鉄血のストラトス   作:ビーハイブ

9 / 20
超難産かつ区切ったら短くなっちゃうので二話分の量になりました。

セブンスターズのこと書こうと思ったんですが不自然な感じになったので以降の話になりそうです。


同調

 

「まず最優先は君のISの修復だ」

 

 今後の方針を話し合う事になったラウラが開口一番にそう告げた。

 

 バルバトスはスラスターの八割が機能停止し、移植していたグレイズの肩アーマーと左腕のガントレッドの喪失。さらには深刻なダメージを負った状態で強引な三重瞬時加速を行ったことによって機体内部のコードの一部が断線を起こしている。

 

 普通の機械ならばとっくに動くことすら不可能な状態であるが、それでもあそこまで戦闘を継続できたのはガンダムフレームが厄祭戦時代の高い技術で作られているからだろう。逆に言えばここまでのダメージを与えても同じガンダムフレームであるグシオンは倒す事が出来ないことを示しており、この状態で挑めば勝算がないのは考えなくてもわかる。

 

「シュバルべでは勝ち目は無い。アインの使っていた新型でも厳しいだろう。君の機体が唯一の対抗手段だ」

 

 どちらにせよ立場上こちらの機体を貸すことは出来ないがとラウラが苦笑しながら付け足す。非合法にISを所持している捕獲対象と手を組んでいるというこの状況だけでも、かなり無理矢理な言い訳と()()に頼らなければ厳罰では済まされない状態であり、さらにISを貸与するなどしたら最悪の場合部隊を潰される可能性もある。黒ギリギリのグレーゾーンで対処したいラウラとしては流石にそれをする訳にはいかなかった。

 

「万全にする為には相応の施設も必要だが、そこに行けば君の身柄が拘束される。なので現地で応急処置で対応する」

「できるの?」

「道具はある。修理に必要なパーツは手に入れた」

 

 そう言ってラウラが自身の左側に人差し指を向ける。その指の先にあるのはラウラによって貫かれ、ブルワーズの離脱時に回収を妨害した事で放置されたマン・ロディであった。

 

「あの機体のベースは厄祭戦時代に作られたロディフレームだ。ガンダムフレームとの親和性は比較的高いだろう。内部フレームはこの機体から抜き取って使い、左腕はシュバルべの物を流用する。即席だが現状を考えれば充分な修復ができるはずだ」

(すごい……)

 

 話に入れず、黙って聞いていたシャルはただそれしか言葉が浮かばなかった。

 

 自身が一機相手に必死になって戦っている間、ラウラは五機と戦いながら二人のサポートを行いつつ先の事を考えながら動いていた。

 

 おそらく年齢は近いはずなのに技術、発想、判断力。全てにおいて自分と比べ物にならないラウラへ尊敬の念を抱く。こういったところにアインも惹かれ憧れるのだろうと充分に理解すると共に、自身と比べ物にならない能力を持つラウラという少女に対して僅かながら嫉妬する。

 

 勿論特殊な事情と優れた才能を有しているとはいえ、母親が死ぬまでISに一般人と同程度にしか関わっていなかったシャルが、素人目に見ても努力を重ねてきたとわかるラウラに勝てるなどとは考えていない。

 

 たった二日間であるがナツと出会い過ごした事で己が如何に無力であるかを知った彼女はそれをしっかり受け入れて自身にできる最善を尽くそうという考えに至っていた。

 

 だが同時にこれまでの戦いでそんな自身に手を差し伸べ、気に掛け守ってくれるナツという存在に強く惹かれる何かを感じていたシャルは、そんなナツと対等の存在であるラウラに対して複雑な思いを感じていたのだ。それがアインがラウラへと向けるものと限りなく近い感情であると気が付かず、シャルは一人心の中で悩み続ける。

 

「アインはこいつで母艦に戻って状況の報告と支援の準備を行ってくれ。合流地点は登録してある」

「了解しました。すぐに戻ります」

 

 そんなシャルから向けられる視線に気が付かぬふりをしつつラウラが待機状態のシュバルべをアインへ向けて投げ渡しながらそう言うと、アインは何も聞かずに自らの持っていたISをラウラへと手渡すと装甲を欠損したシュバルべを身に纏うとこの場から去っていく。以心伝心という言葉以外が思い当たらない完璧な流れであった。

