真夏の二十四日 作:夏草
「はいよ、お釣りの400円ね。ありがとさん」
穂乃果を少しだけ待たせて買い物をする。せっかく夏祭りに来たのだ、お世話になっている祖父母へのお土産でも買っていこうという算段だ。しかし、まずったな予想以上に時間がかかってしまった。これはお詫びに何か穂乃果に買っていった方がいいな。
「さて、と。あのガキんちょはどこに行った」
辺りをきょろきょろと見渡せばすぐに淡い赤の浴衣と茶色の髪が目に入った。やはり、普通の人とは違う、一線を画している言えば良いのだろうか。人の目をこれでもかというくらい引くのが穂乃果と言う人間だ。全く知らなければ芸能人と言われても納得できる。そんなオーラが彼女にはあった。
「ん……?」
近づいてみると何やら雰囲気がおかしい。
「なぁ、姉ちゃん、俺たちと遊ぼうや!」
「見たことないけどこの辺りのひとじゃないでしょ!」
「そそ、俺たちが案内してあげるからさ」
よく見ればこちらに背を向けている穂乃果の前には金髪三人組。年のころは俺と同じくらいか俺よりも少し下かその程度。あぁ、失敗した。やっぱり穂乃果を待たせておくんではなくて一緒に行動すればよかった。これだけ人の目を引くんだ。そんな美少女が一人でいれば男が放っておく訳がない。改めて俺の馬鹿さ加減が嫌になってくる。
「ちょっと、困ります。私、人を待ってるんで」
「えぇーいいじゃん。放っておいても問題ないって」
「そうそう!」
ギャハハハと馬鹿みたいな笑い声が聞こえる。自己嫌悪に陥るには少しばかりまだ時間が早いようだ。反省会はやることが終わってすればいい。
「ちょっと、手を放してくだ――」
野郎の一人が穂乃果の手を掴んだあたりでようやくたどり着いた。
「――ちょっと、お兄さん方俺の彼女に何かようか?」
穂乃果をかばうように前に立つ。
柄ではないのは俺も分かっている、後で存分に笑ってくれ。もう少しこんな役割が似合う三枚目になりたいところだが、いまさら言ってもしょうがない。それは来世に少しばかり期待しよう。
「お兄ちゃん」
よほど怖かったのか穂乃果は俺のシャッツを後ろから掴む。
「何だお前?」
「何だって? この子の彼氏だよ! 俺の女に何か用か?」
少しばかり三人と睨みあいになる。向こうは何も言わないし、俺も何も言えない。欲を言えば荒事にだけはしたくない。去年とは違い今年は少しばかり厳しい。体力面でも他の面でも。
そして、数秒後
「――ちっ、なんだ彼氏も持ちかよ」
しけた帰るぞ、そんな言葉共に三人の男は俺達に背を向けて歩き去る。
ふぅ……助かった。あのまま荒事になっていたら祭りを楽しんでいる人にも迷惑をかけるだろうし、穂乃果にももっと怖い目を合わせていただろう。そして、俺自身としてもこれは正直に言って助かった。
「おい――――」
その先に続くはずだった大丈夫か、と言う言葉は俺の口から出ることは無かった。
――ポスン。
擬音に表すならこうだろうか。そんな柔らかい感覚と共に暖かさが俺の背中を包む。そして腹には回された二本の細い腕。
「うっぐ、怖かったよぉ。お兄ちゃん」
「……すまない」
背中に暖かさを感じながら俺はそんなことしか言えなかった。
と、そんな時――
『兄ちゃんやるじゃねぇか!』
そんな声が聞こえた。目線をやればたこ焼き屋をやているおっちゃん。
『かっこよかったぞ兄ちゃん!』
『俺も駆けだそうとしたけど、兄ちゃんの方が早かったな!』
『あたしも後数年若ければこんな亭主じゃなくてアンタみたいな好青年と結婚したんだけどね!』
『数十年の間違えだろ! あぁ、俺も分かればなぁ、嬢ちゃんみたいにかわいい子とお付き合いしたいんだどなぁ!』
『そうだな、俺もあと三十年、いや四十年』
『アンタがいくら若くてもあんな別嬪さんは無理だよ』
たこ焼き屋のおっちゃんだけではない。他の出店のおじちゃんも、そして祭りに来ていた人も次々に言葉をかけてくれる。思えば、ここは出店の立ち並ぶメイン通り、大声は出していないとはいえ、だいぶ目立っていたようだ。
「あははは……」
