千葉ラブストーリー   作:エコー

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川崎沙希の母親との壮絶な心理戦(嘘)を乗り越えた比企谷八幡。
その比企谷家の前には二台の見知らぬ車があったーー


……いわゆる「箸休め」の回ですw


おニューな車で

 

 川崎家一同に見送られながら家路に着いたのは、昼飯をご馳走になった後だった。

 

「ご面倒をおかけします」

「あいよ、しっかり掴まってな」

 

 おお、本当は甘えん坊さんの川崎さんが姉御肌をお見せになってらっしゃるっ。

 つーかお前いつも超安全運転じゃん。こないだパトカーに抜かれたじゃん。

 

 制限速度で巡行中の車内での話題は、さっきご馳走になった川崎家の昼食だ。

 川崎家で母親さんの昼食をご馳走になってみて、川崎沙希の料理スキルのルーツを少しだけ垣間見れた気がする。

 といっても、内容的には普通の家庭の昼食だろう。別段目を引く珍しい料理があった訳では無い。

 

 しかし、しかしだ。

 何というか、一品一品がちゃんとしているのだ。

 

 さっき頂いたのは、カレイの煮付け、大根の煮物、冷奴、それにご飯と味噌汁だった。

 川崎は「こんな料理でごめん」と俯いていたが、そんな恐縮は不必要。とにかく美味かった。

 思わず三杯目のお代わりをそっと出したまである。

 飾り包丁の入ったカレイの煮付けも勿論美味かったのだが、一番驚いたのは大根の煮物だ。

「煮物はね、冷めてから味が染み込むのよ」

 昨日煮て冷蔵庫に入れてあったというが、なるほどその通りだった。箸で大根を割ってみると中まで均一に煮汁の色がついていた。

 もうひとつ驚いたことがあった。

 自分の家で消費するだけなのに、煮崩れしないようにちゃんと大根の面取りをしてあったのだ。

 ちなみに、面取りした際の欠片は刻んでこっそり味噌汁に入れたらしい。

 思わず感心してしまった。

 何と云うか、丁寧で無駄が無い。表現が適切かどうかは判らないが、食べるのが非常に上手い母親さんなのだ。

 べた褒めする俺に川崎は「大袈裟だってば」と謙遜していたが、家庭料理で野菜の面取りや飾り包丁など、中々出来ることではない。

 主夫志望の俺には解る。いや美味いのは誰でも解るか。

 そんな遣り取りをしつつ再び比企谷家に戻ると、家の前に二台の車が停まっていた。

 

「おー、やっと来たか」

 

 玄関から聞こえるダミ声は、俺に車をくれると言ってくれた、親父の古い知り合いだ。

 名前は藤原文太さん。

 今は群馬で家業の豆腐屋を営んでいるらしい。

 何でも昔はよく俺の親父と一緒にドライブしていたと聞いている。

 男どうしのドライブ。決してキマシタワ的な想像はしてはいけない。

『ほら、こんなところにもう一本逞しいシフトノブが……』

 などとうっかり口走ってしまった日には、見知らぬ街が血の海老名になる。

 

「何だよ。はるばる群馬から車を運んできたら、当の本人は可愛い彼女とデートかよ」

「すみません、お手数お掛けしました。ありがとうございます」

 

 くわえ煙草の角刈りオヤジが愚痴る。

 ま、仕方ないよな。逆の立場なら、風邪をひく度に拗らせる呪いをかけるところだ。

 あと川崎、可愛いって云われてニヤニヤしたいのを隠すなよ。

 バレてるからね。

 

「ま、いいや。こいつの説明だけしとくぞ。こいつの心臓はK6Aというーー」

 

 相変わらずくわえ煙草のままでオヤジが捲し立てる。

 ボンネットを開けて、足回りがどうのとか、過給圧がどうのとか、まったく解らない文言を並べ立てた角刈りオヤジは、とりあえず俺が頷くと満足そうに笑った。

 つーかエンジンを心臓と呼んじゃう辺り、ちょっと中二病っぽいな。

 

「ま、調整が必要になったら持ってこい。最終モデルのK6Aはタイミングチェーンだし、元はショップのデモカーだから大丈夫だとは思うが。あと名義変更はお前の親父が済ませてる」

 

 何、タイミングチェーンって。

 デモカーって、何か宣伝してたの?