 

「さて……。少しだけ時間をくれ」 

 

 アインの姿を見送った後、マン・ロディの方へと歩み寄るラウラの両手が光に包まれ、ISのような鋭利な指先を持つ機械仕掛けの手袋を纏う。その右手の甲には蒼く輝く球体が埋め込まれ、左手の甲からは小さな空中投影されたディスプレイが見える。

 

「それは?」

「IS整備補助装具。完成したばかりで我が隊のみに配備された貴重品だ」

 

 そう答えながらラウラが左手のディスプレイを見ながらマン・ロディに右手をかざすと、モニターに細かな文字が流れていき、数秒後には【Operation possible(操作可能)】と表示される。

 

「これがあれば操縦者が死亡した場合や許可が下りていれば、第三者でも直接コアに介入できる。一応許可が出てなくともクラッキングすれば干渉できるが、凄まじく時間がかかるのでその場合は基本的には使い物にならん」

 

 今度はマン・ロディの周囲に大きめの空中投影ディスプレイとキーボードが出現し、それを軽やかな指使いで操作していく。

 

「よし。これでこの機体の所有権は私に移った。さてシャル……と言ったかな?」

「はっ……はいっ!」

「別に取って食ったりはせんから緊張しないでくれ」

 

 急に声を掛けられて驚くシャルに苦笑しながら落ち着くように言った後、不意にラウラが真剣な表情に変わる。

 

「君は死んだ人間を見た事はあるか?」

「……あります」

 

 彼女の脳裏に自身を追いかけ、ナツの手によって銃殺された二人の男の姿がよぎる。バルバトスに葬られた刺客の姿は必死に目線を逸らしていたこともあり見てはいなかったが、そちらの方はしっかりと見てしまい脳裏に焼き付いていた。

 

「慣れたか?」

「……っ!!」

「愚問だったな。すまない」

 

 続けて問われた質問に対してシャルは激しく首を振って否定し、その答えを聞いたラウラが素直にシャルへと頭を下げる。

 

「だったら余計に目を逸らしておけ。この死体を見れば君は後悔する事になる」

 

 その光景を思い出してしまった事で顔を青くするシャルに対し、ラウラはそうはっきりと告げる。ナツもその言葉を否定する事無く、同意を示すように静かに頷いた。

 

「……酷い状態なんですか……?」

「いや胸部を貫いてはいるが他に傷跡は無いだろうから死体の状態はそこまで壊れている訳ではない……が」

 

 シャルの問いに今までの彼女の言葉にはなかった躊躇と苦悩、そして後悔の感情がにじみ出ているのを感じる。

 

「この世界の闇を見る事になる。見たいというなら無理強いはせんが」

 

 そう言うとラウラはシャルへと背を向け再度マン・ロディの操作へと戻る。その言葉の通り強制する意思は無く最終的な判断はシャルに委ねるつもりなのだろう。

 

 シャルがナツの方を見ると彼の視線はマン・ロディの方へと向けられている。相変わらずの無表情だが、その瞳はマン・ロディを通してどこか遠くを見ているようにシャルは感じた。

 

「待機状態に戻すぞ」

 

 ラウラがそう言って最後の手順を行う。彼女としては目を逸らしておくようにという忠告を兼ねての宣言であったが、ここで小さな誤算が起きた。ナツの瞳に魅入られていたシャルはラウラの声を聴き、反射的にそちらの方向へと視線を向けてしまったのだ。その結果、シャルはマン・ロディの操縦者の正体を見た。いや見てしまった。

 

 最初にシャルが認識したのはうつ伏せに倒れる栄養をまともに取っていない人間特有のやせ細った小さな身体。身体を覆う服はボロボロの薄手の黒いノースリーブと半ズボンだけで靴すら履いていない。そしてその腕には生々しい傷跡が複数残されており、劣悪な環境化に置かれていた事を察するには十分過ぎる状態であった。

 

 そして黒地のシャツを濡らす鮮血の中心にはラウラのワイヤークローにより開かれた穴があった。その攻撃は正確に心臓を貫いており、ほぼ即死であったと推測できるだろう。

 

