真夏の二十四日   作:夏草

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プロローグ ある冬の日の話

日光を多く取り入れられるように大きめの窓が均等に均一の感覚で並べられた廊下は外のどんよりとした鉛空にもかかわらず何処か明るかった。床と壁の色が白で統一されているからだろうか。日光がなくとも蛍光灯の光だけも十分に明るく、外の寒々とした外気温を感じさせない。季節は十二月。天気は曇り、午後からはもしかすれば雪が降るかも知れないと早朝の天気予報で言っていた。

 

帰るまでに天気が崩れなければいいけど……。

 

まぁ、私がそう願った所で降るものは降るし、降らないものは降らない。全てはその時の神様次第だ。一人間の私にどうこう出来るレベルではない。

 

小さく吐いた息は白かった。暖かく感じるのはやはりただ感じるだけで、実際の気温は外と変わりないのかもしれない。それに、指先はまだ少し悴んだままだ。こんな時は早めに目的地に行くに限る。あそこなら暖房もガンガンと効いて少なくとも上に羽織っている大げさなコートの役目は御免になる。

 

寒さのせいで大雑把になった足取りのままたどり着いたのは角の部屋。床や壁と同じく清潔感のある色のドアを二つばかりノックする。

 

――コンコン。

 

乾いた音が辺りに響いた。そして、数秒後、

 

「はいよ、空いているよ」

 

そんないつもと同じ声が聞こえた。ここ暫くで随分と聞きなれた声。少し低めの男性の声はどこか無骨ながらも丸く暖かい、そんな矛盾する印象を私に与える。

 

ガラガラ。ノックの音と同じ乾いたそんな音を立てて引き戸が空いた。力は要らなかった、さすがこういう施設の扉だけはある。我が家の立て付けの悪い引き戸とは大違いだ。

 

暖かい色で統一された部屋。そして、その部屋の窓際に置かれた一台のベッド。部屋の大きさは大きくはない。私の部屋と同じくらいか、それともまだ狭いかもしれない。そんな部屋のベッド上。

 

彼はいつものようにそこにいた。

 

「ん、キミか。いつもいつもこんな所に来て暇な奴なのか?」

 

ざっくばらんと言った感じで切られた短い黒髪。そんな彼は私の挨拶に対してそんな言葉で返した。

 

「まぁ、いいや。せっかく来てくれたんだしな。心優しい俺はお客さんにおもてなしをしたいんだけど、キミも知っての通りちーっとばかり、諸事情により出来なくてね。冷蔵庫にジュースもアイスもバナナも入っているからいつも通り適当にやってくれればいいよ。どうせ、俺には必要ないものだ。イスは……何時ものところにあるだろう?」

 

彼はそういってケラケラと笑う。数年前に成人式を終えたと言うのにその笑みはどこか少年じみていた。

 

私は勝手知ったる人の家とばかりにコートを脱ぎ壁に掛けられたハンガーに吊るす。外と違い空調が効きすぎたその部屋はコートを着るには少しばかり暑すぎた。現にほら彼も薄手のものを着ているし。

 

「何を見ているのかって? あぁ、これね実はラブライブっていう大会の中継さ。何でもスクールアイドルっていう奴の全国一位を決める大会らしい」

 

何時もの定位置の椅子に腰を掛けた私は彼に気になっていたことを聞いてみた。基本的に彼がテレビを見ることは今まではなかったのが、今日はどういう気の吹き回しかそれがついていた。

 

「なんだって? 俺がそんなテレビを見るのが可笑しいって……。まぁ俺もアイドルなんて興味ないし、スクールアイドルとは言ったけど、それがどんな物かなんていうのも知らない」

 

外界と隔離された空間。今日は曇りだ。部屋に一つだけある大きな窓からは青空も太陽も見えない。代わりに見えるのは重苦しい厚い雲と葉が一枚たりとも残っていない裸の桜の木が一本。何とも十二月らしい光景だ。

 

「じゃあ何でテレビなんて付けているかって? それは、約束だからだよ。今年の夏にした約束。まぁ、半分ほど約束は守れねぇみたいだけど、逆を言えば半分は守れる常日頃から約束を破りに破ってきた俺が半分も守るんだ、それだけでも十分だろ」

 

彼は少し影を落とした笑みをひっそりと浮かべるとそのままベッド脇の窓に目を向ける。黒い黒い瞳で彼はどんな風景を見ているのだろうか。いや、そんなことは考える間もなく分かっている。

 

「その誰との約束かって? あぁ、ある妹分との約束だよ。そうだな、妹。今考えればその言葉が一番しっくりくる奴だったな」

 

テレビの中では色鮮やかな衣装をきた少女たちが踊っている。テロップを見るにどうやら福岡の高校のスクールアイドルらしい。テンポのいい曲がスピーカーから流れてくる。そんなテレビから目線をずらし再び彼を見る。相も変わらすその顔は窓へと向かっていた。

 

「うん、その話が聞きたい? 今日はやけに色々と聞きたがるな。一体どういう風の吹き回しだ――」

 

彼はそこまで言うと言い澱み、そして顔をこちらに向ける。

 

「あぁ、なるほど今日ここにキミが来たと言うことは、即ちそういう事なんだな」

 

そして、全てを悟ったような、全てを理解したような、そんな顔を見せる。

 

「本当は誰にも話すつもりはなかった。いや、話すようなことでもない、ありふれた話なんだけどな。でも、キミには話すべきなんだろう。俺からその話を聞き出すためにキミはここまでここに通ってきたんだろ、言わなくてもいい。それくらいは理解できる。まぁ、とりあえずは長話になるかもしれないから飲み物でも用意しておけ、ホット類は準備してないけど冷蔵庫にジュースと水があるはずだ。紙コップも何時もと同じ場所にある。まぁ、キミには言わなくても良いことか」

 

言われるがままに冷蔵庫を開けると、そこにはこの前来た時と配置も何もかも変わっていなかった。まるで、そこだけ時が止まっているかのように何も変化がなかった。私は水を紙コップに注ぐと彼にも何が欲しいか聞く。

 

「あぁ、俺か。俺はいいや」

 

そう、やんわり断られてしまった。仕方がないので水をひとつだけコップに注ぐと椅子に戻る。

 

「こんな歳だけど恥ずかしい話、俺は人前で話すことに馴れてなくてね。無駄に紆余曲折するだろうし、無駄話も多いだろう。それに話し上手でもないから面白くもないと思う。それでもいいか?」

 

「――うん、そうかそうか。じゃあ、話始めようか、おっとその前にこう言っておこう。別に暗い話でも何でもないからこう言うのは不適切かも知れないけど一度は言ってみたかったんだ。『恐れてはいけません。暗いものをじっと見つめてその中から参考になるものを掴みなさい』」

 

「――おっと、それはなんだって? 俺が好きだった小説の登場人物が自分の過去の話をする前に描いていたセリフだよ。まぁ、人生で一度は言ってみたかったんだよな」

 

彼はそう言いながら笑う。それは暗い笑みではなく何時もの明るい太陽のような笑みだった。

 

「それじゃあ、始めよう。最後くらい長話したくらいで罰はあたらないだろう。神様はそれくらいの時間はくれるはずだ。アイツと出会ったのは今からもう、八年前。とある晴れた夏の日のことだ。―――――」

 

こうして彼は何時もと同じ口調で話し始めた。

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