千葉ラブストーリー   作:エコー
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さて、第2話はいきなり12月24日。
がらりと舞台が変わります。



熱海リベンジ

 

 

 十二月二十四日、午後二時。

 冬の熱海駅に降り立った。

 ──寒い。

 冬だから寒くて当たり前なのだが、熱海という地名なだけに少しだけ残念に思ってしまう。

 沙希を見ると、コートの襟を寄せて寒風に身を震わせていた。

 改札を抜けた先の自販機でロイヤルミルクティーを買って沙希に渡すと、小さなリボンが付いた白い手袋の中で転がして暖をとり始める。団栗を齧るリスの様な姿を見て、思わず抱きしめたくなる。

 だがここは天下の往来、公衆の面前。夏のあの日のような羞恥プレイは二度と御免被る。

 睦み合いは秘事だからこそ良いのだ。

 

 もう一度ちらと見ると、沙希は上目遣いで俺を見ている。

 はぁ、分かったよ。その程度なら、な。

 若干緊張しつつ沙希の肩に手を回すと、目を逸らしつつも微笑んでくれた。

 

 さて、である。

 そろそろ何故沙希と俺が熱海にいるのかを語らねばなるまい。

 沙希の「どうするの」発言から頭をフル回転させて考えて覚悟を決めた俺は、ダメ元で沙希に外泊の提案をする事にした。

 出来たら今年は二人で過ごしたい。別に家族と過ごすのは嫌ではないが、川崎家と比企谷家の大軍勢を相手に大立ち回りを出来る自身は正直言ってまったく無いのだ。

 だけど沙希は家族、弟妹と過ごしたいのだろう。それが例年のことだからだ。

 京華にプレゼントを渡す沙希をふと思い描いてみて、何て幸せな光景なのだと得心する。やはり沙希は家族と一緒にいるのが一番しっくりくる。

 ま、断られたら断られたで次善策を提案しよう。

 そんな決死の覚悟を持って臨んだ第一回目の提案は、すんなりと通ってしまった。

 

「うん、いいね。そうしよう」

 

 そればかりかそれ以降沙希は上機嫌で、鼻唄なんぞ歌いながらネットで近隣の観光情報を調べ始めた。

 家族はいいのか、と問い掛けてみる。

 

「だって、あたしの為に考えてくれたプランなんでしょ?」

 

 ……うん。返す刀が可愛すぎるんですが。

 斯くして初めてのクリスマスは外泊に決定したのだが──。

 ここで元ぼっちカップル最大の弱点が露呈する。市井の行事に関しての情報の少なさ。

 つまり物を知らないのである。

 クリスマスに宿泊出来る宿を探し出したのが十二月の第二週が終わる頃。

 それまで特別なクリスマスを過ごす機会の無かった俺たちは、クリスマスを舐めていた。

 最初は、近場の横浜辺りでいいかと気軽に調べ始めたのだが……いくらネットで調べても、クリスマスに空いている宿泊施設など無い。

 ディスティニーランド? 真っ先に調べたさ。勿論満室だったよ。

 他の人たちはいつ頃から予約しているのか。そのリア充どもの用意周到さに元ぼっちの二人は敗北を喫したのだ。

 

 俺が温めたマッカンを片手にぶーたれている最中も、沙希は懸命にネットの海で一縷の望みを探していた。

 

「ゔぅー、全然空いてないよ」

「リア充どもの恐ろしさ、ここに極まれりだな……」

 

 この状況はまずい。このままでは沙希の笑顔がひとつ減っちまう。ネット検索は沙希に任せて、俺は自身の小賢しい脳みそを働かせる。

 ──しゃあない、保険を使うか。

 スマホをタップして一通の短文メールを送信、そのまま夏にお世話になった熱海の旅館に電話をかける。

 電話口に出たのは女将だった。夏にお世話になった比企谷です、と名乗ると、いつもご贔屓にして頂き云々と定型文の挨拶があった。

 クリスマスに宿泊したいのだが何処か空きは無いかという、今思うと少々失礼とも思える質問に女将は声音を落とすことなく応対してくれた。

 答えは──現在は予約で埋まっているが、もし当旅館や関連施設にキャンセルがあれば報らせてくれるとの事。

 沙希にその胸、もといその旨を伝えると、

「熱海リベンジか、悪くないね」

 などと大胸……もとい概ねの同意を得た。

 いや違うんだよ。

 別に胸に拘っている訳じゃなくて。その時の沙希の恰好ったら、ただでさえ豊かな胸がさらに強調されるニットだったんだよ。中二の頃の俺ならばあれで二桁はいけた。

 で、翌日一通のメール送信の後であっさりキャンセルが出て、クリスマスの行き先は熱海に決まったという訳だ。

 ただ、今回は夏に泊まった旅館とは違う別館だという事だった。

 ──若干話が違う。が、まあいいか。

 

  * * *

 

 熱海駅のロータリーから旅館に電話をかけて到着を知らせると、二十分ほどで迎えの車が着くと云う。

 俺たちは駅のバス乗り場の近いのベンチへ向かう。と、その向こうには足湯があった。夏に来た時にはここは工事中だったが、たった四ヶ月足らずで立派な足湯の施設が完成していた。

 濛々と上がる湯気が如何にも温かそうである。

 

「少し温まるか?」

「う、うん……じゃあ、一緒に」

 

 踵の高い茶色のショートブーツを脱いだ沙希は、スキニージーンズの裾を捲り上げて足先を湯に浸す。

 

「うん。丁度良い温度だね」

 

