次元航行艦アースラ、艦橋。
『代用にもなれなかった出来損ない――それがお前の“F.A.T.E.”……、抗えない運命よ』
プレシア・テスタロッサの冷酷な決別がフロアに響き渡る。
途端、少女――フェイト・テスタロッサがまるで糸が切れたようにへたり込む。呆然と見上げた紅玉の双眸は何も映さず、今や路傍に転がる屑石も同然。色を失い、虚ろながらんどうと化していた。
母――否、創造主というべき存在から告げられた残酷な“真実”に打ちのめされ、彼女の脆弱な心はガラス細工のように容易く砕け散った。
「ッ! なのはさん、ユーノくん、アルフさん! フェイトさんを早く医務室に!」
「は、はい!」
艦橋を出て行く彼女たちを見送り、巨大ディスプレイに映る夥しい数の〈傀儡兵〉の群れを険しい顔で睨みながら、リンディ・ハラオウンが言う。
「――エイミィ、攸夜君の姿は確認できる?」
「ダメです。現在、彼の魔力反応は時の庭園内にはありません!」
「……わかったわ。スキャニングを続けてちょうだい」
「了解!」
リンディは予想外の事態の連続にほぞを噛んだ。
事の発端は要監視対象だった現地在住の魔導師、「宝條攸夜」が監視の穴をすり抜け、姿を消したことだった。プレシア・テスタロッサの次元跳躍魔法を受け、アースラが混乱していた間の出来事である。
強い反発心が垣間見えていた彼のこと、発覚した時点ではさほど重要視していなかったリンディであったが、事態は一変する。高町なのはがフェイト・テスタロッサの使い魔アルフを発見保護し、その彼女の口から攸夜が単身で時の庭園へ乗り込んだことが告げられたからだ。
これにはさしもの彼女も大いに慌てた。
なにせ、一〇歳にも満たない民間人の少年が次元犯罪者のところに独りきり。それはどんな冗談だろう、と頭を抱えてしまっても責められまい。
もっとも彼女の冷静で打算的な部分は、単独で――それも、少ない情報を頼りに高位次元空間への転移を成功したらしい攸夜の規格外の才能に、どれだけ価値があるか計算していたのだが。
攸夜のスタンドプレイはアースラに少なくない影響を与えていた。
リンディの息子にして優秀な部下であるクロノは、事を殊更に荒立てることはしなかったものの不満を隠そうとはしていなかったし、なのはとユーノなどはその話を聞いたときは盛大に動揺。今すぐにでも攸夜を追いかけようと主張した。
無論、技術的時間的な観点から不可能で、何よりフェイトのこともあったために二人も渋々鞘を納めた。
その二人は、どうやらクロノと合流して時の庭園に向かったようだ。決着をつける気なのだろう。
「私も現地に出ます」
ネイビーブルーの制服の裾が翻る。
この時、リンディは攸夜が生存している可能性を半ば捨てていた。よしんば生きていたとしてもこの混乱の中では……と。
さらなる異変が起きたのは、リンディが様々なことへの覚悟を決め、艦橋から時の庭園へと向かおうとした時だ。
「待ってください、艦長! 時の庭園深部で膨大な魔力反応を感知!! なにこれ……規模測定不能!?」
「なんですって!?」
エイミィが心底慌てて発した報告に、リンディは一瞬全身の血の気が引いた気がした。
たかが艦艇とはいえ、アースラは時空管理局が誇る次元航行艦である。その探査能力をもってして測定不能な魔力量などあり得ない――あり得ていいはずがない。
茫然自失に陥っていたリンディを置いて、エイミィが報告を続けた。
「あっ!? この魔力パターンは――――」
♯10 「“F.A.T.E.”」
暗い、真っ暗な闇の中で、私はひとり膝を抱える。
私の世界のすべてだった“母さん”、私を支えていた“思い出”……そのすべてが、なにもかもが借り物だった。偽物だった。
ただの身代わりでしかない私は……、役立たずで、「だいきらい」って、いらないって捨てられたてしまったわたしは、もう――――
「……なにもしなくてもいい、よね」
――――君はそれでいいのか?
ぽつりとつぶやいた言葉。
どこからともなく、それを否定する男の子の静かな、けれどよく通る声が聞こえてくる。
この、声……。
「……だって私、疲れちゃったんだ……」
――――何もしないで、前を見ないで、そうして膝を抱えて閉じこもって……君はそれで満足なのか?
