国連軍と革命軍、互いに撤退命令が出されたおかげで撤退における小競り合いもなく一時撤退する両者。
国連軍はSフィールドの艦隊がほぼ全滅してしまったため、包囲していた艦隊を主力であるNフィールドに集結させていた。
元々、包囲網は敵がこちらと戦わず逃げたときのためのものだ。敵が全力で抵抗してくるのを見届けた今、包囲する必要性は薄れる。それ故の判断だ。
「Sフィールドに展開していた機動部隊の収容を急がせろ!」
「こっちはもう手一杯だ!」
「補給は他の艦でもやっている!急ぎの奴はそっちに回れ!」
特に酷かったのはSフィールドに展開していた部隊だ。空母は全滅、護衛艦数隻を残したものの損傷していない艦はない。
「おい、逃げろ!」
着艦したウィンダムの左足首がもげ、甲板に倒れ込む。着艦誘導していた乗員は無事だったものの危険きわまりない。
バックパックから火花を散らしているクウェルをジムカスタムが手を貸し着艦させると、そのクウェルに消火剤がぶっかけられる。
「無事か、ラウラ!」
「教官!?」
日本の艦に収容されたラウラはバンシィを着艦させると機体から降りる。それを見かけた千冬は彼女のもとに駆け寄る。
「私は無事でしたが…大佐が」
「あの人が…そうか」
ドイツ時代、フォルガーに世話になっていた千冬は彼女の死に深く悲しむ。
「だが良く生きてくれた」
「運が良かっただけです。正直、今でも信じられません」
戦うために作られた人間であったラウラもあれほど混沌とした戦場を知らない。むしろ知っている奴などいないだろう。あの場では命は何ものより軽かったと思えてくる。
「ラウラ!」
2人が話していると声がかかる、一夏と箒が2人に駆け寄ると皆はホッとした顔を見せる。
「2人とも、無事だったか」
「あぁ、正直。頭がおかしくなりそうだった、あれだけ抵抗のあった人殺しが常識のように思えてくる」
実際、2人は無人機しか相手をしていないため殺してはいないが正直、時間の問題だろう。そして2人は戦場の持つ恐ろしさの一端を感じていたのだ。
「私も大佐のおかげで幼少期はまともな教育を受けていてな。昔は人を殺すことに躊躇いを覚えていた」
良い兵士を作るためには人間形成が何より重要であると解いたフォルガーのおかげで、ラウラを含む実戦投入された人造人間は当初はしっかりとした教育を受けていた。当然、人の生に対する考えも常識的な事を教わっていた。
「私も初めて殺したときは手が震えて、胃にあった物も全部吐き出した。でもすぐ慣れると言われて…確かに慣れてしまった。戦場とはそう言うものだ」
「そんな世界でしか…生きられない人たちもいる……」
クリアと呼ばれていた少女はそれが自身の存在意義だと言っていた。
「訳が分からない…」
こんな死の渦巻く世界でしか生きられない彼女たちを見て頭が混乱する一夏、やはり頭では分かるが感情がそれを許してくれない。
「どうしろって言うんだ…」
「一夏…」
頭を押さえて苦悶の表情を浮かべる彼を見て、箒はその名を小さく口にするしか出来なかった。
ーー
「艦長、護衛艦《チャーチル》から救援要請です」
「すぐに救出しろ」
30分もすれば補給も増援も来る。それを持って再攻撃し敵を倒さねばこちらには勝ち目はない。各国の軍事基地が沈黙したという報告を受けている。
各軍がまだ機能していた状態に送ってきた最期の増援、強制的に女性主義団体の戦力を徴収。それを含む戦力だが、その空母の中に団体のリーダー、アリス・トリュグリーが乗艦しているという。
「余計な混乱がなければいいが…」
共通の敵を前にしても一つになろうとせず自身の主義主張を押し通そうとしている彼女たちに頭を抱えつつも、眼前にある敵の本部を見つめる。
