関羽と張飛が村に滞在してから一月以上経つ。関羽は桃香の母の手伝いをしたり、森に入って猪や兎などを狩り、みんなと一緒に食べたりしている。張飛は無邪気な子供だからか桃香と一緒に仕事サボって村の子供たちと遊んでいる。もちろん、張飛は賃貸の代わりに家の手伝いをしてもらう約束を破ってるため、関羽が叱る。桃香はいつもサボってるため、廖化が拳骨を桃香に与えてキレる。ただ、そんな毎日が、廖化たちは楽しくなってくる。村人たちからの目線はまるで家族のように見える。
それぞれ個性的な性格なのに、どこか互いに惹かれ合う何かがあるからだろう。それが何なのかは不明だが、そんなこと廖化たちにとってはどうでもよいことなのである。
廖化はふと思う。桃香の言っていた皆が笑って暮らせる国を創る、とは程遠いがもし国中がこんな暮らしだったらどんなに幸せだろうか。
しかし、それは夢のまた夢だ。誰もが叶うはずがないと、実現するはずがないと思うだろう。
「た、大変だあ!!」
村の外から40代の男が何かに追われるように走ってくる。
「ぞ、賊が、賊が現れたああ!!」
「ぞ、賊だと!?」
「そんな馬鹿な!ここは食糧も金もないんだぞ!」
食糧と金目のものがないのは事実だ。この村はお互い耕した食料を分け合いながらやりくりしてきたのだから。
「で、でもついさっき山の向こうからこっちに向かってるのが見えたんだ!」
息を整えながら山の方へ指差す。
「ど、どうすんだよ、ここには戦える奴はいねえ。子供か女、老人しかいねーんだぞ!」
「し、知るかよ!」
「もう、この村を捨てるしか……」
その言葉聞いたとき村人たちは項垂れる。生まれたときからずっと世話になってきたこの村を捨てるなんて、割りきれるはずがない。皆が絶望に陥ったとき一人の透き通る声が聞こえる。
「みんな、戦いましょう」
桃香であった。その顔には絶望などなかった。逆に燃え盛るような目で真剣な表情で、村人たちに呼び掛ける。
「戦いましょう、この村を守るために」
「で、でもよ、相手はこっちの倍はいるんだぜ!?それに老人女、子供が多いんだぞ!」
「それでも、戦える人はいる」
「数十人で倍いる賊と戦うのかよ」
「む、むりだ……無謀すぎる」
「な、なら自警団を呼ぼう!そうすりゃ俺たちゃ助かる!」
「馬鹿いえ、ここから街までどれくらいあると思ってんだよ。その間に村は賊に襲われて終いだ」
村から街まで五つの山を越えなければならない。どんなに足に自信がある人でも向こうも戦の準備をしなければならないため、増大な時間がかかる。
「たとえ」
桃香の声に村人たちは耳を傾ける。
「たとえ、一人でも私は、戦います。この村は生まれてみんなと畑を耕したり、子供たちと笑い合ったりしました。もちろん楽しいことばかりじゃなかった。不作の年があって年中苦しかったこともあった。でもそれをみんなで協力して乗り越えてきたんです。ここは私の故郷なんです。だから、守りたい。私の手でこの村を守りたい!!」
桃香は拳を胸にあて、息を吸って吐いた後、村人たちに向けて声をだす。
「でも、私一人では何もできない。だから、みんなの力を貸してください!この村を、故郷を守るために!!」
桃香は村人たちに頭を下げる。そんな桃香を見て村人たちは唖然とする。たった一人の少女がこの村が好きだと、故郷を守りたいと素直な言葉にすっと頭に入る。しかし、それでもなかなか桃香と共に戦う者が出てこない。そんな状況の中一人の青年が前に出る。
桃香は恐る恐る顔を上げ、目の当たりにしたのは……
「友くん…」
「おい、あんたら、恥ずかしくないんか」
廖化の顔には村人に対して怒ってるのが分かる。その表情に周りは少し下がる。
「桃香がここまで言うといてあんたら恥ずかしくないんか!あぁ!?確かに賊はそこまで来とる、自警団を呼ぼうにも時間がかかって間に合わん、おまけに男共は戦意喪失。この村はもうおしまいやな」
「何だと!!てめえ!「けどな」っ」
