千葉ラブストーリー   作:エコー
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前回までのあらすじ
……。
……忘れちゃった。

今回は戸塚来訪の翌週の月曜の大学でのお話です。


君は僕のなにを好きになったんだろう

 
 月曜日というのは、何故こうも憂鬱になるのだろう。
 別に天気が悪い訳ではない。見上げれば見事な秋晴れの空が羊の群れを浮かべている。
 それに今日は大学の授業も少ない。
 もっと云えば大学自体、全然嫌いではないのである。
 大学は何より自由だ。
 決まった単位数さえ履修すれば、誰でも卒業の権利が与えられる。
 代わりに卒業の権利を得ない自由も存在しているのだが。
 興味がある事柄については深く探究できるだけの資料もあるし、無口だが博識の教授もいたりして、そういう自分より知識を持った人物と意見を交換出来るのは非常に楽しい。
 こないだなんか、空き時間を持て余した教授に捕まって、三時間ほど「源氏物語」が書かれた理由、背景について語らってしまった。
 超楽しかった。
 もう、一生大学生でいたい。
 なのに、である。
 月曜日は人を鬱にさせる魔力を有しているのか、外に出たくない、家で寝ていたい、働きたくない等々、邪な考えが沸き起こるのだ。

 つまり。帰りたい、千葉に。

 俺が家を出た理由は二つ。
 一つは、小町の為。
 総武高校に入ってからの小町は甘えグセがついていた。小町が一年生の時の課題や宿題は、文系はほとんど俺に回ってきた。
 何度か自分でやるように云ったのだが、その度に上目遣いでうるうる見つめられると突き放せなくなり、俺が折れるしか無くなる。
 だから俺は、家に俺がいない方が良いと思い、親に無理を云って都内のアパートを借りてもらったのだ。
 もう一つは自分の為である。
 大学を卒業すれば、どんなに嫌でも社会に放り出される。ニートとしての輝かしい人生を研鑽出来れば重畳なのだが、それをあの母親が許すとは思えない。
 それならば、早い内から世間という「毒」を身に染み込ませて社会に対する免疫力を高めるべきだ。
 幸いにも身分はまだ学生。世間の毒はまだ薄かろう。ならば薄い毒から徐々に馴らしていけば、社会に出るまでにある程度の耐性を持つ事も可能なのではないか。
 そう考えたものの、未だにサークル活動には拒否反応を示してしまう俺がいる。

 さて、愚考を重ねる間にキャンパスに着いてしまった訳だが。

 俺が通う文学部は、本校キャンパスとは道を隔てている別の敷地内にある。
 生徒の男女比は四対六で、女子の方が多い。
 だが俺には一切関係はない。何故なら、友達なんていないんだもんっ。

 午前九時前という時間帯のせいか、まだ学生の姿は疎らだ。
 今日あるのは必須科目。ついこないだ源氏物語が書かれた目的について食堂で論争を繰り広げたおじいちゃん、寒川教授の授業だ。
 この寒川教授、学生たちには非常に不評らしい。
 その理由は単純明快。サボれないからである。

 いつも寒川教授は授業の開始時と終了時に出席を確認する。つまり、出席をとり終えたら退室してばっくれる、という手段が使えないのだ。
 だがしかし、途中退室など学費の無駄遣いとしか考えられない俺にとって、それは好都合でしかない。
 その手の理由で敬遠される教授の授業には、必然的に真面目な学生だけが集まるのだ。その上、その絶対数は少ない。
 その少数の真面目な学生だけが参加する授業は、それはもう有意義な時間だ。有象無象と関わることなく授業に集中出来るのだから。
 他の必須科目も俺は同様の理由で、不人気な教授ばかりを選りすぐって受けていた。
 また、そういう教授に限って教えるのが上手い。
 元々開始と終了に出席をとる程の教授なので、真面目だし熱心だ。

 話は戻って、源氏物語が書かれた目的についてだが、教授は仲間の貴族への当てつけと言い、俺は単なる暇つぶしと断じ──。

「──比企谷くん、ちゃんと聞いていますか」

 ──な、真面目だろ。

  * * *

 授業が終わると同時に寒川教授を追い掛け、大学の転入について尋ねてみる。勿論、戸塚の件の絡みである。
 この教授、真面目なのだが物腰は非常に柔らかい。まさに好々爺そのものである。

「どうかしましたか?」
「ええ、お聞きしたい事がありまして」

 教授は顎に手を当てて逡巡し、ふむと頷いた。

「キミ、この後の予定は?」
「午後に愛甲(あいこう)教授の授業が一コマありますが、それまでは何もありません」
「では、ちょっと早いですが昼食に参りましょうか。今日の日替わりランチは若鶏の香草焼きらしいですよ」

