千葉ラブストーリー   作:エコー
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記念日って、好き合う二人にとっては大事な大事な日だったりします。
それは比企谷八幡と川崎沙希にとっても同じなようで。

今回のお話は、川崎沙希の誕生日前夜から始まります。出来たら日付をまたぐ感じでお読みくださると幸いです。
なお、曜日の設定はご都合主義を取り入れさせて頂いておりますw

という訳でどうぞ。

【注意】 今回は川崎沙希の視点でお送りします。


無条件幸福 【川崎沙希誕生日前夜祭記念】

 十月二十五日、金曜日。
 あたし、川崎沙希は彼、比企谷八幡に呼ばれて彼の部屋に来ていた。

 明日はあたしの十九歳の誕生日。明日は家族が祝ってくれるらしいので、八幡と過ごす誕生日は日をまたげる今夜にしようとなったのだ。
 つまり。誕生日を迎えた瞬間、あたしの傍には大好きな人が居てくれる。
 明日祝ってくれる家族には申し訳ないけど、今夜八幡の部屋に居られることが何より嬉しい。

 一緒に過ごしてくれる相手である八幡は、誕生日なんて言葉は口にはしないけれど、あたしは知ってる。
 冷蔵庫の中に鎮座したケーキの箱の存在を。冷やしてあるジンジャーエールは、もしかしてシャンパンの代わりなのかな。
 夕食の準備中にそれらを見つけてしまったあたしは、その場で小踊りしてしまった。
 小踊りって、正式にはどんな踊りなんだろうね。

 家族以外と誕生日を過ごすのは初めてで、その相手がか……彼氏で、しかも八幡で。それを思うと面映くて何だか落ち着かない。
 週末の度に訪れている筈の八幡の部屋が、今夜は何だか違ってみえるのは、その出処の判らない浮揚感のせいなのだろう。
 期待感と云っても良いかもしれない。
 ま、過度な期待は禁物だね。余計なプレッシャーを与えることになっちゃうし。

「ごっそさん。美味かった」

 遅い夕食を食べ終えた比企谷は、空の食器を持って立ち上がった。

「あ、いいって。あたしやるから」

 立ち上がろうとしたあたしを、八幡は笑い混じりで制止する。

「いや座っとけって。ここは週末はお前の部屋でもあるが、今日のお前は招待客だからな」

 八幡はよくそういう線引きをしたがる。屁理屈を差っ引いて解釈すると律儀と云えるのだろうけど、少し寂しくもある。
 もっと無条件で甘えてくれてもいいのに、な。

 食器を洗い終えて戻ってきた八幡の手には、包装紙でラッピングされた四角い箱があった。
 そうか。それを取ってくる為に自分でキッチンへ行ったのか。
 危うく八幡の計画を邪魔しちゃうとこだったよ。
 てか、それって誕生日のプレゼントだよね。
 何だろ。大きさや箱の形からすると……あれってルービックキューブくらいだね。
 ま、まさか、ねえ。いくら比企谷でもプレゼントにルービックキューブなんて。
 ……あり得そうでちょっと怖いな。

「ほら、これ。開けてみ」

 ……もうちょっと気の利いた台詞は言えないものかね。
 ぶっきらぼうに渡された小箱のラッピングを剥がす。
 中身は腕時計だった。
 ブレスレットの様な丸い輪っかに繋がる金属のベルトに付いているのは小さくて丸いアナログ時計。
 白色に輝く文字盤には数字は無く、一番上に「XII」とローマ数字があるだけのシンプルな造り。その文字盤の周囲にはピンクゴールドの縁取りが施されている、ちょっと大人の雰囲気がする腕時計だ。

「へぇー、シンプルで可愛い時計だね」

 基本色はシルバーと白。
 うん、この時計ならどんな場所、服装にも合いそうだ。
 ふと、この時計を着けて学校の教壇に立つ未来の自分を想像してみる。
 ……ふふ、悪くないね。
 何も云わずに渡されたしリボンも無かったけど、これって、誕生日プレゼント……だよね。

「ありがとう、すごく嬉しい。大事にするよ」

「気に入ってくれたなら何よりだ。使わない時は日の当たる場所に置いておくといいぞ」

「なんで?」

 小首を傾げるあたしに、八幡は自慢気に語り出した。

「それ、ソーラー電波時計なんだよ。時間合わせも電池交換も要らない、超便利時計だぞ」
「はあ、まったく。あんたらしい贈り物だね」

 嬉しい。
 凄く嬉しい。
 確かに嬉しい……だけど。
 ここでふと、考えてしまう。

 女の子にとって十九歳の誕生日は、ある特別な意味を持つ。
 まあ、大学でもあまり聞かない話だから、八幡が知っているかどうかは判らない。もし知っていたとしても洒落た行動を求めるのはこいつの性格上、無理な話だ。
 まあ、今のままでもあたしは充分幸せなんだけど。
 だけど、やっぱり。

