この場を借りて御礼申し上げます。
本当にありがとうございます。
さて、感謝の意味を込めまして……
今回はただ二人がイチャコラするだけの回です。
いわゆる通常回w
金曜日である。
実に一週間ぶりの週末。
つまり今日は川崎沙希が来る日だ。
長かった。本当に長かった。
月曜日は良かったんだ。まだ沙希の料理が冷蔵庫に残っていたから。
だが火曜日からは忙しさにかまけて、ほぼお湯を入れて三分待つだけのお手軽な食事なのだ。あとは、たまにレタス買って千切ってマヨネーズかけただけのサラダくらい。
沙希の味に慣れちまうと、もう物足りないの何のって。
──いや、料理が恋しいだけだよ。別に独り寝が寂しいなんてないんだからねっ。
そんな訳で、今日の足取りはすこぶる軽い。何なら膝の可動域を越えてくるくると回してしまいそうな勢いである。
「たでーまー」
何時もの如く講義を終えてドラッグストアで手早く買い物をして帰ると、予想通りアパートの鍵は開いていた。
沙希が来ているのだろう。思わず顔が緩む。
つーかあいつと小町にしか合鍵渡してないし。
しかし、帰宅した俺を出迎えたのは……。
「にゃあ」
──猫だ。
いや、違う違う。
とりあえず噛み砕いて状況を整理しよう。
俺帰宅する、ドア開ける、猫耳をつけた沙希が「にゃあ」と鳴く──だと!?
「……にゃ?」
にゃ? じゃねーよ。
いや可愛いけど。普段とのギャップで超萌えるけどもさ。
猫耳以外の服装は、黒のタンクトップにレザーっぽい生地の黒のホットパンツに……猫の尻尾まで付いてるのかよ。
あ、あと首元にでかい鈴が付いてるな。
さて。
そんな猫耳娘が我がアパートの六畳間にぺたんと座っている。
それだけでマニアならば垂涎ものである。だって、マニアじゃない俺がそうだもの。
──いかんいかん。この場の空気に呑まれたら沙希のペースにはまってしまう。
けほん。
「なあ沙希さんや」
「にゃん?」
あー、ダメだこいつ。話にならないわ。
現実に引き戻さないと。そしてどんだけ恥ずかしい事をしてるのかを思い知らせてやるんだぜ。
「○○大学教育学部一年、川崎沙希さんっ」
「にゃにゃんっ」
ほむん、無駄にキャラ作りが徹底してるな。あくまでも猫になり切るつもりなのかね。
なら、これはどうだっ。
「ティラタタ、ティラタタ♪」
「にゃんころがっし、にゃんころがっし♪」
……すげぇ、完璧だ。
何が完璧かはよく解らんが。
つーかこのネタ知ってる奴がいるとは思わなかった。
さてはお主──
けぷこん。
さて、お遊びはこのくらいにして、まずは事態の収拾を図らねばな。
「おい」
「にゃ、にゃによ」
お、ちょっとだけ人間に近づいてきましたよ。
ふいっと目を逸らす仕草は猫っぽいけど。
「誰の入れ知恵だよそりゃ」
沙希がこんなことを思いつくとは考えにくい。よしんば思いついても実行するまでには至らないだろう。
となると消去法で考えて、誰かの入れ知恵という線しか残らない。
まさか「迷い猫オーバーラン!」とかうっかり読破しちゃって触発された訳でもあるまいて。
「うう……こ、小町に聞いたんだよっ。あんたが猫好きだって。あんたの家、猫飼ってるし、あんたが猫耳の女の子が表紙に描いてある小説を読んでたって……それで」
やはり小町か。
こういう嬉しい……いや余計な入れ知恵をする奴なんて、俺の周りではお節介な妹くらいしか思い当たらない。
しかし、まさか俺が「迷い猫オーバーラン!」を読んでるのを知っていたとは、油断も隙もあったもんじゃないな。