「…………」
ううん、“誰か”じゃない。
この声はきっと“彼”のもの。何度も出逢って、幾度も戦った、でも名前も知らない男の子。
年の近い男の子と会ったことなんてほぼないし、ましてや会話した経験なんかほかにはこれっぽちもない。
だからこの声はたぶん、“彼”に間違いないんだ。
――――何もしなければ変わらない、変えられない。少なくとも、僕はそんなの御免だ。
思えば“彼”との出逢いは、ほんのささいな偶然だった。
ジュエルシードを探すために降りた〈第97管理外世界〉――最近、時の庭園から外に出る機会なんてなくて。だから、アルフにはナイショで探検に出掛けたときのことだ。
初めて見る街並みがもの珍しくて、楽しくて、わくわくして。ふらふらとあてもなく散策していた私は注意散漫で。うっかり、真っ黒なぼさぼさ頭の男の子とぶつかってしまった。
その男の子――“彼”の持っていた紙袋を押しつぶしてしまった私は、怒られるんじゃないかとか、ひどいことをされるんじゃないかとか、いろいろ考えてパニックになっていた。
でも、そんなことぜんぜんなくて。なんだかよくわからないうちに公園で一緒にお菓子を食べることになってて。渡されたタイヤキという食べ物はほかほかで、とっても甘くて、おいしくて。
はじめて会った人にあんなにやさしくされたこと、なかったから。その……すごく、うれしかった。
間近で見た“彼”の瞳は、海の色によく似た深いブルーで。静かな意志とやさしさを秘めた眼差しが強く印象に残った。
そんな“彼”と再会してジュエルシードを巡って争ったとき、ほんとうは動揺してた。
自分でもわけがわからないくらい胸が痛くて。切なくて。
戦いたくなかったけど、母さんの願いだったし、口車に乗せられちゃったことにもちょっと怒ってたし……なにより戦闘中、はっとするような動きをしてきたから私もついつい熱くなっちゃって、最後はかなり本気で魔法を撃った。
“彼”がバリアジャケットを着ていないのに気がついて、あとでひどく後悔した。このときほど、ミッドチルダ式魔導の非殺傷設定に感謝したことはないと思う。
――――踏み出さなければ世界は、明日は変わらない。だけどほんの少し、足を踏み出すの勇気があればきっと変えられる。
「勇、気……」
それから温泉地で、街中で、“彼”の仲間の真っ白い服の女の子とジュエルシードを賭けて戦った。
勝てっこないのに、何度も向かってくるあの子にはちょっとうっとうしく感じたけど、同時に私と話がしたいと叫ぶひたむきな姿にすこしあこがれた。……私は、母さんと真正面から向かい合うことなんて、できないから。
そして暴走するジュエルシード。あんな街中で次元震が起きたら、たくさんのひとが死んでしまう――そう思ったら身体が自然と動いてた。
痛くて痛くて、苦しくて。
暴走するエネルギーに押し潰されそうだった私を救ってくれたのは、暖かな手だった。“彼”に手を包み込むみたいに握られたときはすごくどきどきした。
けれど、いろんな感情で頭のなかがぐちゃぐちゃだった私は、お礼も言わずに逃げ出した。
次の日、時の庭園からもう一度地上に降りて、ふとあの公園に足を運んだ。もう一度、“彼”と逢えるかもしれないと思って。そうしたら、昨日のお礼を言わなくちゃって。
……いま考えると、母さんに笑ってもらえなくて、心が弱気になっていたんだと思う。私は誰かに、すがりたかったんだ。
――――辛いかもしれない、傷つくかもしれない。それでも、諦めるよりはずっといい。
「…………私、は――」
会ってどうするのか、そもそも居るわけなんかないのに。なんて、もやもやを抱えていた私の予想はいい方に裏切られた。
あのときのぽかんとした“彼”の顔を思い出すと、おかしくなる。でも、きっと私も同じような顔をしていたのだろう――私も驚いたし。
一悶着あって結局お礼は言えなかったけど、前と同じベンチでタイヤキを食べて。それからすこしだけお話して。
“彼”とのお話は不思議と私の弱った心に“力”を与えてくれた。母さんの願いのために戦う――そう、決意を新たにできるくらいに。
……いま思えば、愚かしいことだったのかもしれない。だけど、このときの私にはそれが“真実”だったんだ。
そんなときもたらされたのは、次のジュエルシードを1対1で戦って勝った方が手に入れるという“彼”からの提案。「ジュエルシードなんてどうでもいい」なんてうそぶく“彼”は、勝負に負けたら自分は手を引くとも言い出した。
私にとってはライバルを減らす好機だったし、“彼”ともう一度戦いたかったから、そのあとすぐに発動したジュエルシードを賭けて戦うことを了承した。
でも、管理局の執務官に邪魔されて……そのあとのことはあまり覚えてないけど、アルフが言うには“彼”が傷を治してくれたらしい。
そのお礼もまだ言えてないし、賭けというか、勝負の決着がついていないのがとても心残りだった。
――――そんなに難しく考えることはないさ。これは受け売りだけど……きっと、君の中に答えがあるはずだから。
「私のなかの答え……?」
管理局のフネがやってきたあと、私とアルフは隠れ家を引き払い、見つからないように隠れてジュエルシードを探した。
逃亡生活は、つらかった。
追跡を常に気にして、心も身体も休まる暇がない。泣きたくなる気持ちを必死に押し隠してた。
海上で無理にジュエルシードを発動させたとき、白い服の子が力を貸してくれてなんだかうれしかったけど、ほんとうは“彼”にも来てほしかった。なぜだか“彼”なら来てくれるんじゃないかって、そう思っていたから。
――――そう。“お母さん”に伝えたいこと、まだあるんじゃない?
