もうすぐクリスマス☆ということで、短編というか番外編というか特別編というか……
ちょっとだけ書かせて頂くことに致しました。
〜あらすじ〜
交際を始めて初めてのクリスマスを迎える八幡と沙希。
やはりこの二人のクリスマスは普通では無いようで。
予定では5話の短編となります。
師走は今年もやってくる
憂鬱な季節である。
例年、暦が十二月に入ると街のあちらこちらから洗脳が始まる。
街路樹には電力の無駄遣いと思しきLEDの電飾が施され、通りにはあの忌まわしきリア充イベントのシンボルカラーである赤や緑、雪を連想させる白がやけに目立つようになる。店に入れば嫌でもジングルベルが聞こえるし、もう少しすれば対ぼっち用決戦兵器、量産型サンタも街角に実戦配備されるだろう。
つまり──街はクリスマス一色に染まるのだ。本当、疎ましい事この上ない。
さて、である。
去年までの俺はクリスマスを何一つ悩むことなく、ただの平日として「ぼっち道」を邁進してきた。変わるとすれば食卓にチキンとケーキが並ぶくらいの微妙な変化がある程度。
唯一、高校二年の冬は違ったか。
あの時は海浜総合高校との合同イベントに駆り出されて、実に数年振りに家族以外とクリスマスイブを過ごす羽目になった。
その後、柄にも無い行動をとったのは今となっては甘酸っぱい思い出だ。
だが、今年はかなり事情が異なる。
俺史上初の彼女がいるのだ。それ自体は凄く嬉しく、幸せなことなのだが……同時に懸念材料ともなっている。
人生の大半をかけて侮蔑してきたリア充共と同じようなことをしなければならないと思うと、少しだけ戸惑いが生じるのだ。
因みに、この季節になると憂鬱になるのは長年のぼっち生活で培った習性、脊髄反射みたいなものである。
いや、沙希と過ごすのはいいんだ。あいつも俺と似た様なもので、高校時代はぼっちみたいなものだったから。
だが今年は比企谷家と川崎家を巻き込むムーブメントを起こそうと画策している奴らがいる。
うちの母親と、沙希の母親だ。
沙希の家族は皆(父親を除く)俺に良くしてくれるし、うちの母親は沙希に得意料理を教えるくらい仲が良い。
つーか母ちゃんに得意料理ってあったんだな。初めて知ったわ。
だが、沙希と二人の甘いクリスマスを妄想していた俺にとっては面倒くさい案件だ。
はぁ、どうすりゃ丸く収まるんだよ。
* * *
十二月半ばの週末。
沙希が作ってくれた晩ご飯に舌鼓を打ちながら、面倒な案件について思考を割く。二世帯の家族が集まってのパーティーなんて、どこの欧米だよ。
あ、このカボチャうめぇな。ホクホクだし皮も柔らかく煮てある。
沙希がいるからカマクラがいる比企谷家は使えない。となると、やっぱ場所は川崎家になるのか。
ふむ、この鰤の照り焼きは最高だ。俺の味覚に合わせて甘めに味付けされているのが心憎い。
川崎家に行くとなれば、それ相応の覚悟をしなければならないだろう。特にアレだ。沙希の父親のご機嫌を多分に取らにゃならん。
こないだの沙希の誕生日、最終話で号泣してたし。最終話ってなんだよ。
おおっ、長ネギの味噌汁だ。これこれ、これが美味いんだよなぁ。ちょっとだけ七味を振って食べるとネギの甘みと唐辛子の辛さで身体の芯が温まるんだよ……
「あんたさ、食べるか悩むかどっちかにしなよ」
顔を上げると沙希が苦笑していた。空になった味噌汁の椀をふらふらと浮遊させていると、すっと手を差し出してくる。
「いや、悪い。考え事をしてたんだが、お前の料理が美味すぎて集中出来なかった」
