千葉ラブストーリー   作:エコー

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前回のあらすじ(ウソ)

戦うことを宿命づけられた天使トツカエルが降臨した先は築30年以上のアパートだった。



天使にラブソングを 2

 

 引き続き本日のゲストは、戸塚彩加さんでーす!

 ということで都内の俺のアパートで繰り広げられたお好み焼きパーティー。

 参加メンバーは、スーパースペシャルゲストの戸塚、ホントは泣き虫な猫っ毛サキサキ、最近余計なことばっかりしやがる妹の小町、あと俺ね。

 

 最初は手本として沙希と小町が焼く担当者となって、そのうち戸塚が「僕もやってみたい、な」とエンジェルヴォイスを放ったところで焼き担当は交代。

 二枚のヘラを器用に扱いながら豚玉をひっくり返す戸塚は「なんだか部活の祝勝会みたいだね」と再び天使の息吹を振りまいた。

 そう云えば高校の時、何かのイベントの打ち上げでお好み焼き屋に行ったな。

 確か、雪ノ下がやけに猫を推してきて、対抗心を燃やした由比ヶ浜は犬を激推しし始めたっけ。

 その後の戸塚の「八幡、うさぎ」の一言で、小生敢え無く撃チン。

 何だそりゃ。すげぇ懐かしいな。

 ──しかし、昔は孤高のぼっちと自負していたこの俺が、友人との思い出を懐かしく思うなんて……中学生の頃は想像だに出来なかったな。

 残念なのは、その思い出に沙希はいないこと。まあその分、これから思い出を増やしていこう──

 

「あーもう、あんた焼き過ぎだって、焦げてるよっ」

 

 ──うん。これも思い出のひとつだな。

 

  * * *

 

 一キロあった筈の小麦粉は全て無くなり、具材もサラダも綺麗さっぱり四人の胃の中に収まった。

 

「美味しかったねぇ」

「喜んでもらえて、何よりだよ」

「はいっ、小町も大満足ですっ」

「ああ、さすがだわ」

 

 俺は知っている。

 小麦粉に水を入れて溶いている時に、さりげなく粉チーズと和風だしの顆粒を入れていた沙希の姿を。

 結果はご覧の通り、戸塚も小町も笑顔である。

 

 満足気な顔を突き合わせた俺たち四人は、あらためて食後のコーヒーを啜っている。勿論、俺の傍らには練乳が置かれている。

 それからの話題は、専ら大学の事だった。

 三人ともまだ一年生の為、ほとんどは一般教養課程の話だが、それでも各大学の特色めいた内容であった。

 沙希の通う地元の国立大学は、実はかなりレベルが高い。必須科目も多岐に渡り、さらに教育学部ということでどれも手が抜けないらしい。

 対して私立に通う俺や戸塚は、的が絞れる分だけ楽である。

 しかし、大学の話を始めた辺りから戸塚の表情は曇っていた。沙希も気づいている様で、戸塚と俺の間で何度となく視線を往復させていた。

 話に区切りがついた機を見計らって、戸塚に水を向ける。

 

「何か……あったのか」

 

 驚いた顔をする戸塚は俺の顔を見て、そのまま視線を沙希にスライドさせる。

 俺と沙希が小さく頷くのを見て、戸塚は語り出す。

 

「実はね、大学を辞めようと思ってるんだ」

「え……」

 

 戸塚の言葉に俺たちは一斉に目を丸くする。

 確か戸塚が通う大学は、決してレベルが高い訳ではない。戸塚の学力レベルから云えば楽に入れた大学だ。

 そのレベルの大学を戸塚が選んだ理由。それは、目指したい道に通じる学部があったからである。

 だが、戸塚は大学の環境に不安と不満を抱いていると云う。

 

「僕はね、体育教師になりたいんだ」

 

 しかも、戸塚が目指すのはただの体育教師では無いと云う。運動を科学的に分析し、効率的なトレーニングや怪我の防止、更にはマッサージやリハビリテーションの知識も欲しいと。

 だから──

 

「だから僕は、来年また別の大学を受験するよ」

 