「っ!!」
でも結局、“彼”は姿を見せなくて。
唯一心配してくれていたアルフも私のもとを去り、白い服の子とジュエルシードを賭けた決戦にも負け……、最後に、母さんに真実を告げられた私は、ココロもカラダもボロボロだった。
もうがんばりたくない。
このまま眠ってしまいたい。
なにもかもが、どうでもいい。
だから、こうして……。
――――……さて、僕はそろそろ行かなくちゃ。
「行くって、どこに?」
私は思わず顔を上げた。
世界はやっぱり真っ暗で、“彼”の姿は見えてこない。
あのきれいな蒼い瞳が見たくて、見れなくて。悲しくなった。
――――約束がある。やると決めたら、最後まで貫き通すのが僕の流儀なんだ。だから、もう行くよ。
不思議と暖かい声が、徐々に遠のいていく。
「待って! 私、まだあなたと話したいことが、たくさん――!!」
それがどうしようもなく嫌だった。悲しかった。寂しかった。泣きたくなった。
だから私は思わず声を出していた。
――――君が諦めなければ、また逢えるよ。きっとね。
最後にそう言い残して、声は闇に溶けて消えた。
暗い、真っ暗な闇の中で私は考える。
私のすべてだった“母さん”も、私を支えていた“思い出”も、なにもかもが借り物で。
ただの代替品でしかなかった私……。
でも――――
ひび割れ、壊れてしまったココロにふたたびわずかに光が灯る。疲れ果て、傷だらけのカラダにすこしだけ力がよみがえる。
ここから、立ち上がらなくちゃ……。私まだ、なにもはじめてない。
悲しいけど、つらいけど。
まだやらなくちゃいけないことがあるから。
迷ってなんか、いられない。
涙を拭い、立ち上がる。
たとえ借り物でも、
泣きたくなるほどつらい、
そして、ほんとうの
「私の、答え――――それは、この“運命”に立ち向かい、諦めないこと……!!」
瞬間、私の心を覆っていた真っ暗な“絶望”を七色の光が斬り裂く。
キラキラと輝く光は、きれいな螺旋を描いて高く高く舞い上がる。
そして虹の輝きに後押しされ、歩み出した私におぞましいケモノの砲哮が届く。
――――けれど私は、その声に隠された苦しみと寂しさを晴らしてあげたいと、思った。
* * *
管理局のフネの医務室だろうか、見覚えのない薄暗い部屋で私は目覚めた。
ふと枕元の台に見慣れた光が瞬いているのに気がついた。
瞬く光――デバイスを手に取る。
「……バルディッシュ。一緒に、ここからはじめてくれる?」
『Yes sir』
「そうだよね、バルディッシュもずっと私のそばにいてくれたんだもんね。……お前も、このまま終わるのなんていやだよね」
『Get set』
いつもどおりの生真面目な反応に笑ってしまう。ひとりぼっちになってしまったと思ってたのに、私にはまだこんなにも心強い味方がすぐそばにいたんだ。
そう思うとこのつらい“運命”に立ち向かうための力が――、勇気がわいてきた。
「うまくできるかわからないけど、一緒にがんばろう」
『Lecovery』
