真夏の二十四日 作:夏草
それはある夜のことだった。
一本の電話が鳴った。
仕事が終わり帰宅した俺はとりあえず、寝る前に読みかけの小説を読もうと本棚に置いていた小説に手を伸ばした時だった。
「ん? こんな時間に電話か、珍しいな」
仕事の電話なら夕方になることが多いし、基本的に私用の電話ももう少し早い時間にかかってくることが多い。チラリと壁に掛けてある時計を見る。穂乃果が数年前にお土産に持ってきてくれたものだ。シンプルかつ高級感のあるデザインのため気に入ってそれ以来俺の部屋にはずっと飾ってあるものだ。その時計を確認してみれば夜の十時まで後、五分といったところ。
この時間帯で掛けてくる可能性が高いのは、その穂乃果だがアイツは今日は確か高校の友人と夕飯を食べに行くと言っていた。今頃楽しく友人とご飯を食べている頃合だろう。何かと最近は忙しいみたいなのでゆっくりと楽しんでほしいと思う。
――まぁ、誰でもいいか。
とってみれば誰かも分かるはずだし、別に誰だって関係ないか……。願わくば、仕事の電話でないことを祈るばかりだ。せっかく残業してまで仕事を終わらせて来たと言うのにこれ以上仕事のことを考えなければ行けないといけないのは勘弁してほしい。
明日と明後日は休日。
今日から三日はのんびりとしたい。ここ最近ずっと働きつめだったのだ。この土日くらいのんびりとしたところで罰は当たるまい。人間労働も大切だが、たまにはゆっくりとした時間が必要なのだ。
「はいはい、今出ますよーっと」
さきほどから自己主張が激しい携帯を取る。
そして――
「おにぃちゃーんっ!」
即効で切りたくなった。
「……ほ、穂乃果か、どうかしたか?」
聞き間違えるはずもない、ここ数年で聞きなれた声。しかし、明らかに口調が違う。なんと言えばいいのか、いつもより甘ったるい猫撫で声。この声には聞き覚えがある。穂乃果が酔っ払った時の声だ。
古今東西、酔っ払いは面倒なものだと相場が決まっている。それはおっさんだろが、おばさんだろうがイケメンだろうが、美少女だろうがそれは関係ない。酔うと本音が出る代わりに面倒になるのが人間の性だ。
「うんっ! 穂乃果だよーっ!」
いつもより数段テンションが高い穂乃果。あぁ、こりゃ絶対酔っ払ってるな。
「そうか、でどうしたんだ。こんな時間に。今日は高校の友達とご飯じゃなかったのか?」
「うん、今皆で食べてるのーっ!」
スピーカー越しに聞こえるのはクラッシクと話し声。これだけでいつも俺が行っている大衆居酒屋ではないと言うのは分かった。
『ほ、穂乃果、ちょっと迷惑ですよ。こんな時間に電話をしては……』
『そうだよ穂乃果ちゃん! 迷惑だよぉー』
「海未ちゃん、大丈夫だって! どうせお兄ちゃんもまだ寝ないんだし、大丈夫大丈夫っ!」
俺の予定はどうやら穂乃果の勘定には入っていないらしい。まぁ、どうせ予定も何も入っていないので別に良いのだが、心配なのは穂乃果が酔った勢いでその友人達に迷惑を掛けないか、だ。
穂乃果に限ってそれはないと思うが酔って我を忘れて友人を無くしたなんて話は掃いて捨てるほどある。まぁ、あの穂乃果の友人なのだ。それはないか、と一人で納得する。あの真っ直ぐで輝いている主人公の様な少女が付き合ってきた友人だ。何の心配もないじゃないか。
「そうかそうか。それは良かったな。それでじゃあ楽しんでこいよ」
心配なければさっさと電話を終わらして、小説の続きを読むに限る。ちょうどあと少しで犯人が分かりそうなところなんだ。
そういって通話を切ろうとした時、
「ちょっと待ってお兄ちゃんっ! まだ切らないでよっ! 用件終わってないよっ!」
「……そうかそうか。で、用件ってなんだ?」
「うんっと! それはねー! 今からここに来てほしいんだよね!」
「はぁ!?」
「いい? 店の場所言うよー! 東京都――」
「――ちょっと待っ」
「――それじゃあ待ってるねー!」
ツーツーツ。
あいつ、用件だけ言って切りやがった……。
「……ったく。それじゃあ行きますか……」
推理小説の犯人を俺が知るのはまだ先になりそうだ……。