千葉ラブストーリー   作:エコー
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川崎沙希と付き合い始めた八幡。

川崎の為に一念発起して家庭教師のバイトにありつき、迎えた初日。

そこにいたのは、懐かしい人物だった。




難敵

 家庭教師初日。

 夕方に訪れた広田さん宅で会ったのは、高校時代から変わらない長い黒髪の美少女。

 高校時代との違いと云えば、黒髪を耳に掛けているくらいであろうか。

 あと、私服って新鮮ね。

 

「久しぶりね、比企谷くん」

「ああ、卒業式以来だな」

 

 雪ノ下と俺が対峙し、何処か余所余所しく互いに短い言葉を交わす。

 広田さんはそれを見て薄く笑みを浮かべる。

 

「あら、先生たちはお知り合いだったんですか」

「ええ、高校の同窓生……知り合いです」

 

 間髪入れず雪ノ下が答える。こいつ、こういう所も相変わらずなようだ。

 

「では、お二方とも総武高校の卒業生なのですね。とても心強いですわ」

 

 言葉では褒めているのだろうけど、何とも感情の籠らない投げやりな物言いだ。

 

  * * *

 

 最初の授業が始まった。

 教材は、一日かけて作ったプリント二枚のみ。

 内容は試験問題である。

 まず、目の前のこいつの学力を知らなければ話にならない。

 どこが理解出来ていて、どこが解らないのか、それを見定める必要がある。

 まずは国語だ。

 漢字の読み書き問題は省き、文章読解の長文を三問置き、それぞれに三問ずつの設問を据える。

 レベルはそこそこの私立中学の入試程度。

 

 テストをすると広田裕樹に伝えたところ、

 

「えー、お前も雪乃と同じことすんの?」

 

 などとほざく。

 こいつ、仮にも先生である雪ノ下を呼び捨てかよ。

 これはーーやる気以前の問題か。

 

「ああ、まずはお前のーー」

「お前じゃねえ。裕樹だ」

「ーーお前の学力査定だ」

「だからお前じゃねぇ」

 

 家庭教師をお前呼ばわりしといて、自分は名前で呼べだと?

 そんなもん却下だ。

 

「制限時間は一時間だ。始め」

「オレはやるなんて一言も言ってねーぞ」

 

 はいはい、すげえすげえ。

 

「私語は慎め」

 

 異論反論は一切受け付けず、有無を言わさず答案用紙に向かわせる。

 それを見つつ、俺は自分が中学の時に使用していた教科書と、このガキが使っている教科書の齟齬を見つけ、認識を修正する。

 

 まともに答案用紙に向かっていたのは十五分程度だった。あとは問題を解いている振り。

 

「時間だ。筆記用具を置け」

 

 すぐさま答案用紙を回収し、眺める。

 ……。

 採点するまでもない。半分以上が空欄だ。解答欄を埋めようと足掻いた形跡も無い。

 つまりだーー

 

「ーーお前、勉強やる気ないだろ」

 

 質問の文体だが、事実上の責めである。

 やる気が無いと本人が認めれば、俺はそのまま帰り、こいつの家庭教師を断るつもりだ。

 進歩する気が無い奴には、どんな策を弄したところで進歩は無い。

 だが、こいつの答えは、俺の予想の斜め下をいっていた。

 

「は? お前ら家庭教師の教え方が悪いんじゃねーの」

 

 ほーん。自分には責任は無いという口振りだな、おい。

 親の顔が見たいぜ。よしもう一度見て来ようかな。

 だが今は目の前の案件の処理が先決だ。

 

「俺はまだ何も教えてないがな」

「うるせーな、俺は客だぞ。金払ってんだぞ。お前だって金貰うんだろ」

 

 よくネットで見かける、モンスターカスタマーの台詞だね、それ。

 

「……言いたいことはそれだけか。なら、お前の母親と話をしてくるから、俺が戻るまで自習だ」

 

 踵を返す俺の背中にガキの罵声が響く。

 

「自習かよ、手抜きだな。金返せよ」

 

 こういうのって、周りの大人がやってたのを真似してるんだろうな。

 

「ああ、一つ言い忘れた」

「な、なんだよ」

 

 振り返った俺に、広田裕樹は身を反らせる。

 俺の顔ってそんなに嫌悪感あるの?