頬に残った涙を袖で拭い、私はバリアジャケットを纏う。リカバリーしたバルディッシュを携えて。
足元に金色の光を発する魔法陣を展開。目指すは時の庭園――きっと、アルフと白い服の子がいる場所。
「……だいじょうぶ。つらいけど、最後までがんばってみるから」
誰ともなく、呟いて。
私は、わたしをはじめるための……そしてあのひとに私の“想い”を伝えるための、最初の一歩を踏み出した。
「……!」
転送した先、金色の内壁をした塔の中腹で桜色の光が走る。私はそこに、光の翼をはばたかせる白い服の子の姿を見いだした。
脚に絡まったグリーンの〈チェーンバインド〉を力づくで破った傀儡兵が、彼女に襲いかかる。
その傀儡兵に向けて、バルディッシュの穂先を突き出した。
「行くよ、バルディッシュ」
『Thunder Smash、Get set!!』
シーリングモードのバルディッシュから一筋の雷撃が伸びて、白い服の子と傀儡兵の間を走る。
「サンダー、レイジッ!!」
続いて展開した魔法陣から放射する無数の雷光〈サンダーレイジ〉が、数体の傀儡兵をまとめて撃ち落とす。
次々に爆発する傀儡兵。
残心を忘れずに、みんなに合わせて高度を下げよう。
「フェイトちゃん!」
私に気がつき、花が咲いたような笑顔を浮かべた白い服の子の隣に降りていく。
「フェイトぉぉぉぉぉぉーっ!!」
大きな瞳を涙で潤ませ、飛びついてきたアルフを抱き止めた。
わんわん泣いてるアルフをなだめる。彼女とつながっているパスから感情がじんわりと流れてくる。
いつも、いつだってアルフは心の底から私をたいせつに想っていてくれることを思い出し、うれしくなった。
……私はひとりじゃないんだ。
「アルフ……心配かけて、ごめんね。でも、まだ終わりじゃないみたいだ」
はっとアルフが顔を上げて、まわりを見回す。
翼を持ったもの、いろいろな武器を持ったもの、ずんぐりとした体型のもの――たくさんの種類の傀儡兵が数十体、塔の中になだれ込んできた。
私はアルフと離れ、白い服の子と互いに背中合わせの格好になる。
いままでジュエルシードをかけて争って戦ってきた相手なのに、こうして背中を預けてみるととても頼もしく思えるから不思議だ。
アルフと、それから白い服の子のパートナーらしき白みがかった金髪の男の子も同様に身構えた。
「うわー、たくさんいるね」
「うん。だけど……、ふたりなら――」
白い服の子の言葉に応じようと、私が口を開いたときだ。
――――いいや、二人じゃない、三人だ。
どこからか聞こえてきた声が金色の塔に響き渡り、私の鼓動がトクンと小さく高鳴った。
「え?」
白い服の子が間の抜けた声を発して。
瞬間、床を突き破って現れた七枚の真っ白な“羽根”が青い軌跡が描いて、私たちのまわりに群がった翼を持つ傀儡兵たちを次々と打ち砕いていく。
「フェイト!」
その光景を半ば見とれて油断しきっていた私。アルフが声を上げて初めて気がつく。
目の前には一体の傀儡兵が手に持ったライフルの銃口。
ダメ、避けられない……!