 そう告げた戸塚の目の輝きは、彼の決意の現れだった。

 思わず黙ってしまった俺の代わりに、沙希が口を開く。

 

「そうなんだ……ま、あんたがそこまで云うのなら、決意は変わらないんでしょ。あたしは応援するよ」

 

 沙希の云うことは正しい。

 孟母三遷の言葉の通り、志高く学ぶ為には環境は大事だ。

 だが、せっかく半年以上も通った大学生活を無駄にして良いものか。

 否、良い筈は無い。

 時間は有限。貴重な資源だ。

 

「ちょっと待て戸塚」

「どうしたの、八幡」

 

 きょとんと可愛らしく顔を向けてきた戸塚のとつかわいさに若干の眩暈(めまい)を覚えつつ、俺は戸塚に提案する。

 

「それって、編入で何とかならないのか?」

 

 沙希は小さく声を上げた。小町は理解し難いらしく、頭から煙が出掛かっている様子だ。

 無理も無い。俺が高校二年生の頃も大学なんて遠い先の話だと思ってたし。

 でも実際は違った。

 大学受験は、あっという間に迫ってくる。

 幸い俺は、奉仕部での自主勉強やタダ同然で通った予備校の授業があったから焦らずに済んだけど。

 

「小町も良く聞いとけ。お前も再来年は大学受験だろ」

「えー、こないだ高校入試だったのに。まだ大学の話はしないで欲しいなぁ、ポイント低すぎ」

「アホ、一年半前の高校入試をこないだというなら、一年半後の大学入試も目前だろうが」

 

 見たくない現実を突き付けられて唸る小町を尻目に、戸塚に向き直る。

 

「編入が出来れば、今の大学の授業もまるっきり無駄にはならないだろ?」

「そ、そうだけど……そうかぁ、編入か。考えもしなかったなぁ」

「それだけ思い詰めてたんだね……悩むと視野が狭くなっちゃうから」

 

 ソースはあたし、と云わんばかりの苦笑いを浮かべる沙希に、少しだけ心が痛くなる。

 この夏、沙希を悩ませ、視野を狭めたのは俺だ。俺の判断ミスが沙希を、ひいては自分自身を苦しめた。

 

「ありがとう八幡、沙希ちゃん。僕、二年から編入出来る大学を探してみるよ」

 

 先程までの沈痛な面持ちは何処へやら、戸塚の顔は秋晴れの空の様に爽やかだった。

 

「また八幡に助けてもらっちゃった。駄目だね、僕って」

「それは違うぞ戸塚。お前だから、戸塚だから編入という提案を出来たんだ」

「え。どういうこと?」

 

 再びの可愛らしいきょとん顔にまたしてもクラクラしながら、告げるべき言葉を探す。が、俺がその言葉に当たる前に沙希が話を引き継いだ。

 

「戸塚、あんたさ、あたしや八幡よりも主要科目の合計点、上だったでしょ。理由はそれだと思うよ」

「そうだな。つまり戸塚は俺たちよりも地頭が良い。だからこそ難しいと云われる編入試験を薦められる」

 

 ほとんど沙希が代弁してくれたが、この案は学力が無いと成立しない。

 裏を返せば、俺や沙希よりも学力の高い戸塚ならば編入試験を突破出来る可能性が多分にある。

 

「八幡、沙希ちゃん……」

 

 戸塚の目には雫が溜まっていた。

 初めて見た戸塚の涙。それ程までに思い詰めていたのかと、今更ながらに思ってしまう。

 

「ま、あたしの方でも二年次に編入出来る大学を探してみるよ」

「でも……」

「戸塚。あんたは元ぼっち二人のサポートじゃ不安かも知れない。けど、あたしはあんたの役に立ちたい。友達だと思ってるから」

「沙希ちゃん……」

「俺も同じだ、戸塚。つーか沙希さん、俺の台詞を少し残しといてくれない?」

「ふんっ、こういう台詞は、先に云った者勝ちなんだよ」

「へいへい、そうでございますね」

 

