――――日が落ち、暗闇に包まれた廃村にある小さな小屋
昨晩ナツ達が宿にした場所よりもその寂れた場所にナツとシャル。そしてラウラの姿があった。
鍛えられた上半身を晒して床に座るナツの額からは汗が流れ、その表情は苦痛に歪んでいる。
その隣ではシャルがナツの汗をぬぐいながら空いている片方の手で彼の手を優しくも強く握っていた。
そして少し離れた場所では両手に機械仕掛けの手袋を付けたラウラが傍らに展開されたバルバトスの壊れた内部フレームを取り出し、バラバラにされたマン・ロディのパーツを移植する。
「ぐっ……?!」
「ナツ?!」
苦しげにしていたナツが呻き声を上げ、瞳から光彩を失いながら後ろに倒れかける。それをシャルが慌てて支え、その手を非力ながら精一杯に握ると、ナツの瞳に力が戻る。
「だいぶ負荷がかかっているな……ここまでで抑えるか?」
「いや……大丈夫。あいつを殺す為に限界まで上げる」
「わかった……すまんな」
「謝る必要はない。覚悟してたしこれしか手段はない」
暗闇の中よく見ればナツの背中には機械のパーツが取り付けられ、そこから伸びたコードが胸部装甲を外されたバルバトスの中へと繋がっている。
一体三人は何故このような場所にいるのか。そして何をしているのか。それを語るにはナツ達がブルワーズとの戦いを終えた時まで遡る必要があるだろう。
――――――――
「ナツ!大丈夫?!」
グシオン達が去った後。シャルはすぐにナツの傍に駆け寄り、ISを解除して声をかける。その声色から本気で心配していた事が伝わってきた。
「クソ……倒しきれなかった」
「ナツ……」
だがバルバトスを解除したナツはそれに応える精神的余裕はなく、掌を血が出るほど強く握りしめながら怒りの籠った声でそう呟く。だがその怒りの矛先は敵にではなく、仕留めきれなかった自身に向けられていた。
「そんな壊れかけの機体であれだけ奮戦できれば充分だと思うがな」
その声を聞いた瞬間、ナツはすぐさまホルスターから銃を取り出し、声のした方へ銃を構えるとISを解除したラウラが二人の元へ歩を進めているのが目に入る。その姿が出会った時のように外套を身に纏ってはいたが今はその顔を隠すフードを外し、銀色の髪と眼帯を付けた幼さを残した端正な顔立ちを晒していた。
「安心しろ。今はこちらに敵対する意思はない」
だがそれに対してラウラは両手を上げるだけで反撃する意思を見せず、先程までの獰猛な気配も鳴りを潜めていた。その様子と言葉から彼女が言っているのは嘘ではないと感じた二人は警戒を解き、ナツもその手に持った銃を下す。
「改めて自己紹介させてもらう。ギャラルホルンを守りしセブンスターズが一門、オルコット家直属部隊【シュバルツェア・ハーゼ】所属、ラウラ・ボーデヴィッヒ二尉だ」
「セブンスターズの直属……?!」
「長いし、どうでもいい。それより何? なんか話あるんだろ?」
胸に手を当てた敬礼の姿勢と共に自らの立場を明かしたラウラの言葉にシャルは驚愕し固まり、ナツはどうでも良さげに話の続きを促す。
「貴様……! 隊長に向かって無礼な……!」
「やめろアイン」
自らが敬愛するラウラに対するナツの態度に怒りを抱いたアインが懐に手を入れながら一歩踏み出す。だが彼女が懐に仕舞っているものを取り出すよりも早く、ラウラが二人の間に入ってそれを阻む。
「しかし……!」
「先に手を出したのはこちらだ。どちらかと言えば礼を失していたのは我々だろう・・・…さて、話なのだがこちらから提案がある」
アインが渋々ながら一歩下がった事を確認したラウラはナツへと向き直る。その様子には軽蔑や尊大さは無く、お互いに対等な存在であると思った上で交渉を持ちかけているのだとわかる。
「……何?」
だからこそナツは聞く価値はあるだろうと判断し、一蹴せずに素直に彼女の言葉を待つ。
「君がブルワーズのトップを倒すのに全面的に協力したい。具体的には君のISの修復と強化。そして君が奴と一対一で戦えるように取り巻きの機体の足止めをしよう」
「理由は?」
次に攻撃されれば無事で切り抜けれる事は不可能なダメージを負ったナツにとって、ラウラが提示した援助は一切デメリットの存在しない絶対に受けておきたい物であった。
だからこそ安易に受ける事ができず、彼女の本意を探る為にその目的を尋ねる。何故ならこの地に置いて最も信用できない事は一切の不利益を顧みない善意であるからだ。
ここでは右手を差し伸べながら後ろ手で武器を持っている事など当たり前であり、無条件に信頼した者は大抵死ぬか身ぐるみを剥がされる。
その為お互いがそれぞれに利益を得られる取引であった方が、目的が果たされるまで絶対はなくとも裏切られる可能性が低くまだ信頼できる。そう思っているナツはその答え次第では受けるべきではないという考えていた。
「勿論ある。面倒なので正直に言うが、君に倒してもらうのが一番こちらの被害が少なくて済むからな」
そんなナツに対してラウラはナツにとって最良と言える答えを返す。
グシオンの戦闘は観察していたラウラは仲間の援護とそれなりの機体があれば撃破する事はできる確信を持っていた。
しかしその結果、自身もしくは仲間の犠牲は避けられない事も理解しており、仲間を守りたいラウラとしてはあまりその手段を取りたくないと言うのが本心にあったのだ。
「先程の様子から君がブルワーズのトップを憎んでいるのはわかる。君は奴を倒す事に集中でき、こちらは被害を最小限に留めた上で目的を果たせる。双方にメリットがある条件だとは思わないか?」