奥に充填された粒子が臨界を越えて――
「っ!」
見開いた瞳が、猛スピードで目の前を飛び上がる漆黒の影を捉えた。
傀儡兵の手首がライフルごと瞬く間もなく斬り飛ばされて、行き場がなくなったエネルギーが大爆発を起こす。
そして、トドメとばかりに上空から飛来した槍が胸に深々と突き刺さり、暗黒の球体を創り出して傀儡兵を飲みこんだ。
その場の全員が一斉に、頭上を仰ぎ見た。
「あ……」
最初に私が、自分でもびっくりするくらい惚けた声を上げて。
――そこにいたのは、夜闇のように深いダークブラックをベースカラーに、青空のように鮮やかなアザーブルーと、少しのピュアホワイトがアクセントのロングコートを纏う、私と同い年くらいの男の子。
立てた襟元から覗く蒼いマフラーが“彼”のイメージによく似合っていた。
「あ……アンタ」
アルフがぽかんとびっくりした顔をして。
――コートと一体化しているグローブすっぽり包まれた指先は、白い鉤爪状。手の甲を蒼いナックルガードで守られていて、ネイビーブルーのボトムにダークグレーのシンプルなロングブーツを履いている。
見るからにとても攻撃的なデザイン。獰猛な獣を思わせる雰囲気は不思議と怖くない。むしろ私は、頼もしさすら感じていた。
「やっと来たね、遅刻だよ?」
金髪の男の子が、呆れた様子で苦笑して。
――その背中には蒼白い硬質な半透明の魔力でできた六枚の翼。ひし形をした20センチくらいのそれは、白い服の子の飛行補助魔法と同じような働きしているのが見て取れた。
たくさんの翼を広げた姿はまるで、昔“リニス”に読んでもらった童話に出てくる天使さまみたいだ。
「――攸夜くんっ!」
そして最後に、白い服の子が心底うれしそうな声を上げた。
空中に漂う“彼”は、喜びをあらわにする白い服の子にからりとした笑みで応えると、鋭い視線を傀儡兵の群れへと向ける。
最後に見たときよりも、“彼”の纏っている魔力や空気がずっとずっと力強くなっているように感じるのは、きっと気のせいじゃない。
「一気に潰すぞ、アイン!!」
『了解です、ご主人様っ!!』
数体の傀儡兵を相手取っていた真っ白な“羽根”が、インディゴブルーの光を纏い“彼”のまわりを円陣のように取り囲む。
すると、りんっと透明な音を響かせて蒼白い七芒星を抱いた特徴的な魔法陣が“彼”の足元に展開した。
――それは私が今まで見たことのない図形、様式で。
「暗黒の力をッ――」
“彼”は両腕を胸の前で上下に平行にして、手の中にボールを抱えるような形にした。
左の指先から純白、右の指先から漆黒――二色のスパークが迸って、両手の空間の中心でぶつかると、一抱えくらいの蒼白い光の球体を創り出す。
「終焉の光に――!!」
両手の中の球体が急速に強い光を周囲に放ちはじめる。私はその球体に、目がくらむほどの膨大な魔力が封じ込まれているを感じていた。
じれたように“彼”に襲いかかる二体の傀儡兵。危ない――! そう警告する暇もなかった。
「その力を此処に示す!! ラグナロックッ!!!」
『ライトーっ!!!!』
だけど“彼”は迫る傀儡兵には目もくれず、両手を勢いよく平行に開いた。
そのアクションをきっかけに、小さかった魔力の球体が一瞬にして広がり、襲いかかった傀儡兵を例外なく飲み込んでいく。解放された魔力の膜が、私たちを含んだすべてを包んだ。
それは、“終焉の光”の名前に相応しい凄まじいまでの魔力の嵐。そのエネルギーの総量は、私が撃墜された白い服の子の集束魔法にも匹敵するかもしれない。
「っ!」
自分に襲いかかるはずの衝撃に身構えるけど、それは一向に訪れなかった。
鮮やかな蒼白い光の中に包まれて、戸惑う。これはまさか……、敵味方識別式の広域殲滅魔法?
その分析どおり、私たちには何ら被害がないというのに、傀儡兵は例外なく押し寄せる魔力の奔流を受けて鋼鉄の身体を軋ませていた。
「――光に抱かれて眠れ」
蒼白い閃光が弾ける。
“彼”の言葉を合図に、私たちのまわりに居た数十体の傀儡兵が次々に爆発を起こして、爆炎と閃光の中に消えていった。
「……すごい」
そんな声が聞こえる。
それは私の言葉だったかもしれないし、ほかの誰かの言葉かもしれない。
たしかなことは、あれだけいた傀儡兵が一瞬にして駆逐されたということ。
そしてそれを“彼”はひとりで引き起こした、ということだ。
圧倒的な破壊を目に呆然としていた私と白い服の子のところに、“彼”がゆっくりと舞い降りた。
「君たち、僕のことを忘れてもらっちゃあ困るね」
戦場の雰囲気に似合わないおどけた声が発せられる。
