真夏の二十四日   作:夏草

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俺と彼女の三日間

次の日、同じように縁側でぐだっていた俺の下に穂乃果は来た。

 

「お兄ちゃんっ! 遊んで―!」

 

「なんだ、また来たのかガキんちょ」

 

「ガキんちょじゃないもんっ! 穂乃果だもんっ!」

 

昨日と同じようにワンピースに麦わら帽子。手に持つものも昨日と同じ、虫取り網だ。

 

「そうかそうか。で、虫は取れるようになったか?」

 

「うん、ほらっ!」

 

穂乃果が見せびらかすように差し出した虫かごの中にはクマゼミが一匹ずぶとい顔をして入っていた。鳴いていないところを見るにどうやらメスらしい。オスだとやかましすぎて虫かごにも入れる気にならないしな。

 

「へぇーやるじゃないか」

 

昨日は網を振るにもへなへなとしていたくせに、たかが蝉一匹でも昨日の今日で取れるようになるとは大したものだ。運動音痴かと思っていたがどうやらそれは俺の見当違いだったようだな。

 

「えへへ、凄いでしょーっ!」

 

「あぁ、ガキんちょの癖にやるじゃないか」

 

「だ か ら っ! 穂乃果には穂乃果っていう名前があるのっ! ガキんちょじゃないもんっ!」

 

「はっはっはっは、ガキんちょじゃなければ早く大きなって一人前のレディーになることだな」

 

悪役のような笑い声をあげて穂乃果の頭をその麦わら帽子ごしにポンポンと撫でておく。

 

「むぅー、直ぐに一人前のれでぃになるもんねっ! お兄ちゃんをびっくりさせるもんねっ!」

 

頬を膨らめていかにも、私怒っています、と表現している穂乃果だが、幾分迫力がたりない。これならハムスターとどっこいだろう。

 

「そうかそうか、なら期待せずに待ってるよ。で、今日は何をするんだ?」

 

どうせ、俺も暇なので暇つぶしに穂乃果に付き合うのも悪くもない。昨日一日趣味で付き合って分かったことだがこの見渡す限り何もないこの場所で一人で時間を潰すよりかはガキんちょでも一緒にいた方が何倍もましだ。

 

「うーん、今日はねー」

 

 

 

――――――――――――

 

――――――

 

――

 

 

そして、次の日。つまり、穂乃果が来て三日目。

 

「ひっく……うぅっ……ひっく、お母さん、まだお兄ちゃんと別れたくないよっ!」

 

時刻は夕暮れ時。大きなく丸い太陽が西の彼方に見え、辺りはオレンジ色一色に染まっていた。

そんなオレンジ色の世界で穂乃果は目をはらし、母に手を握られ泣いていた。

 

「ほら、穂乃果泣かないの。お兄さんにも迷惑よ」

 

場所は俺の祖母の家の周りに数件存在する民家の一つ。穂乃果の祖母の家の前。

 

「うぅ……ひっく、だって」

 

「泣くなよ、ほら顔が酷いことになってるぞ」

 

「ひっく……ありがとう」

 

俺が差し出した青いハンカチで穂乃果は顔をごしごしと拭く。目は相変わらず赤いが、さっきよりも幾分かマシだった。

 

「おう、少しはマシになったな」

 

「すみません、穂乃果と随分遊んでもらったみたいで」

 

すこしかがみ穂乃果と同じ目線に合わせて笑いかけた俺に、穂乃果のお母さんから声が掛かった。

 

「いえいえ、俺も楽しかったので」

 

「本当にっ!? 穂乃果と遊んで楽しかったっ!」

 

目は相変わらず赤いが急に大きな声を出す穂乃果。

 

思えばこの三日間で随分と懐かれたものだ。

 

一日目二日目と虫取りに付き合って三日目は夕方まで俺の祖父の畑でその手伝いと言う名目で遊ぶ。田舎ならではの遊びだが、どうやら穂乃果には新鮮で面白かったようだった。泥だらけになりながらも笑顔を見える穂乃果に俺も妹がいたらそんな感じだろうかと人知れず思った。

