魔法大戦リリカルなのはWizardS   作:かぜのこ

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「ジュエルシード」編 ~Encunter with "F.A.T.E." ~
#1


 

 

 

 どこよりも遠く、どことも知れない場所。

 そこはただただ純白の、何もない物悲しい世界だった。

 

 

 

  ――――戻りなさい

 

 

 独り佇むのは藤色の長く美しい髪を持つ女性。地に広がるほど裾の長い純白のドレスを身に纏い、碧と紅の瞳に真っ白い虚無を映す。

 絶世と言うべきその容姿も、あらゆる感情を捨て去ったような虚空に塗れていた。

 

 

  ――――私の光

 

 

 彼女が歌う。唱う。詠う。

 

 遠くの誰かに聞こえるように。近くの誰かに聞こえるように。

 

 

  ――――私の光、戻りなさい

 

 

 彼女の言葉に呼応して、七つの光が世界に現れる。

 

 

 

  それは橙色。

 

 

  それは青色。

 

 

  それは紫色。

 

 

  それは緑色。

 

 

  それは赤色。

 

 

  それは藍色。

 

 

  それは黄金色。

 

 

 

 七つの光がすべて揃うと、彼女は虚ろな表情で両手を天に捧げる。

 

 それに合わせ、七つの光は七色の光跡を残して天に消えた。

 

 再び独り、真白な世界に残された彼女は虚ろのまま、誰かに助けを求めるように呟いた。

 

     私は■■■■■■、還るところを失った獣――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 季節は春。

 花芽吹き、爛漫と香る始まりの季節。

 

 ここは日本のとある地方都市、「海鳴市」。

 その名前の通り、海に面したどこにでもあるようなごくごく普通の都市である。

 

 そのメインストリートを一人の少年がゆったりとした足取りで歩いていた。

 年頃は八、九歳。癖が強くてボサボサな深い夜闇のような黒髪と、蒼海を思わせるプラネットブルーの瞳。柔和な印象をもたらす年相応の童顔な顔立ちは、一見すれば女の子にも見えてしまうほど整っていたが、目つきの悪さが若干台無しにしている。

 その服装は、青いフルジップのパーカーにクリーム色のハーフパンツ、それから青のスニーカーという至って普通の出で立ち。背にはカーキ色の大きめ――といっても小学生サイズであるが――なリュックを背負っていた。

 

「ふぅ……」

 

 額の汗を拭うように動かした少年の左の袖から、七枚の白い板で構成されたデザインの不思議な腕輪が覗いた。

 その純白の腕輪には、一枚の板に一つ、ちいさな宝玉が納まっている。その内六つは無色透明だったが、最後の一つだけは漆黒に染まっていた。

 漆黒の宝玉が、太陽の光を受けてちらりと煌めく。

 

「……」

 

 彼は立ち止まり手に持った地図をしきりに動かし始めた。

 それからボサボサの髪をかき乱して難しそうに虚空を睨み、呟いた。

 

「…………迷った」

 

 

 

 

 

    ――――これは、還るところを失った一匹の獣と、心優しき少女たちのものがたり――――

 

 

 

 

   魔法大戦リリカルなのはWizardryS ~The brute who lost a whereabouts~

 

  ♯1 「蒼い眼の転校生」なの?

 

 

 

 

 

 

 

 

 目の前には、薄い赤茶色の外壁をした高級そうなマンションがそびえ立ったっている。

 

「ここか……やっとついた」

 

 それを見上げる僕こと宝條(ほうじょう)攸夜(ゆうや)は、旅の疲れを感じて、軽く息を吐いた。

 僕は今日からここ、海鳴市の藤見町で暮らすことになっている。母方の叔母のところでお世話になるのだ。

 その理由はいたって簡単。両親が仕事の都合で海外に引っ越すことになり、一人暮らしをしている大学生の叔母に預けられた、というわけ。

 僕自身、海外に行くというのはあまり歓迎できない事態だったし、何より叔母のことは好き――もちろん、Likeという意味でだ――だったから二つ返事で了承した。むしろこっちからお願いしたくらいだ。

 

「姉さん、元気にしてるかなぁ」

 

 こう一言呟いて、僕はマンションの中に進入するのだった。

 ……大袈裟?

 

 

   *  *  *

 

 

「お邪魔しまーす。……わわっ」

 

 玄関に入るやいなや、疾風のように突撃してきた金色の物体に捕まった。

 むぎゅっ、と柔らかな物体におしつぶされる。

 

「いらっしゃい攸くん。ちょっと見ない間にまた大きくなったのね」

「むぐっ、ちょっ……く、苦しいよ、ルー姉さん」

 

 僕を捕らえて、思いっきり抱きしめてくれているこの女性――ルーチェ・モルゲンシュテルン(愛称ルー姉さん)は、母の実妹である。ちなみに数えで十九歳。

 気品溢れる縦に巻かれた黄金の髪と、涼やかな白銀の瞳を持つ空前絶後の超☆美人だ。

 

「あらあら、ごめんなさいね。久しぶりだったから、つい」

 