癖のあるボサボサな闇色の前髪から覗く海色の瞳は、いたずらっこのように生き生きとしていて。“彼”の表情は記憶どおりの不敵な笑顔だった。
そんな笑顔を見ていると、私の胸はドキドキ高鳴る。……この気持ち、うまく言葉にできない。
「高町さん。約束通り、世界の果てから駆けつけたよ」
「…………っ」
「んん? ぼけっとしちゃってどうしたのさ?」
完全に言葉を失っている白い服の子の顔を、不思議そうにのぞき込む“彼”。
「――攸夜くんっ!!」
「おわっぷ!?」
感極まった様子の白い服の子が、押し倒すような勢いで“彼”の首根っこに飛びかかった。
「よかった、よかったよーっ! 私、すっごく心配したんだよっ!?」
「ちょ、首絞まってる! 絞まってるって! マジ堕ちる……っ!?」
涙を目尻ににじませて、白い服の子が“彼”をぎゅっと抱きしめている。
そんなふたりの様子を横で眺めていたら、胸の奥がチクリと痛んだ。……理由はわからないけどなんだかすごく、いやな感じだ。
「……あっ!? い、イヤっ!」
「ぐはっ」
我に返った彼女は頬をうっすらと染めて、“彼”をどんっと思いっきり突き飛ばした。
その勢いでバランスを崩し、墜落しそうになった“彼”は「イヤって……、自分で抱きついといてそれはないだろう」とかぼやきながら、クリーム色の髪の子に視線を向けた。
「相変わらず出てくるのが遅いね、ユウヤ」
「何を言うかね、ユーノ君。古今東西、主役は遅れてやってくるものと相場は決まってるんだよ」
「まったく君ってやつは……君が勝手に消えちゃって、僕たちはすごく心配したんだよ? なのははもちろん、僕だって」
「……それは、悪かった。浅慮だったと反省はしている」
「後悔は?」
「してない」
「…………はぁ」
そんなふうに親しげに話していた“彼”は、思い出したかのように私の方を向いた。
無邪気な笑顔に不意うちされて、ドキッとした。
「や、しばらくぶり。元気してた?」
街中で偶然出会ったみたいに気軽なこの口調。一応、いままで敵対していたはずなのに……私はどう接したらいいのかわからなかった。
「えっと、その……」
「うん?」
それでも、勇気をふりしぼって言葉を紡ぐ。
ちゃんと言わなきゃ……変わるんだって、決めたんだ。
「声、届いたよ? あの……、何度も助けてくれて、ありがとう」
“彼”は「なんのこと?」と首をひねっていたけど、私はお礼を伝えられただけで満足だった。
ちら、とアルフの方を見てみると、遠巻きに居心地が悪そうにしていた。アルフ、いったいどうしたんだろ?
「でもユウヤ、君は今までいったいどこに――」
「待った」
男の子のセリフを“彼”が制す。
それと前後して、壁面を崩して大砲を背負うひときわ巨大な傀儡兵が姿を現した。続けて開いた壁の穴から数え切れないほどの傀儡兵が溢れ出す。すごい大軍だ。
「その話は後、だな。――まったくワラワラとまあ、懲りないことで……めんどくせー」
「むぅ~っ」
不意に、変なうなり声が聞こえて、白い服の子に目を向ける。
「もお、攸夜くん! まじめにやらなきゃダメなの!」と頬を膨らませた白い服の子が言い、「じょ、冗談だからレイジングハートをこっち向けんな!」と、“彼”が言う。
…………。なかよくじゃれあっているふたりを見てると、やっぱりもやもやとした気持ちになった。……なんなんだろう、このいやな感じ……。
「こほん。……じゃあ、あらためて。たくさんいるけど、わたしたちみんなで力を合わせれば――」
白い服の子が私に微笑む。アルフとクリーム色の髪の男の子もこちらに視線を向けた。
まだわだかまるもやもやをいったん棚上げし、みんなの期待に応えよう。
「……できるよね」
せいいっぱい微笑んで、彼女の言葉に応じる。うまく笑えたかどうかは、あまり自信がない。
それでも白い服の子はとびきりの笑顔で「うん、うんうんっ!」と満足そうにうなずいて。そういうふうな自然で明るい笑顔ができる彼女が、私は少しうらやましかった。
くるりと反転、“彼”がコートの裾をなびかせて私たちに背を向ける。
まるで私たちを外敵から護ってくれるようとする背中に、私はなぜか知識でしか知らない“お父さん”の姿を重ねていた。
「よーし。それじゃあ――」
私たちの周囲を浮遊していた七枚の“羽根”が“彼”の意志に呼応して背中に一枚、両側に三枚ずつが放射線状に空間へと接続する。
「行くぞ、みんな!!」
蒼銀と純白。大きく広げた合計一三枚の翼から、まばゆいばかりに光り輝く蒼白い燐光が勢いよく放射される。
――――限りなく透明に近いブルーの光に導かれ、私たちの戦いはついに最終局面を迎えた。