 

「あぁ、本当に本当だ」

 

「えへへっ」

 

そうやって笑う穂乃果に再び膝を曲げることで目線を合わせる。泣いたり笑ったりと本当に忙しい奴だ。

 

「そのハンカチはやるよ」

 

どうせ、実家を出るときにお袋に持たされた安物のハンカチだ。なくなったところで誰も困りはしない。

 

「え、いいの?」

 

「おう、その代わりしっかり顔を拭いてちっとはマシな顔になれよ」

 

ゴシゴシと再びハンカチで顔を擦るように拭く穂乃果。

 

「ねぇねぇ、お兄ちゃん、穂乃果と一緒で楽しかった?」

 

「おう、楽しかった楽しかった」

 

「本当にっ!? 穂乃果も楽しかったよっ! 大好きだよ、お兄ちゃんっ!」

 

夕日を背景にほほ笑む穂乃果。それがあまりにも風景と合っていて、しばらく俺は言葉を発せなかった。

 

「そ、そうかそうか、俺も好きだよ」

 

勿論、俺がロリコンだと言う事実は当時から欠片も無い。これは所謂売り言葉に買い言葉ってやつだ。妹のような存在から好きだと言われても恋愛的な感情は全く抱かないのと同じだ。妹何ていた試しがないが、妹をもつ人ならこの気持ちも分かって貰えると思う。

 

「ほ、ほ、ほ、本当なのっ!? じゃ、じゃあさ、穂乃果のことお嫁さんに貰ってくれる!?」

 

「そうだな、ガキんちょから一人前のレディーになったら考えるよ」

 

未だに目尻に涙の溜まっている穂乃果に目線を合わたまま俺は頭をその麦わら帽子越しにゴシゴシと撫でる。

 

「うるさいもんっ! いつかお兄ちゃんもビックリするようなれでぃになってみせるもんっ!」

 

「そうかそうか、それは期待せずにまってるよ」

 

わはははは、と悪役じみた笑い声も忘れない。

 

「うーっ」

 

「ほらほら、そう唸るなよ。それに俺は毎年八月の初めの一週間はここに帰省しているから来年も運が良ければ会えるよ」

 

「本当にっ!」

 

「あぁ、本当にだ。だから泣かないで笑っていろ」

 

「うんっ、穂乃果泣かないっ!」

 

最後にぽんぽんと二回穂乃果の頭を軽くたたくと俺は立ち上がる。穂乃果もすっかり泣き止んだしこんなもんでいいだろう。以外に俺って面倒見がいいのかもな。

 

「お母さん、穂乃果、来年もおばあちゃんの家に来たい」

 

「それは穂乃果しだいね。いい子にしていればまた来れるわよ」

 

「うんっ! 穂乃果いい子にするっ!」

 

 

 

――――――――――――

 

 

―――――――

 

――――

 

「じゃあねえええええ! お兄ちゃぁぁああああんっ!」

 

車の窓から顔と小さな右腕を出して精一杯の大声で大きく腕を振る穂乃果。

 

「じゃあな! それと、危ないから車から顔を出すのやめろよぉ!」

 

都会と違い周りに何もないこの田舎では声を遮るものもないためかよく声が届く。

 

結局俺は穂乃果に付き合って車が見えなくなるまで手をひたすらに振る羽目になった。

 

穂乃果との一年目はこうして終わった。

 

きっと来年になれば穂乃果もすっかり俺の事を忘れて暇な日々をこの田舎に送ることになるんだろう。今までずっと会ってないのだ、来年会える可能性はずいぶん低い。まぁ、俺はそれでもかまわない。俺も恐らく来年にはほとんど覚えていないと思うから……。

 

 

 

 

「えへへっ! お兄ちゃんだぁ!」

 

そして、翌年。穂乃果は俺の予想を裏切るように再び俺の前に現れた。その日もクマゼミがよく鳴いていた夏の晴れた日だった。

 