「ね、ねえ。あんた、十九歳の誕生日って、知ってる?」

 つい口に出してしまう。
 期待してる訳ではない。
 そ、そう。これは確認なんだ。八幡がどれだけ市井(しせい)の風習に対して知識があるかの確認なんだ。
 そう自分に言い聞かせるのだけど、やっぱり心の何処かで残念な気持ちが起きてしまう。

「ん? 十代最後の誕生日だろ」

 案の定な、案の定過ぎる返しだ。
 やっぱり知らないんだ。女の子の十九歳の誕生日のジンクスなんて。

「そ、そうじゃなくてさ。そ、その……」

 あたしは言いかけて、やめた。
 ──高望みだ。
 こんなあたしが、好きな相手と一緒に居られる。一緒に誕生日を迎えてくれる。
 プレゼントの時計も貰えたし、冷蔵庫の中にケーキがあるのも知ってる。
 それで充分じゃないか。
 これ以上の幸せを望むのは我儘だ。分不相応だ。
 何を慢心してるんだよ川崎沙希。
 あんた、お姉さんだろ。
 長女だろ。

 本当……馬鹿じゃないの。

  * * *

 もうすぐ日付けが変わる。
 あと二回ばかり秒針が真上を向けば、十月二十六日。あたしの十八歳が終わり、十九歳が始まる。

「そろそろか……」

 徐に立ち上がった八幡は、狭いキッチンへと歩き去る。
 あたしの為にケーキを用意してくれる彼。
 幸せだ。凄く嬉しい。

 なのに。

 いつからあたしは、こんなに欲深くなってしまったのだろう。
 子供の頃は、経済的な理由から下の子にばかりプレゼントが与えられた。
 それでも「あたしはお姉ちゃんだから大丈夫」と笑顔でいられた。
 弟や妹たちの喜ぶ顔が何より嬉しかったから。

 本当、いつからだろう。
 こんなんじゃ、いつか愛想を尽かされてしまうのではないか。ついそんな不安が頭をもたげる。
 あたしにとって一番の幸せは、八幡と一緒に過ごす日々。
 あたしが作ったご飯を、八幡が食べてくれる。時にはお代わりまでしてくれる。
 八幡の可愛い車でドライブに連れてってもらったり、キ、キスしたり、今ではもうちょっとだけ先のことだって……。
 そんな彼と過ごす日々。彼のことを考える日々。
 それこそが毎日の贈り物じゃないのか。
 何を贅沢なことを考えてるんだ、あたしは。
 これ以上望んじゃいけない。
 ……いけないんだ。
 それなのに、つまらない事でうじうじと悩んでいるあたしって、最低だ。

「ほら、お前も手伝えよ」

 小さなホールケーキをテーブルに置いた八幡は、手持ちの半分のローソクを差し出してくる。

「ったく、あたしは主役だっていうのに」

 苦笑して軽く悪態を返しながらローソクを受け取り、目の前のケーキに立てていく。
 ローソクが揃うと、すぐに火をつけてくれる。
 きっと、零時きっかりに合わせてくれるつもりなのだろう。
 こういうの、いいな。
 貰ったばかりの腕時計。その秒針は部屋の灯りを受けて順調に時を刻み、ついに本日最後の周回に入った。
 全てのローソクに火を点け終わった八幡は立ち上がって、部屋の明かりを落とす。
 一瞬の内に部屋に闇が広がって、すぐ後にローソクの炎たちが八幡とあたしだけを照らし出す。
 ──十九歳、かぁ。

 ぴぴっ、ぴぴっ。

 アラームが鳴る。きっと八幡が仕掛けておいたのだろう。
 暗い中で日付けが変わったことを報せてくれる、八幡なりのちょっとした心遣い。それだけで温かい気持ちになれる。
 うん、それでいい。それだけで。

「ほら、日付けが変わったぞ」

 ローソクの炎だけが照らす部屋、八幡の柔らかい声が響く。

 ふっ、ふーっ。

 慣れない行為のせいか、一息ではローソクの炎は消せなかった。というか、十九本のローソクは一息では難しいでしょ。
 最後の光源を失った部屋に、再び闇が訪れる。

「誕生日おめでとう」

 暗闇の中、八幡の声が聞こえる。

 ──あれ、電気は?
 まだ灯りはつけないのかな。
 お礼を告げる前に、そんな事が気になってしまう。
 ん?
 耳を済ますと闇の中にガサゴソと音がして、カーペットが擦れる音がする。同時に影が動いた。
 あ、今灯りを点けに行ったね。