 驚愕するシャルの方は一瞥もせず、ラウラがうつ伏せに倒れる身体を優しくひっくり返す。そうした事でその顔が明らかになり、彼女はさらなる驚きを受ける事となった。

 

 幼い顔立ちをしており、体格と合わせて考えれば十歳前後であるという事がわかるが、驚いたのはそれだけではなかった。胸を刺し貫かれるという悲惨な最期を迎えたというのに、その表情は安心したように穏やかであったからだ。まるで安らかに眠っているようなその表情は死んだ事を幸せに感じているようにも見える。

 

 シャルは困惑すると共に幼い子供がこんな悲惨な目にあっていた事へ心を痛め、同時に背筋に冷たいものが走る。

 

 ここにいるマン・ロディの操縦者は子供だった。ならば他の機体に乗っていた操縦者はどうなのか。自分が戦っていた相手は―――

 

 そこまで考えた時、頭の上に僅かな重みと暖かい熱が広がる。振り返るといつの間にかナツが傍に寄り、その大きな右手の平で弾ませるようにシャルの頭を撫でていた。それを知覚した瞬間、シャルの胸に暖かいものが広がり、恐怖を感じていた心は強い安心感に包まれた。

 

「阿頼耶識手術を受けたヒューマンデブリの子供。予想はできていたが当たっていると心苦しいものだな」

 

 コアの状態へと戻ったISをポケットにしまい、子供の亡骸を抱えてラウラが立ち上がる。その表情から本心から子供の死を悼んでいるのがシャルとナツに伝わってきた。

 

「まぁ……無意味にこの子を殺した私にその死を悼む資格は無いか……」

 

 ラウラがそう小さく呟く。戦士として最善の判断としてヒューマンデブリの子供だと推測していた上で命を奪ったが、結果だけを見ればその直後にDDは撤退を決断している。手に掛けずともあの状況は打開できたのではないかと彼女は思わずにいられなかったのだ。

 

「無意味じゃない」

 

 自嘲するラウラにナツがはっきりとそう告げると、そんな風に言われると思っていなかったのだろう。ラウラが驚いた表情でナツの方へと振り返る。

 

「アンタがそいつを殺したから他の奴らが動揺して動きが鈍った。だからアンタの部下も勝てた。そうなったからこそアイツは不利だと感じて逃げたんだと思う。だから無意味じゃない」

 

 そう語るナツは声を荒げてはいなかったが、その声にはDDに対する物に近い熱が籠っている。

 

 その感情は怒り。だがそれはラウラが自らを自嘲した事に対してではなく、その言葉を発した彼女自身に向けられていた。

 

「俺達は使い捨ての駒だ。命の価値なんて殆どない。だけどどんな死に様だって絶対意味がある。意味がなくちゃダメなんだ……!」

 

 その言葉を聞いてラウラはナツの怒りの理由を知る。ナツが怒りを抱いたのは無意味にヒューマンデブリを死なせたという発言。それはこの子供が無駄死にしたというのと言っているのと同じであったからだ。

 

 当然ラウラにその意図は無く、純粋な後悔を抱いているのはナツにも理解できる。だがそれでも彼にはそれを肯定する事はできなかった。

 

「最期に意味がないなら俺達は――」

 

 感情的になっていたナツだったが、彼にとって決定的な何かを口にする直前に冷静さを取り戻して言葉を止める。

 

「ごめん。忘れてくれ」

 

 そして代わりの言葉を口にすると視線をそらして口を噤んだ。

 

「すまない。不快にさせてしまったようだな。ひとまず今は許してもらえれば助かるのだが」

「……あぁ。その方がいいな」

 

 ラウラはあえて踏み込むことをせず、現状優先すべき事の為にこの件については触れないでおくべきであると考えて一旦互いに忘れる事を望み、ナツもまたそれに同意して頷く。

 

「この子を目的地に連れて行って埋葬したい。私の我儘だが構わないだろうか?」

「うん。俺もできたらそうしてやりたいし。俺が持とうか?」

「いや、私の手で連れて行かせてほしい」

「……わかった」

 

 先程のような空気へと意図的に戻した二人が会話しながら目的地へと歩みを進める。

 

(ナツ……)

 