 まあそれも今は好都合か。

 

「客はお前の親であって、お前じゃない。実際金を出しているのはお前の親だ」

 

 閉まるドアの向こうでガキが何やら喚き散らしていたが、構わず階下に行き、母親に声をかける。

 

「少々よろしいでしょうか。裕樹くんのことでお話がーー」

「あら、もう授業は終わりですの?」

 

 澄まし顔。

 

「いえ。裕樹くんの勉強に向かう態度についてお話を……」

「そんなことはどうでも良いことです。先生は、裕樹の学力さえ上げて貰えれば。最低でも総武高に受かるレベルまでに」

 

 あ、この親ダメだ。

 過程をすっ飛ばして結果だけ求めてる。

 物事は、原因と結果で成り立っていることを知らないのかい母親さん。

 

「お受け出来かねます」

 

 そう言い捨てても、母親の表情は変わらない。まるで、この結果を予測していたかのようである。

 

「あなたも裕樹を見捨てるのですね。わかりました」

 

 この親にしてあの子あり、か。

 

「とりあえず、今日は帰ります。また明後日、改めて伺います」

「……わかりました」

 

 俺はその場を辞去し、家路に着く。プリント二枚、無駄にしちまったな。

 

 一人ごちて歩き始めると、そこに雪ノ下が立っていた。

 

  * * *

 

「ちょっといいかしら」

「何だよ、雪ノ下先生」

 

 雪ノ下が帰ったのは二時間程前のはずだ。

 まさかこいつ、ずっと待ってたのか。

 何の為にだ。

 まさか。

 ーー闇討ちか?

 

「あなたも先生でしょうに。家庭教師なのだから」

 

 額を押さえて目を伏せる姿に、ある種の懐かしさを覚える。

 

「いや、俺は多分首になる。チェンジってヤツだ」

「ーーそう」

 

 今気づいたのだが、そもそもこいつが家庭教師をやってるなら、文系もまとめて教えりゃ良いんじゃないのかね。

 

「私と同じーーということね」

「は?」

 

「私も辞めるつもりよ」

 

 雪ノ下曰く。

 奴には教えを乞うという意思と意欲が全く無いと。

 おまけに年上を敬う気持ちも無い。態度もなっちゃいない。

 そもそも勉強は、誰のためにするのかを解っていない。

 

 勉強だけが全てだとは思わない。

 だが将来、もしも学力や知識が必要な夢を描いた時。

 そこでスタートラインが大きく変わるのだ。

 

 例えば、学力や学歴が必要な職業は山ほどある。

 それこそ弁護士もそのひとつだ。

 もしも培ってきた知識が役に立たなくても、勉強の方法や努力の方法が解っていれば、それだけで道が開ける場合もあるだろう。

 学力は、凡人があらゆる将来に対抗する為の武器であり保険だ。

 勉強はそれを手に入れる為の手段。

 決して勉強は目的ではない。

 

 それにあの手の輩は、取り返しがつかなくなるまで自分の失敗には気づかない。

 後悔するだけして、終了。

 

「ーー哀れね、気づいた時にはもう手遅れなのだから」

 

「ああ、全くだな。あいつは自分の成績の低さを家庭教師のせいにしている。責任転嫁もここまでくると笑えてくる」

 

「それに、あの母親ね。家庭教師を雇いながらも、子供の教育に無関心のような態度をとっているのは理解し難いわね」

 

 雪ノ下も概ね俺と同じ見解のようだ。まあこいつは自分にも他人にも厳しい奴だから、他力本願の責任転嫁ヤローは尚更許せないのかも知れない。

 

「ほう、お前と意見が合うとは思わなかった。明日は嵐か」

 

 ふわり。

 雪ノ下が微笑んでくる。

 相変わらず絵になる笑顔だ。

 

「冗談にしては笑えないわね。私が云ったのはあくまで一般的教育論での話よ。決してあなたと意見が全て一致した訳では無いわ」

 

 素直じゃないのも変わってない。安定の氷の女王だ。

 

「だが、お前もあの出来の悪い生徒から逃げ出すつもりだろうが」

 

 痛いところを突っ込まれたのか、雪ノ下はぷいと顔を背ける。

 そして次に顔を向けられた時、久しぶりのアレが始まった。

 

「勘違いしないでもらえるかしら。彼の家庭教師は元々三ヶ月の契約だったし、次回の更新はしないつもり。ただそれだけのことよ。ま、あちらも私では成績の向上が達成出来なかったのだから更新はしないはず。つまり私は任期満了での円満退職と云えるわ。初日で投げ出すあなたとは大違いね」

 

 久しぶりだな、その言葉の弾幕。

 つーか、あのガキの家庭教師を三ヶ月もやり通したっていうのかよ。

 やっぱ超人だわ、こいつ。

 だが、これであのガキに対する一つの指標が出来た。雪ノ下雪乃が三ヶ月かけても無理ならば、他の誰でも無理だろう。

 

「ああ、俺は逃げる。お前が三ヶ月教えてダメなものを、俺が何とか出来るとは思えないからな」

 

 一瞬呆然とした雪ノ下は、ふるふると頭を降る。

 びっくりしたぁ。一瞬雪ノ下がアホの子に見えた。

 あれかな。飼い主に良く似るっていう、アレかな?