 海浜総合の元生徒会長ばりにちんぷんかんぷんだが、とりあえず頷いておく。

 とりあえず、何から何までありがとうオッサンたち。とりあえずばっかりでごめん。

 

「おーい、拓海。帰るぞ」

 

 用事は済んだと云わんばかりの呼び声で玄関から出てきたのは、ぬぼーっとした男性だ。

 呼び方からすると角刈りオヤジの息子だろう。

 身長は高く、顔も悪くない。何なら良い部類に入るだろう。年齢は、俺より幾つか上か。

 だが何と云うか、覇気が無い。覇気の無さでは定評のある俺が云うのもアレだけど。

 

「ああ、こいつは拓海。俺の息子だ」

 

 ども、と頭を下げられて慌てて会釈を返す。

 ふむ。やはり覇気が無い。

 

「じゃあな、あんまり無茶な走りするんじゃねーぞ」

 

 そう言い残して、爆音を轟かせて藤原親子は帰っていった。

 つか、何ちゅう五月蝿い車だよ。

 さて。

 玄関の前に残された一台の濃紺の軽自動車。

 これが俺のマイカーになる車だ。

 さっそく川崎に我が眷属、もとい愛車を紹介する。

 

「へえー、可愛い車だね」

 

 お世辞かも知れないが、川崎も一応は気に入ってくれたようだ。

 

「でも狭そうだね」

「ああ、二人乗りと聞いてる」

「あ、これって屋根取れるんだ?」

「オープンカーになるらしいな。まず屋根を開けることは無いと思うが。雨降ったら嫌だし」

 

 二人で濃紺の車体を繁々と眺めていると、小町が玄関から出てきた。

 

「あ、お兄ちゃんお帰りー。あれ、拓海さんたちは?」

「さっき帰った」

 

 あれれ? 小町ちゃん、何だか淋しそうですね。

 まさか小町……あの角刈りオヤジのことを!?

 

「そうなんだ……あ、沙希さん、お疲れ様でーす」

 

 何だそのサラリーマンみたいな挨拶。

 あ、ずっと俺の相手をしてた川崎が疲れてるって意味なのね理解しましたとも。

 

「妹さんも」

「小町でいいですよー、お義姉ちゃん」

 

 あざといスマイルをばちこんっとお見舞いされた川崎は頬を染める。

 

「……小町はやらんぞ」

 

 小町と川崎が盛大に溜息を吐いた。

 何だよお前ら、相性ばっちりだな。

 

  * * *

 

 めでたく俺の愛車になった濃紺のこの車は、カプチーノと云うらしい。

 初登録が平成九年とあるから、およそ俺と同い年である。

 もしかしてあれか。産まれた年に作られたワインを贈る、みたいなアレか。

 ……考え過ぎか。親父にそんな洒落たことを思いつく思考回路がある訳は無い。何たって俺の親父だからな。

 

「うわっ、何だこれ」

 

 小さくて可愛らしい外見とは裏腹に、少しアクセルを踏み込むだけでめちゃくちゃスピードが出る、初心者には少々怖い車だ。

 ハンドルの向こうにはスピードメーターの他に、やたらめったらと目盛りをふった計器が並んでいる。

 なんかもう、時計屋の中にいる気分だ。しかもそれぞれが勝手に針を動かすものだから少々不安になる。

 ーー不安だからあとで説明書読もう。

 

「すごいっ、すごいね!」

 

 まあ別に、スピードが出ようと出なかろうと俺は気にしないのだが、川崎は柄にも無くはしゃいでいる。

 ま、こいつが楽しいなら……きっとこの車はいい車なのだろう。

 うむ。藤原親子に感謝。

 でも俺は安全運転で行かせてもらいますよ。

 

 と云う訳で。

 俺と川崎は早速ドライブに来ている。

 勿論、さっきゲットした愛車カプチーノで。

 

 つーかこの車、本当に狭い。屋根も低いし、フロントガラスが近い。トランクも開けてみたが、でかいバッグ二つで満杯だろう。

 その割りにボンネットだけやけに長いし。

 川崎の家の広い車に慣れてしまったせいか、本当にこれが同じ軽自動車なのかと云いたくなる。

 ま、文句は言えないな。なんせタダだし。

 対する川崎は上機嫌。

 助手席で鼻歌なんぞを口ずさんでいる。

 鼻歌なのに口ずさむとは、これ如何に。

 

