カツン…カツン…
時刻は夕方の4時頃…普段なら多く軽患者や見舞客で賑わいを見せる病院だがその一角は国によって完全に封鎖されていた。
静寂な空間内に響く靴音の主はイギリス軍、IS管理局局長…ゴルドウィン准将とイギリス代表、イルフリーデだった。
イギリスのある意味頂点を立つ二人がイタリアの国立病院を訪れていた。
「あらあら、お久し振りですねゴルドウィン准将」
「久しいな、フランツ」
廊下を歩いていた二人と偶然会ったのはドイツ軍、IS管理局局長…フランツ少将とドイツ軍最高戦力とも呼ばれるフォルガー大隊隊長、フェング・フォルガー大佐だった。
「そちらも聞きにいらっしゃいましたのね、"島国"は大変ですね、なにをするにも時間が掛かって」
「なに、狭苦しい車より優雅な旅になる…貴様らとは違い我々は優雅に物事を行うのだよ」
「んだと」
フランツとゴルドウィンの言葉の応襲に反応したフォルガーだがすぐに口を閉じる。イルフリーデがゴルドウィンの一歩前に出たからだ。
「こう言う事だ…常に余裕と気品あれ…人間にとって大切な事だよ」
そう言ってゴルドウィンは歩みを進める。それに従い彼の一歩後ろから追いかけるイルフリーデ…それを苦虫をかみつぶした様な顔でフランツは見送ったのだった。
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「しかし早いな…まだフランスや他の国は来てないってのに」
「はい、恐らく監視していたのでしょう…そうでなければこんなに早く行動できません」
フォルガーの呟きにフランツは答える。このやり取り、立場を考えれば逆だろうがそんな事はこの二人に関係なかった。
実質的立場はフォルガーの方が遥かに上なのだから。
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「面会は各国15分です…」
「構わない…」
病室前に待機していた黒服、恐らくイタリア政府が用意したのであろう人物の了解を得るとゴルドウィンは部屋に入る。
そこに居たのは一人の女性…彼はイタリア軍基地襲撃の際に生き残った者の一人だ。しかし他の生き残りは目を覚ましておらず実質的には一人だ。
「目を覚ましたところすぐで申し訳ないがこちらも与えられた時間は少ない、早速話して貰えると助かる」
「はっはい…」
ゴルドウィンの言葉に彼は慎重に言葉を選びながらあの襲撃事件の事を話し始めた。
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山岳地帯の中心、盆地に建設された基地は新型であるテンペスタⅡとその前の機体テンペスタ2機での性能評価演習を行っていた。
結果は良好、欧州IS推進計画《イグニッションプラン》はこれで決まりだと基地内は意気揚々で穏やかな空気だったと言う。
「ん?なんだ?」
すると突然、レーダーと通信にノイズが入った。基地のオペレーターをしていた彼彼女はすぐに気がついた。
基地の自動迎撃システムが起動し南南東の方向にミサイルを撃ち放ったがミサイルは全弾撃墜され基地内に警報が鳴り響いた。
「アンノウン接近、数不明!演習中止!実弾装備へ!!」
「これは訓練ではない!繰り返すこれは訓練ではない!」
「付近の基地に増援を頼め!」
「駄目です!長距離通信が全て遮断されています!」
「迎撃急げ!」
司令室は大混乱、通信以外の他の方法も探したが打つ手なし。テンペスタ達が敵を追い払ってくれるのを祈るだけだった。
結果は最悪の形を迎えた。
テンペスタⅡ及びテンペスタ2機は背中から赤い粒子を放つ機体に手も足も出ずに殺られたのだ。巨大な大剣を軽々と振り回しイタリアの最高戦力をオモチャのように屠っていった。
それからは覚えていない、同じく赤い粒子を背中から放出し槍を持っていた赤い機体の集団にエネルギー弾を雨あられと撃ち込まれ基地は火の海と化したのだ。
彼女は瓦礫に埋もれ真っ先に気絶したために煙を吸わず火にも守られたのだ。しかさ両足を砕かれ瓦礫に埋もれていたのが原因で内蔵にもダメージを負っていた。
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「紅い粒子に巨大な大剣…」
襲撃者の隊長であるであろう機体の特徴はイルフリーデにとって激しく引っかかるものを感じた。
「なるほど、辛いところすまなかった…退院後気が向けばここに連絡したまえ…しばらくの間、援助をしよう…お礼として受け取ってくれたまえ」
「あ、ありがとうございます」
病室に入ってまだ10分しか経っていないがゴルドウィンは立ち上がり身なりを正す。
「もうよろしいのですか?」
「聞けることは聞いた…彼女自身も休養が必要だ…」
予定より早く出てきた彼を黒服は呼び止めるがそんな事を気にもせず来た道をツカツカと歩いていく。
