真夏の二十四日   作:夏草

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出会いはある夏の日のこと

蝉が鳴いていた。ジージーと忙しなく聞こえるこの声はクマゼミだろうか、それともアブラゼミだろうか。まぁ、どっちにしたって俺にとってはどうでもいいし、そのどちらじゃなくても構わない。ただ、聞きなれている声には違いない。それにただ聞いているだけだと言うのに体感温度がだいぶ違うのはいただけない。ただえさえ、くそ暑いのに蝉の声を聞いてしまえばその暑さが何倍も何十倍にもなったように感じられる。蝉も夏休みに入り、どこか浮かれているのだろうか。それならそれで何とも俺にとっては迷惑な話だ。

 

木造の一軒家。俺の祖母の家だ。毎年八月の初めの一週間、夏休みに入ると同時に祖母の家に帰省するのが俺の年間行事の一つだった。

 

「あちぃ……」

 

場所は祖母の家の縁側。そこでうつ伏せに寝そべっていた俺はゴロリと寝返りをうった。木の天井が目の前によく見え、視線の右端には青く低い空と、大きいな入道雲が半分。軒下にはいつの時代からあるのか分からないくらいに古ぼけた風鈴が見える。

 

どこからどう見ても夏の風景。これでもかと言う位だ。

 

風鈴のチリンとした音は暫く聞いていない。聞こえるのはセミの声だけ。何とも暑苦しい。

 

首を少しひねれば底の低い丸皿に乱雑に並べられたスイカの切り身。祖母が用意してくれたものだ。祖父と祖母には悪いが、スイカはあまり好きではない。好きでもないし、逆に言えば嫌いでもないのだが、毎年家にもスイカが送られてくるし、祖母の家に帰省すれば一週間毎日のようにスイカが出てくる。いい飽きてしまった。

 

「今日は何をするかなぁ」

 

暇だ。なぜ昼間から縁側でぐだっているのかと言えば純粋に暇だからだ。

 

祖母の家はこれでもかと言うほど田舎にあり、周りを見渡してもあるのは山と畑と田んぼ、それに民家なんていうのも数えるほどしかない。中学二年生にとっては刺激が足りなすぎる。それに、子供が周りにまったく居ないのもいただけない。祖母の家に帰省するようになって今年で何回目か、それは数えていないが同年代の子供をみたことはこれまでに一回もなかった。

 

これが過疎化というやつだろうか。

 

とりあえず、と。暇つぶしに何をするか考えてみる。祖父と祖母と同じく居間でテレビでも見るかな、と考えたが祖父と祖母が見ているのは高校野球だ。俺は野球に興味はない。サッカーを見ていた方がまだ面白い。そもそも、あのよく分からないスポーツのどこが楽しいと言うのだろうか。スクイズ? エンドラン? なんだよ、それ。よって、無しだ。

 

じゃあ、虫取り?

 

久しぶりにカブトムシやクワガタでもとるか……。いや、数年前の小学生のうちならまだしも中学二年にもなってカブトムシやクワガタを持って帰っても人気者になれるわけでもなんでもない。逆にみんな思春期を迎えて虫が気持ち悪いって言ってるし、それもなしだな。

 

 

うーん、それなら竹竿でももって小川で釣りでもするか。

 

小川の周りならここよりもだいぶ涼しいだろうし、最悪飛び込めば涼はとれる。それに釣りも嫌いじゃない。餌は……畑でミミズでもとっていけばいいか。もう、これでいいか。

 

俺の考えがそこまでたどり着いた時だった。俺はその少女に出会った。

 

ガサリ。そんな足音と共に声が聞こえた。

 

「あぁ! 男の子だっ!」

 

ソプラノの澄んだ透明で太陽のような元気な声だった。

 

「ん?」

 

寝ていた体を起こし、声の方角を見る。そこに少女はいた。

 

「えへへ、こんにちは!」

 

淡いオレンジ色のワンピースに頭には麦わら帽子。手には虫取り網を持っていて、肩には虫かごがかけられていた。髪は肩までかかる程度の茶髪、目は大きくどこか青く光ってるような印象をうける。歳のころは俺よりも大分下。恐らく小学校中学年。