 そんなナツの後姿を見つめながらシャルは胸を締め付けられるような感覚を抱く。

 

 ブルワーズと何があったか。ヒューマンデブリへの想い。表面的な事だけでナツの本質を全く知らないのだと実感させられると共に、彼女は彼の抱える影を知りたいと考えていた。

 

 与えられるだけの存在ではなく、ナツの強さの中に隠れた痛みを少しでも取り除くか緩和する事で今まで受けた恩の一部でも返したい。今のやり取りの中でシャルはそう思うようになっていた。

 

(DD。次は必ず……殺す)

 

 だがナツはそんなシャルの想いに気が付くことなく、己が倒すべき敵へ向けて憎悪と殺意を向けるのであった。

 

 

 

―――――――――

 

 

「とりあえず脱げ」

 

 ナツに向けて放たれたラウラの発言を聞いて、シャルの身体が硬直した。

 

 あれから一時間ほど歩き、目的の廃村に着いた三人はヒューマンデブリの子供を土葬の形で埋葬し、改修作業をするのに適した集会場の跡地とおぼしき建物に入った。そこに入って開口一番にラウラが放った台詞がこれである。

 

「わかった」

「わあっ?!」

 

 固まるシャルの目の前でナツは躊躇いなくコートとシャツを脱ぎ捨てると上半身を晒し、ナツの鍛え抜かれた身体を見たシャルが慌てて手で真っ赤になった顔を覆う。

 

 知り合ったばかりの同年代。しかも本人には自覚はないが強く関心を抱いている異性の裸身は、男性に対する免疫のない少女には刺激が強く、恥ずかしさから反射的に見えぬように顔を隠してしまう。だがそれと同じ程度に興味もあり、ちらりと僅かに開いた指の隙間からナツの身体を見ていた。

 

「何を照れてる?」

「さぁ?」

 

 洞察力の優れた二人はシャルが指の隙間からしっかり見ているのに気が付いていたが、一般的な感性からはやや離れている為、シャルが何故恥ずかしがっているのかわからず、二人揃って首をかしげる。

 

「驚いたな……三本だと……」

 

 そんな風に照れるシャルをスルーしてナツの背中に回ったラウラが驚嘆と得心の混ざった表情を浮かべながらそう呟く。指の隙間から覗いていたシャルがそれに気が付き、ラウラに倣ってナツの背中を見る。

 

「っ?!」

 

 その背にある阿頼耶識手術を行った証を見てシャルが絶句した。

 

 ISを使用している時点でナツが阿頼耶識施術者であるのはラウラもシャルも理解している。二人が驚愕したのは阿頼耶識施術者に埋め込まれるピアスと呼ばれる金属端子が()()あったことであった。

 

 一度の阿頼耶識手術で埋め込まれるピアスは一つとされている。それが三つあるという事は阿頼耶識手術を三度行った事を意味しているからだ。

 

「君の強さの理由がわかった。()()()が反応速度で負けるのも納得だが……随分無茶をしたものだな……」

「どうして……もしかしてブルワーズで無理矢理……?」

 

 言葉でしか施術の痛みを知らない二人であったが、その危険性と負担は想像に難くない。故に自らの意思で行ったとは思えず、先程の戦いでブルワーズの残忍性を感じた二人は施術を強制されたのかと考えた。

 

「自分の意思だ」

 

 そんな二人の考えを叩き潰すようにナツははっきりと口にする。

 

「力が必要だった。だから俺は望んでこの力を手に入れた。……力を手に入れる意味は失ってしまったけど、自分の選択には後悔はないよ」

 

 ナツのその言葉にどんな意味が込められているのか二人にはわからなかったが、その目に宿る意思は強く、その言葉に嘘はないと十分に伝わってきた。

 

「……そんな事よりさっさとやろう。」

「そう……だな」

 

 自らの過去をそんな事と切り捨てたナツの言葉に思う事はあったが、簡単に深く踏み込んでいい話題ではないと悟ったラウラは改修作業を行う事を決める。

 

「阿頼耶識を接続したままISをメンテナンスモードで展開してくれ。できないのならばこちらで補助する」

「いや大丈夫。たぶんできる」

 

