肺から空気を吐き出す。太く、長く。しかし、それは深呼吸ではなくため息だ。
今日は色々な事があった。それと同時に、色々と
「飛鳥? どうかしたかい?」
「いえ、ちょっとね...彼女に言われたことを考えていただけよ」
隣り合って湯に浸かる金髪の同士、レティシアに声をかけられて思考の渦から脱却する。彼女に言われたことはあとで十六夜に伝えることにして、今はお風呂を楽しむことにする。
「ユグドラシル、か...。なんだかよくわからん事を言っていたようだし、あまり気にすると良くないと思うが...」
「そうね...。まぁ、一応頭の片隅には覚えてはおこうとは思うけど、これ以上考えても無駄だと思うしね」
この話は終わり。そういう意味も込めて、一度頭までお湯につかる。お湯から顔を出し、顔に張り付いた髪の毛を軽い手櫛とともに後方へと払う。
「どうだい、飛鳥。珍しく共に湯浴みをしているんだ、背中を流させてもらえないか?」
「......そうね、お願いするわ」
湯から上がり、シャワーの前へ移動する。風呂用の椅子に腰をかけると、レティシアはシャンプーを手に、飛鳥の後方に膝立ちになる。両手を擦り合わせることでそれを泡立てると、そのまま飛鳥の髪の先端から丁寧に洗っていく。
「背中を流すんじゃなかったのかしら...?」
「細かいことは気にするな」
そう言って毛先から段々とレティシアの指は頭頂部へ向かって上ってくる。後頭部までくると、今度は手櫛にかけるように髪を撫でる。さらさらと撫でながら、ゆっくりと洗っていく。頭頂部も前髪も巻き込んで、飛鳥の頭の上に巨大な泡の固まりが出来上がった。
「ふむ、これぐらいで良いだろう。では、流すぞ」
「その後は背中もお願いね」
「心得た」
シャワーノズルを手に取るためにレティシアが前へと腕をのばすと、飛鳥の後頭部に二つのふくらみが押し付けられる。心地よい温度の、柔らかいそれは、もちろんレティシアの胸である。
「.........くっ!!」
「飛鳥? どうかしたかい?」
「いえ、何でもないわ......」
自分の後頭部に感じる膨らみと、自分の胸元の膨らみ。自分のそれよりも明らかに肉の付いたそれを鏡越しに見つめる。
所詮はただの脂肪の塊なのだからと、心の中で繰り返すことで精神の安寧を計る。
気になる異性がいるという訳でもないが、胸の大きさを気にする程度には飛鳥も乙女だった。
これから毎晩、何かしらの努力をする必要があるかな。確か、胸は揉むと大きくなるとか何とか...。後で春日部さんにでも頼んでみようかしら。そんなことを考えながら、レティシアに背中を洗われたのである。
* * *
風呂から上がった後、疲れたとレティシアに告げ白夜叉に割り当てられた部屋へと引っ込んだ飛鳥。疲れたのは事実だが、少し考えなければならないことがあるため、寝てもいられない。
(私のすべて、か...)
それは聞く人によっては裸体を晒せという風にも聞こえただろう。しかし、飛鳥はユグドラシルのその台詞に別の意味合いを感じ取っていた。
「飛鳥ー、じゃまするぜー」
「飛鳥、お邪魔するね」
十六夜と耀の声で、自分が案外深く考え込んでいたことに気付く。時計を見れば既に風呂から上がって1時間が経過している。きっと、今まで開かれていた明日の黒ウサギの審判業やその辺の会議が終了したのだろう。その結果を知らせにきてくれたであろう友人を部屋に招き入れる。
「あいにくお茶の用意はないのだけれど...」
「構わねぇさ。俺たちは茶をしにきたわけじゃないからな」
「右に同じ」
まさに、いつも通りなリアクションを見せる友人に、小さく苦笑を漏らす。
「じゃあ、明日の予定なんかの説明を始めるか」
それから十六夜が語ったことはすべて自分の知っていることだった。黒ウサギが明日の造物主たちの決闘で審判を審判をする。それを取り決めるための会議の流れなども、やはり自分の知るところだった。ただ一つ。対戦相手に"ラッテンフェンガー"の名前がなかったことを除けば。
「———それは、間違いないの...?」
「うん、間違いないよ」
「そうだな。俺も、何回か確認したが、"ラッテンフェンガー"のコミュニティは確認できなかった」
「そう......」
それは、つまり。「らってんふぇんがー」と陽気に口遊んでいた同士———メルンとは、会えないかもしれない。そんな考えが頭をよぎる。しかし、すぐに今考えるべきことを思い出すことでそれを思考の外へと追い出す。
「じゃあ、私からも今日の出来事を話すわ」
十六夜へ伝えろと言われたことを、伝える。耀も一緒にいるが、彼女も彼女で自分よりは頭が回るので、よしとする。ついでに、自分の考察も添えて。もしかすると、この世界は既に自分たちの知っている物とは違うのではないか。フォレス=ガロやペルセウスと戦ったときにはたいした齟齬が出なかったが、ここに来てメルン、ディーンの不在など、明らかに自分たちの知っている出来事との齟齬が出てきている。そんなことを伝えると、十六夜は少し、顔を歪めて言葉を漏らす。
「その可能性に付いては、俺も真っ先に思いついていた。だが、この箱庭にパラレルワールドは存在しては行けないという予測があったから、その可能性は切り捨てていたんだ」
「それは私も同じ。でも、今回のことではっきりした。飛鳥のもそうだけど、私が参加した造物主たちの決闘の予選もトーナメントからバトルロイヤル形式に変更になっていたし、これは平行世界と考えた方がしっくりくる」
この世界に正史という物がないとするなら、それは今後の影響を考えることなく全力を出せるということになる。それは、飛鳥の魔改造ディーンもそうだが、十六夜や耀のギフトカードの中に眠る協力なギフトなども使えるということだ。今後の魔王戦を考える上で、これほど心強い武器もないだろう。だが。
「頼む、もう少しだけ時間をくれないか。この後は平行世界も視野に入れて少し情報の収集をする。だから、その間だけ、もう少しだけ力を使わないでほしい」
「.........わかった」
「えぇ、十六夜君がそう決めたのならそれに従うわ。ただ、明日何がおこるか忘れたわけじゃないでしょう?」
「あぁ。もし、明日のペスト襲来で何か不測の事態が起こった場合には、遠慮はいらん。ぶちかませ」
十六夜のその言葉に、そうこなくっちゃと笑みを浮かべる。その後は何でもない話を暫くし、もう遅いからと二人は飛鳥の部屋を後にした。
ベッドに寝転がりながら、また少しだけユグドラシルの言葉を思い出す。
「私の、すべて.........」
薄れゆく意識の中、ほんの僅かな幻を見た。
それは、小さな女の子が二人、外で走り回っている光景。
一人は丈夫な身体で元気に駆け、もう一人はその子に比べればかなり虚弱な身体なれども、必死に付いていく。
人を操る異能を知覚する前の、少女の光景。
「お、ねぇ....ちゃん...」
自分の知らないはずの光景を夢として、飛鳥は深い眠りについた。
あけましておめでとうございます、今年もよろしくお願いします。
さて、今回もバトルに入れず、ちょっと飛鳥ちゃん考え過ぎという全く持って私の力不足な一羽になっております。過去最短、3000字と少しです。でも、区切り的にここがいい感じなので。ここで投稿させていただきます。
では、また次の更新のときに。あでぃおす♪