気がついたら、保健室にいた。
あれ? なんでボクってば保健室のベッドに寝かされてるんだろう。
記憶の糸をたぐり寄せてみる。
えーっと。そうそう。放課後だ。
帰ろうとしたら生真面目系メガネ委員長(図書委員兼任)に「待ちなさい。ラディッツくんは図書委員だったわよね。今日の当番は私たちよ」と言われたんだった。
それで図書室で二人っきり。
「誰も来ないな……」
「そうね」
少しずつ日が傾き、机と本棚の影が伸びていく様をボーッと眺めていた。
委員長の指が本のページを捲る音がやたら大きく聞こえる。
沈黙の緊張に耐えかねたボクは委員長に話しかけようとした。内容なんて何だって良い。この沈黙を終わらせる事が出来るなら。
「あ、あのさ」
「図書室ではお静かに」
ピシャリと一言。これだもんな。委員長はマジメすぎるんだよ。そう思っていると、
「ヒマなら書庫の整理でもしましょうか」
言って委員長は本にしおりを挟んで立ち上がった。
書庫の整理中、彼女がうっかり積んだ本の山を崩しちゃって、伸ばしたボクの手と彼女の手が――。
……ってそれは昨日の夜やったエロゲーの話だろ!
ちなみにボクは主人公の名前を変える機能があったら自分の名前を入れる派です! どうでもいいけど!
と、バカな妄想をしている内に少しずつ記憶が整合されていく。
放課後。校舎裏でナッパさん(ゴリマッチョの同級生)と出くわして――
それで生首。
な……生首……? 生首だって……!?
あ、あああああああ!
噂は本当だったんだ! ナッパさんは本当に死体を花壇に埋めていたんだ。
は、早く早く警察に通報しないと! 善良な市民としてあくまで匿名でー!
「おっ、目が覚めたか」
ボクが顔面蒼白になってパニックになっているその時、カーテンが開けられナッパさんが顔を出した。
「ひゃー!」
「なんだ。意外と調子良さそうだな」
「すみませんすみません! 通報なんてしようとしてませんお願いです信じて下さいイヤー殺さないでー」
「? なに言ってんだお前? それにしても驚いたぞ。いきなり白目剥いて気絶するんだから」
そりゃあ、いきなり生首見せつけられれば気絶もするよ、と思った時だった。
「ケケケ」
ナッパさんの腰の辺りのカーテンが揺らぎ、全身緑色の人型な何かが上半身を覗かせた。
「な……」
生首……じゃない。体がついてる。
この緑色の何か気持ち悪い奴は――
「栽培マン……?」
何度か見た事がある。
栽培マンと言うのは土中の養分で促成栽培される生き物で、植えた人間の言う事を聞く。簡単な作業も出来るし、命令すれば戦闘もする。その戦闘力も生命力も案外高く、例えば必殺技で倒したと思って油断していると、いきなり目を覚まして抱きつき自爆するのだ。
「そう言えば、コイツの戦闘力チェックがまだだったな」
言ってナッパさんは制服のポケットからスカウター(新型だ。いいなあ)を取り出し、栽培マンの戦闘力を測り始めた。
「ケケケ」
「こら。ジッとしてろ。……戦闘力たったの5か……。ゴミめ……」
あ。良いなあ、今のセリフ。いつか言える機会があったら言ってみよう。
ボクが『いつか強くなったら言ってみたいセリフリスト』のランキングを修正していると、ナッパさんが保健室の窓を親指で指さして、
「大丈夫そうなら行こうぜ。完全下校時間だ」
窓の外はもう真っ暗だった。
ナッパさんは制服のポケットに手を突っ込んで、ボクの隣を歩いていた。
「……俺の生まれた家は農家でな。ジイさんも親父も惑星ベジータで『仕事』を引退した後、栽培マンをブリーディングしていたんだ」
ナッパさんの言う『仕事』と言うのは、サイヤ人やその他の戦闘系惑星人が行う移民可能な惑星を探して開拓、必要ならばテラ・フォーミングや現地生命体を駆逐して、金持ちの異星人に販売する産業の事だ。ボクたちサイヤ人も、もっぱらこの『仕事』で外貨を獲得していた。
そして惑星ベジータと言うのは――
「あんな事になる前まではな……」
言ってナッパさんは夜空を見上げた。
ボクも追うようにして視線を頭上へとやる。
二つの三日月と、無数の星。
見上げる遥かな宇宙。あんなにも星が瞬いている中にあって惑星ベジータはない。
惑星ベジータ。サイヤ人の国。ボクたちの生まれた星は十年以上前に、巨大隕石が衝突して宇宙のチリになった。多くのサイヤ人を、ボクたちの家族や友人を巻き込んで。
「ジイさんと親父の夢はな、強い栽培マンを育てる事だった。いつか金を貯めて星を買ったら、大きな農場を開いて人を雇って、星いっぱいに栽培マンを育てる事が夢だった」
ナッパさんは視線を足元へ。サイヤ人ならば、誰もが思い出すのも辛い記憶があるのをボクは知っている。
