一本の電話から始まる一週間夏休み
梅雨を抜け本格的な夏を感じる今日この頃。
私渦宮飛鳥は机に項垂れていた。
「はあ、なんでこうなったのかしら」
「まあまあ」
それをなだめるように私の頭を撫でながら言葉をかけてくれる快には大変申し訳ないが今それをされてもこの気分が抜けるわけではないのである。
「マネージャーさんだってこんなこと予想できなかったんだししょうがないって」
「それでもよ。なんでこんな時に限って」
「夏休みの初めに合わせてくれたんじゃない?」
「終わりに合わせて欲しかった……」
そう、この渦宮飛鳥、初めての夏休みを貰ってしまったのである。
数日前、私は学校が終業式であるにもかかわらず仕事の為に遠く離れた場所で絶賛撮影中でだった。
と言っても今は休憩で用意されたバスの中で待機中なのだが、そんな中私はペンを片手に今仕事の予定を書いている手帳とにらこっめこしていた。
「おかしい」
「なにがだい?」
「なんかあったっけ?」
私の言葉に外を眺めたまま反応した沙耶と指で頬をついて私のおかしいという言葉の意味を感が始めた穂香に私は内容を伝えるべく口を開いた。
「明日から一週間、仕事がないのよ」
私が今にらめっこしている手帳には空白が一週間存在するのだ。
少し前からおかしいとは思っていたのだ。なにせこの一週間は空白なのにそこから先は普通に仕事が入っているし、この一週間ほど異様な空白も先には見当たらない。自分で言うのもなんだが国一のアイドルにまさか一週間もの休みが与えられるはずはないし、一体どういうことなのだろうか。
「仕事? ……ああ、そういえば僕もだな。穂香は?」
「確かねえ……あ、私もない」
「二人も?」
……ここまでくるとおかしいではなく嫌な予感でしかなくなってくる。
そんなはずはない、そんなはずはないのだ。
「一週間の夏休みよ!」
待ってましたと言わんばかりに声を上げた男性の声。
私の視線の先、大柄なのに妙に綺麗な歩き方をする成人男性、私たちのマネージャー『岡本拓真』がこちらに近づいてきていた。
「貴方達に夏休みを! と思ってスケジュール調整していたのよ〜。これまでは散々仕事させて夏休みをエンジョイさせてあげれなかったから最後くらいは、と思って頑張っちゃった♪」
「ええ!? 夏休みなのカマちゃん!?」
「そう! 夏休みなのよ穂香ちゃん!」
「頑張っちゃったって」
「いろいろ大変だったのよ? なにせ国一のアイドル、まして今の時期忙しいからいろいろと詰めないといけなかったの」
「それで妙に最近は仕事が多かったのか……」
「そういうこと! 上手くいってよかったわあ」
「……嘘」
このオカマ、よりにもよってこのタイミングで一週間休みなんて暴挙に出てしまったのか。せめて来週とかならとてもうれしいことなのによりにもよってこのタイミングで?
「ほら、飛鳥ちゃんなんて特に嬉しいでしょ? なんせ彼氏くんと一週間も一緒にいれるじゃない!」
既に快の存在を知っているマネージャーはそれはもういいことやったと言わんばかりの満足感に満ちた顔で体をクネクネさせているのだが、私にとっては朗報ではなくただの悲報でしかない。
「余計なお世話よ、彼一週間家にいないもの」
「え?」
「だから、快は夏休みのはじめの一週間は家にいないのよ」
ちなみにこの時のマネージャーの顔はそうそう見ないほどの真っ青である。
「もしかしてカマちゃん、地雷踏んじゃった?」
「ああ、結構シャレにならないやつ」
「か、彼氏ちゃんは一体なんでいないの、かしら?」
その青ざめた表情で私に聞いてくるマネージャーから顔をそらして窓に顔を向けつつ、事実を述べた。
「彼、長期休暇の最初の一週間はお祖父様のお家で過ごすのよ。私と付き合う前からの習慣だったものだし私のわがままで止めるわけにも行かないでしょ? いつも迷惑かけてるもの、これ以上迷惑をかけられないわ」
「つ、つまり?」
「最初の一週間だけは仕事が欲しかったわ、毎年頼んでたとは思うんだけど」
