつもりもなかったようであっさりそれで納得し、立ち上がって出発の準備を始めた。
「外は暑いけどISを最小限に展開したら暑くないからそうして」
「あ、うん。わかった……」
思わず誤魔化してしまったもののナツが突っ込んできたら聞こうと思っていたシャルは尋ねる絶好のタイミングを自ら潰したことを悟る。そしてどちらかと言えば奥手なシャルには今更聞くこともできず、黙って付いていく事にした。
(大丈夫。ナツは信じられる)
心の中でシャルはそう呟く。根拠も何もないが直感的、無意識的に信頼していいと思える何かをナツから感じていた。強いて理由を言うならば圧倒的な力を振るうナツの姿に悪魔を幻視した事が理由であるかもしれないとシャルは思う。
古来よりある書物には悪魔は代償を払う事で契約を必ず履行する存在として描かれている。ならばきっと悪魔【バルバトス】は自身の願いを叶えてくれるだろう。そう彼女は感じたのだ。
(まぁ本人には言えないけど……)
悪魔に見えたから信頼できます、なんて失礼な理由は口が裂けても本人には言えない。最もナツは気にしないだろうし不快にも思わないだろうが、かといって言っていい理由にはならないだろう。
だからシャルは言葉にはせず、目の前の悪魔の名を冠したISを持つ少年に祈る。どうか父の元へと連れて行ってください。迫る困難をその手の武器で振り払ってくださいと。
それが叶うのならばどれ程の代償であっても目の前の少年に支払えると思いながらシャルは己の運命と命をナツに託した。
―――――――――――――――――――――――――――
地中海にあるマルタ島の周辺海域の深くを潜航する潜水艦があった。
外観は現代の潜水艦と大差はないが装甲表面は漆黒に染められ、艦首には眼帯を付けた兎のマークが描かれている。
「さて……まもなく着くな」
潜水艦内にある司令室。その艦長席の隣に立つ軍服を纏った腰まで伸びた銀髪の少女がそう呟く。その右目は黒い眼帯で隠されているが、見える左目は闘志に溢れ、強者が纏う独特な雰囲気を持っていた。
「はい隊長! まもなく上陸地点です!」
「何度も言いますが隊長は貴女ですよクラリッサ・ハルフォーフ三佐。私は貴女の部下の一人です」
艦長席から立ち上がり敬礼するクラリッサと呼ばれた少女と同じ眼帯を付けた軍服の女性へ、敬礼と共に不敵な笑みを浮かべながら少女はそう答える。ただその言葉とは裏腹に少女からは敬意を一切感じず、むしろ面白がっている空気があった。
「なら隊長命令です。ラウラ・ボーデヴィッヒ二尉。敬語止めてください。貴方にそう呼ばれると肩身が狭いんです」
「ふっ……くっくっ! 了解したよクラリッサ」
その命令を聞いてラウラと呼ばれた少女が堪えきれずに笑いながら口調を変えるとクラリッサが安堵の息を漏らす。どうやらこちらが本来の彼女の口調なのだろう。そのやり取りを聞いていた艦橋にいる二人と同じ軍服と眼帯を身に付けた女性達も楽しげに笑っていた。
ギャラルホルン特務隊【シュヴァルツェ・ハーゼ】それが彼女達の属する部隊の名である。
彼女達は服装からわかる通り軍人ではあるが、特殊な命令系統下で動く事実上単独の組織であり、直接戦闘や偵察、要人の救出など状況に応じて様々な作戦を迅速に行う特殊部隊。
基本的には上からの指示で動くものの、現場での判断は全て指揮官に委任されている。その分任務を必ず成功させる事を求められる非常に厳しい部隊であるが、それを成す為の装備も充実している。
この潜水艦【ファフニール】も外観は通常の物と大差はないが動力炉にエイハブリアクターを搭載した貴重な物だ。
常に操縦者の代わりとして内部に最低三名の人員が入らなければならないが、稼働中はシールドバリアを展開するので優れた防御力を持つ堅牢な要塞となる。また武装と装甲にエイハブ粒子を纏う為、ISとの戦闘も行える上、エイハブ粒子散布によりレーダー類に補足されない高いステルス性能を発揮する。
さらに最低三機が常時配備され 、状況に応じて特殊なカスタム機や新型ISが最優先で追加配備されるなど特務部隊の名に相応しい装備とそれを十全に扱える実力者で構成された精鋭部隊。その中でも突出した存在が他の者と共に笑っているラウラ・ボーデヴィッヒ二尉である。
若干十四歳でありながらエース揃いの部隊においても一線を画した強さを持ち、以前はシュヴァルツェ・ハーゼを率いていた【狂戦士】の異名を持つ若き獅子。
現在はある事情から二階級降格と共にその任を解かれ、副隊長であったクラリッサに隊長の座を譲っているが、他の隊員の様子からわかるように今でも皆から絶大な信頼と忠誠を向けられており、実質的にはラウラが隊長であるのと代わりはない。