「桃香はそんな村を守りたい言うてる。たった一人の女が剣を持とうとしてる。他人から見たら無謀や、あほや、そんなもん勇気じゃなく蛮勇や。敵と戦う力なんてないに等しいのにな。それでも、剣を持って賊に立ち向かおうとしてる」
桃香とはそういう人間だと廖化は知っている。廖化はそれが桃香だと思ってる。だからこそ、言える。
「なら、俺も桃香と一緒に戦う。桃香が戦えない代わりに俺が、矛となり盾となって敵を討つ!なぜなら、桃香は俺にとって大切な人やからや」
桃香と廖化の決意に村人たちは拳を握る。
「守ろう、俺達の村を」
「そうだ、ここは俺達の故郷だ。俺達で守らなければ意味が無い!」
「ああ、俺達は何をしてたんだ。女が戦うと言ってるのに男の俺達が怯えるなんて男として最悪だろ!」
「戦おう!」
村人たちの戦意が徐々に燃え上がってくる。
「立て!何者が来ようとも俺達はこんな所でくたばらへん!!」
「一緒にこの村を、故郷を、守りましょう!」
全員の拳を天へと挙げ雄叫びを上げる。その声は地面が震える程の威力だった。
賊に立ち向かうため戦う準備を迅速に行い始める。そんな中二人の武人が桃香と廖化に現れる。
「先程の演説、この関雲長、感服いたしました!」
「劉備お姉ちゃん、カッコ良かったのだ!」
桃香の家に居候していた関羽と張飛だった。
「そんなことないよ、あんなの演説って大袈裟なものじゃないよ」
「いいえ、劉備殿の言葉で、戦意喪失だった村人たちを猛者の如く激励させたではありませんか。まさか声一つでここまで変わるとは並大抵のことではありません。まさに天からの授かりし者です」
褒められることに慣れてない桃香は照れながら謙遜する。
「そこで劉備殿、この関雲長と張飛の武力をあなたに捧げたいと思います」
「え、それって」
「どうか、我らをあなたの忠臣にしてくれませんか!」
関羽と張飛は片膝を下ろし拳に片方の手で握り頭を下げる。これは王に向かって礼する最大の敬礼である。
桃香はいきなり忠臣にしてくれと言ってきた関羽と張飛に戸惑うが、嬉しくも思った。それは忠臣ができたからではない。
「関羽さん、張飛ちゃん、顔を上げてください。私はそんな大層な人間じゃありません。だからあなた方の王にはなれません。そのかわり仲間になりませんか?」
「仲間…」
「私の真名は桃香、あなた達に預けます。一緒に戦いましょう」
「はっ、我の真名は愛紗、この青龍偃月刀に誓ってあなたをお守りします!!」
「鈴々の真名は鈴々、この蛇矛に誓って劉備お姉ちゃんを守るのだ!」
3人の結束を破る者はいないだろう。いたとしても不可能だ。
廖化はそばで桃香たちを見守る。
「よかったやん。仲間ができて」
「うん!」
「廖化殿」
関羽は廖化に言いたいことがある。それを廖化は手で止める。
「友」
「は?」
「姓は廖、名は化、字は元倹。真名は友や。さんも殿もいらん、呼び捨てで頼む。よろしゅう頼むで、愛紗殿?」
「ふ、それはこちらから願ってもないこと。よろしく頼む」
「四人がいたら、百人力なのだ!」
「あほぅ、千人力や」
鈴々と友のやり取りを見て笑う桃香と愛紗。四人はこれからの時代、最後まで共に戦い続けるだろう。
「それはそうと、友くん、武器はあるの?」
「あるで、これや」
そう言って取り出したものは友の身長より長く大きい大鉞である。そして、腰には二丁の片手斧を差してある。
「日頃、鍛練しといてよかったわ」
「友くん、鍛練なんかしてたの?」
「おう、この事態に備えて、みんなに内緒で鍛練してたで」
「ほう、なら友には秘めた力あるということか」
「鍛練言うても死ぬほどちゃうしやるとしても夜しかなかったから愛紗や鈴々より弱いで。けどま、自分の身と周りの奴ぐらいなら守れるから十分やけどな」
数刻後、武器と呼べるものを手にとってあの山道から出てくるのを備えて待っている。そしてしばらくして、百人程度の賊がぞろぞろと山道から出てくる。先方にはリーダーらしき者がいる。
「ぎゃはははは!なんだぁこの村は。村人どもが桑や鎌で俺たち黄巾党に歯向かおうとしてやがる!」