「それって文句なのか褒め言葉なのかわかんないね」
味噌汁のお代わりを用意しながら零す沙希に少々の申し訳無さを抱きつつ、長ネギたっぷりの味噌汁を受け取る。
そのままひと口、美味い。
椀を置いて、箸休めの漬物に触手を伸ばす。
「ただの状況説明だよ……うほっ、白菜うめぇな」
ぽりぽりしゃくしゃくと白菜の浅漬けの歯触りを楽しみながら飯を掻き込む。そこへ味噌汁をフェードイン。
うめぇ、うめぇよサキサキ。
「そういえば、あんたってそんなに食べる人だっけ」
御飯のお代わりをよそいながら話す声が少しだけ弾んで聞こえる。
しゃーないだろ。美味いんだから。
あれだな。胃袋を掴まれたら最後って言い伝え、ありゃ本当だな。ソースは今の俺。言わせんな恥ずかしい。
「しょ、食欲の冬……ってヤツだ。ほら、孤高の動物である熊だって冬眠の前には食欲が増すだろう」
「あんたは冬眠しないでしょ」
「だな。それだけが悔やまれる」
沙希の呆れ顔を余所にもう一度味噌汁をお代わりするかを悩んでいると、「残ってるの食べちゃってからにしな」とやんわり怒られた。
* * *
若干食べ過ぎの腹も、二時間程経つと落ち着いてきた。
沙希はシャワーを浴びに浴室へと篭っている。
はぁ……マジでどうするかな。
普段からあれだけ弟妹を可愛がっている沙希のことだ。きっとクリスマスは家族と過ごしたいに決まっている。
対する俺は……くそっ。
なんて利己主義なんだ。自分勝手な欲深さに落ち込む。
しかし、日本人の一般的解釈からすればクリスマスはこっ、恋人同士で過ごす行事の筈だ。
……詭弁だな。
ただ俺が沙希と過ごしたいだけだ。
だが沙希が家族を優先させるであろう事は目に見えている。しかも両家の母親が結託しているのだ。
つーか、両家は違うか。まだそういう段にはなっていないし。
堂々めぐりの愚考を断ち切ったのは浴室のドアが開く音。
「あ、暖房つけといてくれたんだ。ありがと」
「寒かったからな、俺が」
そうだ。俺が寒かっただけだ。沙希が湯冷めしない様にとか、沙希が薄着で居られる為にでは断じて無い……と思います。
「ふふっ、これだけ暖かくしてくれてれば薄着でも大丈夫だね」
読まれた!?
現に沙希は、上はTシャツ、下はスウェットだけという、冬場にしては軽い出で立ちだ。
その恰好のままの沙希が俺の横へと腰を下ろす。たちまち風呂上がりの熱気と良い香りが俺の左半身を支配する。
──いかんいかん。
「お、俺もお風呂頂いてこようかな」
「頂くって、あんたの部屋でしょ」
苦笑混じりで沙希が肩に触れる。忽ち良い香りが心にまで染みてくる。
それで無くとも今日の沙希はやけに艶っぽい。俺がプロの童貞じゃなかったら押し倒してるところだ。
え?
してみりゃいいじゃん、って?
出来るかよ、そんなこと。
すれば俺の地蔵様が勃ち待ち……もとい忽ち大菩薩にメタモルフォーゼしてしまいそうだ。
ぶんぶんと脳内から邪気を振り払って風呂場へ向かう。今日は冷水で心身を清めておこう。
色即是空、南無。
「あ、そういえばさ」
沙希が起こす微風に乗った湯上がりの香りが再び俺の鼻腔と下半身をくすぐる。
「あんた、クリスマスはどうするの?」
「……へ?」
沙希の問い掛けに振り向いた俺は、きっと世界一間抜けな顔だったに違いない。
ちょっとだけ前屈みだったのは俺だけの秘密だ。
いかがでしたでしょうか。
久しぶりに八幡X沙希を書いたので上手く表現出来ているか心配です。