 ペロッと舌を出しておどけるルー姉さん。やっと放してくれた。

 母にべったりな彼女は、その息子の僕もとても可愛がってくれている。

 多少過剰なスキンシップはちょっと恥ずかしいけれど、美人のおねーさんと触れあえるのは役得というかなんというか。その……胸、意外とおっきかったし……。

 と、そんなやましい気持ちをおくびにも出さずに、しれっと話題を変えてみた。

 

「ルー姉さんは相変わらずぐりんぐりんだね、主に髪の毛が」

「毎朝セットが大変なのよ、ふふふ」

 

 じゃあ止めればいいじゃん、とか言わない。言ったら崩壊しそうな気がする、世界線とか因果律的な何かが。

 

「と、立ち話もなんだし、中に入って?」

「あ、うん、お邪魔します」

 

 そう、僕が言うと、ルー姉さんは呆れたように苦笑をもらした。

 ………? いま、なにか変なこといったかしら?

 

「違うわ、攸くん。そこは、“ただいま”でしょう? なんたって、今日からここはあなたの帰ってくる場所になるんだから」

「あ……」

 

 思わず声がもれる。そしてルー姉さんの言葉が胸に染みて、じんわりと暖かくなる。当たり前のことなんだけど、なんか、無性にうれしい。

 内心ちょっと恥ずかしく思いながら、僕はオーダーされた言葉を返すことにした。

 

「えっと……た、ただいま」

「はい、おかえりなさい」

 

 ニコニコご機嫌なルー姉さんに案内されて、改めてリビングに通された。

 外から見ても思ったけど、大学生が独りで住むには広すぎる部屋だと思う。アンティーク調の家具や調度品はどれもこれも年代を感じさせる物ばかり。いわゆる欧州貴族風、って感じかな。姉さんらしいチョイスだ。

 こんなマンションに住めるところからわかるように、ルー姉さんはかなりいいとこのお嬢様なのだ。まあそうなると、彼女の実姉に当たる母も必然的にお嬢になるわけなんだけど。僕自身は、そんなにハイソサエティではないといっておく。

 

 荷物を下ろしてソファーに落ち着く。一息ついて、ルー姉さんが煎れてくれた紅茶を含んだ。

 ……んむ、これはピュア・ダージリンかな。さすがルー姉さん、この真紅のカップといい茶葉といい、いい趣味をしている。

 

「攸くんの荷物は部屋の方に置いてあるからね」

「ありがとう、ルー姉さん。あとで片づけとくよ」

「どういたしまして。……ああ、そうだ、ちょっと待っててね」

 

 ルー姉さんはそういうと立ち上がり、キッチンの冷蔵庫から白い箱を取り出した。

 

「これね、私の行きつけのお店のものなの。攸くんもこういうの、好きでしょう?」

 

 開かれた箱の中には、まるまるとしたシュークリームが五つ入っていた。

 

「――ッ!?」

 

 それを見た時、僕はあまりの衝撃に言葉を失った。

 外から見てもわかる。これを作った職人、かなりできる……ッ! シューの焼き具合からして絶妙。微かに香るカスタードの匂いは甘く食欲をそそる。コンビニとかの大量生産品が悪いとまでは言わないけれど、機械ではこの絶妙な焼き加減は出せないだろう。

 僕も料理――特にお菓子づくりの腕はなかなかのものだと自負している。しかし、これは……

 

「攸くん、食べないの?」

「あ、うん、いただきます」

 

 はむ、とひと噛み。瞬間、脳髄に衝撃が走った。

 今までいろいろなお菓子を食べてきたけれど、これほどのものにはお目にかかったことがない。まさに筆舌にしがたい美味さ、である。

 ところで、なんか唐突に「ギガうま」とかいうけったいな言葉が脳裏に浮かんだけど……何故だろう?

 

「……おいしい。これ、すごくおいしいよ!」

「でしょう? そのお店、翠屋っていってね。この辺じゃ隠れた名店って有名なの。……本当に攸くんは甘いものが好きね。今でもチョコレートで機嫌直したりするの?」

「う、うん、まあね」

 

 僕は甘いものが好きである。甘党も甘党。超甘党だ。

 そりゃもう、テンションどん底ダウナーなときだって板チョコ一枚で持ち直すくらいに。

 そこっ、単純言うな!

 

「クスッ。じゃあ今度は一緒に行きましょうね」

 

 むぅ、なんか姉さんに小動物をあやすような手つきで頭を撫でられた。解せぬ。

 

 この後、夕飯の買い物でお嬢様の金銭感覚に呆れたり、一緒にお風呂に入ろうと迫られたりしたことを追記しておく。

 

 

   *  *  *

 

 

「ふぅ……」

 

 ここに住むに当たり、使わせてもらうことになった十二畳ほどの部屋のベッドで横になる。

 先んじて送っておいた荷物の片付けやらなにやらで、少し疲れてしまった。

 

「明日から新しい学校、か……」

 