  * * *

 

 陽が傾き始めた頃、車は国道14号線を南下していた。

 目的地は、川崎のお気に入りのあの場所だ。

 

 いつもの位置に車を停め、途中立ち寄ったコンビニで仕入れた飲み物とサンドイッチを並べて、東京湾の夕景を眺めながら二人で食す。

 

 うむ。悪くない。

 

 夕陽に照らされた川崎の髪が、透過光のように輝いて風に踊る。

 触ってみて判ったが、こいつちょっと猫っ毛だもんな。

 猫っ毛なのに猫アレルギーとは、これ如何に。

 

「あたしさ、夢だったんだ」

 

 サンドイッチを頬張る川崎が呟く。

 

「好きな人の車の助手席に乗るの」

 

 ほ……ほーん。

 その好きな人って、俺で合ってるのかな。

 合ってる、よね?

 この後に及んでも疑ってしまう俺、まじチキンだわ。

 

「でね……こうして、ゆったりと過ごすの」

「今までと然程変わらんぞ。川崎の車か俺の車の違いしかないし」

「大違いだよ。あたしが運転じゃあ、あんたの運転する横顔なんか見れないじゃない」

 

 あ、うん。そだねー。

 そういう小っ恥ずかしいことは控えてくれると助かりますねー。

 しかし、解らないでもない。

 俺も、運転する川崎の横顔に何度見惚れたーーげふん。

 

「でもさ、あ、あたしが一番最初で悪かった、かな」

「ん、何が?」

「ほら、シスコンのあんたの事だから、一番始めは小町を乗せて走るんだ、とか言いそうだし」

 

 ほほう。中々わかっているじゃないか。

 確かにそうしたい気持ちはあった。

 だかな、あまり俺を見くびるなよ。

 俺が狙っているのは、将来小町が運転する車の助手席の座だ。

 その席だけは誰にも譲れん。

 

「気遣いは無用だ。この車は、元々お前を最初に乗せるつもりだったんだよ。ほら、いつも川崎の車だったし」

 

 ふわりと左肩に川崎の頭が乗せられる。

 うーん。右肩は経験済みだったけど、左肩も中々だな。

 

「そっか……ありがと」

 

 瞳を潤ませた川崎の顔が近づき、零距離になる。

 二秒ほどで口唇を離す。すぐに名残り惜しくなる。

 

「ね、比企谷ーー」

 

「も、もう一回」

 

「もっかい」

 

「もっかい……」

 

 互いの口唇が触れ合い、舌が触れ合う水音だけが、西日の射す狭い車内に何度も何度も響く。

 

 ーー俺ら、そのうち口唇取れちゃいそうだな。

 

「んぐっ……ん」

 

 口唇様、俺たちはまだまだキスをし足りないようです。

 だから、何卒取れたりしませんように。

 

 

 




今回もお読みいただき、ありがとうございます。
まず最初に、
評価や感想を頂いた皆様。
本当にありがとうございます。
評価の高低はあれど、私の書いた作品でこんなに多くの方に評価を頂けたのは初めてなので、本当に嬉しい限りです。

さてさて、今回ちょい役で出て頂いた藤原親子。
あの漫画の登場人物です。
そう、頭文字がDのアレですw

ちなみに、八幡のカプチーノに付いている謎の計器類は、
水温計、油温計、過給圧計、
後付けのタコメーター(15000回転対応)、
となっております。

諸元(すべて実測値)
エンジン K6A改
過給圧 1.2気圧
最大馬力 105ps/12000r.p.m
最大トルク 14.3kgf・m/9500r.p.m
最高速 192km/h
全長 3295mm
全幅 1395mm
全高 1185mm
重量 672kg

出自は群馬県内のチューニングショップのデモカー。
簡単にいうと、車検対応の改造車ですw
……うん、完全にいらない設定ですね。
しかも行数多いしw

ちなみに、川崎沙希が乗っているのはダイハツTantoで、色はお母さんの趣味でシャンパンピンクです。
ま、実際にそのボディカラーの設定があるかは知りませんがw
これも余談。

さて次回は再び奉仕部の面々が登場。ちょっとややこしくなります。
どうか堪えて読んでやってください。

また次回もお願いします。
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