 灯りが点いた。
 暗闇に慣れたせいか、蛍光灯の光が眩しい。
 元の位置に腰を下ろした八幡は、あたしの顔をじっと見つめる。
 ううっ、あたし……あの目に弱いんだよなぁ。
 あたしだけに向けてくれるであろう、控えめだけれども優しい眼差し。
 その目を見つめていると、心ごと吸い込まれそうになるのだ。

「あ、ありがとう……あ、ケーキ食べよ」

 気恥ずかしくなったあたしは、ケーキを切り分けてしまおうとテーブルに目を落とした。
 と、そこには先程まで無かった、リボンに飾られた小箱が置かれていた。

「……え」

 な、何だろう、これ。
 プレゼントならさっき腕時計を貰ったはずだ。
 なら、このリボンが掛けられた小箱って。
 頭の中に大量のハテナを浮かべるあたしに、八幡は首を傾げながら云う。

「ケーキ切らないのか? なんなら俺が」
「あ、いや、そうじゃなくて……これ、なに?」

 視線を小箱と八幡を何度も往復させる。

「プレゼントだよ……えっ、お前もう自分の誕生日を忘れたの? たった一分で喉元過ぎちゃったの?」
「ばっ……いや、プレゼントなら、さっき時計を」

 普段と変わらない語り口調で呆れ顔を浮かべる八幡に思わず反応してしまい、途中で言葉を切り替える。

「つーか、あの時計が誕生日のプレゼントなんて一言も云ってないけどな」

 は、はあ!?
 どういう事なのさ。
 なぞなぞなのか。頓智(とんち)なのか。それとも、揶揄(からか)ってるのか。
 いや、どれも違う。ちょっと斜め下に向けた目は、あたしを揶揄って遊ぶ時の少し意地悪な目じゃない。
 照れている時の目。あたしを抱きしめる時と同じ目だ。

「じゃ、じゃあ、あの時計、は……」

 頭が混乱していた。
 やばい、もうわかんない。額をテーブルにぐりぐりしようとした時、八幡の声音が弱々しく響いた。

「あの時計は、便利だと思ったから買ってきただけなんだが……気に入らなかったか?」
「う、ううん、凄く気に入ったよ。でも」

 嬉しかった。一目で気に入った。それは本当だ。
 でも、それじゃあ。
 あたしは懇願する。
 教えて、意地悪しないで、と目で訴える。

「はあ……なら正直に云う。あれは、お前に似合うと思って買った。それだけだ」

「な、なにそれ」

 ちょっとだけ噴き出してしまった。
 彼はまた屁理屈を捏ねている。そう思ってしまった。
 だって、あんな高そうな時計を貰える機会なんてプレゼント以外ではあり得ないと思うから。
 学生の身分なら尚更だ。
 でも、八幡は云った。
 この時計は誕生日のプレゼントでは無い、と。
 今、あたしの目の前にある小箱こそが、誕生日のプレゼントだと。
 その言葉の意味を考えながら、もう一度ゆっくりと確かめる。

「じゃあ、これが本当の誕生日の……」

 あたしは、恐る恐る目の前の小箱に手を伸ばす。

「ああ、そっちが本物だ」

 思わず固唾(かたず)を飲む。何だろう。何が入っているのだろう。

「あ、開けていい?」
「ご自由に」

 無愛想な許可を貰ったあたしは、しゅるりと小箱のリボンを解いて化粧箱を開ける。
 中にはもう一つ箱が入っていた。
 あたしはそれをゆっくりと開け──

「え、これ……」

 中身は──指環だった。

 ピンク色の光を放つハート型の透き通った小さな石が填められた、銀色の指環。
 箱の中に折り畳まれて添えられた紙を開く。
 鑑定書だ。
 ハート型の宝石は十月の誕生石であるトルマリンだった。そして、指環の材質はシルバー925と書いてある。
 つまり、銀の指環だ。
 視線を指環に戻して、角度を変えながら見つめる。
 綺麗……あたしなんかには勿体無いくらい綺麗。