「アフリカ大陸にのさばっているブルワーズを再起困難なレベルまで削るか可能ならば撃破。だがそれよりも先に詳細不明の白いガンダムフレームの捕獲をしろ……か。さてどう動いたら良いのか……」
「……テロリストの対処は必要な事ですが、ガンダムフレームの確保など今する必要あるのでしょうか?私には応じる必要を感じないのですが……」
「まぁ、そう言ってやるなアデリナ」
自分達の任務の内容をラウラが呟くと部下の一人がそれに不満な様子を隠すことなく応じる。ラウラはそんな彼女を諫めつつ周囲に自然に視線を向ける。
するとアデリナと呼ばれた女性に無言の同意を示している者達の姿が見え、ラウラは思わず苦笑を浮かべる。命令に不満を示すというのは軍人としてあるまじきものであるが、それを咎めないのはラウラ自身もあまり乗り気ではなかったからだ。
彼女達に今回下された作戦の内容は二つ。一つはテロリスト達の討伐もしくは弱体化。もう一つは荒い画像データに写っている正体不明のISを確保して引き渡すというであった。
前者の任務に対しては部隊員全員の士気が高いのだが、後者に関しては作戦開始直前に外部の人間によって無理矢理ねじ込まれた物であった為、ラウラは仕方なしと受け入れてるが他の者達はアデリナのように納得いかずに不満を口にしていた。
本来は後回しにすべき案件なのだが、その人物の持つ影響力が強いせいで断れず、上層部は優先事項として承認したのだ。そうなってしまえば直属部隊の彼女達には断る権利など無く、為すべき任務を中断して意味を感じれぬ作戦に従事させられる事になってしまった。
だがいくら納得できずともそれを外部に漏らすわけにはいかず、会話が漏れる事のない彼女達のテリトリーである潜水艦の中で不満を吐き出す事でやるせない想いに耐えているのだ。
「隊ちょ……ラウラさん」
扉が開く音と共に呼び掛けられたラウラが振り返ると、そこにはラウラより頭一つ分背が高い少女が立っていた。ラウラと同じくらいの長さの黒髪を後ろ手に束ね、直立不動で立つその少女の瞳にはラウラに対する強い敬愛の念が宿っている。
「アインか。どうした?」
少女の名はアインハルト・アモン。皆からはアインという愛称で呼ばれているラウラに憧れてシュヴァルツェア・ハーゼに入隊した一六歳の三尉である。
「偵察に行っていたアーデから連絡が来ました。捕獲対象を発見したとの事です」
「……ほう?」
「まずはこれを」
もう少し時間がかかると思っていたラウラは、予想外の展開に僅かに驚きつつ目線で続きを促す。アインが左手に持っていた受信用端末を操作するとブリッジ内部の大型モニターに不鮮明な映像が映る。その内容は町を襲撃する三機のISとそれを圧倒的な性能で葬り去る白いIS。その後白いISの操縦者とと思われる黒髪の人物が金髪の人物を連れ去っていくというものだった。
「上陸地点からハイパーセンサーにて捕捉した映像です。不鮮明ではありますが、間違いないかと」
ハイパーセンサーとはISに搭載された本来ならば数十キロ先の虫すら鮮明に補足する事もできる優れた物だ。
しかしこの地域には厄祭戦時代に埋められた通信阻害兵器が大量に残されており、通常の兵器では目の前にいても通信すらできない。その点を考慮すれば男女の違いすら認識できない程度の映像であっても写っているだけマシと言えるだろう。
「絶対防御の無力化……間違いなくガンダムフレームだろうな」
ダメージを受けた箇所の場所と様子から明らかに致命傷を受けているのがわかり、ラウラは機体の配色を記憶している目標の画像と照らし合わせて目的の白いガンダムフレームと推測する。
「よし、私が確かめてくる。ISを借りるぞ」
「お待ち下さいボーデヴィヒ隊長! ガンダムフレーム相手に一人は危険です!」
「隊長と言うなクラリッサ……ひとまずは情報収集だ。無茶はせん」
「しかし……!」
「何度も言わせるな。私一人で出る。アレの相手は私にしか務まらん」
一見すれば傲慢さを感じさせ、クラリッサ達の能力を下に見ているような言い方だが、彼女にそのような意図はない。
ラウラという少女は狂戦士の異名とは裏腹に全てを冷静に、そして公平に見る優れた『眼』を持っている。白いISの性能と動き、自分達の実力を一切の色眼鏡を排して見て判断した結果故の言葉。そしてラウラの実力と眼を信頼している故にクラリッサは何も言えなくなってしまう。
「私は戦いしか能がないがお前達は違う。今回は私に任せてサポートに徹してくれ」
そう言うとラウラは優しくクラリッサの肩を叩く。その眼は先程と違い優しさを感じさせるものだった。