やはり世間は敵だらけ。
さて追求の続きだ。
「……それで?」
「ふ、不安だからさ、一応雪ノ下にも聞いてみたんだよ。そしたら『是非実行するべきよ。猫は正義だもの』って云うから……」
雪ノ下、と聞いて少しだけ身が強張る。
雪ノ下雪乃。
前章で俺に告白してきて、それが切っ掛けとなって俺と沙希は一時的に離れた。つーか前章って何だよ。
そんな経緯からして、沙希が雪ノ下と接触することはまずあり得ないと思っていたのだが。
「雪ノ下と、会ったのか」
「うん、学部は違うけど同じ大学だし……」
「そ、そうか」
思いっきり失念していた。千葉市内に国立の大学は一校しか無い。しかも陽乃さんも沙希と同じ大学だった。
こんな事、以前なら簡単に推測出来ただろうに。
やっぱり幸せボケしてるのかな。
「でさ、たまたま大志の部屋で見つけたエロほ……雑誌に、猫のコスプレが乗っててさ」
ほほう。「エロほ」まで言ったらバレバレだけど、それはまあいい。あと大志がマニアックな趣味を持ってることは本当にどうでもいい。
「で、雪ノ下の姉さんに相談したら、妹の方が猫に詳しいって。だから……相談した」
あーそれ、聞く相手を間違えちゃったねサキサキ。陽乃さんにそんなエサ与えたら、面白くなる方向に誘導するに決まってる。
「──猫関連のことを雪ノ下に聞いたらダメだ。あいつ、猫に詳しいどころか、筋金入りの猫大好きフリスキーだから」
「げっ、そうなの? やけに猫耳や尻尾の素材にこだわってたからちょっと変だなって思ったけど」
やっちまった感丸出しで驚愕する沙希を見て、思わず苦笑する。
それを受けて、俯いて口を尖らせて、何かぶつぶつと呟いたと思ったら、咳払いひとつで吹っ切ろうとする沙希。
それもう猫じゃないよ。完全に。
「と、とにかく。今日のあたしはあんたの猫なのっ」
どびしっ! っと、全盛期の横綱ばりの力技で強引に軌道修正した沙希が小さく「にゃん」と鳴いた。
その割に、テーブルには食事の用意はバッチリなんだけどね。
猫の手というだけあって包丁使いは得意そうだけどさ。
「だから、さ」
はあ、と溜息を吐く間も無く、四つん這いの沙希がにじり寄る。
身体をしならせて歩み寄る姿は、猫というよりも大型肉食獣っぽい。
「か、かまって欲しい……にゃん」
あー、もうそれ猫じゃないな。もっと別の、エロい何かだな。
ピンク色に染まる心の呟きを余所に、沙希は胡座をかく俺の足にすり寄ってくる。
いや、可愛いよ。
すごく可愛いんだけどさ。
どうしてもエロい目で見ちゃうんだよなぁ。
アレの谷間とかソコの張り具合とか、特に。
「ま、まずは、メシ食わせてくれよ。折角の沙希のメシが冷めちまう」
俺は、食事と共に三十分ほどの執行猶予を手に入れた。
* * *
「ごっそさん。今日も美味かったぁ」
うん。満足満足。
今日の献立は和食だった。
豆アジの唐揚げに、生姜風味の茄子のおひたし、蓮根のきんぴら、それに豆腐とネギの味噌汁がついていた。
当然の様に全て美味かったのだが、これを目の前の猫耳娘が作ったのだと思うと、なんだか萌えるモノがある。
猫耳と首の鈴、尻尾を着たままで行儀良く食事をする沙希は若干シュールだけど。
食後の茶を啜っていると、食べ終わった食器を洗い終えて、沙希が二足歩行で戻ってくる。人間だから当然といや当然だけど。
歩を進める度に左右に揺れる尻尾がちらっと見える。
沙希は俺の目の前のテーブルに腰を下ろ……さずに、俺の方へと這い寄ってくる。
おっ、今度はニャル子さんか?
