千葉ラブストーリー   作:エコー

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彼女は、ずっと想いを秘めていた。
誰にも語られることのない、彼女の中の回顧録。


独白

 

 電流が走った。

 この話を聞いたら、半分くらいの人が嘘だと云うだろう。そしてもう半分は、夢見がちな思春期の幻想とでも断じるだろうか。

 でも、事実なんだよ。

 偶然あいつに触れた瞬間、電流が走ったんだ。

 勿論、静電気だったなんてオチは無いよ。

 巧く表現出来ないけど、お腹の奥がきゅっとなるような、不思議な感覚だったことだけは事実だ。

 

 本当のあたしは我儘だ。

 本当のあたしは弱虫だ。

 本当のあたしはすぐ泣くし、気に入らないと額をぐりぐりと何かに押し当てたくなる。

 そして、本当のあたしは……凄く甘えん坊だ。

 

 そんな自分を押し殺して過ごす日々の中で、あいつに出会った。

 第一印象は「知らない奴」だった。

 次に抱いた印象は「お節介」。

 その次は……もう好きになりかけていた。

 我ながら安上がりな女だと思う。インスタントラーメンよりもお手軽かよ、と自分を嘲笑したくもなる。

 だって、去り際に軽く云われた、あからさまに冗談だと分かる言葉だけで、あんなに胸が沸騰してしまったんだから。

 それからの日々は、ずっとあいつを見てた。今思うと病んでたよね、絶対。

 やってる事はストーカーと一緒だもん。

 でも、あいつを見つめるのは学校と予備校だけだったから、何とかギリギリセーフだったと思いたい。

 

 修学旅行が終わった二年の秋にさ、弟に頼まれてあいつの妹に会ったんだよ。そしたら、そこにあいつがいて、生徒会長の候補が云々とか云ってた。でもあたしは、あいつのことしか考えられなかったから、思わず「あんた」って云ったら苦笑された。

 初めてあいつが笑顔を向けてくれた日だ。苦笑だったけど。

 

 それからは時々だけど予備校で話す様になったんだよね。

 冬休みの予備校で、突然話し掛けられた時にはびっくりしたけど、嬉しかったなぁ。

 内容は他愛ない話。

 あたしがたまたま白い服を二日連続で着て行った時、「白、好きなのか」

 って。

 恥ずかしくなっちゃって「何、悪い?」とか云ってしまった。

 そしたらあいつ、何て云ったと思う?

「いや。意外と似合うな」だってさ。

 それからあたしは白が好きになった。

 

 クリスマスやバレンタインも一緒に居られた。と云っても学校絡みのイベントだ。

 あいつの側にはいつもあの二人がいて、凄く羨ましかった。

 遠巻きにあいつを見ていたら平塚先生に「最近、良い顔をしてるな」なんて云われた。

 まさか恋してるなんて云えないから「寝不足じゃ無くなったんで」とか適当に返したら、すっごい素敵な笑顔を返された。

 ああいう素敵な笑顔が似合う女性になりたいな。そしたらあいつも。

 

 高校生最後の新学期。

 あたしとあいつは別々のクラスになってしまった。

 文理選択までは同じだったんだ。違ったのは、私立志望か国立志望か。

 あたしは、家の負担を減らしたくて地元の国立単願のつもりでいる。あいつは私立へ行くらしい。予備校で聞いたら、なんか運命の大学を見つけたとか息巻いてた。

 あいつの色んな顔を見られるのは嬉しい。

 でも、これで会えるのは予備校だけになってしまった。

 

 夏休みは楽しかったなぁ。

 何しろ夏期講習で週に三日も会えるんだ。

 あたしは予備校の時間中ずっとあいつを見ていられる様に、前日に予習してた。

 予備校の為に予習だなんて、我ながら馬鹿だと思う。でもそのお陰であいつを見ていられたし、なんと模試の結果も良くて、初めてのB判定を貰えたんだ。

 良い事づくめの夏だった。

 

 秋になり、冬が来て。

 あっという間に受験シーズン到来。

 合格すれば、あいつは千葉から居なくなってしまう。

 センター試験を控えた正月、弟や妹と初詣に行った。あいつの分も合格祈願しようとして、思わず戸惑ってしまった。

 きっと受験に失敗すれば、来年度からも千葉にいてくれる。

 そんな悪い考えが過る。

 駄目だ。あいつの幸せを願ってあげなきゃ。

 あたしに出来ることはそれくらいだから。

 

 三学期になると三年生は殆んど自由登校だった。そんな中、一足先に受験を終えたあいつが律義に登校してるのを見て苦笑してしまう。

 今思えば、あれは奉仕部との別れを惜しんでたんだよね。

 結局、奉仕部の三人がどういう関係に落ち着いたのかは解らなかった。

 