 ドヤ顔の沙希に溜息を吐くと、戸塚が噴き出した。

 声を上げて笑う戸塚の目には零れそうなくらいの涙が溜まっていた。

 無言のまま、ベッドの脇に常備してあるボックスティッシュを差し出して、戸塚から視線を外した。

 天使だの第三の性別だのと云ってはいるが、戸塚は男だ。

 じろじろと泣き顔を見られるのは本意ではないだろう。

 

「八幡……」

「あんた、やるね」

「うるせぇ、テーブルを拭こうと思っただけだ」

 

 そっぽを向いた俺の手を、座卓の下で沙希がぺちんと叩いた。

 その手を俺が軽く叩くと、再び沙希が叩いてくる。

 

 ぺち、ぺち、ぺちん。

 

 座卓の下で互いの手を叩き合って小競り合いをする俺たちに、戸塚は今年一番の笑顔を見せてくれた。

 

「ありがとう。二人とも、頼りにしてるよ」

 

 見ると、話に入れなかった小町が、よよよ、とわざとらしく泣いている。

 

「お兄ちゃん……成長したね。小町も育てた甲斐があったよ……」

「年下に育てられた俺って何なの? 存在自体がパラドックスなの?」

 

 てへっと舌を出して笑う小町の頭に、でべしっとチョップを食らわせたくなったが、今そんなことしたら舌を噛んでしまう。苦渋の決断で頬を引っ張るに留めておいた。

 

「ははは、相変わらず八幡と小町ちゃんは仲良しだね〜」

「まあな、なんだかんだ云っても兄妹だしな」

「お兄ちゃん、そこは愛してるから、でいいんだよっ」

「おう、もちろん愛してるさ」

「小町は全然だけど、ありがとっ☆」

 

 こいつ……まったく反省してねぇな。

 

  * * *

 

 工員、矢野悟志(さとし)

 もとい、光陰矢の如し。

 楽しい時間はあっという間と云うのは本当らしい。まあ本来の意味とら違うな。

 あと工員の矢野悟志(さとし)さんも関係無い。

 

 とにかく時間の感覚が狂いに狂い、気がつけば日は傾いていて、時計の針は戸塚の滞在リミットまであと一時間ほどに迫っていた。

 

「さあて、小町はちょっと買い物してくるね。戸塚さんの帰りの飲み物くらい用意しなきゃ申し訳ないもんねっ」

 

 小町は戸塚の軍用ジープで千葉まで送ってもらうらしい。

 つーか、帰る間際だと云うのに買い物に出掛けるって、我が妹ながらマイペースが過ぎやしないかね。

 飲み物なんか途中のコンビニとかで買えば……あっ、あの車じゃ道端に停車しながらの買い物は難しいか。都内のコンビニって駐車場あるとこ少ないもんな。

 

 小町が居なくなり、元同級生だけになった部屋の中に短い沈黙が訪れる。

 その沈黙を破ったのは、戸塚だ。

 

「八幡、沙希ちゃん。今日は本当にありがとう。すごく楽しかった。また来ても、いい、かな」

「おう、戸塚ならいつでもエブリデイ大歓迎だ。何なら合鍵渡しとくか」

「あんた、相変わらずだね」

 

 呆れる沙希に戸塚の視線が止まる。

 

「沙希ちゃん、本当に良かったね」

「うん……ありがとう。世話を掛けたね」

「僕は何にもしてないよ。行動したのは沙希ちゃんだし、頑張ったのも沙希ちゃんだよ。でもね」

 

 主語の無い会話を重ねつつ冷めてしまったコーヒーを飲み干した戸塚は、今度は俺に顔を向ける。

 

「実は、あんまり心配はしてなかったんだ。八幡なら大丈夫って、思ってたから」

 

 向けられたのは、柔らかく優しい笑み。

 そこには悪意はおろか他意すら存在しない様に思える。

 こういうのを全幅の信頼、とでも云うのだろうか。

 自分が抱いた感情に何だかむず痒くなる。

 座卓の下、沙希の冷んやりした手が俺の手の甲に重ねられる。

 顔を向けると、そこには普段よりも一層柔らかな笑みを浮かべた沙希の顔がある。

 戸塚は、この目の前の女の子の笑顔を俺に会わせてくれた。

 ならば俺は、戸塚の為に最大限の尽力をしよう。絶対に戸塚の希望に合致する編入先を探し出してやろう。

 