 既に沙希は踝まで湯に浸かっていた。俺も沙希の見立てたラクダ色のマウンテンブーツを脱ぎ、靴下を丸めて入れる。その隙に足は湯にイン。

 ほぇー、あったけぇ。

 湯に入れた瞬間はぴりぴりしたけど、温度に慣れたらもう極楽だわ。

 湯の中で沙希の爪先が俺の足を突いてくる。お返しに俺も沙希の踵を足の甲で持ち上げてやる。

 どうだ、湯に濡れた部分が寒風に晒されて冷たかろう。

 

「ひぐっ」

 

 ついに沙希が直接攻撃に出た。脇腹を指で突いてきたのだ。身を捩った瞬間に情けない声を上げてしまった。

 じろりと沙希を睨むと、吹けない口笛を吹く真似をしながら明後日の方を見上げてポニーテールを揺らしている。

 こんのやろー、許さん。

 

「ひゃっ!」

 

 どうだサキサキ。外気に冷やされた手を襟元に入れられた時の冷たさは格別だろう。

 

「よくもやったね。えいっ」

 

 うっかり二人してテンションが上がってしまい低い水しぶきを上げつつ足と足で水中戦を繰り広げていたら、向かい側に腰掛けていた年配のご夫婦に「いいわねぇ、若いって」などと笑われてしまった。

 二人して気恥ずかしくなって縮こまっていると、奥さんの方が手を差し出してくる。

 

「どうぞ、温泉まんじゅう。若い人の口には合わないかも知れないけど、名物だから」

 

 はたと気づく。

 夏に来た時には温泉まんじゅうは食べていない。それどころか買い食いすらしなかったな。

 あの時は気持ちに余裕が無かったとはいえ、そんなことまで気が回らなかった自分を少し残念に思う。

 沙希と目が合う。その掌には二つの茶色い饅頭があった。

 その片方を受け取って小さく俺頷くと沙希も僅かな首肯を返し、いただきますと一礼して饅頭をひとつ齧る。

 

「……美味しいっ」

 

 沙希の頬が緩むのを見て思わず顔を綻ばせると、奥さんは俺に優しい微笑みを向けてきた。

 

「さあさ、旦那さんも」

 

 沙希が()せた。熟れたトマトみたいに真っ赤な顔を俯かせて、けほけほと咳をする。バッグからペットボトルのお茶を出してキャップを開けて渡すと、こくこくと二度ほど喉を鳴らしたところで咳は治まった。

 

「ふふ、そんなに慌てなくても」

「いえそうじゃなくて、まだ結婚は、その……」

「あらぁ、そうなの。じゃあ今が一番楽しい時期ね」

 

 ころころと笑う奥さんは、五十代くらいなのだろうか。それにしては笑顔が若々しい。やはり温泉は美肌効果が抜群なのだろうか。

 

「結婚するとね、色々出てくるのよ。この人なんかこないだね、いい歳してキャバクラに行ったりして」

 

  聞くと、このご夫婦は共に六十代。高校の頃からの付き合いで、三回ほど別れてその度にヨリを戻して、今日は珊瑚婚式の記念で新婚旅行の地である熱海に来ているという。

 珊瑚婚というと三十五年だ。四半世紀プラス十年。すげぇな、俺たちが産まれる前から夫婦だったんだな。

 つーか何で三回も別れたのに三十五年も結婚生活を続けられたのだろう。

 旦那さんは「キャッチアンドリリースってやつだな」と、少々的はずれな喩えをしつつ口元を緩めるも、

 

「逃したんじゃなくって、逃げられたんでしょ、あたしに。三回も」

「馬鹿、結婚してからも二回だか実家に帰っちまったじゃねぇかよ」

「あら、ちゃんと覚えてたのね。感心感心」

 

 と笑う奥さんに水中で足を踏まれていた。

 

 それからしばらく、奥さんのぼやきを聞く係に任命されたのは同性の沙希だ。俺はもそもそと追加で頂いた温泉まんじゅうを咀嚼しながらご主人の方を見遣る。ご主人はばつの悪そうな顔で明後日の方向を向いていた。

 

 程なくして旅館の送迎のワゴン車が到着。年配の夫婦に一礼して足湯を辞する。

 

「なんか……いいご夫婦だったね」

「ああ、鴛鴦(えんおう)の契りってヤツだな」

 

 鴛鴦(えんおう)とは、雌雄のオシドリの事である。簡単に言えばオシドリ夫婦。

 悪く言えば……破れ鍋に綴じ蓋、か。

 うっかりダークな思考に陥りかけた事を省みつつ隣に目を移すと、沙希は何か思い悩んでいた。

 

「どした?」

「ううん……あんたもさ、キャ、キャバクラとか行きたいのかな、って」

 

 冗談はよしこさんである。これって大学の寒川教授が言ってた言葉だけど、よしこさんって一体誰なんだよ。

 あと、あっと驚くタメゴロウも然り。

 意味なく名前を引用されたよしこさんやタメゴロウさんが少し不憫に思えてしまう。

 と、また脱線したな。

 

「馬鹿云うな。金払って初対面の相手に話をするなんて誰がするかよ。俺の対人スキルの低さを見くびるなよ」

 

 一瞬だけ沙希はきょとんとして、すぐに溜息を吐く。

 

「ったく、人見知りを自慢するんじゃないよ」

 

 そう言いながら、笑みを浮かべて俺の肩に頭を預けてきた。

 

 

 




特別編第2話、いかがでしたでしょうか。
コンパクトにまとめようと思って、かなり描写を端折っちゃいましたw
すべては年末の忙しさのせいです(責任転嫁)

早くも次回はお宿にinです。







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