「これ以上、世界が混乱してはならない。ここで決着をつけなければ」
「司令官、チャーチルが!?」
「なに?」
救援要請を出していたチャーチルが目の前で派手に爆発する、間に合わなかったのだ。
ーー
「遺体は…」
「爆発の中心にあったために捜索は不可能でした」
Sフィールドに展開していた部隊から話しを聞いたユイトは下がるように手を振ると部下を下がらせる。
ユイトの私室に居たカゲト、リョウ、ケイの4人が集まりハルトの死を悼んだ。
「最初はハルトか…」
「引き際は心得てたはずっす。それでも退かなかったという事は良い相手と巡り会えたってことっすね」
「悼むのも大切だがまだ作戦が残っている。この中で1人だけでも生きていればそれでいい」
「そうだな…」
ユイトの言葉に全員が頷くと部屋の中央に展開された立体マップを見る。
「みなさんに朗報が…女性主義団体が艦隊を率いて30分後に国連軍と合流するそうです。ついでに例のザンスパインを強奪した部隊も増援として送り込まれてきたのが確認されました」
ケイの集めた情報を元にユイトは満足そうに目を細める。敵の機動部隊の6割を削ったが、こちらも4割のMS隊を失っている。
「予定通り海岸線に防衛ラインを構築して後は基地の防衛に当たらせよう。本格的な補給もこれで最後だ、整備班とオペレーターも潜水艦で脱出させよう。包囲が解けた以上、それを利用したい」
「ザンスパインの部隊は強力だぜ、俺が相手しようか?」
「お前は千冬たちの相手をしていろ。俺が親衛隊を率いて迎撃する」
「なら僕たちも出るよ」
「そうすっね。潜水艦の脱出まで艦隊に攻撃を加えて注意を逸らさせるっす」
皆の総意が一致したようで互いに顔を合わせる。
「一杯やるか…」
「そりゃいい!」
「大丈夫っすか」
「少しなら気付け薬だよ」
ユイトの久々な無邪気な顔に全員が顔を柔らかくして笑う。アンティーク調の棚にあった小さなワインセラー、そこからシャンパンを取り出しグラスを並べる。
「多くねぇか?」
ユイトが取り出したグラスは11個、ここに居る人数に対して明らかに多い。
「一緒に飲む奴ぐらいいるだろ。お前らも…」
「なるほどね」
「納得っす」
ユイトの言葉に納得しそれぞれ1人、呼び出して部屋に集める。彼の持っていた唯一のシャンパンは中々のものだ。この後も飲む予定はないし人数は多いほど良い。
「私もいいのか?」
「良いんだよ、遠慮なく貰っとけどうせユイトのだ」
マドカはリョウからグラスを受け取るとその中に少量のシャンパンが注がれる。
「シャンパンか、ガンダムWの最終回だね」
「それか第08小隊だな」
「毒入りじゃないか…」
「ゆっくり味わってくれたまえ…」
ケイの言葉にリョウがからかいを入れて、その悪のりにユイトが付き合う。その一連の流れで元ネタを知っている4人はまた笑う。
「?」
「ごめんね、カリナ。どうぞ、不味かったら飲まなくて良いからね」
「ありがとう…」
不思議そうに首をかしげているカリナの頭をなでると中身の入ったグラスを渡す。
「カゲト、ありがとう」
「礼ならユイトに言うっすよ」
「そう言う意味じゃないんだけどね」
互いにグラスを持ち、微笑むカゲトとケイニ。
「ユイト…」
「お前には俺は何もしてやれなかったからな」
「いや、もう十分過ぎるよ」
最後にユイトはハルトの分のグラスに注ぎ、ボトルを机に置く。
「我々の志に賛同し、散っていた同士と滅び行く者の為に…」
「ハルトに…」
「献杯」
「「「献杯」」」
互いの未来を感じてか、互いに黙ったままグラスを鳴らし一気に飲み干すのだった。