 飾り気の無い革バンドの腕時計を見ながら朗らかに笑う。

「丁度良い、彼女も呼びましょう」

 寒川教授は、千鳥格子のジャケットの内ポケットからスマホを取り出して電話を掛け始めた。

 お昼前だからなのか、学食には空席が目立っていた。窓際に設置されているカウンターテーブルなどは人気の席なのだが、今日はまだ半分以上空いている。
 そのカウンター席に並ぶのは、俺と寒川教授。そして俺の横には……愛甲教授がいる。

 愛甲教授は美人である。
 年の頃は四十代だろうか。よく言えば男好きのする顔、悪く言えば不倫顔、とでも喩えるのが妥当か。
 その何とも言えぬ大人独特の色香を漂わせるせいで、一部の熟女好き男子学生の評価だけが飛び抜けて高いのだが、授業自体は不人気である。
 そりゃまあ、九十分間ずっと熱弁を揮っていればウザくも感じるか。
 そのせいか、愛甲教授はいつも疲れた顔をしている。それが大人の哀愁漂う色香と曲解されているのを本人は知らない。

「で、話とは」

 若鶏を一欠片、もにゅもにゅと咀嚼し終えた寒川教授が問うてきた。

「はあ、実は」

 戸塚の現状とその目指す先が合致しそうにない事を端的に説明し、転入手続きがある大学を探している旨を伝えた。

「比企谷くん……友達いたんですね」

 おぅふ、久々の反応だぜ。
 一緒に話を聞いていた愛甲教授は、驚嘆の表情を浮かべて俺を見ている。
 寒川教授はその様子を笑顔で見守っている。

「比企谷くんは非常に稀有(けう)な人物ですからね、付き合える相手も自ずと絞られてしまうでしょうね」

 相好を崩した寒川教授は穏やかに俺を評する。稀有と云われたのには些か納得がいかないが、概ね合っているので反論のしようが無い。
 非常に稀有、という表現が若干「頭痛が痛い」的な感じなのは、この際触れずにおこう。

「まあ、そうですね。未だに此処では友人はいませんし」

 軽く同意すると、愛甲教授は薄く笑みを浮かべて言葉を繋いできた。

「それは貴方が友人を欲しないからね。貴方、大概の事は一人でやってしまいそうだし」

 こちらにも概ね同意だ。他人の意思が入ると考えなければならないことが倍加するし、何より効率が悪い。
 例を挙げるなら小町とその友人の勉強会だ。
 一度だけ実家のリビングでその光景を見たことがあるが、あれは勉強会ではなく雑談会だ。それぞれの視線はノートや参考書に向かっている癖に、ページは一向に捲られないのだ。おしゃべりはペラペラと進んでいくのにな。

「一人の方が楽なんです。他人の意思や意見が入ると面倒です」
「はは、やはり比企谷くんは面白い」
「それで、さっきの転入の件だけど──」

 寒川教授の駄話で脱線しかけた会話を戻すべく、愛甲教授が口を開いた。

「この大学に限っていえば、君の云うとおり二年次の編入は受け入れていないわ。都内の私立大学には二年次の編入を受け入れる大学はあるけど、それもあまり勧められないわね」
「理由をお聞かせ願えますか」

 愛甲教授は、カフェオレのカップの縁についた口紅を指でなぞって、俺の問いに回答する。

「簡単な話よ。二年次での編入を受け入れている大学は、学生が不足しているのよ。つまり、必然的に学力レベルは低くなる。だからと云って教える内容のレベルが低いとは一概には言えないけど」

 つまりあれか。
 二年次での編入を歓迎する大学の目的は、分不相応な大学に入学してしまってレベルの高さに苦労している学生たちの受け皿になることか。

「難しいのはそこね。貴方の友人がどの程度の学力を持っていて、どの位の知識を求めているかが分からない以上、何とも言えないわ」
「はあ。戸塚……友人は、体育の教師になりたいらしいです。しかも怪我のケアや、効果的なトレーニング方法なども勉強したい、と」

 聞き終えた愛甲教授は、俯き瞑目している。やはり難しいのだろうか。
 しばしの沈黙の後、口を開いた愛甲教授の表情は固い。

「……その条件に合致する学部を探すのは困難ね。体育教師になるなら教育学部か体育大学になるけれど、故障のケアやトレーニング方法となると医療やスポーツ科学の分野になるでしょうから」

 段々と愛甲教授の口調に若干の熱が篭ってきた。寒川教授は相変わらず笑顔で鶏肉をもにゅもにゅしている。

「その彼の願望を叶えるならば、教育学部にいながらスポーツ科学の学科を受講出来る大学を探すか、大学を卒業した後に医療系の専門学校に通うのが現実的だと思うわ。あとは、オープンキャンパスという手もあるわね」

