真夏の二十四日 作:夏草
「ねぇ、お兄ちゃん」
それは今年の夏の出来事。時刻は既に日が落ち切った後。空には真ん丸な月が我が物顔をしながら横柄に浮かんでいる。星は見えない。雲一つないはずなのに星が一つも見えないのはこれいかに。自分自身の事だと言うのに苦笑いが零れそうだ。
「ん? どうした?」
草の匂いを生ぬるい風が運んでくる。蝉の声はしない。聞こえるのは夜の虫の声。
「穂乃果ね、今年の冬にもう一度ラブライブに挑戦しようと思うんだ……」
場所は穂乃果と初めて出会った場所。つまり、何時もの縁側だ。
そこに並んで腰かけながら穂乃果は空を見上げる。服装は何かオシャレな服。俺には名前も分からない女子っぽい服装。色はオレンジがメイン。すまない、女性の服なんて詳しくないんだ。次何かあるときは少しは勉強くらいしておこうと思う。
その目に映っているのは月なのか、星なのか、それとも天の川なのか。もしくは流れ星かもしれない。全て俺が今まで見て来たものだ。
「そうか、頑張れよ。応援している」
「ありがとう、お兄ちゃん。でもね、心配なんだ。本当にラブライブで優勝できるかって」
穂乃果にしては珍しい弱気な発言。全くらしくない。
「大丈夫さ」
「え?」
別に気休めで言っている訳ではない。俺の心の底から確信している言葉だ。昼間に聞いたスクールアイドルというものが何か俺には分からない。巷で流行っているらしいのだがテレビを見ない俺にとってはよく分からない存在だ。
でも、これだけは分かる。この高坂 穂乃果と言う少女を八年間見てきた俺には分かる。これだけ真っ直ぐで人を引き付ける少女が青春をかけてそれに打ち込むのだ。失敗するはずがない。それが何であろうとも成功の二文字しかないはずだ。
「大丈夫さ。何も心配要らない。一生懸命ただひたむきにやっていれば、間違いなく優勝できるよ」
もしや、多分、かもしれない、なんていう言葉は使わない。IFはあり得ない。高坂 穂乃果は全てにおいて幸せを掴みとる。そんな存在だ。
主人公……。
そう主人公だ。高坂 穂乃果は間違いなく主人公だ。俺のようなモブとは違う。何も出来なかったやつは違う。周りの皆を巻き込み、一緒に成長する主人公だ。この少女を現す言葉としてこの三文字以上の物はないだろう。
「お兄ちゃん……」
月明かりをうけ青く光る眼が俺を捕らえる。
成長して美しくなった少女の美貌を月はさらに引き立てる。
こりゃもう、誰がどう見ても文句なしの美人だな。まったく、本当に大きくなったよな。
「だから、心配するな。俺が言うんだ間違いない」
「うんっ! ありがとう! お兄ちゃんに言われると本当に出来る気がして来たよ! 本戦はテレビ中継もあるから見ててね」
「あぁ、任せろ」
「約束だよ」
「あぁ」
そこで一旦会話は途切れる。夜の虫の音と風が木々の間を吹き抜ける音。風鈴の音はない。去年俺が帰った後に雀が突っ込んで割れてしまったそうだ。それに今から聞こえてくるテレビの音。祖母がテレビでも見ているのだろう。
会話はないとはいえ、別に嫌な沈黙ではない。
僅か毎年三日間だけとはいえ八年の付き合いだ。お互いのことは十分に分かっている。この沈黙もどこか心地よいものだった。
どれくらいたったのだろう。夜の虫の声を聞いて、生ぬるい夜風に身を預けて、そして横に座る彼女の体温を感じて。
一分なのか、十分のなのか、それとも一時間なのか。
もしくは、数秒かも知れないし、数時間経ったのかも知れない。はたまたそれのどれにも当てはまらないなんて言うことも有り得る。
「ねぇ、お兄ちゃん――」
少女は静かに沈黙を破る。
――諸行無常。
全ての物には終わりがある。永遠に続くもの有り得ない。それは人間の命もそうであるし、人と人の関係もそうだ。そう俺と彼女の関係もこのままなぁなぁではいけないのだ。
そして彼女は発する。
ゆっくりと琳朗となる純白な声で、終わりの言葉を。
「――ねぇ、お兄ちゃん。月が、月が綺麗だね」
「…………」
この期に及んで意味を知らないと言うことは無い。俺は夏目漱石の大のファンだ。
「やっぱり、何も応えてくれないんだね」
「…………」
沈黙は金、雄弁は銀。昔の人はそう言ったらしいが、この場合に沈黙するのは果たして本当に金なのだろうか。
誰かに答えを聞きたい。
俺がとるべき最善の手段は何だったのかと。でも、そんな人はいない。人生本当に困った時は自分一人で全てを解決しなければならないのだ。
ポンと暖かい感覚が右手を包む。横に感じていた体温がもっと強くなる。
目線をやる必要はない。
「ねえ、お兄ちゃん……。上手くいけば今年の十二月、クリスマスの日がラブライブの本戦なの……。もし、もしもそれで優勝したら、返事を聞かせてくれる?」
「――――」
もう思い出せない記憶。
俺はあの時、彼女に何と言っただろうか。
唯一つ分かることはこうして、俺と彼女の八年間、たった二四日の夏は終わったと言うことだ