真夏の二十四日   作:夏草

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俺と彼女の三日間 3

「うーん、やっぱりこの川は綺麗だねぇ!」

 

穂乃果は川辺に着くなり、その辺りの一番大きな直径50cm程度の岩にぴょんと飛び乗り大きく伸びをした。この辺りは一面木の陰になっていて日光が当たらない。今まで歩いてきた道に比べると天国のようだ。

 

「おい、そんなにはしゃぐと転んで怪我するぞ」

 

「へっへーんっ! 穂乃果そんなへまし――――うっわとっとと」

 

ほら言わんこっちゃない。案の定岩から落ちてこけかけた馬鹿を横目に手にもつ竿を地面におろし、着ているジャージのファスナーを開ける。そして、そのまま脱ぎ捨てると座りのいい岩に放り投げた。財布と携帯が入っているがこんなクソ田舎に盗みを働く人間なんていやしない。都会では考えられないが未だに家の鍵もつけないのがこの集落だ。スリやら置き引きや、空き巣やら考えるだけ時間の無駄なのだ。ここはそう言う所だ。

 

「ほれみろ、言わんこっちゃないだろう、そんなんだからお前は何時までかってもガキんちょなんだよ」

 

よほど滑ったのがビックリしたのか心臓に手を当てて苦笑いを浮かべる少し大きなガキんちょに笑いかける。

 

「むぅー、穂乃果はガキんちょじゃないもんっ! ほら、身長も伸びたししっかり発育もしてるんだからっ!」

 

そういって胸を張る穂乃果。着ている服がワンピースと言うことも当って体の曲線はよく分かる。中学も二年目に入り身長ももう大人の女性と大差がそこまでなくなり、体の方もシルエットから肉付きも良いことが分かる。分かる、分かるのだが、それを俺にアピールしてどうなるのだ。俺はどんな顔をすればいいのか。人生日々問題とぶつかる毎日だがここまでの難問は中々ない。きっと、今の俺の顔は何とも言えない顔になっているに違いない。

 

「はいはい、それはよかったな。それよりも竿の準備できたから餌つけて適当に釣ってていいぞ」

 

反応に困るときは適当に流すに限る。今までの短い人生で学んできた数少ない処世術の一つだ。いや、そんなもん処世術じゃねぇぞって言わればそれまでだけど。

 

「えー、釣りするのー、穂乃果暑いよぉ」

 

「釣り以外に何をするんだよ。それに暑いといってもあの道中考えれば全然マシだろ」

 

道中歩く道は舗装された道路。上は灼熱の太陽、下には真っ黒のアスファルト。上からも下からも熱を発する。そりゃもう蒸し風呂という表現をするのがぴったりだ。あと十分も歩き続けていればダウンしていた自身が俺にある。若い時ならいざ知らず、俺はもう若くないのだ。

 

「うーん、それはねぇ。ねぇねぇお兄ちゃん今ズボンのポッケに何か入ってる?」

 

「いや、携帯も財布も上着に入れているから特に何も入っていないな」

 

試しにポケットに手を突っ込んでみたがそこには何もない。

 

「ふふふふ、そうなんだっ! じゃあ、竿をそこにおいてここまで来てよ」

 

「はぁ? なんでそんなことを」

 

「いいからいいからっ!」

 

よく分からんが別に何か減るわけではないので竿を地面に置き、穂乃果の元まで歩く。

 

「えへへ」

 

「で、どうしたんだ?」

 

穂乃果の横まで足を進めれば小川のふちまで後一歩のとこまできた。ここまでくれば小川の水もよく見える。いつも通り透明で冷たそうだ。透明度が高いおかげで川魚の影もしっかり見える。

 

これは釣りを始めれば今日も大量に釣れそうだな。そんな暢気なこと考えていたそんな時だった。

 

「それはね――」

 

ふっふっふっ、と不気味な笑みを浮かべる穂乃果が横目に入った。あぁ、何か嫌な予感がする。

 

「――こうするんだっ!!」

 

フラグの回収は早かった。穂乃果は急に俺の方に走り出すとその小さな手で俺の背中を勢いよく押した。

 