 天井を仰ぎ、誰ともなくつぶやく。

 確か学校の名前は、聖祥大附属小学校、とかってだったっけ。姉さんが通っている大学の付属校だそうだ。

 別に不安がってるわけじゃない。僕は別に人見知りでもないし、猫を被れば人当たりだってそれなりにいい自信もある。

 けど、憂鬱なものは憂鬱なのだ。

 こういうの、理屈じゃない。

 

「……ま、なるようにしかならないかな」

 

 と、身も蓋もない結論が出た。僕は基本、楽天家なのだ。

 それに初日から寝過ごして遅刻しました、なんてみっともない真似を晒したくないし、さっさと寝ることにしよう。

 ベッドサイドのランプの灯りを落とし、瞼をつむる。

 引っ越しの疲れは思った以上にあったのだろう、僕は思いの外スムーズに眠りに落ちていった。

 

 

   *  *  *

 

 

 翌朝。

 こういう時の駄目テンプレ、「……知らない天井だ」をやってから粛々と身支度。朝食に目玉焼きとかトーストとか、いわゆるブレックファースト的なものを作って姉さんと食べた。

 着替えたりなんだりして登校の準備を整え、一緒に家を出発。路線バスに揺られつつ、姉さんとおしゃべり。主に話題は海鳴市というか、この土地についてだった。

 

「やっばり、“海鳴”っていうくらいだし、海が近かったりするの?」

「ええ、もちろんよ。海に面した大きな公園があってね、晴れた日にはとても綺麗な景色が見られるの」

「へぇ~、そうなんだ。じゃあさ、落ち着いたらふたりで行こうよ。お弁当とか作ってさ」

「あら、とてもいいアイデアだわ。ぜひ、そうしましょう」

 

 と、そうこうしているうちに、目的地に到着してしまった。楽しい時間はすぎるのが早い。

 

「攸くん、ひとりで本当に大丈夫? やっぱり、私も付き添った方が……」

「大丈夫だよ、姉さん。ちょっと行って挨拶してくるだけだし。それに姉さん、朝から講義があるんでしょ?」

「ええ……」

 

 と、このように大学前でルー姉さんとちょっとした押し問答――というか、若干しつこいくらいに心配されつつ別れたあと、僕はひとり聖祥大附属小に向かった。

 なお、本来はスクールバスで登校すべきなのだろうけれど、転校初日なので今回はなしとなしになったという経緯があったりする。

 そんでもって、今は担任の先生――女の先生だった――に先導されて今日から通うクラスへ向かう途中だ。

 職員室を出て階段を上がり、清潔に保たれたリノリウムの廊下を行く。通り過ぎる教室には。

 予想よりもずっときれいで洒落た校舎だな、というのがとりあえずの感想。事前に読んだパンフによると、結構最近建てられた建物らしい。どうりで近代的な外観なわけだ。

 ちなみに僕が今着ているのは聖祥大附属の白い制服ではなく、以前の学校の首詰め式の黒い制服――学ランみたいなもの。下は同じ色の短パン――である。急な転校で制服が間に合わなかったとのこと。

 ……正直なところ、聖祥大附属のセーラー服っぽい制服はあんまり着たくなかったから、ラッキーって思ってたりする。

 閑話休題。

 

 呼び込みを受けて、教室に入る。

 黒板の前に立って先生の合図を待つ。ちょっと所在ない。

 ……ザワザワしてるね。

 まあ、制服違うしこんな微妙に半端な時期の転校生じゃ、物珍しくっても当然かな。

 それにしても、 男子の制服は正直びみょうだけど女子のは大変すばらしい。みんな座ってるから全体のシルエットはうかがえないけれど、それでもかわらしいのがよくわかる。

 特に、ロングのワンピースってのがいい。すごくいい。

 などと、くだらないことをつらつらとかんがえながらこれからのクラスメートたちのことを観察していたら、黒板に「宝條攸夜」とふりがな付きで書き終えた先生が自己紹介を促してきた。

 ……ふう、しかたない。現実逃避の時間はかこれまでか。

 僕は覚悟を決め、一拍の間を取ってから口を開いた。

 

「宝條攸夜です。どうぞ、よろしくお願いします」

 

 自己紹介は簡潔丁寧シンプルに、しっかり挨拶をしつつお辞儀を一つ。第一印象(ファーストインプレッション)って大事だしね。

 先生の話を聞き流しつつ、よそ行きの笑顔を張り付けざっと教室を見回す。クラスの女の子のレベルはなかなかに高そうだ。よきかなよきかな。

 と何気なく見ていたら、赤みがかった茶髪を豚のしっぽみたいなツインテールにした、アメジストのような青紫色の瞳をした()と目があう。おお、けっこうかわいいね……僕のタイプじゃないけどさ。

 その娘は、こちらの視線に気づくとにこりと微笑んだ。

 愛想笑いを返すと、さらに笑みが深まる。人好きのする、とてもかわいらしいはずの笑顔――けれど僕はその笑顔に隠されたどこか歪なものを感じて「変な娘だな」という、かなり失礼な評価を彼女に与えていた。

 

 

 これが僕と、ツインテールの変な女の子――――“高町なのは”との、生涯忘れられないであろう出逢いだった。

 

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