その様子をみたイルフリーデは急いで追いかける。
「やはり、准将もお気づきで?」
「あぁ、数年前に起きた列車事故いや…事件の犯人に酷似している」
ーー
数年前に大きな話題を呼んだ事故、その原因はイギリスでも有名な資産家、オルコット夫妻が死亡したことだった。セシリアの父とは面識があったゴルドウィンはその事件を調べ上げた。
すると彼の手元に1枚の写真が届いた。鉄道ファンが鉄道爆発直後に撮った写真だ。そこに写っていたのはISと同じぐらいであろうサイズの機体、背中から赤い粒子を放出し大剣を持った機体だった。
「なんだこれは?」
しかし事故と処理された検案はひっくり返せず彼の調査は徒労に終わった。
その後、影からオルコット家を支え没落しないように務めたのはゴルドウィン准将だった。
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「アイツは昔から周囲に自身のことを悟らせないのが上手かったからな…」
「准将?」
ゴルドウィンの珍しい呟き姿にイルフリーデは疑問に思ったが彼はすぐに顔を引き締めて答える。
「なにもない…予定は変わらん…今日は泊まり明日に帰国する」
「帰ったら例の件を調べます」
「分かった…」
廊下を歩く二人の姿は決意に満ちていたのだった。
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太平洋、アメリカの領海の中で巨大な空母がアメリカ軍が使わないルートを航行していた。
革命軍旗艦空母《レウルーラ》MS運搬用に改造されたこの空母はケイが裏ルートで手に入れカゲトが改造を施したものだ。
MSの運搬、修理、補給を行うための空母で甲板にはMS用の運搬エレベーターとカタパルトを4基も備える。MSの搭載数は40近く、居住ブロックを出来るだけ排除したこの空母は長期間の移動に関しては不向きであった。
「容態は?」
「安定しています、投薬などはされていなかったようで拒絶症状も出ていません」
その中の医務室、広めに作ってあった空間の半分を研究所から連れ出した子供達で埋まっていた。
「先に行った奴らは?」
「無事本部に着いたようですが…酷い状態で…現在は参謀長が診ているそうです」
「ハルトが?アイツ今日で徹夜9日間目だぞ」
五十鈴ハルトは革命軍の作戦立案、進行作戦の管理…部隊運営の統括等々、凄すぎる頭脳を持ったばかりに色々と使い回されている。
流石に可哀想になってきたので休ませようと思ったら来た奴らの面倒を見ているのだ、基本しゃべらないが革命軍一番のの良心だったりする。
「…ここは?」
「ッ!」
そんな時、一人の少女が目を覚ました。ユイトと医療班は急いで駆け出しそばに駆け寄る。
「お兄さん、だれ?」
「大丈夫だよ…もう怖い目に遭わせないからね…」
右半分が火傷の跡に覆われているユイトの顔はとても優しく笑った。優しく、労るように優しく頭を撫でた。
「お兄さん…温かい…」
「そうかい?」
「うん」
その少女は日光浴をしている猫のように気持ちよさそうに笑う。
「すごく、ポカポカする」
「それは良かった…ゆっくりお休み…」
余程安心したのかその少女はスウスウと眠ってしまった。医療室は彼女のバイタルを必死に見やるがどうやら安定しているようで安堵の声を漏らした。
「相変わらず、総帥は子供の扱いが上手ですね…私なんか顔を見られるだけで泣かれるのに…」
強面の医療医の言葉に他の奴らが静かに笑う。せっかく寝たばかりなのだ起こしたくない気持ちは皆一緒だ。
「可愛い妹がいてな…」
「へぇ、似合いますね」
「もう会えないが…」
そんな事を呟いたユイトはこの世界に来る前のことを思い出す。幸せな日々だった、あの様な経験があったからこそこうして優しくしていられるのだろうな。
「…この世界では生きているのだろうか…」
「総帥もお休みになってくださいこちらは我々がやりますので」
「分かった…本部に到着する10分前に呼んでくれ」
「はい」
彼らの温かい言葉に感謝しつつユイトは医務室から立ち去る。そんな様子を彼らは温かい目で見送るのだった。
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シュー…
革命軍本部、研究開発施設最重要ブロック…そこに設置された巨大な四つの筒から高熱の蒸気が噴き出す。
「やっと出来たっすね…」
完成間近と報告を受けたカゲトは感慨深げに呟く。
ゆっくりと開く筒、その中から顔を出したのはそれぞれ異なる体型をした無人IS。B4シリーズと名付けられたこの4機を見てカゲトは笑った。
「フフッ…」
自身の想像力の産物、オリジナルの機体達…計画のために外見はある程度…"ある者に"似ている物もあるが彼が産み出したものには変わりない。
「さぁ、これからが大変…器は出来た…後は注ぐだけすよ」
開発者としての本能がカゲトの眼を鋭く光らせた。