千葉ラブストーリー   作:エコー
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今回のお話は、川崎沙希視点で進行します。
では、どうぞ。

2016.06.19 ちょっとだけ表現を変えました。


KUWABARA KUWABARA

 

 あいつのアパートを見に行ってから二日。

 今日は、久しぶりにあいつがあたし、川崎沙希の家に来る。

 というか、まだ二回目だったね。しかも最初はあたしが半ば強引に連れ込んじゃったんだけど。

 その時、は……初めてのキス、しちゃったんだっけ。しかも、あたしから。

 

 あれから一ヶ月。

 いろんなことがあったけど……またあいつを家に招待出来るのは、すごく幸せなことだ。

 しかも今度は前回の様な騙し討ちではない。双方合意の元での招待だ。

 

 東京からの帰り。

 このところ毎日の様に比企谷家にお邪魔していたので、たまにはあたしの家にも呼びたいって言ったんだ。

 そしたら、あいつったら「スーツは大学の入学式のヤツでいいか」なんて言うから、びっくりしちゃった。一体何を考えているんだか。

 比……八幡には普段着でいいよと言ったけどね。お昼ご飯に招待するだけだし。

 

 今日のメニューは洋食にしてみた。といっても、あたしに作れる洋食のメニューなんて限られてるけどね。

 本当は和食の方が得意なんだけど、弟や妹のリクエストでたまに作るんだ。

 今日は、その数少ない洋食のレパートリーの中からハンバーグとドリアを作って、サラダを添えた。

 ハンバーグは、ちょっと大きな普通の合挽きのやつ。ラードで焼いて両面を少し焦がした後、たまに父親が飲んでる赤ワインを拝借して蒸し焼きにしてみた。このやり方だと、肉が柔らかく焼き上がるし、変に焦げない。

 フライパンに少し残ってる、肉汁入りの赤ワインも勿論捨てずに使う。

 ハンバーグを取り出したフライパンに醤油と酢を入れて一煮立ちさせ、そこに大根おろしを加えれば、和風ソースの完成だ。

 こうすれば無駄が無いし、フライパンを洗うのもちょっとだけ楽になる。

 ドリアは、時間がかかるから予めオーブンで焼いておいて、あいつが来る二分くらい前にチーズとパン粉をかけて仕上げの焼きを入れれば完成。

 あと、ジャガイモが安かったからポタージュも作ってみた。

 

 もうすぐ正午。

 そろそろ来る頃かな。

 

 実は、今日あいつを呼ぶのは家族には内緒だ。

 大志は二学期が始まっていて夕方まで高校だし、下の弟と京華は夜まで両親と祖父母の家に行っている。

 つまり。

 短くても大志が帰宅する夕方までは、二人きりになれるのだ。

 二人きりになったら、沢山話して、沢山触れて、沢山匂いを……えっちだよね、あたしって。

 

 さて、もう一度確認っと。

 お昼ご飯の準備はバッチリ、サラダもしっかりトマト抜きだ。

 MAXコーヒーは冷蔵庫に三本入ってるし、あたしもしっかりシャワー浴びたし……って、べ、別に何かを期待してる訳じゃないんだからっ。

 まあ、あいつのことだから……きっと手を出してはくれないだろうけど。

 

「……たまには髪、下ろしてみようかな」

 

 ポニーテールを解こうとした時、玄関のチャイムが鳴った。

 おっと、こうしちゃいられない。ドリアの入ってるオーブンをぐりっとセットして、玄関にダッシュ!

 

「い、いらっしゃい!」

 

 つい大きな声で言ってしまった。

 

「……元気が売りのラーメン屋かよ」

 

 早速の軽口だけど、しっかり緊張してるみたい。

 だって、目がバタフライで泳いでるもの。

 その様子が何だか可愛くて笑ってしまうと、決まりが悪そうに頭をがしがし掻いて、そっぽを向いてしまった。

 

「あいにく今日はラーメンじゃないよ。ご飯もうすぐ出来るから、上がって」

「あ、ああ。お邪魔します……」

 

 スリッパを出して迎え入れる。と同時にあいつの靴をくるっと回して爪先を玄関のドアに向けておく。

 これはもう習慣というか、癖だ。

 家族が五人もいれば、靴は整頓しないとすぐ散らかって、文字通り足の踏み場が無くなってしまう。

 まあ、靴をあっちこっちに脱ぎ散らかす大志の下の弟よりかは、あいつの方が全然行儀良く脱いであるけどね。

 ふと視線を感じて見上げると、ひ……八幡は感心した様に唸っていた。

 

「お前、すげぇな。小町なんかいつも脱ぎっばなしで、自分の靴さえ揃えねぇぞ」

「ああ、これね。あたしの癖。うちは家族多いからね」

 

 ほーん、という呟きと同時に、ちょうどオーブンの音が鳴った。

 

「おっ、この匂い……グラタンだな」

 

 鼻をくんくんさせながら言うその顔は、どことなく無邪気で可愛い。

 

「惜しいっ、ドリアだよ」

 