 ああ、本当にこの人って。
 なんて人なのだろう。
 勝手に抱いた期待が外れて悩んでいたあたしの思いすら、この人は喜びに昇華してくれた。

「迷信の類なんて俺は信じちゃいないけど。ま、十九歳だからな。縁起物だ」

 目頭が熱くなる。
 脈動は強くなり、しかし穏やかに胸を熱く打つ。
 ドキドキしているのに落ち着ける、そんな不思議な気持ち。

「あんた……知ってたんだね」

 ──昔、お母さんに聞いた話だ。
 十九歳の誕生日に愛する人や家族から銀製の指環を貰った女の子は、将来幸せになれる。
 この話を聞いたのは、あたしがまだ小学校低学年の頃。
 あの時のあたしは、お母さんの指に光る指環が羨ましくって、泣いて強請(ねだ)ったんだっけ。
 愚図るあたしの頭を撫でるお母さんは、この指環は世界に二つしか無いからあげられないのよ、と云ってた。
 その時は意味が分からずにいたけど、あれは結婚指環だったのだろう。
 十九歳の指環のことを聞いたのはそのすぐ後、だったかな。
 お母さんは優しい笑みを湛えて云った。
『いつか沙希にも、綺麗な指環をくれる男の子が現れるわよ』
 そのお母さんの言葉の通り、十八歳の夏に比企谷はあたしの前に……現れてくれたんだ。

「その、なんだ。十九歳の誕生日に銀の指環を贈られれた女の子は、幸せになれるんだろ。迷信では」

 ……やられた。
 完全に油断してた。不意打ちもいいとこだ。
 先に無言で腕時計を渡して隙を作っておいて、日が変わって誕生日になった瞬間にシルバーの指環をプレゼントされるなんて、卑怯だよ。
 何なのさ。
 そんなにこいつはあたしを泣かせたいのか。
 結局八幡は……あたしより一枚も二枚も上手だったんだね。

 嬉しいのに、凄く嬉しいのに。
 この上なく幸せなのに。
 涙が勝手に零れる。涙腺がまるで言う事を聞いてくれない。
 嬉しいのに泣いてしまう、あたしの悪い癖。
 でも今日は誕生日なんだ。今日から十九歳なんだ。もっとしっかりしなきゃ。
 八幡に悟られまいと慌てて下を向くけれど、遅かった。止まらない涙は次々と零れてテーブルを濡らしてしまう。慌てて顔を手で覆う。
 駄目だ。涙でぐしゃぐしゃになる前にこれだけは伝えなきゃ。

「あ、ありが、ありがと……」

 駄目だった。お礼すら上手く云えないや。
 こんなあたしでごめん、八幡。

「な、何だよ、泣くほどのことかよ」

 比企谷の声が上ずってるのが分かる。急に泣き出しちゃったから動揺してるのかな。
 でも、悪いけれどあたしは今、この幸せを噛みしめるのでいっぱいいっぱいなんだ。
 あんたのせいだよ。
 こんなにも幸せな気持ちにさせるから。
 こんなにも心を満たしてしまうから。
 こんなにも……好きにさせられちゃったんだから。
 それが凄く幸せで、でもちょっぴり悔しくて。つい憎まれ口を叩いてしまう。

「う、うるさいね、少し黙ってな。今、幸せに浸ってるんだから……」

「何で俺が怒られたんでしょうか」

「怒ってる訳ないじゃんか、馬鹿」

 高望みだと思っていた。
 分不相応だと思っていた。
 些細なことだと、心の奥底に沈めてしまおうと思っていた。
 でも目の前で気まずそうに頭を掻く彼は、あたしの小さな頃の願望を叶えてくれた。
 それがどんなに嬉しいことか、あんたは解るかい?
 それがどんなに幸せなことか、あんたは想像出来るかい?
 もう生半可な感謝じゃ足りないんだよ。
 あたしは決めた。今決めた。
 これと同じ、いやそれ以上の幸せをあんたに味合わせてやる。
 あたしの一生を費やしてでも。
 絶対にあんたを幸せにするから覚悟しなよ。
 ああ、 もう。
 今すぐ八幡に触りたい。抱きつきたい。抱かれたい。
 何よりも誰よりも深く繋がりたい。
 きっと二人の間にケーキが置かれたテーブルが無かったら、一目散に飛びついていただろうな。

「幸せだ、あたし、すごく幸せだ……」

 ぽろぽろと未だ涙を落とすあたしの左肩に、温かい何かが触れて、包まれる。
 すいと目を向けると、八幡があたしの肩を抱いていた。
 近い。近いってば。
 こんな精神状態の時に近くに来られたら、駄目だ。もう我慢出来っこない。
 だってだって、あたしをこんなに幸せな気持ちにさせてくれる人が、すぐ傍にいるんだもん。
 触れ合って、いるんだもん。