 展開するようにラウラから指示を受けたナツが目を瞑って意識を集中すると、ナツから少し離れた位置にバルバトスが膝を付いた状態で展開される。その胸部からはコードが伸びており、ナツの阿頼耶識を覆うように現れたデバイスと繋がっていた。

 

「これでいい?」

「あぁ。取りあえずは機体の修復をする。指示は私が出すから二人とも手伝ってくれ」

「わかった」

「……うん」

 

 ナツは何事もなかったように淡々と頷き、シャルは聞きたい想いを抑えてバルバトスの補修作業を開始する。殆ど部品を流用するだけであったので数時間が経過した頃には修復作業が完了した。

 

 破損したバルバトスの左腕にはシュバルべ・グレイズのワイヤークローと装甲が移植され、両肩には余っていたグレイズの物を再度移植。さらに機体を一度外に持って行ってからラウラの持っていたナノラミネートアーマー用の塗料を使用して失われていた防御力を復活させている。

 

 ちなみにワイヤークローが紫に変更されているのはシュバルツェア・ハーゼのISから流用した事を隠す為である。あまり効果は無いだろうがそのまま使うよりはマシだろうというラウラの判断であった。

 

「次は阿頼耶識の同調率を確認する」

 

 そう言ってIS整備補助装具を展開したラウラがバルバトスへと手をかざす。するとマン・ロディの時と同じようにディスプレイが表示され、ラウラはそれを滑らかな手つきで操作していく。

 

「同調率82%か……これだけ高ければ同調率を維持するだけで問題は――」

「上げてくれ」

 

 ない。と言おうとしたラウラの言葉をナツが途中で遮る。ラウラが驚き振り返るとナツと目が合い、彼が本気で言っているのだと充分に理解させられた。

 

「これ以上同調率を上げれば今の状態のISだとだいぶ負荷がかかるぞ?」

「構わない。あいつを確実に殺すにはやり過ぎなくらいじゃないと駄目だと思う」

 

 ラウラはナツの身体の負担を考慮し止めるように言うが、DDを倒す事に執着しているナツはそれを拒絶する。おそらくは死ぬと言われても止めるとは言わないだろう。そう思わせる程の強烈な意思をラウラはナツの言葉から感じていた。

 

「はぁ……わかった……おいシャル」

「何?」

 

 黙って二人のやり取りを聞いていたシャルへラウラが声をかける。

 

「こいつの手を握っていろ。そして意識が飛びかけたら潰すつもりで強く握れ」

「え? それってどういう……?」

 

 シャルは同調律を上げる事でナツにどれだけの負荷がかかるかわかっていないようで、ラウラの言葉に首を傾げた。

 

「まずは一%上げるぞ」

 

 説明するより見せた方が早いと判断したラウラはシャルの疑問に答えることなく、コントロールパネルを操作して宣言通り同調率を僅かに上昇させる。

 

「……っ?! あっ……グッ……?!」

「ナツっ?!」

 

 次の瞬間、ナツの身体が痙攣し、その場に崩れ落ちて膝を着いて右手で顔を覆う。そのまま床に倒れ込みそうになるのを慌ててシャルが支え、咄嗟に先程ラウラに言われたように強く手を握る。非力な彼女の力では全力で握ったところで手がどうにかなる事は無く、むしろ消えかける意識を呼び戻すには十分な刺激程度で留まる。

 

「……っ?! ナツ、血が……っ!」

 

 シャルのおかげで辛うじて意識の消失を避けたナツが右手を顔から離す。彼の鼻から決して少なくない量の血が流れており、先程の様子と合わせて尋常でない事が起きたとシャルは感じていた。

 

「脳への負荷を上げたからな。こうなるのは予想できた」

「ラウラさんっ! わかってたならどうして……」

 

 一方こうなる事を理解していたのかラウラは当然といった様子でそう告げると彼女の言葉の意味をようやく理解したシャルが抗議の声を上げる。

 

「どうせ言っても聞かんだろう。それに本人は止めるつもりはなさそうだ」

 

 シャルが諦めが籠った声でそう答えるラウラの視線の先を見れば、床に座り直すナツの姿が視界に入る。床に座り込み、ラウラを見つめるその瞳は早く続けるようにと語っていた。

 

「ナツ! 無茶したら駄目だよ! ISも直ったんだし今のままでもナツは強いんだから勝てるよ!」

 