一見すればナツの心理を読み切った上での交渉のようにも見えるが実際にはそうではない。
このラウラという少女。天性の才覚と弛まぬ努力によって培われた強さと頭脳を持つが、こと交渉に関しては致命的なまでに下手であった。
騙し合いや駆け引きといった能力は戦闘中であれば十全に発揮されるが、話し合いの場になると良くも悪くも真っすぐな性格が仇となって馬鹿正直に話してしまうのである。
なので交渉ごとはクラリッサの方が巧い為、隊長であった頃から大事な話し合いの場では基本的には彼女に任せて自身は横で話を聞いておく事が多かった。そのせいでお飾り隊長など呼ばれていたりしたがラウラ自身は気にしておらず、むしろ部隊のメンバーの方がその陰口に対して怒りを抱いていた。
そんな訳で基本的に交渉事には向いていないのだが、その馬鹿正直さがプラスの方向に作用する場合も存在する。それは本心をさらけ出した方が信頼を獲得しやすい相手と話す時であり、今がまさにその場合であった。
ナツという少年には生身であれISであれ培われた破格の戦闘力はあるが、相手の真意を探り、己の本心を隠した交渉技術がある訳ではない。
彼が信頼できるかできないかの判断基準は、怪しいか怪しくないか。嘘を吐いてるかいないかという単純明快な点に尽きる。シャルに対して好意的なのも彼女が自らの境遇を包み隠さずに明かしたのが大きい。
つまりラウラの性格はナツと非常に相性が良いのである。実際ナツの中ではラウラの理由を聞いた時点で信頼しても大丈夫だと考えており、九割方この話に乗る意思を固めていた。
「でもいいの?アンタ達俺を捕まえたいんだろ」
「そうだな。奴を倒せば君を捕える為に動くだろう。まぁ戦いが終わった後はこちらも疲弊しているだろうし、君に逃げる隙を与えてしまうかもしれんが」
「そっか。じゃあいいよ。アンタの話に乗る」
「協力感謝する。これから少なくとも奴を倒すまでは我々は味方だ」
遠回しに戦闘後に見逃すという言質を取ったナツは残り一割の不安要素が無くなった事であっさりとその提案を受け入れる。
「とりあえずどうする?」
「まずは君の機体を修理する場所に移動したい。ここに来る途中でちょうど良い廃村を見つけたからそちらに向かおう」
「わかった。じゃあ取りあえずそこに行こうか」
お互い戦闘特化の猪突猛進タイプという似通った性質の持ち主である事も幸いし、これまでの事をあっさりと水に流した二人は部下と護衛対象を放置して先程まで死闘を繰り広げていたのが嘘のように今後の行動方針を話し出す。
「ラウラさんすみません」
「ナツ、ちょっとだけゴメンね」
そんな二人のやり取りを黙って見ていたそれぞれの相方が腕を引いて引き離し、お互いに会話が聞こえない場所まで引っ張っていく。
「ラウラさん。男がISを使っているという事は奴は間違いなく阿頼耶識施術者です。そんな奴と組むなど貴女の矜持が穢れてしまいます」
「矜持を優先してお前達を犠牲にするなら私はそんなもの捨てる」
「……しかし」
嫌悪、侮蔑、恐怖。ナツを見るアインの眼に宿っていた色はラウラとは真逆のものであった。その理由を嫌という程理解していたラウラは諭すべきかと考えたが、どれだけの言葉を重ねてもすぐには理解するのは不可能だと思い諦める。
「それに私のこれも彼と
「ッ!隊長は違います! 貴女とあのような輩が同じだなどと――」
自身の眼帯を人刺し指で軽く叩きながらラウラがそう言うとアインは恐ろしい事を聞いたかのように身を震わせながら敬愛する者の言葉を強く否定する。
「隊長言うな。実際変わらん。そしてあまり他者を見下していると自らの心も貶めるぞ」
本質の部分には触れずあくまで人として間違っていると諭すと、優しく自身の腕を掴んでいたアインの手を外してナツの方へ目を向ける。その視線の先ではシャルから解放されたナツが同じようにこちらへと視線を向けていた。
セブンスターズの名を聞いた時点でシャルからはこちらに対する警戒心は薄れていた事を感じていたので、ナツの手を引いたのはこちらのように共闘を否定するのではなく、あくまで共闘をあっさりと決めた事に対する理由を聞いていた程度だろうとラウラは推測する。
「今はブルワーズを倒す事だけを考えろ。余計な事を考えていて勝てる相手じゃない」
「了解……しました……」
納得はしていないが敬愛するラウラにそう言われてしまえばアインに反論できる訳は無く、彼女は不満を抑えて付き従う。その様子を見てラウラは気付かれないように溜息を吐いた。
アインがそのような反応をするのは自らの所属する組織が生み出した歪んだ認識が原因であり、それは彼女だけではなく世界中へと広がっている。ラウラのように全ての人間がその影響を受けている訳ではないが、正直言ってアインのような考えの方が大多数を占めていた。
(セシリア嬢、貴女の理想の世界はまだ遠いみたいです)
そんな世界を変えたいと願っている相手の顔を思い浮かべながらラウラはそう心の中で呟くのであった。
この世界のセブンスターズの立ち位置説明は次回になるかと思います。
そして皆さん。コメントとお気に入りありがとうございます。感想が私の力です。
下手にコメントするとネタバレしそうだったので控えさせていただいたのですが、感想を書いてくださる方がたくさんおられるので、ネタバレは避けつつこの回以降の感想にはなるべく返信するようにしていきたいと思います。