「ほんとに、ほんとに……あんたって……」

 痩せてる癖に案外逞しい胸元に、顔を擦り付ける。

「何だよ、文句なら明日以降にしてくれ。お前の誕生日にケチはつけたくないからな」

 手が、優しい手が……あたしの髪を梳き、頭を撫でてくる。

「文句なんて、ない。ある筈がないじゃないか。どうしてあんたって……」

 もっと深く顔を埋め、しがみつく。でも足りない。
 もう、下品な女と思われたって構わない。心のままに八幡をカーペットに押し倒す。
 呆気にとられた八幡に、あたしはそのまま馬乗りになった。

「好き。愛してる。もう何だってしてあげたい。全部あげたい。ううん、それでも足りない」
「……お前、どんだけストロングスタイルなんだ。十九歳になって早々にマウントポジションかよ」

 馬乗りにされても八幡の軽口は止まらない。
 でも、あたしは知ってるんだ。こういう態度の時は、必死に照れ隠しをしてるんだって。

「うるさいね。あたしはあんたに全部あげたいんだよ。返品はきかないから」
「馬鹿か、返品なんてする訳ゃねえ。勿体無いわ、こんないい女」

 今度はあたしが呆気にとられた。
 急にそんなこと、云われたら。
 もっともっといい女になるしかないじゃないのさ。

「……馬鹿じゃないの」

 駄目だ。いい女はこんなこと云わないよね。
 でもね、こんなあたしに八幡はしっかり言い返してくれるんだ。

「その馬鹿に全部あげたいとか云っちゃうお前も大概だけどな」

 ほらね、云った通りでしょ。
 でも。もう許してやんない。
 絶対こいつを照れさせてやるんだから。

「あたしね……今すっごく幸せだよ。あんたじゃなきゃダメ。あんただから、あたしはこんなに幸せな気持ちになれるんだ」

 ふふっ、目を逸らしたね。
 でもまだ許さない。
 涙はずっと八幡の胸にぽろぽろ落ちてるけど、構うもんか。あたしは目を逸らさないよ。

「あんたがいれば、あんたと居れば、あたしは無条件で幸せなんだ。そこへきてサプライズなんかされたら……もう」

 言葉に詰まる。これ以上、あたしの今の幸せを表す言葉が思い浮かばない。
 というか、今日のあたし……すっごい饒舌だ。
 いつもはこんなにぺらぺら喋らないのに。

「……ま、お前が幸せなら、きっと俺も幸せなんだろうな」

 ──くっ、またそんな言い方をする。

「いっつもそういう言い方して……ちょっとずるい」

 思わず口を尖らせて目を逸らす。
 そんなあたしを見て八幡は大きく溜息を吐いた。

「はあ、今日はお前の誕生日だろ。主役はお前だろうが。主役を幸せにするのが祝う側の幸せだろ」

 この人って……本当に。

「もう、まったく。屁理屈が減らないね……」

 ま、屁理屈を云わなくなったら、それはそれで寂しいけどね。

「まあな。それより、そろそろケーキ食べようぜ」
「うん。でも、その前に……ちょっとだけ」

 馬乗りのまま、カーペットに仰向けの八幡に身体を預ける。
 ああ……なんて温かいのだろう。
 きっと八幡は、炭火の様な人だ。
 表面上は素っ気なくてぶっきらぼうだけど、内面は誰よりも優しくて、温かい。
 我ながら喩えが下手くそで、何だか笑えてきた。
 口元が緩む。

 ねえ比企谷。
 あたしの大好きな、八幡。
 今日は……甘えていいよ、ね?

「すき……はちまん、すき」

 ゆっくりと口唇を寄せる。比企谷の口唇を、口唇で啄ばむ。

「すき……」

 八幡の手があたしの腰を優しく拘束する。
 八幡の口唇があたしの口を塞ぐ。
 大丈夫。そんなことしなくたってもう、ちょっとやそっとじゃ離れてあげないんだから。
 でも、もっと強くして。
 このまま壊れても構わないから、さ──。










京葉ラブストーリー「無条件幸福」をお読み頂き、誠にありがとうございます。
実はこれを書いているのは今から七ヶ月前、「千葉ラブストーリー」の本編を書いている頃の私です。
その頃から最終話は沙希の誕生日にしようと思っておりました。

そんなこの物語も皆様のおかげで、お気に入り登録数725名様、UA83,500を突破致しました。
連載を始めた当初は1話限りの短編のつもりで、それから続きを書きたくなって……まさかこんなに長く続くとは、また、こんなに多くの方々にお読み頂けるとは思ってもみませんでした。
この作品を目にしてくださったすべての読者さまに感謝です。

最後に。
サキサキ、お誕生日あめでとう☆
明日は「家族」に祝ってもらってね。







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