 肩で息をし始めた愛甲教授は、そこで一旦話を止めた。
 その一方、満足気な表情で「ごちそうさま」と手を合わせる寒川教授。
 寒川教授はその満足気な顔を向けて一言。

「若いうちは、そうやって悩んで学んでいくものです。久々に今日の昼食は楽しかった。ありがとう」

 いや、別にあんたの食事を充実させる為の話じゃないからね。

「お礼にコーヒーをご馳走しましょう。ちょっと待っていてください」

 空の食器を載せたトレイを持って、寒川教授は去っていく。
 まったく、マイペースな好々爺だ。

「時に──」

 向こうでコーヒーを注文する寒川教授の背中に苦笑していると、愛甲教授が話題を変えてきた。

「貴方は文学部で顔と名前が一致する学生はいるの?」
「いや、名前は全員知りません。ほぼ誰とも関わりが無いので」
「自信を持って言えるのがある意味清々しいわ。その分だと、気づいていないようね」

 は、はい?
 それって、その。
 そう云う切り口で話し始めるってことは、つまり……良くない事、ですよね。
 まあどうせ、文学部に目の腐った不審な男がいるとか、たまにキョドってキモいとか、そんな感じだろう。
 つーか、それ以上のことを云われたら泣くぞ。

「秋学期に入って、貴方の噂を聞くようになったのよ。一部の女子からね」

 ほら来た。女子が関わっている時点で俺の推測はほぼ正解じゃねぇか。余りにも正確無比な自己分析能力に、ちょっとだけ涙が出そうだぜ。

「──どうせ、キモいとか暗いとか、そんな感じでしょう」

 この先襲ってくる心のダメージを緩和する為に先手を打つ。
 だが、愛甲教授の反応は俺の予定には無いものだった。
 笑った。笑ったのだ。
 その笑い声は学食の中で響き渡り、一気に周囲の目を引いてしまう。

「まったく気づいてない、か。大した鈍感力だわ」
「……どっちかと云えば、俺は過敏な方なんですけどね」

 自分の中でほとんど定型文となった言い回しで否定するも、やはり大人の女性は一枚も二枚も上手(うわて)のようだ。

「誰も貴方の夜の営みは聞いていないわ。多少の興味はあるけれど」

 なんか目がエロいんですけど教授。だから舌なめずりとかしないでください。こちとら童貞真っ只中なんですから。

「貴方、早く彼女を作りなさいな。そうすれば平穏な日々が送れるわ」
「いや、彼女はいますよ」

 言った瞬間に愛甲教授の瞳孔が開いた。
 俺なんかに彼女がいるのは、そんなに衝撃なのだろうか。
 ま、衝撃だよな。俺自身未だに夢じゃないかと疑うし。

「……いつから?」

 震えた声で問われる。これって答えなきゃいけないんですかね。
 あ、目が真剣だ。言わないとこの後の授業でひどい目に遭いそうなくらいに恐怖を感じる目だ。

「夏休み……千葉に帰った時からです」

 白状すると、愛甲教授の肩がかくんと下がった。

「はあ、そっちが原因か」
「何なんです、それ」

 まさか。俺って彼女が出来るとキモさが倍増する特異体質だったのかしら。

「彼女が出来たことによって、貴方の男性的な魅力が開花したのかもね」

 はあ?
 話の意図がまったく理解出来ないのですが。

「俺に魅力ですか? そんなものありませんよ」
「なら、貴方の彼女は貴方の何処を好きになったのかしらね」

 言葉に詰まった。

「女は狡猾な生き物よ。魅力が無い男には見向きもしないわ。一部の例外を除いて、ね」

 例外。喩えるならば中学時代の折本かおりの様な人物か。もしくは一色いろは。あいつは俺にだけは当たりが強かったけど。
 おっと、うっかり黒歴史を紐解いてしまうところだった。

「魅力って、何なんですか」
「一般的に云えば、容姿、性格、才能、あたりかしらね」
「あとは金とか地位、権力……ですか」
「金も地位も権力も、すべて男の魅力の内よ。かなり限定的ではあるけれど」

 まあ、金があればモテるだろうな。
 その場合、実際モテてるのはその人物の後ろに控えている、福沢諭吉の大群なんだろうけど。
 後は、ステイタスだろう。
 例えば、偏差値の高い大学に通っているとか、一流企業に勤めているとか。芸能人の人気もその一種なのかもしれない。
 ざっと脳内で並べてみたけと、全部俺には当てはまらない。
 唯一該当しそうなのは大学の偏差値くらいか。
 ま、どうでもいいことだ。

「ただ、高校生と大学生では男を選ぶ基準が変わるのよ。大人と子供の考え方が違うのと同じね」

 真理かも知れない。
 小学校の頃は、足が速い奴がヒーローだった。
 中学生の頃は話題が豊富で明るい奴が、高校の頃は葉山隼人に代表される優しいイケメンが持て囃されていた。
 だとすれば、その葉山に見向きもしなかった沙希は、俺にどんな魅力を感じたのだろう。
 そもそも魅力なんて俺にあるのか。

 その疑問は、寒川教授が戻ってきた後も自分の奥底で燻り続けた。





お読み頂きましてありがとうございます。

今回は閑話を書いてみました。
あまり本編には影響しない(予定の)話です。

次回からはまた本筋に戻りますので、何卒よろしくお願いします。







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