隣のクラスにすごい人がいる。
体はプロレスラーみたいに筋骨隆々で、身長は二メートル近くある。体重だって百キロ以上はあるだろう。それにスキンヘッドでヒゲまで生えている。高校生なのに。
その人の名前はナッパさん。
ひ弱な僕とは正反対に体も大きくて強面で、「ちょっと力が入りすぎちまった」と言って指先一つで街を吹っ飛ばす。
だからかな。クラスのみんなはナッパさんに少し近づきづらいみたい。
そんなナッパさんとボクにはある共通点がある。
それは、僕たちが数少ないサイヤ人の生き残りだって言う事。
あ。申し遅れました。
ボクの名前はラディッツです。
ナッパさんは不良って感じじゃないけど、一睨みで怖い先輩とか教師を黙らせちゃうんだもん。
あんまり喋らないし、そりゃあ取っつきづらいよね。
ボクはと言うと、目立たないように、人と無用なトラブルを起こさないように、惨めなくらいにコソコソと生きていたんだ。
昼休みにちょっとでも気を抜くと、
「お。弱虫ラディッツじゃん。ちょっと屋上来いよ。ダッシュでな」
げ。よりにもよって嫌な奴に見つかっちゃった。
学校でも不良で有名なキュイくんだ。
なんか肌の色が紫色だけど、別に病気じゃない。そういう星の出身なんだ。
放課後まで時間いっぱいに使ってボクはボコボコに殴られた。
理由は、
「ラディッツ。ジャンプ買って来いジャンプ。二秒で」
「誰がヤンジャンの方買って来いっつったよ。ジャンプったら少年の方だろフツー。ああ? 口応えすんなよ。今日は少年の気分なんだよ。お前は間違えてサンデー買ってきて『マンガなんてどれも同じでしょ!』って逆ギレするお母さんか。やり直し」
「遅えよ。一体どんだけ待たせる気だよ。あーもう何だよ。『HUNTER×HUNTER』載ってねえじゃん。あーイラつく。おいラディッツ、ストレス解消に殴らせろ」
「あははは。お前サンドバック代わりにちょうどいいな」
と言うわけだ。
自分でも何が『と言うわけだ』なのか分からない。
理不尽だ。すごい理不尽。
キュイくんが読みたかったジャンプを間違えたのはまだ少しは分からないでもないけど、『HUNTER×HUNTER』載ってないって理由で殴られるなら、ボクは向こう半年は殴られる事になる。
富樫! 頑張って仕事して!
ボクは心の中で富樫を応援しながら、外履きを持って校舎の裏に回った。
正門の近くにはまだ生徒がいる。
顔にはアザがあるし、制服も汚れている。こんな情けない姿を誰にも見せたくなかったんだ。
弱虫で、いじめられっ子で、パシリで、サンドバッグなボクでも、ほんの少しのプライドが残っているのが自分でも可笑しかった。
念のためコソコソと校舎から出ると、思いがけない人と出会った。
ナッパさんだ。
ナッパさんは大きな背中をこちらに向けて、花壇にしゃがみ込んでいる。
一体何をしているんだろう。
あの花壇は誰も手入れをしないから、荒れ放題なのに。
……もしかして。
ボクはイヤな事を思い出した。
教室で聞いた噂だけど、ナッパさんはケンカでついうっかり殺してしまった相手を、校舎裏の花壇に埋めているって話。
まさかここ犯行現場ですかー!
あわわわ。とんでもない場面に出くわしてしまったのかもしれないぞ。
冷や汗をかきつつボクは、ナッパさんに気付かれないよう、足音をたてないように――
ガラン、と。
ぎこちなく前に出したボクの右足が、何故かその場所に置いてあったブリキのバケツをひっくり返した。
「誰だ!」
「ひいっ! ゴメンなさい!」
ナッパさんが振り向くのと、ボクが少しちびりながら謝ったのは、同時だったと思う。
間違いなく殺される。
それもまともな殺され方じゃない。
潰され砕かれ、挽肉みたいにされる。
そう思った。
黙っていても怖い顔のナッパさんが、
「お前そこで何をしてる!」
と、強い調子で詰問するんだ。その形相たるや、まさに鬼そのものだ。
鬼を目の前にして、命の心配をしない方がおかしい。
「え、あ、え、そ、そのーなんて言いますか、ただの通りすがりと言いますか、そのーただのですねえ、えーとえーと。家に帰るところでー」
しどろもどろ。
そこでやめときゃいいのに、ボクは完全無欠に動揺していた。
そして言わなくても良い事を口走ってしまった。
「ナッパさんこそ、こんな所で何してるのかなーとか思っちゃったりー」
何が「思っちゃったりー」だ!
頭の片隅で冷静な自分がツッコミをいれた。
「俺? 俺はその、アレだよ」
あ、あれ? 急に話題を向けられたナッパさんが困ってるぞ。足で隠そうとしているのは園芸用のスコップやジョウロ?
ナッパさんはボクが何を見ているか気づいたみたいだった。ギユっと一度強く眼を瞑ると、今度は大きく見開いた。
「ええい! 来い! 俺がここで何をしていたか見せてやる!」
えええっ!?
来いと言っときながら、自分でズンズン近づいてきてるし!
ナッパさんは強引にボクの頭を鷲掴みにすると、
「ちょっ! ナッパさん! やめて痛い割れる割れる! パックリいく!」
制止の声を聞かず、アイアンクローで掴んだボクを花壇の縁まで引きずった。
「見ろ! これが俺のやっていた事だ!」
花壇には生首が埋まっていた。