数年ぶりにボクは母校を訪れていた。
事務室でもらった許可証を首からぶら下げ、まっすぐに目的地へ――校舎裏を目指す。
時々、古びた校舎を見上げて目を細めた。「懐かしいな」とか、「変わってないな」とか思いながら。
あの日、ボクたちが手入れした花壇はもうない。人けも無く、誰にも顧みられることの無い更地に、ボクは掌をついてみた。
硬い感触が返ってくる。在校生に「昔ここには花壇があったんだよ」なんて言っても、信じる者は少なそうだ。
卒業後、社会に出てからたまに思う事がある。
ナッパさんやゴミ太郎と過ごした日々は、まごう事なき青春の日々だったのだと。多少、男臭いのが否めないけれど、と自嘲気味にボクは笑った。
遠い思い出は心の中で色あせる事なく輝き続け、今も苦しい時や悲しい時に立ち止りかけたボクを照らしてくれる。
記憶から射すその鮮やかな光は、すぐに不安になって何かと落ち込みやすいボクの薄暗い行末を、灯台のように指し示してくれる。
そうして、その光は今一つの実を結ぼうとしていた。
ボクは常葉樹の間、植え込みや生い茂った雑草の中にしゃがみ込んだ。
ひどいなぁ。草ボーボーじゃないか。まあ、カモフラージュに都合がいいちゃ、都合がいいんだけど。
少し草を千切ると、人の頭大の石が姿を現した。
「久しぶりゴミ太郎。ごめんね、なかなかお墓参りにも来れなくて」
キュイたちとのケンカの後、二人で粉々になったゴミ太郎の遺体を集めて、ボクらはお墓を作った。墓石代わりの石は、ナッパさんがどこからか砕いて持ってきた。後日、学校創立記念碑が何者かに破壊されたと騒ぎになったが、ナッパさんは涼しい顔をしていたので、この石とは関係ないと思う。多分、だけど。自信無いけど。
苔を手で払ってやると「ケケッ」とくすぐったそうに首をすくめるゴミ太郎が見えた気がした。
「あのね、ゴミ太郎。ボクの弟が見つかったんだ」
ボクは話を切り出した。
どうしてもゴミ太郎には聞いて欲しくて。
「地球っていう惑星にいるらしいんだよ」
カカロットの居場所が判明したのはつい最近だ。ボクは仕事のスケジュールを何とか工面して、地球行きの段取りを組んだ。
あまりにも忙しすぎて、遠い星で仕事をしているベジータ王子やナッパさんに連絡が出来なかったくらいだ。あの二人が直接地球に行くには、一年くらいの時間がかかってしまうだろう。
それなら、ボクがカカロットを迎えに行って、二人をビックリさせようと思ったのだ。
でも……
「少しね。不安なんだ。変だよね、弟に会うのに不安になるなんて」
生き別れになった弟の居場所が分かった嬉しさと高揚、興奮の後、ボクは胸のざわつきを自覚していた。
もう、カカロットも大人になっているはずだ。
どんな大人になっているのだろう。
結婚とかしてるかもしれない。うわー。お兄ちゃん先越されちゃったな。
それどころか子供もいるかも。甥っ子だ。わわ。どうしよう。きっと可愛いだろうな。テンション上がり過ぎて、思わず連れて帰ろうとしちゃうかも。
――ってかさ。
「カカロットは、ボクの事なんて知らないんだろうね……」
そこが不安なのだ。
いきなり行って、「お兄ちゃんだよー」なんて言っても信じてもらえるかどうか。いや、ここは兄としての威厳たっぷり演出して「会いたかったぞ……我が弟よ」なんて言うのはどうだろう。いやいや、ダメだ。それじゃ悪役みたいじゃないか。
顔が似てればまだ分かりやすいのに、あいにくボクはお母さん似で、カカロットはお父さん似だ。クセのある髪型がまったく同じで笑ってしまったくらいだ。
お墓の前で悶々としていると、不意に風が吹いた。
『ケケー』
不甲斐ないボクの背中を、ゴミ太郎が叩いてくれた気がした。
いつか、ナッパさんのお手伝いを申し出た時のように。
勇気の一押しをくれた気がした。
「そうだよね。血の繋がった兄弟なんだもん。きっと分かり合えるよね」
ボクは肩の力を抜いた。
ありがとう、ゴミ太郎。今度はナッパさんと二人で。ううん、カカロットも誘って三人で来るよ。
学生時代、青春の日々に抱いた夢へ、手を伸ばせば届きそうな場所まで来ている。
最後の迷いや不安は、ゴミ太郎が消してくれた。
明日、地球に向かって旅立つ。清々しい心を胸に仕舞って。
「待っててね。カカロット。今お兄ちゃんが会いに行くよ」
ボクは拳を握って地球へ――青空の向こう、遠い宇宙の彼方を見上げた。
足元には、一輪、ボクたちの夢の花が風に揺れている。
END
ありがとうございました。完結です。