「あの日。惑星ベジータが爆発した日。親父はまだガキだった俺を抱えて小型宇宙船へと走った。親父は、泣きじゃくる俺にビンタを一発入れて黙らせると、栽培マンの種が入ったビンを持たせて『種を頼んだぞ』と言ってハッチを閉めた。窓を必死に叩いて親父を呼んだが、ガキの力じゃどうにもならない。次の瞬間だったよ。星が割れたのは。ベジータ王にお仕えして幾つもの星を開拓したのが自慢だった親父が、あんなに強くて大きかった親父が、いとも簡単に吹き飛ばされていった」
「…………」
ボクは一言も挟まずに聞いていた。
ナッパさんのお父さんは、良いお父さんだったのだと思う。
ボクのお父さんなんかよりずっとずっと。いや、比べるのも失礼なくらいに。
「この際だから、もう全部話しておいた方がスッキリするか。お前に話してどうなるもんでもないが」
「え?」
言われてボクは悲惨な物思いから引き返した。
「俺の夢はな。ジイさんや親父の夢と同じだ。いつか、親父に託された種から、強い栽培マンを育てて、星を買って、星いっぱいに栽培マンの大規模栽培をする事だ」
ポケットから出されたナッパさんの大きな右手には、脱出の際にお父さんから託されたという、栽培マンの種が入った小ビンが握られていた。
ボクは想像する。
いつか、近い将来。ここではないどこかで、たとえばスーパーマーケットで栽培マンを見かける。
栽培マンの首にはタグが付いている。
タグには写真付きで、こう書かれているのだ。『品質保証・完全無農薬 わたしが育てました』。写真には、地平線の向こうまで栽培マンで埋め尽くされ、中央には満面の笑みのナッパさん。麦わら帽子に、首タオルで黄色いネルシャツ、ジーンズ地のサロペット。完全装備の農家スタイルで日焼けした肌に白い歯キラーン。
うわあ気持ち悪い。
あ、いや。ナッパさんじゃなくて地平線いっぱいの栽培マンってとこがね。
でも――
「すごいなあ……ナッパさんは」
万が一機嫌を損ねでもしたら、ボクなんか一秒で挽肉だから、一言も喋らないつもりだったのに、思わず感嘆の言葉が口をついていた。
あ、しまったと口を押さえるより早く、
「ようやく喋ったか。まあ、すげえと言われれば悪い気はしねえな」
ナッパさんはニタリと笑った。
「あ、あ、すみません」
反射的に謝ってしまう。
「なんで謝るんだよ。悪い気はしねえって言ったばかりじゃねえか」
「すみません」
あ。また謝っちゃった。
ナッパさんはため息を吐きながらスキンヘッドをボリボリと掻く。
「お前、謝るのがクセになっちゃってるだろ。そんなんだからキュイたちに良いようにされるんだぜ。ラディッツよお」
名前を名乗っていないのに、ナッパさんはボクの名前を知っていた。いや、学校でのボクの立場はいじめられっ子。しかも悲しい事に、そのジャンルで二番手以下に影をも踏ませぬリードを取り、他者の追随を許さぬほどボクは有名だ。だから名前くらいは知られててもおかしくないのか。「いじめられっ子の弱虫ラディッツ。ダッセー(笑)」って。
でも、次のナッパさんのセリフでボクは本当に驚いた。
「誇り高き戦闘民族サイヤ人が、そんなんじゃダメだろ。ん? なんだそのツラ。知らないとでも思ってたのか」
知らないと思っていた。
「すみません……」
また謝ってしまう。もう重症だ。
「ケケケ」
あと、もう一つすみませんナッパさん。さっきからゴミ太郎(戦闘力5の栽培マン)がずっとボクらの後ろをペタペタ付いてきてるんですが。夜道で付いてこられると普通に怖いよ!
「それじゃあ、俺はこっちだから」
駅に向かう横断歩道で、ナッパさんは手を振った。
「じゃあなラディッツ」
「うん。じゃ、じゃあね」
この横断歩道を渡り切ったら、ボクとナッパさんはまた元の同級生に戻ってしまう。
いじめられっ子と。
誰からも一目置かれる存在と、に。
隔てられてしまう。
思えば、初めてじゃないだろうか。ボクが誰かと一緒に下校するなんて。
いや、そりゃ、出来ればこんな筋肉モリモリのヒゲでスキンヘッドの同級生よりも、可愛い女の子とご一緒したかったのだけれど。
そうこう考えるうちに、ボクの足は横断歩道を渡り、歩道を踏んだ。
少しだけナッパさんの事を教えてもらって、少しだけ仲良くなれたと思ったのに。
「また明日な」
「……うん。また明日。学校で。げ、元気でね」
「ははは。何だよそりゃあ」
笑って去っていくナッパさんの大きな背中を見送り、ボクは思った。
「……友達になれたらなあ」
心からの想いは口からこぼれて夜の道路にほどけて消えた。
あとにはボクと、
「ケケケ」
栽培マンだけが残され、
「って、なんでキミがここにいるの!? キミのご主人はあっちだよ!」
「ケケケ」
「ケケケじゃなくてぇ!」
栽培マンのゴミ太郎はボクの制服の裾を摘んだ。片方の手でチョイチョイとボクと自分を交互に指さす。何か言いたい事があるみたいなんだけど。
「な、なに? 何が言いたいの? え? 友達になるって? キミがボクの?」
友達第一号が栽培マン。情けなさ過ぎて誰にも言えない!