あれは猫じゃなく「無貌の神」だけど、そんな些末な事はどうでもいい。
考えるべきは、もう目の前まで這い寄ってきている大型肉食獣、もとい沙希の件だ。
もう手の届く距離、沙希の目が潤んでいるのが分かる。
首の鈴が、シャランと鳴った。
「……撫でて欲しいにゃ」
すりすりと頭を胸元に擦り付ける度に、猫耳がついたカチューシャがずれる。その完成度の低い猫っぷりに笑いそうになるも、それを凌駕する強い衝動に駆られた。
「ひゃっ……」
沙希を引き寄せて頭をわしゃわしゃと撫でると、本物の猫みたいに目を細めて為すがままにされている。
ずれたカチューシャの後ろの髪は律儀にポニーテールに結ばれていて、その柔らかい尻尾をさらさらふにふにと弄んでいると、もう一本の尻尾が目に入った。
ふと疑問が湧く。
あれって、どういう風になってるんだろ。
「な、なあ沙希さんや」
「にゃ、にゃによ」
あ、そのキャラはまだ継続するんですね。もうだいぶ薄まってますけど。
──沙希を胸に抱いたまま、疑問を呟く。仄かに芽生えた嗜虐心を満たす為のトリガーだ。
「尻尾の付け根って……どうなってるんだ?」
「どうって、ホットパンツにくっ付いてるけど」
あ、キャラがブレた。もう完全に人間様ですよ、沙希にゃん。
「ほう、興味深い。ちょっと見せてみなさいな」
「べ、別にいいけど……」
俺は口元を吊り上げつつ沙希から身を離した。
* * *
正式名称、キャットバック。
四つん這いになった状態で上半身を低く屈めて、臀部のみを高く後ろに突き出した体勢。
今の沙希……いや、沙希にゃんの格好だ。
このポーズに正式名称があるのも驚きだが、もっと驚くのは、目の前の肢体の妖艶さだ。
沙希はヒョウの様に身体をしならせて、黒いホットパンツにラッピングされた丸い臀部をこちらに向けている。
……おや、中々どうして。
凄く良いではありませんか。
フェイクレザーのホットパンツに包まれた
何ともド迫力でありますな。
だが、まだまだこれくらいでは首を擡げた嗜虐心は黙ってくれない。
「ふーむ、よく分からないな。尻尾の付け根が見やすいように尻尾を振ってくれ」
「え……?」
「ほら早く。ご主人様のお願いだぞ」
「う、うん……」
ふりふり。ふりふり。
目の前で、沙希にゃんのまんまるお尻が左右に揺れる。その反動で、沙希にゃんの首元の鈴がシャランシャリンと鳴った。
「み……見える、にゃ?」
左右に揺れる尻の向こう、扇情的な言葉を投げ掛けながらも真っ赤になった沙希の視線が注がれる。
沙希にゃんの揺れる尻を見る俺を見る沙希。
しかし──いいですな、これ。
こう、パンっ! と張ったホットパンツが何度拝見しても扇情的で情緒がありますな。
何だか、どっかの爆弾セクハラ課長みたいな思考だな。十九歳にして尻フェチオヤジとは残念過ぎるぜ俺。
でもね、でもでもね。
もう止まんないの。
だから従うの。
本能に。
理性の化け物? 知らない子ですね。
「沙希……ちょっと我慢してくれ」
「どういうこ……え、あ……あぁっ!?」
目の前で誘う沙希の左右の尻たぶに両手を食い込ませる。
つまり、鷲掴みだ。
「はぁ……あっ」
両尻にめり込ませた全ての指に更に力を込め、円を描くように左右の尻肉を動かす。すると、どうだろう。沙希にゃんの両尻は上側から開き、下側から閉じていく。
「ひぅっ……んっ」
やばい、すっげえ楽しくなってきた。
ふと、以前読んだラノベを思い出す。
まおんまおん。
まおんまおん。
小鳥遊さん家の末っ子、ひなちゃんに習い、思う存分、張りつめた尻の弾力と柔軟性を味わう。
おいたんだって、まおんまおんしたいんだいっ!