 つーことは、雪ノ下の飼い主は由比ヶ浜か。

 

 しかし……今の雪ノ下の反応は解せない。

 今までに見たことが無い。

 ーーいや。

 近い表情は見たことがある。

 高校二年の時、海浜総合とのクリスマス合同イベントが難航し、奉仕部に依頼に行った時ーー。

 確かに雪ノ下はこれに近い表情をしていた。

 きっとそれは、戸惑いなのだろう。

 

 ならば、こいつは何に対して戸惑っているのだ。

 俺が幾ら考えたところで答えは出ないだろうけど。

 

「そ、そうね。彼に五教科全てで九割以上の得点を彼に取らせるのは無謀だわ」

 

 再起動を果たした雪ノ下が俯き加減で言う。

 うわ、望み高すぎ。

 あと認識甘過ぎ、あの親子。

 

「あの」

 

 背後に広田裕樹の母親が立っていた。

 そりゃそうか。ここはまだ広田家の目の前。しかも玄関の外であれだけ長いことくっちゃべってりゃ、嫌でも気がつくわな。

 

「広田さん。申し訳ありませんけれど、あなたの子供さんはーー」

「雪ノ下先生、あなたに何が分かるんですか。あの子はやれば出来る子です」

 

 親バカにも程があるんじゃないですかね、お母さん。

 

「では伺います。広田さん、あなたは裕樹くんの何が分かるんですか。今の裕樹くんに足りないものがお分かりになりますか?」

「そ、そんなの学力に決まってーー」

「お母様は、裕樹くんはやれば出来ると仰いましたね。でも現実として彼はやっていない。努力していない。さらに自分の成績の低さを他人のせいにしている」

 

 言い返す言葉が見つけられないのか、母親は悔しさを滲ませながら無言で雪ノ下を睨む。

 

「私は、裕樹くんに三ヶ月間、毎回同じ授業をして毎回同じ問題を出してきました。けれど彼はいつも同じ所で躓き、同じ箇所を間違える。つまり、何も頭に入っていない」

 

 三ヶ月間同じ授業って……粘り強いにも程があるんじゃないですかね雪ノ下さん。

 

「あ、あなた方はいいですよね。頭が良いんだから。でも裕樹だって頑張れば」

 

 はあ、駄目。ここまでくると逆にあのガキが哀れに思えてくる。

 そろそろ口を挟むか。

 

「俺の個人的見解ですがーー」

 

 母親の目がこちらを射抜く。

 恐っ。

 で、でも、負けないもん。

 サキサキ、オラに元気を分けてくれ!

 

「義務教育までは、それなりの努力で何とかなります。勿論テストで満点近くを取ろうとしたら其れ相応の努力が必要ですがね」

「あなたが教育を語るなんて、明日は雪ね」

 

 くすりと笑う雪ノ下を一瞥し、広田裕樹の母親に向き直る。

 

「広田さん。あなたは、頑張りと努力の大事さを裕樹くんに教えて来なかったようですね」

 

 母親の表情が固まる。

 

「そりゃ誰だってやる気になって自分に合う方法で頑張れば、成績くらい上がりますよ。義務教育レベルなら尚更だ。だが、あなたが今するべきことは家庭教師をつけることじゃない。まずは努力の意味を教えることです」

「だ、大学生風情がーー」

 

 広田さんが目を剥く。

 そりゃ頭にくるだろう。

 弁護士様の奥様にとっては、大学生なんかに意見されたくは無いだろう。だが、大学生には大学生の意地がある。

 第一志望の大学入試を突破したという、ちっぽけな自信がある。

 

「ええ、たかが大学生ですよ。でもその、たかが大学生になる為に積み重ねてきた努力をあなたはしっかりと想像できていますか」

 

 雪ノ下が目を見開いて俺を見る。

 今の言葉は、高校二年時にクッキーを作りたいという由比ヶ浜の相談時に雪ノ下が言い放った言葉の丸パクリだ。

 悪いね、無断でパクっちゃって。

 

 母親と俺が睨み合う中、その視線の火花のど真ん中に雪ノ下が割って入る。

 

「お母様、私に一日だけ、裕樹くんを預けて頂けないでしょうか。最後の授業を彼にしたいのですが」

 

 母親は無言で雪ノ下を見つめる。

 

「……いいでしょう。どうせ最後です。好きにしてください」

 

 さすがだな元部長。

 雪ノ下のお陰で着地点を見出せたのだから、対したものだ。

 

「じゃ、ま、頑張ってくれ」

 

 背中を向けて歩き出す俺に降りかかるは、懐かしくもある無情の響き。

 

「あなたは強制参加よ、比企谷くん」

 

 はあ、メンドクセー。

 

 




お読みいただきありがとうございます。

他力本願、責任転嫁の甘ったれ生徒と、面倒な母親。
そして、相変わらずの雪ノ下雪乃。
これから八幡は面倒なことに巻き込まれそうです。

あ、サキサキ登場させるの忘れてた。

次回はいっぱいサキサキ出そうっと。
さて……展開を考えなきゃ。

明日からの連休中の更新は、勝手ながらお休みさせて頂きます。
予めご了承くださいませ。

引き続き、感想や批評、評価などお待ちしております。
ではまた次回もよろしくお願いします!







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