 脳へ負荷を掛け続ける事がどれ程危険かなど医学の知識が無くても理解できる。

 

 先程の戦いでグシオンに後れを取った最大の要因はバルバトスの整備不良であり、ナツの技量不足ではない。現時点でも倒せる可能性は十分にあり、廃人になる可能性がある無理な強化をすべきではないとシャルは考えていた。その判断は決して間違いではなく、合理的にも倫理的にも正しいものであろう。

 

「ごめん」

 

 だがそんなシャルの言葉を短い言葉で否定する。何故ならこの戦いにおいてナツを突き動かすのは合理的な判断でも理性的な状況判断ではなく、紅蓮のように燃え上がる殺意であったからだ。

 

「あいつを殺さなきゃ俺は俺を許せない。今が全部終わらせる最大のチャンスなんだ。シャルを先に連れていくって約束を破ってしまうけど、出会ってしまった以上あいつを無視することはできない」

 

 ナツは己の過去を語らない。聞いても答えない事は短い付き合いではあるがシャルもラウラも何となくだが理解していた。そして今のナツの言葉を聞いてシャルには確信させられる事があった。

 

 それはDDを討つまで彼の心が憎悪から解放される事がないという事。()()()()()強い信頼を築けていない自身がどれだけ正論や綺麗事をいくら言っても彼には確実に届かないとシャルは受け入れざるを得なかった。

 

「……わかったよ」

 

 止める事を諦めるしかなかったシャルは心配そうな表情を浮かべたままナツの手を包み込むように握る。

 

「ナツが意識を失わないようにしっかり握っててあげる。だから安心して」

「ありがとう」

 

 止められないのならばせめて支えになろう。そう決めたシャルが真っすぐにナツの眼を見ながら言うとナツもまた本心からの感謝で答えた。

 

「……万が一の事が起きては困るし……私も覚悟を決めるか」

 

 二人のやり取りを見ていたラウラがそう言って自らの左眼を覆う黒い眼帯を外すと閉ざされた左眼が露わになる。ラウラは数秒間そのまま静止していたが、やがてゆっくりと左眼を開ける。

 

 

―――――そこにあったのは深紅の右目とは異なる金色の光を湛えた瞳であった

 

 

「色々あってな。身体を少しばかり弄られた。阿頼耶識と似たようなものだよ」

 

 明らかに自然ならざるその瞳は明らかに外的処置を施されたのが明白であり、晒した本人はこの眼に対して良い感情を持っていないのか二人に対し自嘲気味にそう答える。

 

「綺麗だな」

「うん。キラキラして凄く綺麗だと思う」

 

 だが二人は嫌悪感を示すどころかラウラの左眼をそう褒める。そこに遠慮や虚偽の色は無く、二人とも純粋にそう想い、感じたから故の答えだという事が真っ直ぐに伝わる物であった。そんな反応が予想外だったのかラウラは驚きと困惑が混ざったような表情を浮かべている。

 

「……不気味じゃないのか?」

「え? なんで? インペリアルトパーズみたいで素敵だと思うけど」

「シャルが言ってるインぺ何とかはわからないけどたぶんそんな感じだと思う。つかこっちのが気持ち悪いでしょ」

 

 意味がわからないと首をかしげるシャルと今はデバイスに覆われて見えない自らの背中の阿頼耶識を指さしながら答えるナツ。

 

「……ありがとう」

 

 その答えを聞いたラウラが感謝の言葉を告げるその瞬間、一瞬だけであったがふと彼女の顔から硬さが抜け柔らかな表情が浮ぶが、次の瞬間には今までと変わらぬ不敵な気配を漂わせるものに戻ってしまう。

 

「さて、話を戻すが、この眼を使って同調率の上昇時の負荷の一部を私が肩代わりする」

「は?」

「へ?」

 

 だがそれでも先程までより僅かに固さが抜けた口調でラウラはとんでもない事をさらりと言い、思わず二人共間抜けな声を上げてしまった。

 

「先程の様子で確信したが、普通に同調率を上げたらお前の脳が壊れる。だからこいつで阿頼耶識システムに介入し、演算の負担の一部を私が受け持つ。これならば限界まで同調率を上げる事もできるはずだ」