「──戸塚は、俺たち二人の恩人だな」

「そうだね。戸塚の助言が無ければ、まだあたしは何もせずに悩んでたと思う」

 

 こう見えて川崎沙希は筋金入りのぼっちである。人を寄せつけないという一点に於いては、自称ぼっちマイスターである俺すら凌駕する程である。

 だが目の前の天使、戸塚の意見は違った様だ。

 

「ううん、そんなんじゃないよ」

 

 即座に否定されて面食らった沙希と、理由が解らずにおろおろする俺。

 そんな俺たち二人に春の陽射しの如き天使の微笑みが降り注いだ。

 

「僕はね、八幡と沙希ちゃん、二人の友達なんだよ。だから恩人なんて他人行儀に言わないで欲しいな。それに」

 

 天使の微笑みが段々と赤みを帯びていく。

 まさか戸塚、俺に……ふひ。

 

「ぼ、僕も……沙希ちゃんに相談に乗ってもらってたから。好きな子のことで」

 

 ……。

 ……は?

 な、なん、だ……と?

 我が耳を疑った。超疑った。

 うっかりカスタマーセンターに電話しようかと思ったわ。てか何処のだよ。

 

 ──よし、落ち着け俺。

 いや落ち着けるかよっ。

 

 戸塚が、戸塚が!?

 天使で可愛くてウサギ推しの……戸塚があああ!?

 

 淡い期待は音を立てて崩れた。つーか俺は何を期待してたんだよ。

 バカバカ、俺のバカ!

 

「なに苦虫に噛み潰されたような顔をしてんの。戸塚ってモテるんだよ」

「何で俺が噛み潰される側なんだよっ」

 

 ニヤニヤして俺を見るなサキサキっ。

 いや、戸塚がモテるのは解るよ。

 可愛いし可憐だし、可愛いからね。何ならその可愛さは世界の共通認識だろう。

 でも、でも、でも──

 

「もし上手くいったら、祝福して、くれるかな」

「もちろんだよ。ねえ八幡」

 

 沙希は賛同するも、まだ俺は混沌の最中にいた。

 

「戸塚に彼女、戸塚に彼女……うそだ……」

「駄目だ、比企谷が夢の中から帰ってこないよ」

 

 この時の沙希と戸塚の苦笑を、俺は知らない。

 

 沙希の冷んやりした手に頬をぺちぺちされて正気に戻った俺は、居住まいを正して戸塚に向き直る。

 

「──戸塚、今度その子をここに連れてきなさい。お父さんがじっくり話してあげるから」

「あんたいつから戸塚の父親になったんだよ」

 

 頭を抱えた沙希が零すが、今はそれどころではない。

 

「細けぇこたぁいいんだよ。な、戸塚」

「う、うん、ありがとう。じゃあ今度、ダブルデートしよっか」

「うん、それあるっ!」

 

 思わず何処かで聞いた台詞を口走る。同時に浮かんだろくろを回す懐かしい顔に脳内で回し蹴りを食らわせて、咳払いをひとつ。

 とにかくもう、戸塚と出掛けられるなら何でもいい。沙希と戸塚、(まさ)しく両手に花だ。

 戸塚の相手の女子には、申し訳ないがモブ化していただこう。

 つーか、戸塚の相手って……女子、だよね?