「うおっ!? 寝ている時に急に変な感覚がすると思ったら、ガキんちょかよ。急に抱き着くなよ」

 

一年越しにみる穂乃果は身長が伸び少しだけ成長していた。

 

「むぅ!? またガキんちょって言ったっ! 穂乃果は穂乃果だもんっ!」

 

「あぁ、悪い悪い」

 

「うぅ、絶対そう思ってないでしょっ!」

 

「思ってる思ってる、まぁそれよりもだ」

 

「?」

 

頭に被る麦わら帽子は相変わらず。服装は少し変わりワンピースからホットパンツとオレンジ色のT シャツに変わっていた。動きやすそうなその服装は穂乃果の活発そうなイメージにとてもあっていた。

 

「一年ぶりだな」

 

「うんっ!」

 

 

 

 

そして、その翌年、

 

「お兄ちゃんっ! 穂乃果だよっ!」

 

「今年も来たなガキんちょ」

 

「むぅ! 穂乃果は穂乃果って名前があるのっ! ガキんちょじゃないのっ!」

 

そのまた翌年も、

 

「おにーちゃんっ!」

 

「おっ、大きくなったな!」

 

「でしょでしょ! 穂乃果ついに中学生になったんだっ! これでガキんちょじゃないよね!」

 

「残念ながら俺は今年高校二年だからな、まだまだお前はガキんちょだ」

 

「うーっ! お兄ちゃんの意地悪っ!」

 

「あっはっはっは、何とでも言え」

 

「お兄ちゃんの意地悪っ! 悪魔っ! 馬鹿っ!」

 

「悔しかったら、早く一人前のレディーになってみせることだな」

 

晴れの日も、

 

「お兄ちゃん暑いよぉ」

 

「暑いのは分かってるからこっちに寄りかかるな、もっと暑くなるだろ」

 

「えぇー、いいじゃんっ!」

 

「おい、こら背中に乗るんじゃねぇ! 自分で歩け」

 

「えへへっ、お兄ちゃんの背中だぁ」

 

雨の日も、

 

「雨だね」

 

「雨だな」

 

「何するー」

 

「何かする気なのか……」

 

「そうだっ! カラオケをしよう!」

 

「カラオケ? そんなものこの辺にはないぞ。スーパーですら車で三十分かかるのに」

 

「ううん、そんなお店のカラオケじゃなくてここで歌を歌うの!」

 

「なんだそれ、お前歌好きなのか?」

 

「うんっ! それじゃあいくねっ! ――――」

 

「へぇ、結構上手いじゃないか」

 

「やったっ! お兄ちゃんに褒められちゃったっ!」

 

そして風の日も、

 

「あっ!?」

 

「ったく、なに帽子飛ばしてるんだよ。ほれ、今度は飛ばされないように注意しろよ」

 

「ごめんなさい……。そして、ありがとう!」

 

色々話もした。

 

「お兄ちゃんって一人っ子?」

 

「あぁ、そうだな。ガキんちょは?」

 

「ガキんちょじゃないよ、穂乃果だよっ! えーっとね、穂乃果は雪穂っていう妹がいるの」

 

「へー、こっちに来ないのか、一緒に」

 

「雪穂は体弱くてずっと入院してるの」

 

「そうか、それは悪かった」

 

「ううん、気にしないで。雪歩も何時か元気になれるってお医者さんが言ってたから!」

 

「そっか」

 

毎年三日だけ、だがその三日は毎日のように俺の祖母の家に穂乃果はやってきた。今から思い返しても一日たりとも穂乃果が来なかったことなんてなかったと思う。

 

そして時は流れて、穂乃果も俺もドンドンと成長していった。

 

今思い返しても本当に濃い毎日だった。日々何かあった、事件の連続だった。全てを語るには原稿用紙と時間が足りないので覚えている印象的なことを書いていこうと思う。

 

あれは確か、今から四年前俺が高校三年生、穂乃果が中学二年生の時だった。

 

 

 

 

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