「ちょっと、お前――――ザブンッ!」

 

いくら俺が男で穂乃果が女の子だったとしても不意を思い切りつかれたからには結果は見えている。俺はロクに言葉を残せないまま、水に落ちる。冷たい水が一気に俺の火照りを奪っていく。

 

「えへへへっ! 大成功!」

 

「何が大成功だよっ! ビックリしたじゃねぇか!」

 

この小川の水深は浅い。深い箇所さえ除けば深い所でも俺の胸辺りまでしか水はない。それ以外ならよくて腰付近。だから、昔ならともかく高校三年生にもなって溺れる心配はない。ないのだがいきなり川に落とされれば誰だってこんな反応になる。

 

「いつもガキんちょガキんちょ言って穂乃果を虐めるお兄ちゃんへの反撃だよっ!」

 

「お前なぁ……」

 

「えへへへ」

 

「それでお前はどうするんだ? ワンピースにかからない程度に入るか?」

 

一度落ちたものはもうどうしようもない。どうせ全身びしょ濡れならこれを機に泳ぐ以外の選択肢はない。どうせ、毎回この川で泳ぐときは短パンとTシャツだ。穂乃果もそれをしっていたため、俺をこうやって落としたのだろう。

 

「え、何を言っているの?」

 

本気で何が何か分かっていない顔だ。

 

「ん?」

 

「穂乃果も泳ぐに決まってるじゃん! お兄ちゃんだけ涼しい思いをさせるわけにはいかないよっ!」

 

「あっ、おい待てお前」

 

俺の静止を聞く間もなく穂乃果は履いていたサンダルと頭の麦わら帽子を投げ捨てるとそのままの勢いでドボンっと川に飛び込んだ。

 

水しぶきが空に上がり、そして重力に従って水面に次々と波紋を作る。

 

「ぷふぁっ! 水が冷たくて気持ちいい!」

 

穂乃果が顔を出す。もう既に体中が水に浸かっていた。

 

「おい、ガキんちょ。お前着替えとか用意してるのか?」

 

「ん? なにも……穂乃果手ぶらじゃん」

 

何を言っているの? 穂乃果の顔はそう言っていた。

 

「じゃあ服の下に水着着ているとか?」

 

「ううん、穂乃果ここに水着もってきたことないよ」

 

そりゃそうだろうな。俺もお前の水着姿をみたことないし。

 

「と言うことは今着ている服が全部という訳だ」

 

「うん、さっきからお兄ちゃん何言っているの? 昔は穂乃果も服のまま泳いでいたじゃん!」

 

何を言っているの、と言いたいのは完全にこちらだ。確かに昔は俺と同じように服のまま飛び込んでいたが、それは穂乃果がまだ小学生の時でそれに服装もホットパンツに上の服も色が濃い服だった。

 

「あぁ、もう俺からは何も言うまい。ただ一つ言っておくけどその状態で立ち上がるなよ」

 

天然天然と思っていたがまさか、ここまでとは。

 

「え!? 何言っているの、今日お兄ちゃんおかし…………」

 

そう言いながら穂乃果は俺の忠告を無視して立ち上がる。穂乃果が飛び込んだあたりだとおそらく腰辺りしか水位はないはずだ。

 

そして、彼女は自分の服装に気づく。

 

彼女の今日の服装は淡い色の夏物のワンピース。当然生地は薄い。水にぬれれば肌に張り付く。それに昔と違い穂乃果も成長して体の丸みも服の上からでも分かるようになった。

ここまで言えば後は言わなくてもいいだろう。そう、透けるのだ。

 

漸く俺の言っていた意味が分かったのか穂乃果はものすごい勢いで顔を真っ赤に染める。

 

「お兄ちゃんのエッチっ!! 変態っ!! 馬鹿っ!! お兄ちゃんっ!!」

 

コイツ、濃い色のをしてきてやがったな。

 

 

 

 

――――――――――――

 

―――――――

 

―――

 

「ごめんね、お兄ちゃん今日は」

 