 

  * * *

 

 午後六時。

 戸塚と小町が帰った部屋の中、俺は沙希に縋っていた。

 

「沙希ぃ……どうしよう、戸塚に彼女が出来るかも知れないなんて……」

「あんた、何も泣く事はないだろうに」

「だってさ、突然過ぎるって。俺、何の心の準備もしてなかった……」

「どんな準備が必要だったか、ぜひ教えて欲しいもんだね」

 

 苦笑いしつつも、沙希は俺の髪を優しく撫でてくれる。

 

「あんたはさ、友達が幸せになるのは嫌?」

「そうじゃない、そうじゃないけど」

「だったらさ、あんたも戸塚を応援してやんな。友達なんだからさ」

「それとこれとは話が別だろ……」

「どこがどう別なんだか」

 

 態勢を変えられて、沙希の太ももに俺の頭が乗せられた。暖かくてふわふわして、心地よい。

 沙希は俺の顔を覗き込みながら、髪に手櫛を通してくる。

 うん、カマクラの気持ちがちょっと解るわ。

 

「あんた……寂しいだけだろ」

「うるせ、そうだよ」

 

 図星をつかれて開き直る。

 なんせ戸塚は、誰にも相手にされなかった俺に対して普通に声を掛けてくれた、たった一人の友達だ。

 その事が、どれだけ俺の救いになったことか。

 そんな思考を知ってか知らずか、沙希は優しく諭す様に語りかけてくる。

 

「何処にいようと、誰と付き合おうと、戸塚は戸塚だよ。あたしたちの友人であり、恩人なんだ」

 

 んなこと解ってる。

 分かってるんだよ。

 

「それにさ、戸塚が選んだ相手なんだから大丈夫。戸塚の人を見る目は確かだからね」

 

 ふん、何を言ってるんだ。戸塚が悪い女に騙されてからじゃ遅いんだぞ。

 

「やめれ。何を根拠(ソース)にそんなこと……」

 

 ぺしっ、と俺の額を軽く叩いた沙希は、目尻を下げて優しく微笑む。

 

根拠(ソース)はあんた自身だよ。戸塚はさ、高校二年の時にあんたと仲良くなりたいって言ってきたんだろ?」

「そうだけどさ」

「ほら見な。やっぱり人を見る目は確かなんだよ。あれだけいたクラスメートの中からあんたを選んだよ。その戸塚をあんたが信じないでどうするのさ」

 

 言葉に詰まった。反して、脳は回転を上げて記憶を遡ってゆく。

 

 戸塚を戸塚と認識したのは、高校二年の一学期だ。

 ひとりベストプレイスで昼食を摂っていた時に由比ヶ浜に話し掛けられ、そこにラケットを持ったジャージ姿の美少女が現れた。

 それが戸塚彩加だ。

 のちに性別を知って愕然としたのもはっきり覚えている。

 それから、たまたま体育でテニスをしたり、奉仕部として戸塚の依頼を受けたりした。

 戸塚は努力家だった。

 雪ノ下が作成した無茶とも思えるトレーニングメニューを弱音ひとつ吐かずにやり遂げた。

 そんな戸塚を、俺はただ見ていた。

 それからは、学校行事の班決めの時には声を掛けてくれるようになった。

 同情では無く、押し付けの優しさでもない。ただの友達として、だ。

 戸塚は何も求めない。ただそこにいて、普通に接してくれた。

 黒歴史とトラウマの海に沈んでいた当時の俺にとって、それがどれ程嬉しかったことか。

 まさに奇跡だったのだ。

 だから俺は、戸塚を信用できた。信頼できた。

 その戸塚が好きになった相手が良いヤツだってことくらい、嫌でも解るさ。

 

「……ふぅ、仕方ないね。ほら、もっとこっちにおいで」

 

 足を崩した沙希の腕に抱かれる。カーペットの上、クッションを枕がわりに、俺と沙希は身をひとつに重ねた。

 

「寂しいかも知れないけどさ。戸塚の幸せを祈ってあげよう……って、あたしが云わなくても分かってるよね。あんたは」

 

 ああ、分かってる。

 戸塚の幸せは、きっと俺と沙希にとっての朗報だ。だからこそ俺は心配になる。

 

「今夜は思う存分甘えていいから、さ」

 

 その夜、俺は沙希に抱かれて眠りについた。

 そんな俺たちを薄っすら照らす痩せ細った月は、微かに笑っていた。

 

 




お読み頂きましてありがとうございました!
大天使トツカエル編の後編、いかがでしたでしょうか。

これから少しずつですが状況は動き出します、多分。

では、いつになるかは未定ですが次回もよろしくお願いします☆

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