 あいつは志望する大学に合格した。

 ま、当然だよね。あいつずっとA判定だったし。

 これであいつは春から東京。地理上はお隣だけど、すごく遠く感じた。

 

 卒業式。

 本当はさ、第二ボタンが欲しかったんだよ。

 でもあたしは……云えなかった。

 烏滸がましいと感じた。あたしにはそこまでの関係は築けなかったから。

 だから、代わりに袖口のボタンを貰いに行ったんだ。

 そしたら、あいつのブレザーには一つもボタンは残ってなかったんだ。

 前のボタンは三つ。袖口の小さなボタンは二つずつ。

 奉仕部の二人は分かるよ。あと生徒会長さんか。

 でも。あとの四人って、誰だったんだろ。

 そういえば、前の生徒会長さんとか平塚先生がきゃっきゃ騒いでたっけ。

 気になるなぁ。

 

 桜の季節。

 あいつと通った予備校の前で足を止める。

 合格の験担ぎで植えられたと云う染井吉野も満開で、風にひらひらと舞う花弁を独りで眺めていると、たった数ヶ月前の日々が幻想のように思える。

 思い出すのは、あいつの顔と仕草。

 きっとあの日々は、あたしにとっての青春だったんだ。

 

 四月。

 あたしは地元の国立大学にいた。

 とりあえず必修を中心に適当に予定を組んで、新しい生活をスタートさせた。

 大学の授業、講義には当たり外れがあることを初めて知った。

 知識があるからって、教えるのが上手いとは限らないんだね。

 でも、どんな講義だろうと文句は言わない。

 あたしには夢がある。

 あいつみたいな生徒を、あたしが見守ってやるんだ。

 不器用で怠け者で、そのくせ器用で働き者。

 捻くれていて、でも優しくて。

 自分から貧乏くじを引きまくって、いつも損ばっかりしていた優しい男の子。

 そんな子たちを、今度こそあたしが守ってやるんだ。

 

 梅雨。

 紫陽花の咲く季節に、懐かしい顔に再会した。

 同級生だった、女の子のように可愛い男の子。

 彼は、相変わらず柔らかい笑顔を湛えていた。

 挨拶もそこそこに彼は「何か寂しそうだね」なんて云うから驚いた。

 続けて「忘れられない?」とか云ってきて、すべて理解出来た。

 ああ、目の前に座る彼には、あたしの秘めた想いは見抜かれてるって。

 まあ、あいつの数少ない友達の一人だし、あいつの友達をやってるって事は、内面を見抜く目を持ってるって事だ。

 彼はこうも云った。

「忘れられないなら、きっとそれは本物だね」

 果たしてそうなのだろうか。

 あたしはずっと、恋なんて一過性の熱病の様なものだと思っていた。

 時が去れば、いつかは忘却の彼方に消えてしまうものだと。

 でも、忘れられない。それどころか気持ちは大きくなる一方だ。

 父親が口ずさんでいた「会えない時間が、愛育てるのさ」なんて歌詞が浮かぶ。

 きっと今のあたしがそうなのだろう。

 しかし、報われない愛が育ったところでどうなると云うのだ。

 そんなもの、決して実りはしない。

 誰かに伐採されてしまうか、朽ち果てる末路しか思い描けない。

 

 でも、目の前の彼は違う意見を持っていた。

「次に八幡に会った時が勝負だね」

 そんな。会える訳ない。

 あいつは東京にいるんだ。

「きっと夏休みには帰ってくるでしょ」

 夏休み、か。

 あいつの大学って、いつから夏休みなのかな。

「八幡から連絡が来たら教えるから、頑張ってね」

 その言葉は真実だった。

 

 七月中旬。

 半信半疑のまま交換したアドレスからメールが届いた。

 そこには、あいつが帰ってくる日が記されていた。

 あいつが帰ってくる。

 それだけであたしは浮かれてしまう。

 安上がりな女の再来だ。

 逢えると決まった訳じゃないのにね。

 気がついたら、あいつの好きなコーヒーを数本買っていた。

 その一本を手にとってプルタブを開けて、一口流し込む。

 甘い。甘ったるい。

 でも、あいつと逢えたら、あいつと触れ合えたら……こんな甘さじゃ済まないだろうね。

 

 その時のあたしは、本当にあいつと再会出来るなんて、思わなかったんだ。

 

 

 




お読みいただき、誠にありがとうございます。
今週末の投稿までお休みするつもりだったのですが、書いちゃいました。

もうすぐこの物語は終わりを迎えます。
今週末には更新しますので、何卒宜しくお願いします。

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