次第に青ざめた表情にさらに震えが追加されついには噴火したように爆発したマネージャー、岡本拓真。言ってしまうとなんだがこの仕事について初めて見せるその表情には少し笑いをこらえきれない。
「やっちゃったわ沙耶ちゃんどうしましょう!?」
「女の子の心を理解できる素晴らしいマネージャーならそれぐらい自分で考えるんだね」
「まさかのお助け拒否!? どうしましょう穂香ちゃん!」
「うーん、お手上げ!」
「むしろ清々しい!」
両手を上にあげて元気よく放たれる敗北宣言にさしものマネージャーも両腕を挙げた。
何かしらこのシュールな光景、穂香って思いの外小柄なのに対してマネージャーは男の中でも結構大きい方なのでこの二人が両腕を、しかも男の方は涙をダラダラと流しながらあげているのだ。本当になんなのだろうか。
「まあ、一週間の休みは嬉しいかしら。夏休み、って言えるのかはわからないけれど」
とは言ったけれど快のいない一週間の休暇が明日から始まるとなると普通に憂鬱になるのが当たり前だったというか、こういう光景がその先にあるのはもはや恒例だったというか。
部屋の端を見れば明日ように準備されたリュックが置かれている。
大抵のものは既にあっちにおいてあるから小さめなものだが明日は朝早くからあれを持って彼は家を出るんだろうと思うとまたさらに憂鬱な気分になる。
「一週間、どうやって生きていけばいいのかしら……」
「沙耶さんか穂香さんの家に泊まるっていうのは?」
「それでもいいのだけど、迷惑をかけてしまいそうなのよね、それ」
絶対一週間ひたすら愚痴しか言っていない自信がある、そういうビジョンしか見えないのだ。折角の一週間を私の愚痴に付き合わせるわけにはいかない。
かといって彼を止めるのは私が嫌なのだ。彼いつも楽しそうだし、彼の大事な時間の中にいるお祖父様との時間を私のわがまま一つで潰すのは許されるものではない。
本当に、どうすればいいのだろうか。
「はい。あ、母さんか、どうしたの」
そんな時、いつのまにか私を撫でてくれていた手は私から離れ彼のポケットに入っていたであろうスマホを手に電話をしていた。彼の言葉からするにどうやらお相手はお義母様の様だ。話の内容は明日のことだろうか。
「え、飛鳥に? なんで彼女の方にかけないのさ……サプライズ? ……まあ彼女に変わるから」
そういった後、彼は自分のスマホをこちらに差し出して来た。
どうやら彼向けではなく私向けの電話だったらしいそれを受け取りつつ耳に当てた。
「お電話変わりました」
『久しぶりね飛鳥ちゃん、元気?』
「はい。最近は彼にもよくしてもらってて、至れり尽くせりです」
『相変わらずね』
快の母こと、織村早苗さんはいつもと変わらない物腰柔らかな声だ。
初めて会った時も私がアイドルでこういう関係を持つことは危険だと知っていてもなお私と彼を応援してくれた存在でもう一人の母親と言っても過言ではないくらいだ。と言ってもいつかは本当にそうなるのだが。
「それでお義母様、何か用でもあるのですか?」
『そうそう、飛鳥ちゃん。仕事どう?』
「……明日から一週間ほど休みをいただきました」
先程から話題の不の一週間のことを告げると、少しの無言の後くすくすと電話の奥から笑い声が聞こえた。
『ふふ、ベストタイミングじゃない』
「あの、何かあるのですか?」
『飛鳥ちゃん、その一週間、快と一緒にお義父様、あ、快のお祖父ちゃんね、行ってみない?」
「……へ」
一瞬理解が遅れた。
今、快のお祖父様の家に快と一緒に来ないか、と言われたのか?
『お義父様がね、快の彼女さんの事を見てみたいって昨日電話が来たの』
「お祖父様が」
『そう、だからもしよければその一週間、私達にくれないかしら?』
「わ、私なんかでよ、よろしければ」
『じゃあ楽しみにしてるわねそれじゃ』
プツ、と音がなって彼のそっけないホーム画面に戻ったスマホをそっと机の上に置く。
「なんの電話だったの?」
私の言葉だけじゃどうにも電話の内容を理解できていないようで内容を聞いてくる快。
それに私は今できる満面お笑顔で言い放った。
「私も行くわ、お祖父様のお家」