とりあえず、笑みを浮かべておく。困った時は笑顔に限る。
「…………ふにゅぅ」
恥ずかしさからか、穂乃果は俺の背中に顔を埋めて動く気配はない。どうやら籠城を決め込むことにしたようだ。
『あら、彼氏にかくれちゃって可愛らしい」
『ほんとほんと』
『ワハハハハハ』
美少女に抱き着かれて役得と言えば役得なのだが、この状況どうすればいいのか、誰か俺に教えてくれ……。
――――――――――――
―――――――
―――
「今日は楽しかったね、お兄ちゃん」
夜の帳が完全に落ち切った道を穂乃果と二人並んで歩く。都会とは違い街灯なんて一つもない道。しかし、それでも月と星明りのおかげで道ははっきりと見えた。電気なんて本来人間にとっては必要ではないのかもしれないと、そんなことをふと思った。
穂乃果の手には透明のビニール袋。中では黒と赤の金魚が仲良く月明かりの下泳いでいた。
「あぁ、そうだな」
蝉の声も祭りの雑踏ももう聞こえない。代わりに聞こえてくるのは夏の夜の虫。頭上には満月と天の川が見える。都会では見れない田舎ならではの風景だ。
「ねぇ、お兄ちゃん少し話さない?」
穂乃果の祖母の家の明かりが見えてきたとき急に穂乃果が足を止めた。それにならい俺も足を止める。
「どうした?」
「うん、実はお兄ちゃんに伝えたい事があって――」
「―――お兄ちゃんって今、恋人いなんだよね?」
「あぁ、悲しいことにな。世の中の女性は目がない様だ」
「ふふふふ、そうだね。そ、それでね――」
すこし緊張したような口調。それは生ぬるい夜風に運ばれて俺の耳によく届いた。
下唇を噛み、何か重大なことを決断するかの様な表情。顔は少し赤みを帯びていた。
あぁ、分かった。いや、分ってしまったと言うべきだ。穂乃果の今までの態度を顧みてさらにこの乙女の様な表情。いくら、俺でも分かってしまう。ゲームに出てくる主人公ほど俺は鈍感ではない。寧ろ敏感だと言ってもいいだろう。だから、分かる。分かってしまう。穂乃果がいいたいことを。
「あ、あのね」
その先を言わせてはいけない。
そう訴えるのは脳なのか、それとも心なのか。いや、その両方かも知れない。俺とこの少女の関係はあくまでも兄と妹のようなものだ。
そう、それ以上も以下も無い。だからこそ、そこから先はないのだ。あってはいけない。
「実は……」
彼女に全てを話せば、それがどう転んでも俺たちは元の鞘には戻らない。一となり、二となり、三となった暁には泥帯水の陋を遺憾なく示して、本来円満の相に戻る訳にはいかないんだ。
俺はそんなことを望んでいない。彼女には彼女にふさわしい誰かがいる。
「穂乃果は」
その誰かは間違いなく俺ではない。先のない俺ではあってはいけないのだ。
「お兄ちゃんのことが――」
脳内でいくら会議しても仕方がない。彼女には悪いが少々強引でも――。
「穂乃果かい? 帰って来たのかえ」
俺の考えがここまでまとまり何か言葉を発しようと息を大きく吸い込んだ時だった。声が聞こえた。明かりのついている穂乃果の祖母の家からだ。優しそうな女性の声。
「――す、え?お婆ちゃん!?」
いきなりの事で穂乃果は顔を真っ赤にしながら話す。
「やっぱり、穂乃果かい。声が聞こえたんでね。お兄ちゃんと一緒かえ?」
「う、うん、お兄ちゃんと一緒! ごめんね、お兄ちゃん話の途中だけど穂乃果帰るね、また明日ねっ! バイバイ!」
顔を熟れトマトのように真っ赤にしながら穂乃果はそう捲し立てるよに言い放つとパタパタと家に入ってしまった。うむも言わせぬ早業だ。
その背中が見えなくなるまで見おくって、
「……はぁ」
と一つ息を吐く。本当に助かった。あのまま行けばろくでもない結果になることが分かっていた。だからこそ穂乃果のお婆ちゃんには感謝しないとな。
安心したら急に疲れが出てきやがった。全く若くないとは辛いねぇ。あぁ、そう言えば今日何も口に入れてないんだったなぁ。全く散々だ。
ため息交じりに見上げた空には俺の気も知れずにキラリと流れる一陣の光が見えた。
願い事? んなもんする暇ねーよ。