「黙って逃げてりゃよかったのになあ!」
「逃げても追って殺すだけだけどな!!」
汚い笑い声が聞こえる。脅しにも一部の村人は引き下がりそうになる。
「退がるなあ!!」
友は声を荒げ、賊を睨む。
「俺らは、負けん!」
「俺らの村を賊に奪わせるな!!」
「声を揚げろぉ!!」
大斧を上へと挙げ、全員で雄叫びを上げる。その姿は村人とはかけ離れている兵士のように見えた。賊の頭は舌打ちし面白くない顔をする。
「てめぇら、奴等をぶっ殺せぇ!」
賊の号令と共に一気に走る。それと同時に友も走る。
「友くん!?」
次第に構えながら、賊を見る。
「たった一人で来やがる、へ、血迷ったか!」
「死ねぇ!!」
友と賊の武器が届く距離で友は右足で力強く踏み込み、左から右へと薙ぎ払う。5人程は真っ二つにされ、さらに5人は吹き飛ばされる。
「なっ!?」
賊の頭は驚愕し、その周りも村人たちも唖然とする。
「あんたらは、不幸やで。他の村やったら淡々と終わってたのに。ここの村には俺がおる限り、あんたらの好きにはさせへん!!覚悟せえや!!」
「友に続け!敵は混乱している、今こそ好機!」
「突撃なのだあ!!」
村人と賊はぶつかり、乱戦へと始まる。
「死ねやァ!!」
「ぎぃ!」
「親父!くそったれぇ!!」
「ぎゃあ!!」
兵士と化した村人だが、所詮村人。正面から賊に勝つ確率は低い。さらに数十人対百人。多勢に無勢だ。それは桃香も愛紗も鈴々も分かっていた。先に飛び出した友も分かった上で突撃したのだ。ただし、友はただ突撃したわけではない。
「てめぇ、ふざけた真似しやがって」
「やかましい、襲いかかってきたあんたらが悪いんやろが」
「威勢のいい村人共はここまでだ。俺が全員地獄に落としてやる」
戦斧を構えて、友へと斬りかかる。
「があああ!」
「おらあああ!」
頭と友の死合が始まる。二合、三合、四合へと斬り合いが重なっていく。しかし、頭の息は切れかかるものの友は顔色一つ変わらない。
「はあはあ、なんでだ、なんでてめぇはこんなに強えんだよ!」
「そんなもん決まってるやろ」
「くそがああああ!!」
大振りに振りかぶって友の頭へと斬るが、それを友は切り払い、渾身の一撃を食らわす。一撃を食らってしまった。
「が、ぎっ」
戦斧を落とし、そのまま地に倒れ帰らぬ人となる。友は血のついた2丁の片手斧を払う。
「あんたと俺の、背負うもんの覚悟が違いすぎるからや」
愛紗は乱戦を終わらすために声を上げる。
「敵の大将、あの廖化が討ち取ったぁ!!!!!」
「全員、勝鬨を上げろぉ!!」
数十人対百人の勝負、数十人は軽重傷者一五名、死者五名。百人は三分の一まで減少し、軽重傷者はなしという前代未聞の結果に終わる。そして、この事は辺りの村や街にまで広がる。
「見事だな、友」
「突然、飛び出しちゃうからびっくりしたのだ」
「悪いな、早急に終わらすにはこれしかないと思ったんや、堪忍な」
友の作戦では、村人は賊に敵うことが難しい。故に、すぐにでも戦いを終わらす必要があった。その方法は、非常に簡単なことだ。賊を率いる頭を潰すこと。結果、頭を討ち賊は散り散りへと逃げ去って行った。
「いや、結果、頭の首を獲り、賊を打ち負かしたのだ。十分すぎるくらいの活躍だ」
「友くん!」
桃香は少し離れたところから走ってくる。
「ん、桃香か」
「怪我、大丈夫?」
「あぁ、大丈夫やかすり傷くらいや、すぐ治る」
「そっか、よかった。愛紗ちゃんも鈴々ちゃんも大丈夫?」
「これくらい何てことはないのだ!」
「ええ、賊ごときに殺られる自分ではありません」
友と愛紗と鈴々の怪我がないことに桃香は安堵する。
「我らの大将は心配性ですね」
「ほんとなのだ」
「もう、二人とも!」
いつものやり取りに友も笑ってしまう。その表情は穏やかな笑顔だ。
「そうだ、友くん!」
「?」
「お帰りなさい!」
桃香の言葉を聞いたとき本当に自分は生きてるんだと実感できる。フッと笑ってこう答える。
「おう、ただいまや」