 言いながら立ち上がり、背中を眺める。

 ……あれ、こいつって、背、少し伸びたのかな。

 ーー違う。

 今日のひ……八幡は、背筋が伸びてるんだ。それに、何気に足も長いんだよね。お腹も締まってるし、スタイル良いよね。

 今度なんか服作ってあげようかな。

 あたしが惚けていると、ぽんっと肩に手を置かれた。

 

「ふっ、そりゃ毎回サイゼでミラノ風ドリアを食べてる俺への挑戦だな。よかろう、受けて立つ」

 

 ううっ、こいつったら、良い笑顔でくだらないこと言うんじゃないよ。体温上がっちゃうじゃないの。

 

「さすがにお店には負けるって。さ、早く」

 

 熱々のドリアが入ったココットを食卓のランチョンマットの上に並べ終えると、あいつの目は食卓に釘付けになっていた。

 

「おお、相変わらず美味そうだな。もう食べてもいいのか?」

「その前に手を洗っておいで」

 

 苦笑しながら洗面台に歩くその背中に、思わず抱きつきたくなる。

 駄目。これからご飯なんだから。

 自分を戒めて、ポタージュのスープ皿の器を食卓に置く。

 

 うん。これでオッケー。

 さあ、存分に召し上がれ。

 

  * * *

 

 ふう。

 ちょっと作り過ぎたかな、と思ったけど、全部綺麗に平らげてくれた。

 嬉しい。

 鼻歌混じりでお昼ご飯の後片付けを済ませて、あいつの座るリビングへ向かう。

 

「お疲れ様」

「はいね」

 

 この何の変哲も無いやり取りが心地好い。

 でね、あたしが隣に腰を下ろすと、照れ臭そうにちょっとだけ顔を逸らすんだ。

 

「ち、(ちけ)え……」

 

 ーーほらね。

 でも、逃がしてやんない。

 そうしてると、今度は向こうから寄ってくる。もう肩と肩はくっ付いてる。しっかり食後のMAXコーヒーの缶は握りしめてるけどね。

 

「しっかし、あのドリアは何なんだよ。あんな美味いの食ったことねぇぞ」

「どう? 299円より価値あった?」

「とんでもねぇ、あれなら千円は出せるな」

「ふふ、お世辞でも嬉しいよ」

「お世辞じゃねぇぞ。あれなら毎日でも食える」

「ありがとね、は……ちまん」

 

 実は……まだ名前で呼ぶのに慣れてないんだ。

 甘えてる時ならすっと言えるのに、普通の時は何だか照れ臭くって。

 だから、あたしは甘えてしまう。名前を呼びたいから。触れ合いたいから。

 

「お、おいっ、マッカンがこぼれるって……」

「こぼしたら、拭けばいいよ」

 

 構わず八幡に擦り寄ると、観念してくれたのか手に持った缶を置いてくれた。

 その手はそのままあたしの顎に当てられて、くいっと持ち上げられた。

 

 甘い香りが近づく。

 脳が痺れるような、甘美な香り。

 

 軽く触れた口唇が、離れてはまた触れる。

 まるで抗えない引力が働いている様な、不思議な感覚。

 彼の口唇が、指先が、香りが、あたしを満たしていく。

 ずっとこうしていたい。

 ずっとこのままーー。

 

「はちまん……」

 

 ソファの上、彼の太ももに頭を乗せる。何という安心感。見上げれば彼の顔がそこにある。

 ずっとずっと。二年間も縮められなかった距離が、今はゼロになっている。

 彼の指が、髪をくすぐる。

 

「あ……ちょっと待って」

 

 あたしは、もっと撫でて欲しくって、ポニーテールを(ほど)く。

 

「もっかい、して」

 

 癖がついた髪に手櫛を通して再び彼の太ももに頭を置くと、以心伝心の如く、彼の指はあたしの髪を梳いてくれる。

 ん、気持ちいい。最高だよ。

 これはきっと、八幡だからなんだろうな。

 今日は、本当に呼んで、よかったーー

 

  * * *

 

 ーー夢の中、チャイムの音が鳴る。

 あれ、自分で夢の中って自覚してる。これ明晰夢ってやつだ。

 もう、誰なんだ。あたしは今、最高に気持ちの良い夢を見てる途中なんだよ……。

 ガチャリと音がした。

 現実の音だ。

 ぼんやりした視界の中に立っていたのはーー。

 

「ーーお、お母さん!?」

 

 えっ?

 えっ、えっ?

 な、なんで……?

 

「まあ、沙希ったら」

 

 慌てて現状を把握する。

 あたし達はソファの上で抱き合ったまま、眠ってしまったらしい。

 そして今のあたしは、彼の上に乗っかって……ええっ!?

 

 ーー見られた。

 親に見られた。

 八幡は……まだ呑気に寝てる。

 

「……本当、見たのがあたしで良かったわね。お父さんが見たら卒倒するわよ」

「なんで!? なんでもう帰ってきたの!?」

 

 動揺丸出しのあたしに、お母さんはキッチンへ向かいながら苦笑した。

 

「その様子だと、あたしだけ先に帰るってメール、見てないのね」

 

 え、メール?