 

顔は……。今になって思い返してもとても可愛いらしい女の子だった。

 

「なんだ、ガキんちょか……」

 

確かに俺は子供を望んでいたが、それは同年代の子供でこんなちんちくりんは望んでいない。当時、まだ子供だった俺はそんな気持ちもあり、こんなことを言ったのだった。

 

「むぅ、ガキんちょじゃないよっ! 穂乃果、昨日十歳になったもんっ!」

 

「なんだ、やっぱりガキんちょじゃないか。俺は中学二年だ」

 

「ちゅ、中学生っ! 大人だねっ! お兄ちゃんだねっ!」

 

穂乃果は急に眼を輝やかせる。

 

「そうだ! 俺は大人でお兄ちゃんだっ!」

 

一人っ子で特に部活もやっていなかった俺は年下の子供と殆ど接点のない生活をずっと送っていた。そんな俺だからお兄ちゃんだの、大人だの呼ばれてすこしばかり浮かれたのかもしれない。当時の心情なんてもう思い返すことは出来ないが、胸をはってそう言ったのは今でもしっかりと覚えている。

 

まぁ、中学生男子なんて可愛い女の子に目を輝かせながら何か言われればそれを肯定する生き物と遺伝子レベルで相場が決まっているのだからそこまで心情を思い返す事なんてしなくてもいいのかもしれない。

 

「わーい、お兄ちゃんだっ!」

 

「それでお前は何なんだ、ガキんちょ」

 

「お前でも、ガキんちょでもないもんっ! 穂乃果だもんっ!」

 

顔を膨らませて可愛らしく不満を訴える穂乃果をはいはいと適当にいなして、話を聞いてみれば何でもこの周りに数件しかない民家の一つが穂乃果のおじいちゃんの家らしく三日間だけ帰省している最中らしい。今までも数回きたことが在るらしいのだが、俺とは勿論今まで一回もあっていない。まぁ、俺もいるのは八月の第一周だけなので今まで合わなくても何の不思議もない。

 

「そうか、そうか。それで今は虫取りの最中という訳か」

 

「うん、でも全く取れなくて……」

 

しゅんと肩を落とした穂乃果の虫かごには確かに何も入っていなかった。

 

「そっか、じゃあ俺がとり方教えてやるよ」

 

小川の釣りもどうせ暇つぶしついでだ。同じ暇つぶしなら穂乃果に付き合うほうが幾分かいい時間の潰し方だろう。

 

「えぇ! いいのっ!」

 

「あぁ、任せとけ!」

 

虫取りなんて久しぶりにやるが、少なくとも穂乃果よりは上手い自信がある。蝉の二三匹ならどうにでもなるだろう。

 

「流石、お兄ちゃんっ!」

 

「任せとけっ!――と、その前に」

 

縁側に置かれたままになっていた丸皿を手に取る。結局、半分以上余ってしまった。これどうするかなぁ……。冷蔵庫に直しておいて後で食うか。

 

「あっ、スイカだっ!」

 

そんな時だった。穂乃果の青い目がスイカの皿に集中していることに気付いた。

 

「食うか……?」

 

「いいのっ!?」

 

反応は早かった。

 

「あぁ、どうせ俺も食う気ないしな」

 

「えへへっ、ありがとうお兄ちゃん」

 

スイカを一切れとると少女は笑う。太陽のような純白な笑みだった。

 

そして、一口。

 

「うわぁ! 甘いよ! お兄ちゃん、すっごく甘いっ!」

 

「そうか、それはよかった」

 

子供とはいえこんな可愛い子に食べられるとはスイカも本望だろう。俺みたいなしがない男に食べられるよりも何倍もましなはずだ。

 

「あぁ、そうだ……」

 

「ん?」

 

穂乃果は口の端にスイカの種をつけながら、

 

「穂乃果の名前は高坂 穂乃果っ! お兄ちゃん、これからもよろしくねっ!」

 

そういってほほ笑むのだった。

 

これが俺と一人の少女、高坂 穂乃果との出会いだった。

 

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