「あ、わわっ……んくっ」
尻たぶが下から開いて上から閉じていく。
これを外回りだとしたら、お次は内回りだ。
外房線も内房線も、みんな平等に扱ってあげなきゃね。
はい、まおんまおん。
「あっ……も、もう……やぁ」
もういっちょ、まおんまおん。
「んあっ、はうっ……いやぁ……」
そこでピタリと手を止める。
「……え?」
若干涙目の沙希にゃんは、惚けた顔を尻越しに向けて俺を見つめてくる。
「嫌って云ったからやめた」
「なん、で……?」
今理由言ったばっかりなんだけどね。
しかし既に平静では無い沙希にゃんにはそんな正論は通じまい。
なので改めて問う。
「本当に嫌ならやめる。続けていいなら『続けて欲しいにゃん♪』と云ってくれ」
我ながら阿呆であるのだが、事実そう云いたくなってしまったのだから仕方が無い。
沙希をいじめたい。恥ずかしがる顔をもっと見たい。
まさしく変態だ。
「ゔ〜っ……」
カーペットにぐりぐりと額を押し付けながら逡巡したと思ったら、沙希にゃんは姿勢はそのままで真っ赤な顔をこちらに向ける。
尻越しに照れる沙希にゃん。絶景ですわい。
沙希にゃんと脳内で呼び続ける俺、キモいっ♪
「つ……」
「つ?」
最初の一文字で云いたいことは伝わる。だが、全部云わせたい。
沙希の口から、沙希にゃんの言葉で聞きたい。
「続けて……欲しいにゃんっ、ご主人さまぁ♪」
おぅふ。
こいつ……要求より濃いめのヤツを出してきやがった。
ふっ、望むところだぜ。
このあとメチャクチャまおんまおんした。
* * *
深夜、ふと尿意を催してトイレに立つ。部屋の灯りをつけずに忍び足で用を足して戻る。
薄闇の中、すっかり人間に戻って俺のベッドを占領する沙希の寝顔を眺める。
まあ何とも幸せそうな寝顔だ。
起こさない様に沙希の長い髪に手櫛を通すと、何の抵抗感もなくしゅるりと指から逃げた。
『幸運の女神には前髪しかない』
誰かが言った言葉だ。
だが見ろ。俺の傍で寝息を立てる幸運の女神は長いポニーテールだ。
ざまぁ見ろ、名言を残したと思ってしたり顔の先人め。
思えばこの夏、沙希に再会してからの日々は濃密だった。
恋愛を否定してきたかつての臆病者が、今ではこうして彼女の寝顔を眺めている。それは今迄の俺の希薄な人生からすれば画期的であり、叶わないと思っていたこと。
高校二年、奉仕部の仲間、雪ノ下雪乃と由比ヶ浜結衣によって開かれた俺の世界。そして今、ここに川崎沙希がいる。
不思議なものだ。
人生とは、運命とは。
その結果を出すには俺たちはまだ若く、未熟だ。
だがその途中経過としての現在を取り上げたなら、上々と云えるのだろう。
その時間を与えてくれたのは、間違いなくポニーテールの女神様。
俺はこの女神様のポニーテールを離さない。
女神様が嫌と云わない限りは。
だから俺は、女神様の生誕祭に向けて感謝の計画を立てる。
お読みいただきまして、ありがとうございます!
前回の後書きにも書きましたが……
途中から投稿ペースががくんと落ちたこの「千葉ラブストーリー」第2部として書いてきた「京葉ラブストーリー」、回収していない伏線も幾つかあるのですが、そろそろ一旦終幕にさせていただきます。
という訳で、最終話は川崎沙希の誕生日のお話。
次回投稿は10月25日の午後11時30分となります。
どうか見届けてやってくださいまし。
日付けを跨いでお読みくだされば尚幸いです。