 全然気づかなかった。

 八幡に夢中で……なんて言ったら怒られそうだから言わないけど。

 

「ご、ごめん……」

「まったく……お父さんにはバレない様にね」

「う、うん……」

 

 そうだ。こんなことでお父さんを怒らせたら、週末のお泊まりも許可して貰えなくなっちゃう。

 

「それにしても、比企谷くんの寝顔、可愛いわね〜」

「そ、そうかな……」

「あら、あんたは可愛いとは思わないの?」

「お、思う……かな」

「ま、比企谷くんの上で眠ってた沙希の顔も可愛かったけどね」

 

 もうっ、その表現やめてってば。

 あたしの意に反して、けらけらと笑いながらお母さんはクローゼットを開ける。

 

「はい、彼に掛けてあげなさい。冷房入れっぱなしじゃ、寝冷えしちゃうわよ」

 

 お母さんの手には、薄手のタオルケット。

 

「でも、比企谷くんには沙希の肉布団の方が寝心地良いかしら」

「ちょ……なんて事云うのよ、実の娘に」

 

 言うに事欠いて、肉布団だなんて。

 でも、八幡の上……寝心地良かったな。

 

「あらあら、沙希も比企谷くんのお布団で二度寝したい、って顔してる」

「し、してないってばっ」

 

 やっぱり、誰もいない隙に家でいちゃいちゃってのは危険過ぎたみたい。

 これからしばらくは、このネタで揶揄(からか)われそうだよ……。

 

  * * *

 

「おきろー」

「ーーぐえっ」

 

 情けない鳴き声と共に、八幡が目を覚ましたのは夕方だった。

 

「こ、こらっ、けーちゃんっ」

 

 慌てて京華を止めるも、時すでに遅し。京華はぐっすり眠っている八幡の上にダイブしていた。

 

「んーーけーちゃんか、どした?」

「はーちゃん、遊ぼっ」

 

 かなりジャンプしてたから痛かっただろうけど、そんなこと(おくび)にも出さずに、のし掛かる京華の頭を撫でながら笑みを向ける。

 その柔らかな表情に惚けていると、同じ様に湿った目で見つめて頬を染める……お母さん。

 

「いいわぁ〜、とろける笑顔ね。あたしもあと二十年若かったら……」

「もうっ、お母さんっ」

 

 お母さんとあたしの声で、八幡の表情が固まる。

 

「……え、お母、さん?」

 

 ギギ……と音が鳴りそうなくらいに硬直させた首をこちらに向けてくる。そしてあたしと目が合って、その視線が少し右、お母さんに向いたところでピタリと止まる。

 

「……え? え? ええっ!?」

 

 慌てて京華を引き剥がして、ソファに畏まる。

 

「あ、あの、こ、こんにちは……その、えーと……」

 

 ぺこぺこと、起き上がり小法師(こぼし)の様に何度も頭を下げる八幡に同情してしまう。

 そりゃ寝起きでか、彼女の親がいきなりいたらパニックになるよね。

 

「ご、ごめん……あたし、つい眠っちゃって、起きたらお母さんがいて……ごめん」

「ーーいや、お前が悪い訳じゃないだろ。どちらかと云えば、他所様のお宅でうっかり眠りこけてしまった俺が悪い」

 

 本当にもう、フォローまで捻くれてるんだから。

 お母さんに向き直った八幡は、深々と頭を下げた。

 

「……留守中に勝手にお邪魔してすみませんでした。この謝罪はあらためてーー」

 

 何とも真面目くさった物言いに、お母さんは真剣に八幡を見つめる。

 

「あら、何か謝罪が要るような悪いことでもしたの?」

「い、いえ、その様な真似は決して」

 

 とくん、と胸が鳴った。

 その様な真似をして欲しい、なんてちょっとだけ思ってしまったりもした。なんて言ったら、はしたない女って思われる、かな。

 

「ならいいじゃない。たまたま娘が彼氏を連れてきて、そこへ偶然あたしが早く帰ってきた、それだけよ」

「は、はぁ……」

 

 恐縮しきりな八幡に、さらにお母さんは追撃を続ける。

 あれ、今、口の隅っこが笑った……?

 やばい、お母さんたら何を仕掛けるつもりなの。

 

「それにね、例えば沙希に色んなことをしちゃっても、それは悪いことじゃないわ。同意の上でのことなんでしょ?」

「ま、まあ、そうですけど……え?」

 

 誘導尋問が成功したお母さんは、にやりと大人の笑みを浮かべた。

 

「……ふーん、やっぱりしてたのね〜」

 

 やはり、お母さんは一枚も二枚も上手だ。

 敵わないなぁ。

 

「ーーで、どこまでしたの?」

 

 あたしも八幡も詰問の間中、冷や汗を流しまくっていた。

 

 

 




お読み頂き、ありがとうございます。
感想、批評、評価など頂けたら泣いて喜びます。
ではまた次回お会いしましょう。







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