夕暮れの中二人で歩く。幾分か気温はさがり昼間のような殺人的な日差しも収まり随分と過ごしやすい気温となっていた。蝉の声もどこか涼し気に聞こえる。

 

「まぁ、気にするなよ」

 

俺は後ろをとてとてと歩く穂乃果の方を見ないように応える。結局穂乃果の服は乾くことはなく今は俺が来ていたジャージを上から羽織っている。一般男性の平均よりも7,8cmは高い俺でも少し大きいジャージだ。穂乃果が着ればお尻までギリギリ隠れる。ギリギリ隠れはするのだが、華の女子中学生にとっては恥ずかしいに違いない。心配りが出来る男子高校生を目指している俺はそれを読み取ってここまで穂乃果のことを視界に納めないようにやってきた。決して性欲が崩壊しそうだとか、そんな後ろ向きな理由ではない、決してだ。って、俺は誰を説得しているんだろうか。

 

「それじゃあ、このジャージは洗って明日もってくるね」

 

会話もそこまでないまま穂乃果の祖母の家に到着。

 

「いや、時間があるときでいいから気にするな」

 

「うん、いつもいつもありがとうお兄ちゃん」

 

「気にするな、ガキんちょの世話をするのも年上の務めさ」

 

「うぅー……ガキんちょじゃ……ガキんちょじゃないもん」

 

何だか元気ないな。分からなくもないが、穂乃果“らしく”もない。

 

「それじゃあな」

 

「うん、また明日」

 

「あぁ、それと――」

 

俺は一歩足を踏み出し、後ろ見ずに言う。

 

「お前が来ている俺のジャージの右ポケットに手を突っ込んでみろ」

 

「右ポケット……?」

 

ガサガサと言う音が蝉の合唱の合間から聞こえる。

 

「これは……?」

 

恐らくいま穂乃果は黄色の小さな包装紙をもっているはずだ。

 

「リボンだよ。色は何が好みか分からなかったから、適当に黄色を選んだ。髪がそこそこ長い癖にお前が結ってること見たことないからな、会うか分からんが俺なりに選んで買ってきた。気に入らんければ捨ててくれ」

 

「なんで?」

 

「お兄さんからのプレゼントだよ。今日誕生日だろ? 明日一日遅れで渡そうと思ったんだけど、予想よりも一日早く来たからな、なら誕生日の内に渡しておくよ。誕生日おめでとう」

 

確か、穂乃果と初めて会った日。アイツは『むぅ、ガキんちょじゃないよっ! 穂乃果、昨日十歳になったもんっ!』と言った。あの日の日付は八月四日。それさえ覚えておけば誕生日プレゼントを渡す事くらいわけない。もうかれこれ数年の付き合いの妹分だ。プレゼントの一つや二つあげても罰は当たらないだろう。

 

 

さて、と俺の用事は終わった。後はかえってゆっくり体やすめるか。なんだかんで今日は疲れた。

 

「お、お、お」

 

そんな俺の背中に声がかかる。言うまでも無く穂乃果の声だ。

 

「ん? どうか――」

 

それ以上俺が言葉を紡ぐことは出来なった。

 

「お兄ちゃんっ!! ありがとうっ! ありがとうっ! 大好きだよっ!」

 

後ろからトンと軽い衝撃と柔らかい感触。

 

「おい、穂乃果いきなり抱き着くな! 竿持ってるし危ないんだぞっ!」

 

「だって、だって嬉しくっ! ひっく……穂乃果、お兄ちゃんに誕生日プレゼント貰えるなんて思っても無くて」

 

「おい、そしたらなんで泣いているんだよっ! お願いだから背中で泣くのは勘弁してくれっ!」

 

近所の人に見られたら……って、この辺りはその人も貴重だったか。

 

まぁ、とりあえず俺はもう暫く家には帰れないらしい。

 

思えばこの日からだっただろうか、穂乃果がその肩まで伸びる髪を右サイドで黄色いリボンにくくる髪型になったのは。まぁ、地元の方でどうかは知らないが、少なくともそれ以降俺はその髪型しか見ていない。

 

 

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