隊長の座から下ろされてもラウラにとって彼女達は可愛い部下。そんな彼女達には死のリスクがある戦場で戦う兵士ではなく、領土と民を守る戦士であって欲しいとラウラは考えていた。
「そう言えばお前から借りた日本の漫画にあったな。こういう時は帰ったら食事でも奢ると言うのがお約束だと」
「それは死亡フラグです隊長!」
「はっはっは! 冗談だ。後隊長と呼ぶな。クセになるぞ」
当然そのような事は軍人としては口に出せぬので本心を隠し、冗談を言って場を誤魔化す。
「という訳で行ってくる。一度浮上し、私が出た後に再度潜航し待機せよ!」
ラウラがそう指示すると了解の声と共に船隊が浮上していく。
「くっ……! せめて私をサポートに連れて行って下さい!」
「確かにお前なら背中を任せられるが指揮官がここを留守にする訳にいかんだろう」
「うぐっ……!」
そう言われたクラリッサが黙る。納得している様子はないが他に異を唱える者はおらず、それを確認したラウラが指令室から出ようと背を向けて扉に向かって歩き出しドアノブへ手をかける。
「隊ちょ……ラウラさん!私を連れて行って下さい!」
扉を開こうとしたラウラへ後ろから声が掛かり、振り返る。その声の主はアインだった。
「本気で戦うラウラさんの戦い方を直接見たいんです!邪魔はしません!遠距離からの支援と観測に徹しますから!」
「死ぬぞ?」
真剣な表情で嘆願するアインへラウラはそう一言だけ投げ掛ける。その瞳には先程の温もりは消え氷のように冷たく、そして幼さを残す外見からは想像できない殺気が溢れていた。
「っ! 死にません! 死ねば隊長の意思に反しますから!」
「……もし覚悟の上だとか抜かしていたら殴り飛ばしていたが……まぁ良いだろう。ついてこい」
「っ! ありがとうございます!」
「なっ! ボーデヴィッヒ隊長!」
アインの答えを聞いたラウラが殺気を納め、ため息混じりにだがそれを認めるとアインからは歓喜の、クラリッサからは驚愕の声が聞こえてくる。
「アインは経験は浅いが実力はある。後方支援要員としては充分だ。それに……」
「それに……なんでしょうか? 」
何かを言いかけたラウラだったが、不意に口をつぐみ、その先を聞こうとクラリッサが問いかける。
「……いや、何でもない。忘れてくれ」
しかし彼女はその先を言わず、背を向けて扉を開く。
「シュバルベを借りる。アイン!お前は例の新型を使え!」
「私が新型を?! あれは隊長が使うべきでは……」
「あれは行儀が良すぎて好かん! お前が来ようが来なかろうが私がシュバルベを使っていた! だからお前が乗れ! いいな?」
「りょ……了解しました!」
「よし! ついて来い!」
「はっ!」
ラウラはアインが
「隊長! どうかご無事にご帰還ください! アインも隊長を頼んだぞ!」
「隊長呼ぶな! 行ってくる! クラリッサ! 後は任せたぞ!」
「了解しました! ハルフォーフ三佐!」
ドアが閉まる前に聞こえて来たクラリッサの声に、ラウラは背を向けたまま左手を上げながら、アインは敬礼と共に答えを返す。
扉を閉め、二人は真っ直ぐに潜水艦の後部上層にある場所に向かう。そこがISを保管し、直接外部へISを纏ったまま出撃できる場所であった。
余談であるがこの潜水艦は緊急時に備えて水中からの出撃も可能な仕様になっている。ただしその場合は出撃場所が海水で満たされるので、後で掃除しなければならならない。わざわざ浮上を命じていたのはラウラなりの気の使い方であったりする。
そしてたどり着いた二人がその部屋の壁に取り付けられていた四つの光の球体からそれぞれ一つずつ手に取ると上部ハッチが開く。
「さて。ガンダムフレームとやるのは初めてだが……楽しませてもらうか」
開かれた天井から覗く薄明の空を眺めながらラウラがそう呟くと不敵に笑う。その顔は先程まで見せた彼女のどの表情よりも生き生きしており、そして最も狂気的であった。
「ラウラ・ボーデヴィヒ! シュバルベ・グレイズ出るぞ!」
そう言ってラウラが地面を蹴り飛び上がると共に、漆黒の装甲と両腕両脚部に白いクローを持つISを身に纏い、続けて出てきたアインのISと共に飛び去っていく。
その数秒後、潜水艦は海中へと姿を消し、周辺の海は静寂に包まれた。
ラウラちゃん登場。原作よりも強く、この時点で皆に慕われています。その理由は後々書く予定です。
後一応新型ってのはちょっとオリジナル入ってますが【原作機の派生】程度の物なのでオリ機のタグ入れてません。
なるべく原作機と鉄血機で統一していくつもりですがこいつは話の都合上仕方ないという事でご了承ください。
後ラウラ達の軍服は原作のと違ってギャラルホルンの奴を黒くした感じです。