 

 至極簡単な事のように言うラウラであったが、実際にダメージを負ったナツやそれを見ていたシャルとしては素直に頷く事には躊躇いがあった。

 

「ブルワーズを倒すのに必要な犠牲だと思えば苦ではない。それにあくまで一部しか肩代わりできん。掛かる負担はお前の方が大きいぞ」

「だけど……」

 

 ナツがラウラの提案に対し躊躇を見せる。それを見てシャルは自身がナツに対して抱いていた考えが一つ正しかったと確信する。それは彼の本質にあるのが純粋さと優しさという事であった。 

 

 自身が苦痛を受ける事に抵抗がなく、敵であれば容赦なく殺害できるナツは一見すれば冷徹な殺戮兵器のような印象を与えるかもしれない。だがそれは血と硝煙の臭いに包まれた劣悪な環境下で身を守る為に歪まざるを得なかったせいであり、元来は優しい性格だとシャルは考えていた。

 

 実際に自らの都合と言いながらもシャルを守る為に寝る間を惜しんで修復したISを渡し、ラウラに対して激情に任せてしゃべった時も傷つけたと思えば素直に謝罪している。おそらくヒューマンデブリとして戦場で生きるのではなく、正しい環境で育てば人の命を尊び、救おうとする慈愛に満ちた好青年になっていたのは間違いないだろう。

 

「気を使ってくれるのは有り難いが、私達は協力者。今は互いを利用する事だけを考えろ」

 

 ラウラも短い間であったがナツと接した事でその本質の一部を理解しつつあったが、その上で今は必要ないと否定する。似た者同士である彼女もまた本質は優しく同時に自身を切り捨てる事に関してはナツに負けていなかった。

 

「……わかった。頼む」

「頼まれた。シャル」

「うん」

 

 ナツが受け入れたのを確認したラウラがそう言って頷き、シャルに声をかける。その意味を理解したシャルは手で包んだままにしていたナツの手をまた強く握る。それを確認したラウラは一度両眼を閉ざして深呼吸する。

 

「行くぞ……!」

 

 様々な覚悟を決めたラウラが目を開くと、再び同調率を上昇させる操作を行った。

 

「「ガッ?!」」

 

 その次の瞬間、ナツとラウラは自らを襲った強烈な負荷に同時に苦痛の声を上げる。視界が揺らいだナツはシャルに強く手を握られる事で辛うじて意識を保ち、ナツよりはマシとはいえ決して軽くない痛みを奥歯を噛み締める事で耐える。

 

「ラウラっ?!」

 

 シャルが悲鳴のような声を上げる。彼女の視線の先には眼球から血涙を流すラウラの姿だった。

 

「問題ない……! ちょっと視界が紅くなってるだけだ……!」

 

 ナツと違い眼球に負荷を受けているのだろう。瞳の光彩が強まると共に本来白いはずの部分は充血しすぎた事で真っ赤に染まっている。

 

「阿頼耶識と違ってこの眼はあまり長く使えない……一気に行くぞ覚悟しろ……」

「問題ない……! そっちもキツいなら止めていいよ?」

「はっ! 私の心配より自分の心配をしておけ……!」

 

 激励と挑発が混ざった言葉を掛け合う二人は、共に限界を極めようとする事で変な友情を芽生えさせたのか、お互いに痛みで顔を歪めながらもどこか楽しそうに不敵な笑みを浮かべている。

 

 それを見てシャルは二人が同じ場所、同じ立場にいたのならば親友と呼べる間柄になっていたのではないだろうかと思うのであった。

 

 

 

 




ラウラの目の状態のイメージ映像。

鉄血最終話の全部よこせな三日月の右目。

あとわかると思いますが機体の姿は第三形態です。


お気に入り数が異常に伸びてビビってます。感謝とプレッシャーが凄いですが頑張って書いていきます。

次回は決戦前夜的な雰囲気にしたいですが書いていくうちに構想からかけ離れていくことが多いので(今回も途中でネタが浮かんで6割書き直したりしてますし)その通りになると限りません。

推敲はしましたが、途中でごっそり書き直したんで誤字脱字、なんか文章おかしくね?という突っ込みは遠慮なくしていただければありがたいです。
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